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康富記
{享徳四年正月}
六日壬子、晴、或語云、昨日関東飛脚到来、鎌倉殿(成氏、持氏御子)去年十二月廿七日、管領上杉右京亮(房州入道子)被召出於鎌倉殿御所被誅伐云々、是併故鎌倉殿御生涯事房州申沙汰之御憤歟、依之御所方与上杉手有合戦云々。
……中略……
{同年三月}
三十日乙亥……中略……
是日聞、一昨日(廿八)上椙丶丶(故房州入道子)関東発向、是去年十二月鎌倉殿被誅管領上椙弾正之間、為退治申鎌倉殿、為惣大将所被差遣也、御旗被下之、世尊寺侍従三位伊忠卿被書之云々、春三ケ月東方有憚、来月可進発之由雖存之、延引不可然之由、自室町殿被仰下之間、下向北国通云々。
……中略……
{同年四月}
三日戊寅……中略……後聞、駿河守護今河丶丶今日関東発向、関東御退治御旗被給之云々。
   
  
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