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われ既に姉の為に、その荘園を争はず。いかでか一口の大刀を惜ん。しかはあれども件の宝刀は幼君のおん像見、亡父の遺命重ければ、この身と共に滅ぶとも姉夫には贈かたし。又その初村雨を成氏朝臣へ進らせざりしは姉をおもふのゆゑのみならず。春王安王永寿王みな持氏のおん子なれ共、わが父は春王安王両公達の傅たり。この両公達撃れ給はゞ宝刀を君父の像見として、おん菩提を弔奉れ、と親の遺訓を承たるのみ。永寿王へ進らせよ、といはれし事はなきぞとよ。われはこの義に仗ものから、汝が人となるのちに、件の宝刀を督殿(左兵衛督成氏なり)に献せて身を立させんと思ひにければ年あまた賊を禦ぎて秘おきつ{第十九回}。
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