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独考といふふみのあげつらひ
上の巻
……中略……
第五心の乱世
……中略……
第六金の居処
……中略……
論に曰、こは忠信の一議にして、うち聞く所道理に似たり。閨人にしてかくまでに経済を上げつらひしは、いとめづらかなりといはまし。しかれども、そは只末を咎めて、本トを思はざるのまよひなり。孟子の上下交征利而国危矣といへるよしは、から国戦国の諸侯は、おの/\力戦して、人の国を奪取るを快愉とせし折なれば、いたく利欲の利を貶して、をさ/\仁義を説たるなり。利といふものは貴賎に法りて、亦これなくばあるべからず。只貪らざるを善とするのみ。周公旦はその子伯禽を箴めて、利而不利といわし事などを思ふべし。
金銭には定れる主あらず。彼レに借しこれに返し、これに取り彼に与へて、竭ざること泉のごとく、海内に融通せざれば、瓦石と異なることなし。しかるに豊凶あり、民に疾病あり。入るを計りて出さゞれば、何をもてその足らざるを補ん。泰平の貴賎は奢らざるもの稀なり。貴人先驕りて、賎民も亦奢れり。貴賎の奢究るときは、入ること少して出スこと多し。足ざるときはこれを他に借リて、不足を補ふの謀をなすものから、驕の淵源を塞ざれば、家臣の切米を減し、貴人の食膳を減すといふとも、多く虚約にしてその蔽を補ふに足らず。年も定らざれば、年貢はわが物にして我者にあらず。是貴人の窮する所以なり。しかれども世禄の家は、借財の為に領地を失ひ、主従流浪することなし。いかにとなれば、領する所の土地山川、年々米穀諸物を出して、竭ることなければなり。又金主貨殖のともがらは、家に数万金を積むといふとも、一撮土の領するなし。富て奢るものは財竭く。既にその財竭て、子孫零落せざるはあらず。されば町人は武家によりて富ムものあり、又武家によりて窮するものあり。こゝを金銭には定れるぬしなしといふなり。
いにしへの聖王賢君は、民とその利をひとしくす。今もなほ尓なり。譬ば今こゝに百二十石の田地あり。其米を獲るに及びて、四十石は地頭にこれを取り、又四十石は耕すものこれを取り、又四十石は明年の種子とす。是民とその利を等くするにあらずや。又町人の貸金も、亦これと同かるべし。年貢諸運上の利は我レにあり、貸進売買の利は彼レにあり。これ亦民と利を等くするの義なり。しかるに我レに足らざる事ありて、彼レに借リて急を救ひ、その利子を取るを咎めて、これを憎むは不仁ならずや。多く借るときは、その利も多く出ヅ、少く借ればその利も少く出ヅ。絶て借ことなければ、彼レいかにして利を求メん。周公旦の魯君伯禽に誨て、利して利せざれ、といひしは是なり。国君はおのづから国君の利あり、民にも亦おのづから民の利あり。我ガ利をば利すべし。民の利をば利すべからず。もし町人に借財して、その利を取せじといはゞ、これ利して又利するにあらずや。あるひは又百姓に斂を厚くして、年貢の外をしぼり取れば、是亦利して利するなり。かくの如くなるときは、百姓町人は何をもて妻子を養ひ、何をもて生命を繋ん。こゝに私して人を恨むは、その苗の碩なるをしらざるものなり。甚しき吝気にあらずや。
