■伊井暇幻読本・南総里見八犬伝「プリンケプス」

 ところで現在の政体には、大統領制なんてのがある。直接選挙(もしくは選挙人選挙)によって、かなり強力な行政府の長を選ぶ形だ。アメリカ合衆国を本家とする形であり、故に最も最新式の類の政治形態だ。まぁ一党独裁の国家が最新って言やぁ最新式で、其の総書記だか書記長だかが最高権力者として君臨する形もあるのだけれども、此を本気で「最新」と考える者はおるまい。そう、「最新式」だからといって、人類が希求してきた、それぞれの人が幸せに暮らせる形とは限らない。実は大統領制を採用する国って、独裁国家が多かったりするのだ。数年前までのイラクだって、大統領制だった。チャウセスクも大統領だったし、アミンだって大統領だった。雄略のような「暴虐の帝」とか、ビスマルクのような「スーパーリーダーシップの鉄血首相」ってのは、過去の話だ。比較して現在は、王制や議院内閣制の方が穏便である。強力なリーダーシップは、際立った人格として表現される。だから、物事の本質を弁えぬ族は、際立った人格こそが強力なリーダーシップを生むと思い込みがちだ。が、「際立った人格」にも色々あって、妖しく人々を破滅に追い込むハーメルンの笛吹もいれば、【際立ったバカ】もいる。衆愚政治である。ヒトラーは、虚栄心と厳しい現実に揺れ動く国民を、実は自分たちは優越感を持っても良いのだと吹き込む程には、智恵があった。余り認めたくはないが、其れは其れで人間の弱さってものを射抜く、巧妙な筆法ではあった。が、表現は明快であっても、その実、何も本質を語れないまま権に押し上げられる者もいる。真に求められている者は、真実を平易明快に提示できる者なのだが、真実のシの字もなくて取り敢えず簡単な言葉を駆使する者が得をする。これなら、難解な言葉を駆使し真実を語りつつ真実を隠蔽しようとした者の方が、まだしも真摯であったと思い起こされる。余りの退嬰に、憂国の念を禁じ得ない。いやまぁ少しく前まで絶対的で非民主的な権力といえば、王制とか帝政であった。それが今や大統領制に取って代わられている。理由は簡単で、手続きが違うだけで、形として類似品だからだ。全国民の(投票者の過半数に過ぎぬかも知れぬが)総意として奉戴する以上、それは国家なる者の【人格】を代行する者である。大統領制では、(建前上は)個人に其の「人格」が凝縮され投影されている。王制(帝政含む)は、王朝として特定の「人格」を持つ。だから武断の王朝では王は武人でなければならず文治の王朝では読書人でなければならぬため無理にでも訓練させられたし、実力がなくとも「まぁそぉいぅことにしとこぉ」って誤解されてきた。また或る古代文明の王朝では王が定期的に国内をマラソンして体力を見せつけねばならなかったという。明確な「人格」を持つことが、実は強力なリーダーシップの前提である。故に、王制とか帝政そして大統領制は、【強人格】の政体で、同じ穴の狢なんである。共に独裁制へ陥り易い。対して合議的な、例えば幕府の評定衆制とか、まぁ大して事実上は変わらぬが政党内閣制とかは、行政最高責任者の「人格」が、より薄れる。最近では「首相公選制」とか何とか不可思議な話題も耳にするが、それは寧ろ大統領制に庶い。しかしまぁ、まだしも議院内閣制だから語彙のない、「日本」を語るに最も縁遠い者が権を執っても、何となくアカラサマな破綻を見ずに日本は存続しているわけだが、そうでなくなったら此の国は早晩、滅びるしか道がない。背景とは直接の関係を絶った単発の語彙をスットンキョーかつ断片的に叫ぶ姿は突発的に囀る鳥の如き鳥頭だが、鳥にしちゃぁ風見鶏にまで嫌われてるって、いったい何なのか、さっぱり解らないほど、奇妙な生物だ。権を執るより、天然記念物が、お似合いだ。

