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◆言離の神◆

 

 前回、伏姫が籠もった富山は、戸山、天岩戸を象徴する名付けがなされており、恐らくは天岩戸周囲の高天原のイメージをも持たされていると断じた。天岩戸を象徴する以上、同じ神話に深く関わる信州・戸隠山の存在が気になる。では、戸隠山とは、如何な宗教空間であったのか。

 

 まず、周辺から探ってみよう。「戸隠山大権現縁起」(→▼)に拠ると、戸隠山では八犬伝時代の応仁文明期、大事件が起きたらしい。修験道には大きく、真言宗系と天台宗系がある。前者の当山派と後者の本山派は、別に対立すべきものではないが、戸隠山では宗教儀礼の作法を廻って両派が論戦、ついに真言宗系のグループが天台宗系のリーダー格を殺害した。

 大先達・東光坊阿闍梨宣澄は、役行者伝説の残る戸隠山にあっては、役行者を始祖とする天台宗系の本山派こそ相応であると主張、聖宝を始祖と崇める真言宗系の当山派を圧した。が、当山派は宣澄を殺害した。すると死した宣澄には嘴と翼が生え手足の爪は伸び、目はギラギラと輝いて、恐ろしい姿となった。有り体に言えば、天狗である。天狗となり、戸隠山近くの飯縄山を棲家とした。白昼でさえ飯縄山から飛来して、当山派の修験者を殺し、遂には全滅させた。

 単に宣澄殺害の機会を捉え、本山派が当山派の皆殺し作戦を行っただけなような気もするが、復讐を完遂しても問題は残った。宣澄しか知らなかった極秘の密儀が失われた。此の密儀は英彦山にも伝わっていたので、請うて法を伝えてもらった。戸隠山は、八犬伝時代、九州・英彦山と法統を一にしたのだ。英彦山は熊野那智と同体である。故に、戸隠・英彦山は、熊野那智と繋がっている。熊野那智は補陀落信仰のメッカであり、徐福伝説・蓬莱伝承とも絡む。即ち、二荒/日光山と同様である。また、殺害云々の事件が起きたことで、武装した修験者のイメージが伝わってくる。古代から中世初めにかけて比叡山の僧兵やら武蔵坊弁慶なんか居たが、近世でも修験者は、建前上、武装ではないけれども、帯刀してたりもする。修験者は僧侶と一線を画したイメージがある。

 

 また、戸隠山は源頼朝とも多少の縁があった。「建久八年源ノ頼朝卿当社及ビ善光寺へ御参詣有。然ユヘハ神道之根本ハ手力雄ノ命、天ノ岩戸ヲ開キ玉フヨリ始ルユヘニ戸隠大明神へ御志有。仏法之最初ハ善光寺ノ如来始テ異朝ヨリ渡リ玉フ故ニ神ト仏トノ根本ヲ正シテ仏詣社参ヲ催シ玉フ。其時戸隠別当寛覚ノ栗田里宮ノ屋形ヲ旅館トシ玉フユヘニ今ノ世マテモ栗田ノ御所ト名ク。寛覚ハ清和天皇第六ノ皇子貞純親王六孫王経基王ノ嫡シ多田ノ満仲ノ三男冷泉院ノ判官代鎮守府将軍信濃守頼信ノ二男村上頼清ノ嫡子仲宗ノ二男村上顕清ノ二男崇徳院ノ判官代従四位下為国ノ子ニテ清和天皇七世ノ孫ナリ」とある。また余談だが、有名な鬼女・紅葉に就いても何故だか記述がある(→▼)。

 殺害された大先達が飯縄山で天狗になって復讐した事件からは通常の寺とは違って、かなり荒々しいイメージが湧き上がる。源頼朝と多少の縁もある由緒正しい寺院でもあった。そして山国である信州のなかでも山深く、鬼女まで出没していた。とても怪しい世界、それが戸隠山である。

 で、続いて宗教的な側面を見れば、まず祭神は「戸隠大権現と申奉るハ奥院ハ手力雄命并ニ九頭龍王大権現なり。中院ハ天思兼神成。是ハ手力雄命の御父ニて霊宗神道教主にして阿知宮ト号ス。神国ニて智恵を主トリ給神なれハ釈迦牟尼仏を本地トス。宝光院ハ表春命なり。此ハ皇孫コノ葦原中国ニ天降給時、高皇彦霊尊ノ神勅を奉て供奉し給神三十二人まします中の手力雄尊の御弟にして信濃一国を防き衞り給神なれバ勝軍地蔵を本地とす。此モ阿智の宮と号ス」{戸隠山大権現縁起}