いと憚あることなれども、貴人にして借財の為に苦しめらるゝは、驕奢と不経済との蔽に成るとおもはる。何をもて奢るとは問ば、答ヘていはん。すべて貴人の情はみづから賢なりとして、過をしること稀なり。この故に表かたの財用は、役人にうち任せて、わが有の思ひをせず。諸家臣にはいまだ切米を取ラせざれども、納戸金を催促して嬖妾を賑し、その私を厚クせらるゝもあるべし。これによりて、倹約の名はありながら、上下一致の倹約ならねば、労するのみ。その益少し。足ラざるうへにいよ/\足らずば、貧を子孫に遺すもあらん。又何をもて不経済とするやと問ば、答ヘていはん。泰平の世の貴人は、安きに熟て政事もその献立を見るごとく、みづから其味を味ふ君は稀なるべし。しからばこれを料理する役人に人を得ざれば、蔽なしとすべからず。凡財用を掌る役人には、その禄を厚クして、私慾を禦ぐをよしとせんか。その禄あまりあればその人廉なり。その人廉直にして私慾あるものはあらじ。しかるに財用を掌る役人は、その禄は表かたの役人と等して、貧富は雲壌の差あるものもありとおもはる。主君まづその故を思慮せらるべき事ならんに、さもなくば是その献立のみを見て、その味ひを味ハざるにあらずや。又褊藩に仕たる小禄のともがらは、受る所の禄をもて、妻子を養ふに足らざれども、なほ先格を追ふて、式目には熨斗目を着よ、何の日には何の衣服をと、おごそかに沙汰せらる。むかし質素なりける時も、その禄はおなじうして、諸雑費は十倍する今ノ世の態に随ひ、不足を補ふ恵なくば、足らざるものはます/\足らず、みづから増スの余力なくば、不正のこゝろを起すものあらん。家中に煙を立る衆臣、一家にして幾人なれば、その衣食雑費等、いくばくの没匁といふ胸勘定を疎にして、足らずとしりつゝ禄を増さず、足らずとしりつゝ禄を受ケて、内職をせん暇もなけれど、なほ正首に使れて、労を辞せざる故は何ぞや。こゝを去リて他に求ムるとも、禄の増す事稀なればなり。且ツその貧に熟たる故に、からくして世をわたるなるべし。
又借リ米といふ事は、から国にも周の時よりあり。この事、墨子に見えたり。その借米に五等あれども、凶年飢饉ならずして、臣下の禄を減すことなし。一旦臣下に借るといふとも、遠からずして返すことなり。又天朝もいにしへは、天子供御の教を減ぜられ、公卿大夫は請まうして、職田を減少せし事しば/\あれども、凶年ならでは許させ給はず、翌年五穀登をまちて、則返し給はりにき。和漢にかゝる例はあれども、今ノ世のごとく財用足ラざるによりて、家臣の禄を減らすと、或は五年、或は十年、或は年の際限なく、借リて返さずといふ沙汰は、いにしへに聞くことなし。この故に君の為に忠を尽くし、歓て使るゝ家臣は稀になるもあらん。
この借米の沙汰はあれども、財用はなほ足らず。よりて斂を厚クして百姓を責しぼり、領分の融通止りてせんかたなきまゝに、江戸大坂に金主を求めて、年貢を町人に分与へらるゝもあるか。よしや一旦渠に借るとも、余財を計りて多く借らず、碁月は過れども返さず、こゝの金主を倒して、かしこの金主をこしらへ、浮薄の役人、一旦の窮乏を救ん為に、言を飾り約に背くによりて、金主は聞おぢしてかろ/”\しく貸さず、権を渠等に取られて、諸士は金主に膝行頓首し、朝に侫ひ夕に媚ても、なほ貸さずやと患るもあるか。
大約一国の君は、一国の民の父母なり、一郡の主は一郡の民の父母なり。領分の民を見ること子のごとく慈み、斂を薄クして課役を省き、民を富し育るときは、火急の用金ありといふとも、これを他所に借らずして、領分なる百姓町人相歓て調達せん。かゝれば財用の足ると足ラざるとは、よくその民の心を得て、倹を守ると守ざるとにあり。よしや領主のみ庫に巨万の財を積とも、領分なる百姓町人困窮し死亡せば、亦何の益かあらん。よに俗吏の拙策は、近きを知りて遠キを揣らず。財用足らざるまゝに、領分の竹木を多く伐取ることありと聞り。その樹を伐尽すが為に、風除を失ひて田園を損じ、五穀登らざれば、民人困窮す。