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■信乃乱心■

 

 毛野が鈴ケ森で篭山縁連を討ち復讐を完遂しているとき、何故だか信乃は扇谷上杉定正の居城・五十子を攻略した。此の第一次五十子攻略{第二次は南関東大戦で毛野が行う}には謎が多い。まず毛野の挙動が不審だ。此の時点で親兵衛を除く七犬士が集まっている。早くも五十七回に於いて小文吾が発見した毛野は、長らく独りで行動し他犬士と出会っても、即時に別れる。里見家に仕える前に、復讐を完遂しなければならないからであった。今や復讐は成し遂げられた。漸く合流することになるが、せっかく信乃が落城させた五十子に、毛野は足を踏み入れない。集団行動が苦手なのか。犬士のなかに嫌いな奴でもいたのか。取り敢えず、道節と現八は足が臭そうだ。

 

 このとき毛野は「みんな五十子に行くのは良いけど、危ないから早く帰ってきてね」と言い添えているところから{→▼}、毛野が既に他犬士への友愛を抱いていることは明らかだ。にも拘わらず行動を別にし五十子に足を踏み入れない理由は、毛野自身の言葉に拠れば、「河鯉の義」であった。毛野の復讐が結果として陽動となり定正を危険に晒し五十子を落城させたことを以て、守如と蟹目前を自殺に追い込んだことを云うのだろう。ちなみに文中には「西北」と書いて、「いぬい」とルビを振っている。確かに西北は乾(いぬい)である。

 

 南関東大戦に於いて、洲崎沖大虐殺を行った後、毛野は徐に五十子を攻略する。この間に河鯉孝嗣は扇谷上杉家に見切りを付け、出奔している。だから遠慮しなくて良くなったと言い訳したいのだろうが、洲崎本陣を軍師が離れる言い訳にはならない。例えば道節が海を渡って、ドタバタ無駄に武蔵を駆け回る。そのまま道節に五十子も攻略させれば良かったのに、洲崎の本陣にあるべき軍師・毛野が直接赴いて、道節を出し抜く。人質になっている妙真らを一刻も早く助けるためだとか何だとか言っているが、少々の時間差は八犬伝世界の絶対神・馬琴の匙加減ひとつで変わる。馬琴は如何しても、毛野を五十子に行かせたかったように思える。ならば、第一次攻略時に何故行かさなかったのか。

 

 まず信乃による第一次五十子攻略を振り返ってみよう。定正を討つ計画を持ちかけられた信乃は当初、反対した。「今犬山がいひつる如く某は初より復讐の議を諾はず。縦犬山その旧君に忠ありとても大敵に当りて戦■ガツヘンにルマタ/すことあれば里見殿に対しまつりて不義なるべしと思へばなり」{第九十一回}。しかし続けて云うには、「そを犬山は听ずして縡はやこゝに及びしかば某今さら義の与に性命を惜んや。只犬山に力を勠して扇谷定正主を撃て大父三戍が嘉吉の怨を復さんず」{同}。初めて信乃は、其れまで噫にも出さなかった定正への復讐心を明かす。付け加えると信乃の立場は、「約軍陣の常態にて討ことあれば撃るゝことあり。豊嶋煉馬の滅亡は小をもて大に仕へず寡をもて衆に敵したる愆なるを争何はせん」{第八十六回}であり、道節が定正を討つ正当性を完全には認めていない。認めてはいないのだが、ヤンチャな道節の強引さにズルズル引き摺られるうち、心の奥底に仕舞い込んでいた復讐心が頭を擡げた格好だ。

 

 抑も思慮深い信乃に復讐計画を漏らしたこと自体、道節の失策であった。反対されるに決まっている。信乃は、ただ闇雲に暴れ回り殺し尽くして心の平衡を保とうとするヤンチャ坊主ではない。自制心の強い美女なのだ。そして信乃は聡明であるから、多くの者が「理屈では説明できない」と自らを説明する義務を放棄する場合の殆どが単に、得手勝手な自己の欲望を正当化するだけの論理を構築する能力が無く、得手勝手な欲望が動機であることが暴露されないよう、何となく通りの良さそうな屁理屈「理屈では説明できない」を言い募っているだけだと知っている。浅智ゆえのイーワケを聴くほど愚かなことはない。

 

 通常なら無視すべき没論理性も、天然記念物級に馬鹿野郎な道節が云えば、何故だか説得力を有つ。何たって道節は、イーワケする「浅智」さえ持っていない馬鹿野郎なのだから。道節の「節」は竹をイメージさせる。眷属には尺八とか単節とかもいる。彼は竹であり、故に竹を割ったような直情径行なんである。表裏のない、馬鹿野郎だ。賢女たる信乃は、そんなオバカな道節の、無欲な激情が愛おしい。賢いが故に色々考えてしまって己の情を実現し得ない信乃は、何も考えず只に純情を実現しようとする道節が羨ましい。通常ならば実現し得ない道節の純情を、己の知略で実現してやろうと考えてしまったのか。既に信乃は、道節に絆されている。