 ……かなり道草を食ったが、まぁ、要するに、「人格」が問題だ。強力な権力とは「明確な人格」であり、調整的な権力とは「拡散した人格」なんである。また、この「調整的な権力」を、トコトンまで突き詰めれば「無化された人格」となる。これが恐らく、馬琴が八犬伝に於いて、天皇の存在を認めつつ、でも幕府もしくは管領・有司を否定、天皇へもベッタリ臣従せずにいる、即ち中央権力が、少なくとも内政に於いては仲介とかの弱い調整能力しか持っていない状態を描き出した、政治的意味だろう。タームで言えば、それは既に「象徴天皇制」であり、この象徴的君主だけでは対応できぬ時のために使い捨て(即ち革命の対称たり得る)幕府/政府の存在をも、(平時には邪魔にしつつ)認めてはいる。

 ところで、里見家は、能力としては出来たろうけども、関東管領軍を全滅させたりはしていない。圧伏はさせるが、存在は許している。戦争を、それ自体が至上命題ではなく、単なる政治の一環として扱っているからだ。里見家の優位が読者に明示されたら話は済む。間に入っている室町幕府・鎌倉府を無きが如き位置に置ければ良い。結局、馬琴は八犬伝の中で、里見家の独立性を強調しつつ天皇を象徴的君主と認めているようだ。虎退治でも、室町管領を失脚させるに留まっている。しかし、管領、将軍、天皇の順に(実力は)弱くなるワケだから、室町管領を優越するとは、天皇を軽く実力/暴力で凌ぐことだ。最弱の天皇を、里見は蔑ろにはしていない。いや、最弱だからこそ、蔑ろにしていないと云うべきか。強権理不尽の者なら、容赦はすまい。虎退治した当の親兵衛も、天皇が自分を従六位上兵衛尉に叙する勅命を拒まねばならぬと、子供のように泣きじゃくる(って子供なんだけど……。第百四十九回)。この時の論理が振るっている。勅使(代)秋篠将曹広正は、「天の与るを取ざれば、反て咎を受る」と責めるが、親兵衛「人の臣たる者は只其君を以天とす」やはり辞退する。上っ面は常套句じみているが、かなり注意が必要だ。
 「礼記」なら「民以君為心、君以民為体(民は君を以て心とし、君は民を以てからだとす)」だが、親兵衛は君を「天」としている。これを儒教的な「天」とすれば、親兵衛の言葉は、君を「自分が生きる空間そのもの若しくは空間の主宰者」と規定していることになる。天皇は、自分の生きる空間の外部に在ると云っているのだ。だから親兵衛は天皇と繋がれない。流す涙は、尊皇意識からすれば天皇の勅命を受けなければならないが、自分の限界を里見家中と定めて拒絶せざるを得ない苦衷を表現している……表現しているが、親兵衛って、嘘寝して河鯉孝嗣を騙し自らの白く豊満な胸をまさぐらせた前科がある。今回も、嘘泣きでない証拠はない。此奴はガキのくせに、油断がならないのだ。
 いやまぁ親兵衛は、若しかしたら、本気で言っているのかもしれない。何たって彼が伏姫に養育されたって経緯もある。しかし、此のような論理を、八犬伝を貫く論理だとは、本文を読みさえすれば、全く思えない。八犬伝に於いて、「君は天」論など非常に特殊であって、一般論とはなり得ない。何故って、今までも縷々述べてきた如く、主人/君をコロコロ替える者がゴロゴロしているではないか。まぁ「コロコロ」は言葉のアヤで、そうコロコロ変える者は籠山逸東太縁連ぐらいかもしれないが、ゴロゴロはしている。それぞれ主君への遠近感は異なるけれども、里見義実、犬飼現八、犬塚信乃の三人だけを、試しに取り上げてみよう。里見義実だって、一応は足利成氏を主筋としている。現八も信乃もだ。