又其樹を伐リ尽すが為に、山は崩て江を埋め、魚鼈よらざれば、漁者他領に移る。陸には五穀の利を喪ひ、海には漁猟の利を喪へば、民離散して耕すもの稀なり。しかれどもなほ悔ずして、君の庫廩を富さんと欲するは、皆俗吏の所為なり。領分なる民富マば、便是領主の富なり。まいて借財の利によりて、町人のゆたかなるを妬く思ふはこゝろ浅し。幾万金の借財ありとも、借財の為に大名の売居といふことなければ、是を補ふ才ある役人、その道に当るときは、朝日に氷の解るごとく、終に無借の家とならん。只経済に長たる人を知ることのいと難く、用るとはいよ/\難かり。利害を知りて是非に暗きは、是俗吏のこゝろなり。是非を知りて利害に暗きは、是儒者のこゝろなり。よくこれをかね用ひて、よく下の情を察し、よく人を使ふことあらば、是賢君といふべきのみ(是非は公道なり。利害は人情なり。このふたつに通達せざれば、機にのぞみ変に応ずる事かたし)。
論者曰、余は嘗忌諱に触ることをいはず。まいて筆に載することなし。よに賎して貴きを犯すものは、枯レたる木をもてもゆる火を打がごとし。事に益なきのみにあらず、亦殃危を取るのはし立なり。しかれども今、独考をあげつらふに及びて、おぼえずして犯すことあり。只その作者の需に応じて、他見を許すものならねども、なほ群小の慍を懼る。秘よかし。作者の惑ひを解ことあらば、小補なしとすべからず。
考ヘに又云、今の世金あらそひに化せられて、主君の御領をけづり給はり、わが物にせんと願ふともがらは、弓矢取リては御みかたたるべけれども、金銭を争ふ乱世のふりをもていはゞ、まさしき御領のおん敵ならずや、といへり。論に曰、賞罰は政事の枢機なり。功ありて賞せざれば士のこゝろ怠る。士の心怠るときは、賢才を挙るによしなし。罪ありて罰せざれば不肖者すゝむ。不肖者進むときは、亦賢才を挙るに由なし。もし人の臣として、その禄の増ことを願ハずば、是人情にあらずかし。凡かくのごとき人あらば、堯舜も使ひがたしとせん。しかるに貴人は近きを愛して、遠きを恵ざることあり。その便侫を歓びて任用し、禄を増さば、御賞罰に私するなり。賞罰法度は主君の行ふところにして、主君まづこれを破ることあり。主君まづ法度を破りて、家臣等も亦法度を犯す。主君まづ賞罰に私して、家臣も亦無功の賞を欲す。政の得失を察せずして、下の悪をあげつらふとも、亦何の益かあらん。その功労の賞に当らば、禄をまさずばあるべからず。しかれども領地を減すの嫌ひあらば、加増の地を米に代て、一世に限らば可ならんか。
……中略……
下の巻
……中略……
第三 物の値段のたゞよふ事
論者曰、この段の考ヘに、近ごろ四文銭、南鐐銀など出て、よろづの価のぼりしかば、町人の身分のぼりて、武家の領のせまくなりし、といはれしはたがへり。上古には銭いとすけなくて、金といふものいまだなかりき。只交易を旨とせしのみ。五穀も亦すけなかりしかば、朝廷にみつぎ奉る物も、絹布綿の類多かりき。この後銀銭通用し、又銀銭を禁られて、銅銭を通用させられしが、七八百年こなたは、銭を鋳ることを停られて、宋銭を用ひ、又明銭を用ひられたり。その余波今なほ宋の元祐銭、明の永楽銭等あり。この比は銭すけなき故に、米の価も亦廉かりき。しかれども世ノ人猶米をたふとみて、金銭はその下にあるが如し。慶長以来佐渡より金銀夥しく出、寛永に至りて寛永銭通用し、そのゝち鉄銭をもまじへ用ひられ、宝暦明和の間、五匁銀、十匁銭、又南鐐銀、四文銭の通用はじまり、五匁銀と十文銭は程なく禁られしかど、鉄銭真鍮銭は本所深川なる座にて、年々に鋳させ給ふ事、安永天明に及び、南鐐銀は今もなほ吹せらる。