新蒟蒻物語「巨根の悲劇」    夢幻亭衒学

 今は昔、信州長野にお百姓夫婦がございました。結構、羽振りがよかったのですが、或る時、夫が所用あって旅に出たんです。旅に出て道を急いでいると山の中で豪雨に見舞われました。こりゃ困ったと木陰で雨宿りをしながら辺りを見回すと幸いにも一軒家がありました。夫は一軒家を訪ね雨宿りを頼みます。三十ばかりの主人は快く迎えてくれました。

「いやぁ、雨の中、大変ですねぇ」と主人、キセルの雁首で火鉢の淵を叩く。
「まぁ、仕事ですから。しかし、助かりましたよ」と何気なく夫が主人を見やると、着崩した裾の間から主人の逸物が覗いている。それがまさに逸物で、「それは膝か?」と思うぐらい。夫は驚き、
「ちょっちょっと、ご主人。不躾なんですが、それ、ご主人のアレ」と指さす。
「あ、いやぁ、見えちゃいました?」主人は頭を掻く。
「凄いですねぇ。そんなの初めて見ました。よく見せて下さいよ。それで、さぞかし女性を泣かせてきたんでしょ。ひっひっひ」
「そ、それがぁ……」主人は途端に悲しそうな顔になる。暫くして顔を上げ、
「実は私は、この麓の酒屋の倅でして、何不自由なく暮らしてたんですが、色気付いて、まぁ人並みにお尻を追っかけたりしてたんです。で、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、イイ雰囲気になった娘もいるんすよ。でもね、いざとなったら、この大きさでしょ、女の子達は『ヤだぁ大きい』とか言って大ハシャギするんですが、入れさせてくんない。そりゃそうですよね。入らないもん。そんなこんなで、世の無常を感じて家を出て、山奥に隠れ住んでるんです」と涙ながらに語る。夫は、
「ってこたぁ、まさか、ご主人、あなたは……」
「そうなんですぅ。まだヴァージンなんですぅ」
「でも、ま、溜まるもんは溜まるでしょ。どう処理してるんですか? やっぱり、その逸物を両手で……」
「いえ、初めはそうやってたんですが、何分大きいもので。ちょっと下向いたら舌も届くし……。でもね、そうするのも凄く虚しくなって」
「ふむふむ、虚しくなって」
「裏に牝馬が繋いであったでしょ。あの娘に……」
「あの『娘』にぃ!」
「だって仕方ないじゃないですかぁ。人の女性には入らないんだから」
「ま、まぁ、そうでしょうけど」
「私だって悲しいんですよぉ。なんで、こんな体に生まれてきたのかって」

 やがて夫は用事を済ませ家に帰って開口一番、妻に向かい、
「あのさぁ、途中で面白いもの、見たよ」
「なにさ、面白いものって」
「かくかくしかしか」
「へぇ、そんなに大きかったのかい」
「でもさぁ、大きいってのも考えもんだよな。可哀想に」と夫は取って付ける。
「で、その大きさってのは、どれぐらいだったのさ」妻は興味津々。
「そぉだよなぁ、あ、アレぐらいかな」と床の間に飾っている花瓶を指さす。高さ約五十センチ、直径十五センチの筒型。
「嘘でしょぉ、そんなの、あるワケないじゃなーい」と大笑い 。
「本当だってば。だから、お前も俺の物が小さい小さいって、いつも言うけどさ、入るだけ有り難いと思いなよ。大きくて入らなかったら何の役にも立たないんだからさ」と夫も笑って、この場は沙汰止み。