この三人は、それぞれ成氏への遠近感が異なる。義実に就いては、父・季基の死で主従関係をキャンセルしたと強調している。現八の場合は、理不尽に殺されかけたことが、キャンセルのイーワケとなろうか。此の類型に、河鯉孝嗣も含まれる。信乃は、当主と仕えていたのは祖父までの筈だが、本人は父から譲り受けた関東公方家伝来の名刀を手土産に【帰参】しようとする(網干左母二郎によって擦り替え済み)。手土産だったら、道節みたいに関東管領家に仕官しようとする手もあったが、やはり関東公方家が主筋と考えていた信乃には、思いも寄らなかったろう。しかし偽物を献上した罪で追われ、逃げまくるうち本物の名刀・村雨も手に入る。関東公方に詫びを入れる道もあった筈だけれども、信乃は知らぬ顔で冒険を続ける。もう関東公方家とは、意識の上で切れちゃっていたんだろう。対関東管領戦の後、信乃は漸く村雨を関東公方に返す。八犬伝に於いて、主君を替えることは全然オッケーなんである。上記の如き「君は天」論は、一般論としては成り立たない。
 故に「君天」論は、親兵衛一流の、彼の生い立ちや資質のみに関わる言葉として扱える。……まったく馬琴は卑怯だ。「君天」論は、親兵衛にこそ似合う。だからこそ、親兵衛に言わせたんだろ。現八や信乃が云っても、「ふぅん。でもアンタ……」と嫌味を云われるのがオチだ。犬士だったら京でも活躍し叡感浅からざる仕儀と相なろうが、親兵衛が京へ向かう必然性を構築して、さも当たり前の様に他の誰も信じていない「君天」論を吐かせ詔勅を拒ませる。

 ……甘羅だ。「本文外資料」でも申し上げたが、第九輯口絵の「著作堂」讃に、「神童甫九歳 筋力捷成人 不羨甘羅敏 勇且唯得仁」とある。勿論、親兵衛のことを歌っている。史記巻七十一樗里子甘茂列伝に登場する、あの甘羅だ。祖父の甘茂は戦国時代の秦で、恵王・武王のもと丞相を務めた。昭王のとき讒言により罪を得て国外へ逃亡した。秦王政のちの始皇帝の代、丞相・呂不韋は甘茂亡き後に孫で十二歳の甘羅を召し抱えた。甘羅は秘策ありと自ら志願し趙への使者として起った。秦が燕からの人質を帰すとの条件で、忽ち五城を割譲させた。人質を帰すとは、友好関係を放棄し侵入する予告でもある。秦の支援を失った燕は、趙に攻められ三十城を奪われた。趙は十一城を秦に差し出した。結局、秦が合計十六城を得て、趙は差し引き十四城を得たことになる。甘羅は功により、上卿に列せられ、丞相であった祖父・甘茂の田宅を賜った。司馬遷は、奇計を捻出した甘羅を「仁義の君子ではなく戦国の策士」だと評している。人質まで差し出して秦との友好関係を得た燕であったが、秦側から一方的に契約を破棄するとは信義に悖る。信義に悖る使者として十二歳の少年が起った。大人だったら正面きって言い出せないことも、子供ならば出来る。燕が秦を非難しようにも、何のことだが解らずウロウロするうち、趙が攻めてくる。人質を帰された以上、秦に援軍を求められない。よしや非難できたとて、秦は「あぁー、アレねぇ。ありゃ子供のやったことだからねぇ」とはぐらかすだろう。秦の【国家としての人格】の埒外に位置できる子供の甘羅が遣ったことにすれば良い。趙にしたって、燕を攻略できたら五城なんて安いもの、【子供の使い】だって使者が失敗する筈もない。結局、甘羅が使者に起ったとは、自らが非公式と位置づけられることを狙ったものだ。多分、呂不韋か始皇帝の発案だろう。これだけの殊勲を挙げた甘羅は、後に特段の活躍を見せない。やっぱり、始皇帝辺りに利用されただけなんだろう。