 しかし其れだけでは信乃を動かすには足らぬ。信乃を動かすには、「孝」の琴線に触れる必要があろう。此の難問を、信乃は忽ちに解決した。結城合戦の仇は「上杉家」であり、定正は上杉家に連なるから、自分の祖父・匠作の仇である。故に自分は定正と敵対すべきだ。……信乃ならば、此の論理が間違いであることは解っていた筈だ。しかし信乃は敢えて間違った論理に身を投じた。道節と一心同体になっている。二人は一つに繋がったのだ。そんなに道節が好かったのか……。信乃ほどの賢女であっても、愛が理屈を超越するのか。

 

 扇谷上杉定正を結城合戦最重要の仇として特筆すべき根拠は、現時点では見当たらない。結城合戦に就いて八犬伝が言及した所のものは以下の通りだ。攻め手大将は管領上杉清方。配下の長尾実景が警固使、信濃守護代小笠原政康が副使として安王・春王を護送した。京都幕府から両公達の殺害命令が届き、美濃垂井で執行した。結城合戦の描写に、扇谷上杉家は登場しない。此処までの叙述は、各種史料と概ね合致している。上杉清方は山内上杉庶流として越後上杉へと枝分かれしたが、嫡流の兄・憲実から管領職を継いだ。憲実は永享の乱の張本人だが、八犬伝では、「時に鎌倉の持氏卿自立の志頻にして執権憲実の諫を用ひず忽地嫡庶の義をわすれて室町将軍義教公と確執に及びしかば、京軍猛によせ来りて憲実に力を勠し且戦ひ且進で、持氏父子を鎌倉なる報国寺に押籠つゝ詰腹を切せけり」{第一回}となっている。永享の乱は、持氏と室町幕府の確執から起こったことになっている。且つ八犬伝では、結城合戦で安王・春王を護送していた長尾因幡守実景は、室町幕府から処刑命令を受け、涙ながらに美濃垂井金蓮寺で執行している。扇谷上杉家は、登場しない。但し、扇谷上杉家も副将格で参戦してはいたけれども、最重要の仇とは成り得ない。

 また、そもそも大塚匠作は、結城合戦の戦場で討たれたのではない。美濃垂井金蓮寺で処刑された春王・安王の仇を討とうと奮戦し力尽きたのだ。匠作は、「当座の讐敵」として長尾実景を考えるが無理と悟り、手近にいた処刑執行人、牡蛎崎小二郎と錦織頓二を狙う。錦織を殺したが、牡蛎崎に討たれてしまう。と、番作さんが群集の中から躍り出して、匠作を殺した牡蛎崎を討ち、匠作・春王・安王の首級を奪って逃走する。匠作の仇は、番作さんが討ち果たしている。復讐心に燃えた匠作の瞳は、「当座の讐敵」長尾実景を通り越している。「当座」と言う以上、一段上の上杉清方も射程に入れているのだろう。しかし、その先は? 建前上、結城攻めを命じたのは室町幕府であり、春王・安王の処刑も室町幕府が命じた。春王・安王の仇を室町幕府とするならば、まだしも可だ。

 匠作の最期の思いは、長尾実景を通り過ぎ総大将・上杉清方あたりまでは射程に入れていたかもしれない。しかし其れは、春王・安王の仇としてだ。番作さんは牡蛎崎小二郎を討って満足している。更なる復讐に就いて、何も言わない。信乃に、足利家重代の宝刀・村雨を献上して足利成氏に仕えろと言うぐらいのものだ。匠作さんの英雄的行動で、大塚家の忠義債務はなくなっているように見える。大塚/犬塚家と対照可能な里見家も、当主・季基一人の命を以て、持氏・春王・安王への忠義債務を履行している。大塚家の匠作に当たる。義実は上杉管領家とは敵対しないし当初は、管領家を窓口として官職を授かっている。大塚/犬塚家も、既に結城合戦は清算した筈であった。信乃も別に両上杉家を怨んでいるふうでもなかった。

 扇谷上杉定正が結城合戦最重要の仇とは思えないし、剰つさえ信乃が言い立てるべきこととは思えない。しかし九十一回になって急に信乃は、定正を仇呼ばわりしている。

 

 別に肩を持つわけではないが扇谷上杉定正は、結城攻略に関わっていない。何たって、本来なら、まだ生まれてなかったんである。此ほど確かな非存在証明はない。それどころか永享乱および結城合戦は、関東管領・憲実が張本人といえるし、結城合戦で討伐側総大将は上杉清方であって、共に山内上杉一族である(憲実は嫡流への養子。清方は庶流として越後上杉家へ分岐)。扇谷上杉は副将に名を連ねているが、山内上杉家が主犯だ。上記の上杉清方は、八犬伝にも登場している。直接の行為描写はないが、長尾因幡に命じて春王・安王を護送させている{第十五回}。長尾因幡守実景は実際に春王・安王を捕らえたともいわれている武将で、護送も史実と考えられている。扇谷上杉家は清方に従う形で結城を攻めたに過ぎない。定正の祖父持朝は、せいぜい副将である。しかし信乃は結城合戦の復讐として、定正の五十子城を攻略した。生まれてもいない、副将の息子を結城合戦の仇として狙うとは、聊か執念深過ぎやしまいか。