 ところが翌翌日、妻が行方不明になった。夫は慌てて、お手伝いさんに尋ねる。
「あのさ、ウチのカミさん、最近変なそぶりなかったかい」
「いやぁ、別にありませんでしたけど……。あ、そぉ言えば昨日の午後、ほら、床の間に花瓶があるでしょ。あれを膝の上に置いたり腿に押し当てたりして思案顔だったですねぇ。変といえば、それぐらいで他は、いつも通りの奥さんでしたよ」
 「あ、そ、そぉかい。有り難う。えぇっと、どうしちゃたのかなぁ。ねぇ」と言いつつ心の中で、{あのスベタ、デカ魔羅男の話にのぼせて行きゃあがったな。まぁイイ、行き先は解った。追っかけてって、とっちめてやる。こんなこと恥ずかしくって人に言えやしないよ。まったく、もぉ}と急いで旅支度、明くる日に出発して、件のデカ魔羅男の家を目指す。漸く辿り着くと、主人が一人、暗い顔で出迎える。他に人の気配はない。
「あぁ、先日の。如何しました」
「いや、あの、えと、雨宿りの御礼を申し上げに参りました」と奥を覗き込む。
「はぁ、ま、お上がり下さい」ひたすら暗い顔の主人。奥へと通された夫は嫌ぁな予感がして、
「あのぉ、かなり落ち込んでらっしゃるようですが何かあったんですか?」
「うっ、ううっ、聞いてくれます?」主人は涙声。
「えぇ、話して下さい。袖振れ合うも他生の縁。あの雨で、ご主人と知り合ったのも、前世からの因縁でしょう。さ、話して。楽になりますよ」
「あうぅぅ、有り難うございますぅ。ひっく、実は、お宅さんが帰った後、一週間ぐらいして四十ぐらいの女性が我が家の戸を叩いたんです。なんでも、癪の差し込みが酷いので休ませてくれとか言って。私は断りましたよ。だって、私は独身だし世間ってのは、男と女が一つ屋にいたら絶対、ヤッたって思うもんでしょ。李下に冠を正さずってね。でも、どうしてもって言葉に負けて家に入れて風呂に入れてやって。あ、誓って言いますが、その時点では私には決して変な気はなかったんですからね。どうしてもって言うから……そしたら、その女、私の股間に手を入れてきて、
   『へっへっへ、お兄さん、イイ物じゃねぇか』
   『あっなっ何をするんです』
   『評判を聞いてワザワザやって来たんだ。タダじゃ帰らないよ』
   『ひょっ評判って、そんな、誰が。嫌ですっ。止めて下さい』
   『へっへっへ。あんたがデカ魔羅だってのはミィンナ知ってるさ』
   『あああっっ、そ、そんなぁ』
   『へっへっへ、女を知らないんだろ。アタシが教えてやるよ』
   『いやぁ、ヤだよぉ、止めてよぉ』
   『ふっふっふ、嫌よ嫌よも好きのうちってね』
   『嫌ぁぁ。止めてくださいぃぃ、うっく、うっく』
   『ぐっふっふ、なんだい、大きくしちゃってさ。感じてるんだろぉ』
   『嫌ぁぁぁ』…………
 そうして女の巧みな手管に私の物は心ならずも大きくなってしまったのでございます。こうなると血が、そちらに参りまして頭が貧血を起こし、抵抗することなど出来ません。女は指で舌で胸で、口には出せぬ様々な淫らな事どもを施し……。私は凌辱されてしまったのでございます。ここまでは、そりゃあ確かに肉体が反応したことは認めますが、心では女を憎み決して愛しては、いなかったのでございます。しかし、……」
「しかし。どうしたと言うのです」
「入ったのです」
「入った? 何が? 何に?」
「私のモノが、女の中に」
「あ、アレが……」
「初めてでした。私は初めて女の中に入り、そして果てたのです」主人は恍惚としていた。
「そ、それは……」夫は言葉を呑んだ{確かに妻のモノは広かったが……}。
「吐き出した後、私の上で腰を遣っていた女が私に覆い被さってきました。私は抱き締めました。女を愛してしまっていたのです」真剣な目で主人は夫を覗き込む。夫は目を逸らせ、
「で、女を妻にした、と」
「いいえ」今度は主人が目を逸らせ潤んだ声で、
「死んでしまったのです」
「裂けてしまったのですかっ」夫は主人の膝に手をかけた、と思ったら巨根だったために慌てて手を離した。
「いいえ、彼女も満足してくれました。私に。でも……」
「何があったのですかっ」
「二人で朝まで愛し合いました。彼女は朝になると甲斐甲斐しく朝食を作ってくれたり、掃除をしてくれたり……」
「あのグウタラ女が?」
「え?」
「いや、何でもありません。何が起こったのですか。一体」
「彼女は朝食の後、掃除にかかったのですが、最後に厩に行ったのです。そこで、馬に蹴り殺され、食われてしまったのです」
「馬に食い殺された?」
「食い殺されたのです。思うに長年、私はその馬を妻として暮らしていました。人間の女とは比べモノにならないぐらい従順でした。私も愛していました。何よりサセてくれたし。人間の女は誰一人として、私を受け入れてくれませんでした。しかし彼女が現れ、私は馬を裏切りました。馬も私を愛してくれていたのかもしれません。嫉妬の為に彼女を食い殺したのだと思います」
「で、女の屍は」
「裏の空き地に埋めました。隣に馬を葬りました」
「馬も?」
「長年連れ添ったとはいえ、人を殺したのです。泣く泣く斬りました。しかし、すべては私のアレが大きかったために起こったことです。私も後を追います」
「後を追うって、女が死んだのは事故だし、馬を殺しても犯罪じゃないし」
「いえ、私は死ななければならないのです」主人は思い詰めた顔。
「まぁねぇ、そこまで言うなら止めませんけど。じゃ、私はこれで」
「待って下さい。あなたとは因縁を感じます」
「え、あの、私は感じませんけど」夫は逃げようとする。主人は刀を手に前に回り込んで、
「いいえ、あなたと私は前世からの因縁で巡り会ったのです」
「そんなぁ、因縁つけないで下さいよぉ。迷信ですよ。因縁なんて。私に、どぉしろってんですかぁ」夫は泣きそうな顔で抗議する。
「私を埋めて下さい。彼女と馬の間に。生きた侭で」
「生きた侭でぇ。そんな殺生な。嫌ですよ。気色悪い。人殺しになっちゃう」
「即身成仏するのです。埋めて下さい。そうでなければ私は成仏できません」
「嫌ですよぉ。恐いよぉ。そんなことしたら、私が成仏できなくなっちゃう」
夫は主人の横をすり抜けて逃げようとするが、腕を掴まれ刀を首筋に突きつけられた。
「どうしても、やってもらいます」