 此の甘羅に擬せられているとは、親兵衛、里見が標榜する徳「仁」の化け物だとしても、子供だし、やはり里見の【国家としての人格】から外れた部分があることを示していよう。だからこそ、里見の論理とは外れる君天論を披瀝して恥ずる所がないのだ。逆に、親兵衛が子供らしく泣きじゃくりながら君天論を吐いてるんだが、馬琴は甘羅に親兵衛を擬すことで、此の場面は八犬伝一般の論理から外れることを明示している。君天論を以て、里見の根本的論理だと騙された読者も少しはいたかもしれないが、甘ったるい話を殆ど蔑視するかの如く、遊女の手練手管さえ見破り嗤う江戸パブリックは、そんなに御人好しではない。
 だいたい、君天論の如き封建的な言辞を口走る親兵衛にして、後に他犬士と共に隠棲、二世に致仕させていることから、八犬伝に於いては君主との関係は個人的なものであり、明らかに世襲の必要性は否定されている(世の中には不必要なものがあってしまうものだからか、世襲の存在自体は否定されていない)。
 実際の所、八犬伝に於いて、「君」は「天」ではない。暗愚の君がテンコ盛りで、里見義実でさえ、玉梓誅戮を躊躇ったとき、金碗八郎孝吉に、殆ど面罵とさえ言える激しい諫言を蒙った。全然、絶対的な存在ではないんである。って言ぅか、諫言を聞き入れる、絶対的ではない、臣の良心(天)によって軌道修正もされる浮遊する者が、良将なんである。十戸の邑にも忠臣あり。扇谷上杉定正にも、巨田持資・河鯉権佐なる忠臣があり、蟹目上なる賢妻があった。定正は、忠臣賢妻の諫言/忠告(正に文字通りの「忠告」)を聞き入れなかったため、滅びの道を進んだ。暗愚なくせに、いや暗愚だからか、忠告を聴かぬ頑迷さ故の、自滅である。「強力なリーダーシップ」ってヤツを誤解したバカの陥りやすい道だ。
 一方、「浮遊する君」の最終形態は、縷々述べてきた象徴君主制だ。強力なリーダーシップは、余程注意を払っていないと、頑迷に堕する。失敗した(自由選挙に拠らぬ)大統領制だ。象徴君主ではないものの、類型として近い里見家は、ただ最小公倍数的徳目である「仁」を、何とかの一つ憶えみたいに、言い募るのみだ。殆ど無色透明である(故に透き通って美しいとも言えるが)。対関東管領戦に於いてさえ、殺生するなと無茶を言う。道節はアカラサマに反発しているし、国府台合戦でも信乃率いる里見勢は鉄砲を用いて敵を総崩れさせる。信乃自身も敵将を射殺している。命令は、貫徹されていない。結局、犬士でさえ、大枠の理念として里見を奉じているに過ぎないことが解る。だからこそ、里見から天命が去れば、離れていく。

 此処で再び親兵衛の謂う「君天」論を考える。涙を流す云々の条から、前に見た「尊皇」云々の解釈が、ストーリーの流れからは正当であると信ずるけれども、八犬伝の世界観で、必ずしも君主は絶対的に臣下を統制できず、臣下の自由意思によって奉戴されている。其の様な場所で「君天」論を独り歩きさせてみようか。「天」は、子供が見上げる青い天(そら)、其の下で伸び伸び自由に活動できる大らかな空間だ。人は空を見上げ、其処に在る多彩流動なる雲の如く、様々に思いを廻らせる。其の「天」は「絶対的」な形を人に押し付けはしないが、様々な形を受け入れる点で「絶対的」だ。とはいえ里見の天にも境界があって、攻められたら防御するし、刑罰もあるから、幼児的自由の空間ではない。ちゃんと秩序はある。法がありつつも抑圧を感じないほどに自由とは、法が緩やかで且つ其の緩やかな法を皆が遵守できる空間だろう。「心所欲不踰矩欲(ココロの欲する所に従いてノリをこえず)」(論語為政)とは、衆愚を脱した共和制の姿だが、孔子の様に膨張欲の強すぎる人物でさえ、七十歳にもなったら、此の境地に至ったと云う。此の空間は、少なくともテレビ時代劇レベル(まぁ近世には実在しなかったろぉが)の強権武断の体制下には生じ得ない。故に親兵衛の謂う「君天」論は、八犬伝全体に及ぶとき、硬直せる封建制度下の言葉ではなくなる。