 ここまでが最も主要な三神で、ほかに「火ノ御子ハ皇孫ノ御母折(栲カ)幡チチ姫命ニテ八大金剛童子を本地とす。飯縄明神ハ荼祇尼天ニて日本第三之天狗なれハ飯縄之三郎と名。天福元年住侶ニ託シテ降臨ス。不動明王を本地ス。黒姫境ノ宮ハ大天縛なり。毘沙門天を本地とス。高妻明神ハ高皇彦霊尊ナリ。此ハ奥院権現并ニ宝光院権現之御祖父ニて中院権現ノ御父ナリ。無量寿仏ヲ本地トス。此ハ戸隠山之最高頂なり。乙妻の峯ハ天照大神降霊の地にて、胎金両部ノ大日如来自然の尊像あり。惣シテ三十三之宝窟有テ、胎蔵界十三大会ノ曼荼羅七百余尊、金剛界ノ曼荼羅五百余尊、自然に湧出し給ひ{ママ}り。故に両界山と号す。実に過去迦葉仏説法ノ宝窟、鎮護国家之霊嶽ナリ」{戸隠山大権現縁起}とある。

 上記は戸隠山大権現縁起であるが、甚だ冗長なので、戸隠大権現鎮座本紀を引くと「本院者、手力雄神九頭龍大権現、以観世音為本地也。中院者、天思兼神、以釈迦為本地。此神是、手力雄之父而霊宗神道教主、号阿知宮也。宝光院者、表春命、以勝軍地蔵為本地。此神者、手力雄之弟、信乃国防衞神、号阿知宮也。火御子者、八大童子也。飯縄明神荼祇尼天、以立不動為本地也。黒姫境宮、是大天縛、以北方多聞天為本地也。高妻明神者、高皇産霊尊、此神是手力雄命表春命之祖神而天思兼命之父、以無量寿為本地。此戸隠山最高頂、遊此峯者往々見五色雲中顕現円光也。乙妻峯是天照太神降霊之窟、自然涌出胎金大日。凡有三十三宝窟故亦号両界山」となる。

 内容は両書とも共通している。まず主宰神は手力男(本地は観音)ならびに九頭龍、次いで教義の責任をもつ思兼命(手力男の父、本地は釈迦)、そして手力男の弟で信濃守護神・表春命(勝軍地蔵)。因みに手力男は本人含め三十三人兄弟だ。三十三は観音の変態数である。更に、戸隠山は天岩戸伝説と深く関わるから、当然の如く、天照も登場する。「乙妻峯是天照太神降霊之窟、自然涌出胎金大日。凡有三十三宝窟故亦号両界山」である。天照が現れた窟には胎蔵・金剛両界の大日如来が涌出した。出物腫れ物、所嫌わずである。胎蔵・金剛両界の本尊が涌出したから、両界山と名付けられた。また戸隠山・両界山には、観音の変態数「三十三」の宝窟があることから、太陽を象徴する天照は大日如来でもあるが、観音として現世に姿を見せているとの解釈を窺わせる。そして手力男と並び称されたり、単なる地主神として扱われてもいる九頭龍がいる。「戸隠山大権現縁起」は、手力男の末裔で開山の学門行者は九頭龍と出逢い崇拝したと語る(→▼)。

 九頭龍は過去に幾度か僧侶として寺務をとっていた、現象としては寺の役僧か住持が転生したとも思える、以前は毒気を帯びていたと云うから何かの因果応報で恐ろしい龍の形に変じたとも読める、とはいえ本地は吉祥天女(大弁功徳天)であるから仏が出現した時には龍女と変じて宝珠を捧げた、摂津箕面山で龍樹菩薩として現れ、役行者の聖地・葛城峰では役行者に緊縛され放置プレイまでされた一言主神であったが現在は此の戸隠山の窟中に住んでいる。因みに別の箇所では、戸隠山中で九頭龍と出逢った役行者は、一応は驚いてみせるものの、「小さくなってごらん」と云い、小さくなった途端に圧倒、命じて九頭龍を石窟に閉じこめた、とある。九頭龍は一言主でもあるから、役行者には敵わないようだ。