 結局、夫は主人を生き埋めにし、くぐもる呻き声を背に逃げ帰りました。最後まで女が自分の妻だとは言い出せませんでした。そうして後年、「男女の相性というものは確かにある。妻は私のモノを小さい小さいと嘲ったが、私が小さいのではなく彼女のモノが大きかったのである」となむ、語り伝えたるとや。

(了)

後記:この話の出典は『今昔物語集』ではありません。江戸時代の根岸鎮衛とい
   う旗本が当時の噂やいろんな事に就いての蘊蓄を書き溜めた「耳嚢」(み
   みぶくろ)の巻一に収められた「大陰の人因果の事」が出典です。原文は
   主人が女を葬った所で終わっています。それから後の部分は勝手に付け足
   しました。『今昔物語集』本朝世俗部には千程度の面白オカシイ説話が載
   っていて、まだまだネタは尽きないんですが今後は、他の話も取り入れて
   いきます。ありていに言うて、今昔も耳嚢もイエロージャーナリズムみた
   いなもんで、ゴシップや変な話が多い。鯱張った”古典”の枠に入らない
   日本人の自由な想像力を今後も取り上げていきたいと思います。だって面
   白いんだもん。ちなみに、耳嚢は長谷川強校注『耳嚢』(岩波文庫199
   1)を底本としました。

犬の曠野表  紙新蒟蒻物語表紙