よに金銭のさはなる事、いにしへにはその例もあらねば、世人金銭をのみ貴みて、米穀をいやしとする事、是自然の勢ひなり。これによりて物の価の上りしも、亦自然の勢ひにして、商人の幸ひにもあらず。何となれば、凡商人は金銀をもてよろづの物を買入れ、それを銭に換て売リ出すものなり。世界に通用すなる銭、いやましに多くなりては、本トの金銀につばめる事容易からず、銭の相場の廉きによりて、物の価は年々のぼるに似たれど、今昔の損益を考ヘて銭の少かりし時に比れば、物ノ価は昔よりなほ廉し。この故に諸職人おの/\細工の手を抜て、その損を補んとする程に、よろづの器物を昔の器物にくらぶれば、その麁悪いふべくもあらず。これ商人職人の利慾にて、かくのごとくなりゆきしにはあらず。銭相場に引あひがたき物の価によるものなり。しかれども算勘にくらきものは、唯見る所をのみ推て、物の価はのぼりつゝ、その物は昔よりいたく麁悪になりし事、皆是商人職人の利慾なりけりとおもふならん。かくて近年豊作うちつゞきて、米穀年年に下直なれば、武家の所領せまくなりしに似たれども、武家の窮する故に町人も亦窮せり。いかにとなれば、江戸なる商人等は、みな武家によりて世をわたるものなればなり。只江戸のみにあらず、諸国の城下、道中の駅々、町てふ町は、武家七分町人百姓三分より、その売得の利を見るものなり。さればにや、市中微賎のともがらは、只今銭百文に白米一升五六合を代れども、なほ妻子を養ふに難しとす。何となれば日毎に巷を売リありく商人は多くして、これを買んといふ人は少し。日雇車力の類、すべて微賎のものはさらなり、店商人職人等も準てしるべし。昔銭少かりし世には、米貴かりし故に、上下みな豊年を願ひしに、今は金銭をのミ貴しとする故に、武家百姓は豊年を患とす。しかれども民に余れる糧あれば、四海静にして盗賊起らず。豊年を歓ざるは、一時の蔽を補んとおもふのみ。長久の謀にはあらず。
さて又有得の町人は、町屋敷をもて、聚宝盆とも揺銭樹ともするものなれども、七分の積金を月毎に籾蔵へ納め奉るのみ、その余の事は寛政の御改正も、今ははや守るに由なく、年々月々に町入用の高のぼりて、雑費も亦さはなるうへに、いづれの町にも表うらに、あき店のなきもあらず、火災も亦しば/\なれば、地主の手どり金は、沽券の金利に引あはず。これにより、相伝の町屋敷を家質に入れても、武家へ金を貸すかた、金利にかなふをもて、世に金かしのさはなるは、上下一同の議にぞ有ける。げに町屋敷は町人の至宝なれども、今は沽券の金利にあひがたし。金をかし出すは甚危きわざなれども、町屋敷にくらぶれば、十倍の利得あり。さればとて金かしばかり富ムにもあらず。貸シて利を得んとして、本を喪ふもの往々あり。凡貨殖のともがらは、一日もその金の出て働ざるを患ひとす。この故に千両の分限は千両を貸出し、万両の分限は万両をかし出して、その金の返るまで、余財は多くなきものなり。こゝをもて市井金主の銭財は、武家の為に積ムに似たり。その利によりて世を渡れば、富ムがごとく見ゆれども、衰るも亦速なり。有得なれば出納の損益を考て、寝食を安くせず、日々に奔走して務いとなみ、又活業に疎きものは、踵を旋さずして零落す。町人の経営のいと辛きに比れば、安然として世を送る士人は、銭のなき筈なり。しかれども町人に、その富動きなきものは、いくばくもあることなし。商人は日々月々に売溜、銭を集出して、その足らざる物を買入レ、金かしは返りし金をあそばせず、又貸出すものなれば、余財はいくばくもあらざれめれど、金銭の出入間断なきにより、よそ目よりこれを見れば、只世界の金銭は町家に落るとおもふなるべし。