 「日本滅亡シリーズ」で示した如く、百代とか百年ってのは【大台に乗る】とか何とか【数の魔力】で人を囚える数字だ。永遠なる先ではなく必ず来るが、現状が全く変わるほど遠い先、を意味しているに過ぎない。字面の数字は、本来的な意味を失っている。馬琴だって、別に百年先キッカリに正当な解釈者が現れることを予言したのではないだろう。其の証拠に、いまだ八犬伝を能く解釈する者は、出現していない。だいたい江戸の大変態・馬琴を解釈できる者って、変態は変態を知る、かなりの変態さんだろうから、出現してもらっても案外みんな困るかもしれないし……。いやまぁ、とにかく馬琴の有名な「知音」待望論を、倣岸な自負とのみ解釈すべきではないだろう。だいたい単に難解であるだけのことを自慢できる筈がない。大衆小説として失格だ。そうではなく、自らの夢を存分に且つ密かに描くことで時代の枠を超えてしまったとの自覚が、馬琴にはあったのではないか。
 犬士は【鬼神】である。「神は心なり、鬼は気なり。人の心気は形なし。鬼神亦形なし」(燕石雑志)【人の思い】と言い換えても良さそうだ。読者が同化し読み耽った八犬伝の主人公たる犬士/ヒーローは、時代に苦闘せる人々/読者の思いであり夢であり希望である。また多彩で、微妙に性格が異なる。また毛野のように振幅の広い、恐らくは仇敵・馬加大記に媚びを売りつつも確固とした復讐心を堅持する(もしかしたらってぇか美少女と思い込んだ芸人を斯んなイヤラシイ奴が真面目に放ってはおかないだろう。芸は売っても身は売らないなんてキレイ事の通用する族ではない筈だと思えるキャラクター設定だ。毛野は好機を窺うため馬加家に居続けなければならないのだから、大記の執拗な求めに屈しgayを売ったと妄想するは、あながちスットンキョーでないと思うけれども、如何?)冷静無比の計算高さを持ちつつ、河鯉権佐の信義に報いようと墓を建て永世供養を寺に頼む道徳的な面も全く欠落しているわけではないって絶妙のキャラクター設定を筆頭に、正に多士済々である。犬士って案外に、奥行きのある人間像だったりする。幅広い類型が揃い、且つ個々の犬士も奥行きがある。其の何処かにシンパすれば、其れを取っ掛かりに読者は知らぬうち導入され、八犬伝の世界観を受け入れてしまう。移入である。
 これら読者の同化せる犬士たちは互いに平等で、且つ君主と等しい地平に立つ。基本的平等である。一応犬士にとって里見家は主君ではあるが、見限れば主従関係を自由に解除できる。それでも生きて行くには、近世の様な未発達の世では、霞を食うしかないとの表現が、犬士隠棲の段だろう。そう、良心に従って生きるなら、霞を食うしかないというこそ、【未発達な世】である定義である。読者に理念を見せびらかした挙げ句、ででかちかちでかちかち(お囃子)ドサッと現実に落とす。此の筆法は、何を目指したか。夢と現実の格差は、何をもたらすか。革命論の筆法である。しかも八犬伝は、聖代には租税が九分の一・約十一パーセントだったと、「戦国の世は国家維持に経費がかかるから三割五分でも仕方ないけどねぇ」(八犬伝刊行当時も概ね三割五分)と嘯きつつ、提示する。税負担が十一パーセントとは、「戦国の世」ではない筈の現代に比べても遙かに軽い。このような世の中は……更に百年以後の知音を俟たねば、実現しそうにない。お粗末様。
 

 

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