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■人のした小/程に葉門們はゆくこといまだ十町に足らず、と見れば路の右ひだりに並柆たる樹柆に梟たる人の首級多かり。葉門も宇佐の神主主僕も心もとなく瞻仰て、他は甚麼とばかりに倶に驚き訝りて姑且杖を住めけり。浩処に前面より地方の民の女児にやあらん年十一二なる女子が最小なる狗子の雨に濡れたるを勦り抱きて走りて這方へ来にけるを葉門はヤヤと喚掛て、喃女子這首級は蟇田殿の梟させたる国主の公子義通君の伴当なるか知ずや、と問へば女子は頭を掉て、

否梟られたる這首毎は里見様の伴当には侍らず。皆館山の城兵なり。嚮に諏訪の社の頭にて里見義通君の伴当と戦ふて撃れしを神の梟させ給ひしならん。いまだ伝へも聞給はずや嚮に神の託宣あり。里見の伴当撃れし後、風を起し雨を降して敵躬方の亡骸を掻遣ひ給ひしは、安房の富山に迹垂在す神女の霊験なりとか聞にき。然ば神女の託宣に、今茲は義通災厄あり。そは天命にて免れがたかり。この故に八幡諏訪の神力も甲斐なきに似たりなれども、命に恙なきは神の助あればなり。恁れば撃れし伴当們も命数其首に尽ざるは、回陽の時なきにあらず。そを里見殿怒に乗して克を一時に拿んと欲せば、士卒を多く喪ひて事に益なきのみならず、反て敵の辱に遇んのみ。安房へ赴く者あらば、この義を国主に告よかし、と宣示させ給ひしとよ。おん身們稲村へまゐり給はば、是等のよしを里見の殿に聞えあげ給へかし。浮たる言にはあらざるを、思ひ駢し給ひなん。やよや疑ひ給ふな、

と解示して又走ゆくを葉門はヤヤと喚禁めて再問んと見かへれば状形は消てなかりけり。{第百二回}

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