しからば今武家百姓町人ともに、窮する故はいかにぞといふに、みな是驕る故にぞありける。凡貴賎の驕りし事は、元禄よりこなた終に又今日に至りて、禁がたし。その間に損益はあれども、世界一統の事なれば、われ驕れりと思ふばかりに、金銭をつかひ捨る馬鹿ものこそ稀なれ、衣食住、吉凶贈答、これを元禄以前にくらぶれば、驕奢年々にいやましたり。都会の地は人多き故に目にたゝねども、江戸近在の百姓ばら、畊作の外は雪駄を穿羽織を着て、雨ふる日には木履傘をもたぬもなし。女子も亦是に準じて、衣裳髪の上の物迄、をさ/\江戸様を写さゞるは稀なり。これらは三四十年来の事なれば、余が見聞く所をもていふなり。貴人みづから節倹を旨として、民に驕リを省く事をおきてさせ給はゞ、世界の窮鬼は漸々に亡て、いよゝます/\ゆたかならん。鍋銭と唱るもの多く出、又四文銭と唱るもの多く出てより、物の価をのぼすることなかれと、制させ給ふ事しば/\なれども、させる験の見えざるは、銭の相場による故なれども、さればとて今さらに銭の相場をのぼしては、武家はいよ/\難儀なるべし。よしや一ツ旦銭相場をのぼするとも、世界に多き銭なれば、しばらくも得たもたず、又くだりゆくべきよしあれば、その勢ひ禁がたし。もしその蔽を補んとならば、驕りを省くを第一の謀とすべきものか。
又考へに、江戸市中大火のときに、物の価の俄頃にのぼる事あるは、またく町人等が利慾を恣にする故なりとおもはれしもたがへり。江戸は海船の運送のみにして、諸色輻輳する土地なるに、非常の回禄によりて、武家町大かたならず焼亡するに及びては、よろづの物を何処にか貯おくべき。これを速に引入れんとすれば、船にて積送りし物を馬にてとりよせ、馬に負せておくりし物を、人の肩もてとりよせなどする程に、その価ののぼる事は、おのづからなる勢ひなり。又大工、屋根葺、諸職人の賃銀なども、この時俄に上る事あるは、江戸数十万戸なる武家町人の家作を一時に造り立ることなれば、江戸なる職人のみにてはなほ足らず、近国よりよびのぼする職人は、往返の路用、滞留中の諸雑費さはなるにより、定式の賃銀にては人気すゝまず。この故に諸職人の賃銀をまして、速に招きあつむる謀をなすにより、家を焼れたる江戸の諸職人も、或は妻子を田舎へつかはし、或は残りたる所親がり遣しなどして、おの/\棟梁の手につきて、働んと欲する程に、さしも数十万戸の家作、半年ならずして同時に成就するなり。これ亦商人職人の、利慾に耽る故なりとばかり思ふはたがへり。家を造らする人も相対にて、賃銀の上るをいとはず、事を速かになしはつる、一時の権なり。しかれども物の値段をのぼすべからず、諸職人の賃銀をますべからずと、そのたび/\におほやけより制させ給へば、直段賃銀ののぼれるも、しばしが程にて、本にかへらざる事なし。そが中に、衆人の難儀をさいはひにして、高利を貪らんと謀るともがらもあるべし。そは奸民のわざなれば、賊情をもて論ずべし。是を平民と推ならべていふべからず。政の得失は、民の情を得たると得ざるにあり。その情を得ざれば、千万言の論議もなほ当ること稀なり。家を焼うしなはれしうへに、物の直段の上れるをいたみ思ふは、婦人の仁なり。その直段の上れるは、何の故ぞとよくもしらで、只顧町人をのみにくめるは、亦是婦人の臆断なり。かゝるすぢは婦人のしるべき事にあらず。又あげつらふべき事にもあらずかし。