 

 しかも永享乱は室町幕府が治罰綸旨を奉じて行ったものだから、持氏は朝敵だ。朝敵残党の起こした事件が、結城合戦なんである。里見季基・義実も大塚匠作・番作さんも、連座している。結城勢討伐は、{飽くまでも}建前上のみに於いては、朝敵残党に対する公権力に依る処刑であって、執行人を恨むべきや否やは難しい所だ。勿論、此の「綸旨」は天皇の積極的意思というよりは、【自動販売機】から出てきたものと考えるべきだし、綸旨は当然、天皇不在の裡に発行された理不尽なものであるとの可能性だってある。が、ならば理不尽に「自動販売機」の釦を押した者こそ仇とすべきであって、だったら矢張り山内上杉家か、せいぜい室町幕府中枢こそ怨まなければならぬ筈だ。命令を聞いた格好の扇谷上杉家を恨むは筋違いであろう。信乃は第一次五十子攻略に於いて、降伏した扇谷上杉勢を殺戮しろと求める道節に対し、【仁】を強調して拒む。此は里見義実が安房で旗揚げした時の論理/倫理でもあった。則ち、馬琴にとっても理想的な論理であろう。信乃の言動は、矛盾しているように思える。

 

 八犬伝でも扇谷上杉と山内上杉は、密やかな対立関係にある。定正が暗愚なるゆえ賢臣・太田道灌父子を迫害し結局は亡びていく、との当時からあったストーリーを、ちゃんと採用している。また馬琴が、一般に三浦半島出自で里見家に従ったと言われる正木大膳(八犬伝表記は政木大全)を扇谷定正家中の忠臣として描いた意図は、明確にされていないが、実在の旗本などとして子孫が生き残っていた太田道灌の投影にも思える。忠臣が迫害される点が、太田道灌ストーリーと重なるのだ。いやまぁ道灌の子孫は里見家に仕えたとも云われているけれども、正木大膳家からは養珠院、紀州家の祖を産んだ女性も輩出されている。太田道灌を繋ぐことで、紀州徳川家に連なる正木大膳家のストーリー性を高め、結果として里見家に特殊な意味を持たせようとしたのだろう。言い換えれば太田道灌のストーリーを実質的に政木・里見家に継承させようとした疑いがある。勿論、同時に定正の暗愚も強調している。即ち、太田・正木/政木の混淆と考えても良いのではないか。即ち、史を稗史へと変換している。歴史の捏造だ。

 

 足利持氏と山内上杉憲実との対立が永享乱に繋がるってのは、当時の軍記からして書き立てている(但し持氏が悪者だったりする)。結城合戦が理由で信乃に怨まれていると知ったら、定正は「なんで俺?」と思い悩むに違いない。悩むだけ無駄だ。

 史実は、実は関係ない。実際に定正が信乃に対面して「俺じゃないよ。俺より顕定狙えよ」と言い訳しても、「うるさいっ。お前だって、ちょっとは関係あるだろ」の一言で片付けられるだろう。道節とベタベタしていた故に、信乃にも馬鹿が感染ったんじゃないかと心配になる。もう一人の関東管領・顕定は{養子ではあるが}山内上杉で、彼も結城合戦時には生まれていないけれども、まぁ強いて云えば此方を狙うのが筋だろう。

 

 にも関わらず信乃は、五十子攻略を、結城合戦の復讐と位置付けている。船虫刑戮なんかとは違って、単なる【結城法会直前復讐キャンペーン】とも思えない。勿論、定正も山内上杉家を「同宗の管領」{第百五十二回}と意識しているので、信乃に狙われても仕方がないとは言えるのだが、優先順位が滅茶苦茶だ。信乃は山内上杉顕定に憎悪を抱いている風を見せず、長尾家に殊更敵対する素振りを見せない。結城合戦を理由に定正を憎むなら、越後長尾家の箙大刀自をこそ、より憎むべきではないか。尤も、大刀自の娘・蟹目前が、本人としては結構な善玉なのに、悲劇の裡に自刃するは、或いは、春王・安王を捕らえ殺害した越後長尾家の血を引くからかとも思ったりするけれども、恐らく、考え過ぎだろう。結局、定正を仇と認定し実際に五十子を攻略する理由とする信乃は、かなり捻くれた心性をもっていると云わざるを得ない。

 事実に於いて、信乃の最重要な仇は、扇谷定正ではない。しかし信乃は、定正を祖父・匠作と安王・春王の仇だと言い募る。信乃は乱心したのであろうか。(お粗末様)

 

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