又考ヘにいはれし、近ごろ紙に土をまじえて漉出すことなども、右なることわりをもて推さば、暁りやすかるべし。就中紙は近来貴賎おしなべて、これをつかふこと、昔に十倍せり。いかにとなれば、昔は貴賎大かたの所要は文通せず、只使にいひふくめて、迭に口状にて事を済したり。今は数百歩の間なるも、迭に文通す。又昔は書籍のすけなかりき。近来は年々に出し新板の書籍、及錦絵と唱る翫び物のたぐひまで、おびたゞしき事揣がたし。これによりて紙の直段の上れるも、自然の勢ひなり。しかれども価格別に貴ければ売れず。且ツ官府のおん咎もかしこければ、紙漉商人等已ことを得ず、下直なる紙には色を白くせんとて、石灰白土を入れて漉出すもあらん(紙のうらに土あるは、砂地にて乾ときに入しなり)。今もよき紙には、土を入るゝことなし。銭の相場のくだりゆくまに/\、物の値段の昔よりいたく上れりと見ゆるも、金一両に銭四貫文を換たる、五六十年の昔に比れば、今の貴きは貴きにあらず。紙木綿の類は利の細きものなり。紙漉紙問屋等、下直なるをば、直段と本銭と引あはずして利のなきにより、已ことを得ず白土を入るゝもあらん。町人なりとて、貪欲邪慳なるもののみならんや。すべてその年を推究め、損益をよく考ヘて、あげつらふべき事なり。
只紙のみならず、近来はよろづの塗物、その他みな麁悪にして損じ易し。これをいかなる故ぞといふに、昔銭のすけなかりし時にくらぶれば、直段廉き故なり。且ツ今の人気は、当座凌ぎといふことを旨として、一銭たりとも下直の品を歓ぶなり。こゝをもて諸色細工の手を抜て、おの/\彼レよりは我やすく売らんと欲する故に、よろづの物損じ易し。昔の人気はしからず。価は貴くとも固地なる物をよしとして、子にも孫にも相伝へんとて蔵めざるは稀なり。昔は世の人気寛やかなれば、始終の得失を考て事を急がず。こゝをもて細工はよろづ手をこめて、おの/\彼レよりはわれ堅地に造り出さんと欲せし故に、よろづの物損じ易からず。今の世の人気は急なれば、事を速にして始終の得失を考へず、且ツ火災もしば/\なれば、只当分の用だに足レば、よしとせざるもの稀なり。これにより職人等、細工の手をぬくのみならず、その材も今は昔に及ざること遠し。昔火災稀なりし時は、木を伐出すこと多からず。その年を積ておのづから生たつを待て、伐出せしなり。近来は江戸の端々にも、新地の多くなりたるうへに、火災も亦しば/\なれば、山林は数を尽して、木を伐リ出さゞる処もなし。是によりその樹をはやくそだてんとて、弱木のときより年毎に、その下枝を伐リ払ふ故に、樹の長大になることはやけれども、木節のび木理あらくして堅からず。こゝをもて家作に用れば朽易く、器物に造れば損じ易し。昔の諸木材は、節つまり木理細密にして堅かりき。こゝをもて家作に用れば朽ること遅く、器物に造れば久しく亡せず。これ今昔の人工と、諸木材に精麁あるの所以なり。よしや生涯考たりとも、これらのよしは婦人の自得せしむべきにあらねば、序におどろかしおくのみ。
又考ヘに、みやづかへにのぼりしとき、おん次なる女中に、武家よりのぼりしと、町よりのぼりしがありて、をり/\武家と町人の優劣をあらそひしを聞く。町人は飽までに、武家をばにくむものなりけりとおもはれしも、耳を貴みて目を賎めるまどひなるべし。おのれは武家に生れて、後に市に隠れしかば、仕官の情をも商人の情をもよく知れり。町人なりとて何の怨ありて武士を憎むべき。江戸はさらなり、何処にても、商人は武家の蔭に立て世を渡るものなれば、およそ町人たるもの、武家をあだに思ふはなし。しかれども町に生るゝものは、町人よりめでたきものはなしと思ひ、遊里悪処に生るゝものは、遊里悪処よりめでたきものはなしと思ひ、乞食小屋に生るゝものは、乞食も亦わろきものにはあらずと思ふ事、是女子小人の俗情なれば、其ともがらが面々の身びいきをして、詞たゝかひなどせしは、おのが得意なる歌舞伎役者を譏られて、泣もし笑ひもするにおなじ。一婦人の方外吝気をもて、町人のこゝろばへは皆かゝるものぞと、思ひとられしは浅はかなりき。
しかれどもその意味なきにあらず。あき人はおのも/\出入する武家を、渡世の真ばしらぞとおもはぬもなけれど、役人わろければ、町人の物を買ヒとりてその価を取らせず、諸職人等に作事を請負せて、賃銀の滞るもなきにあらず。かゝれば町人は、武家によりて発跡るも有、又武家によりて衰るもあれば、町なる女子どもは、武士はなさけなきものぞとおもふもあるべし。又彼ノアダムに給はせし煙草の如く、商人の賄賂をうけておのれを利するもあれば、町では女子どもすら侮る事もあるべし。又あき人は物を買ふ人を得意とするものなるに、われこそ両刀を帯るものなれとて、町人を芥のごとくに見くだすもあれど、さる人は物を買ふとも、価の滞るがおほければ、町人も亦かゝる人をうやまはず。且ツ大江戸なる町人は、みな公の民ならぬはなし。その家によりて苗字御免のものも有り、年頭に御目見のものもあり、御大礼の折には、御能拝見の地下につらなり、御酒御菓子をくだし給はる事もあり。尓るに陪臣たる人々は、町人を犬のごとくに思ふものさはなり。それも有禄の人々は礼儀正しく、出入の町人なりとていやしめず、温順にして応答叮嚀なるもあれど、門番足軽などに至りては、町人とだに見れば、させる失もなきに、いたく叱り懲すをこゝちよしとする癖あり。中間小ものに至リては、主家に出入するを恩に被て、動すれば透を窺ひ咎を負せて、酒にせんとはかるもあり。あき人は渡世の為に負て、事を好ぬものなれども、挟して心服せざるは、これらの意味にやあらん。又市中には一町毎に好みて書を読むものあれど、小藩なる人々は文盲多し。これにより、陽には、そのともがらを敬ふごとくすなれども、下ごゝろには侮るものもあらん。且江戸の町人は、武家の間に挟れて世を渡るものどもなれば、おのづから武士に狎て、何とも思はぬもの多かり。しかれども巨商、町役人等、及よのつねなる商人にも、小了簡あるものどもは、武家をあだに思ふはなし。しかれども富て礼を好むもの稀なれば、彼ノ武家の用金をわけ給はる町人は、貴人のかん目を給はる程に、その富貴を羨みつゝ、こゝろ驕るものなきはあらず。これにより陽には質素の如くすれども、その妻妾はいたくおごれり。その驕り極まるときは、子孫零落せざるはなし。是則市中良賎の俗情にして、武家と町人と相刻するのいはれなし。もし町人に侮らるゝことあらば、武士の恥ならずや。
から人はあき人を賈豎といへり。賈は商人なり、豎とは小児の事なり。現あき人といふものは、売買のうへにこそさかしけれ、その余の事には浅々しくて、義理に疎く礼儀をしらず、心いやしく私多し。小児にひとしきものなれば、名づけて賈豎といひしなり。しかれども匹夫もその志を奪ふべからず。もし武家にして部内の町人をいたく憎まば、町人も亦その武家を讐敵の如く思ふべし。この故に孟子曰、君見臣如草芥臣見君如讐敵。見るべし、君臣の間すら、相憎むときはかくの如し。いはんや町人をや。只おそる、貴人もし、かの書によりて讒言そこに行はるゝことあらば、禍辜なきものに及ばん。これ公論なり。町人を贔屓にあらず。心をとゞめて味ふべし。
     ◆
 
 
 
→馬琴の経世済民論
 
→兎の小屋

→犬の曠野