 九頭龍は嘗て人間(じんかん)で僧であった経験をもち、一言主神と同一視され、本地は吉祥天女だが仏が出現したときには龍女と化して宝珠を捧げている。古事記では雄略天皇の一行から衣を捧げられた、即ち追い剥ぎした一言主神であるが、修験道では役行者の下働きになっている。戸隠山の主祭神は手力男(本地・観音菩薩)であり、九頭龍(吉祥天女)も主祭神みたく書かれている場合もあるが如何も守護神/地主神のようなので、下働きの一言主で相応だろう。一言主は、何故だか近世までには事代主と同一視されるようになった。名前が似ているからだともいう。事代主は、素盞嗚尊の子孫だ。

 注目すべきは、九頭龍の変化の目まぐるしさだ。人間世界にあっては僧侶、龍女として仏に宝珠を捧げ、龍樹菩薩にも一言主神にもなる。しかし本地は観音の眷属ともいえる吉祥天女である。このうち九頭龍と一言神は醜く凶悪な姿であるが、僧侶なら人間なので不細工でも限度がある。龍女は希望的観測に過ぎぬが八歳ぐらいの愛らしい美少女だ。吉祥天女に至っては、毛野には及ばぬまでも、絶世の美女であろう。性も美醜も極端から極端へと変ずる。この他、慈恵大師良源の正体が九頭龍だったと別の箇所では語っている。慈恵大師は鬼となって疫病神を払ったり、実は観音菩薩の化生だったとも云われているから、戸隠山側が勝手に引っ張り込んだだけかもしれない。

 ところで、「戸隠山大権現縁起」で、やや天岩戸伝説は影を潜め、密教もしくは修験道が前面に出てきている。また、九頭龍は嘗て僧侶であったと明かされる。此が天台密教のテキストの一つ阿娑縛抄では九頭龍の物語は、悲劇として描かれている(→▼)。

 学門行者が法華経を誦していると、南から生臭い風が吹き、九つの頭で尾は一つの鬼が現れた。学門行者は平気でいる。鬼は訝る。自分が放つ風は毒を含んでおり、害する心はないのに人々を死なせてきた。以前に来た者は死んでしまったのに、いま法華経を平気で誦している僧は何者か。自分は元の戸隠山別当であるが、貪欲であったがために此の姿を与えられた。四十回以上、破壊転倒を繰り返してきた。功徳を積み、漸く菩提を得た。学門行者は九頭龍に、自分の居るべき所へ帰れと命じた。九頭龍は、龍尾と呼ばれる場所へ行き、石窟に籠もり戸で封じた。地中から九頭龍の声が響いてきた。「南無常住界会聖観音自在尊三所利生大権現聖者、この山を戸隠寺と呼べ」。戸隠の由来は、龍尾の鬼を石室に封じたためである。

 此処では「戸隠」は、手力男とは関係なく、九頭龍が石室に籠もり戸で封じたことに由来するという。九頭龍はもと戸隠山の別当であったが、貪欲なために龍の姿を与えられたことになっている。本地は示されていない。神話を離れ完全に仏教説話となっている。また、貪欲ゆえに与えられた龍の姿を嫌悪しているようだし、戸で封じた石室に籠もる意味は、此の世からの逃避、隠棲のようだ。現世でウロウロしているから、其の積もりはなくとも、自分の体から自然と発する毒気で人々を殺してきた。心ならずも人々を殺してきたことによる後悔が、九頭龍を石室に赴かせたのだ。まるで、毛野に唆され洲崎沖海戦で関東連合の大軍を焼き殺してしまった丶大が、富山石窟に籠もったように……。戸隠山は天岩戸伝説の「戸」が天界から落ちた場所であるが、仏教説話としては人間であったときの貪欲/罪により恐ろしく醜い毒龍と変じた者が功徳を積み菩提を得て平安の場である石室に籠もり外界から戸で遮断したことを由来としているのだ。此処で「戸隠」の由来が、神話から仏教説話へと移行している。

 戸隠山大権現縁起と阿娑縛抄の間には直接の関係はない。それぞれが別の【世界】だ。が、人は両書を読めば、両書の世界を脳中に取り込み、重ね合うことが可能となる。例えば、両書を読んだ、若しくは両方の話を耳にした者が八犬伝を書けば、富山は、天岩戸伝説に基づく戸隠山としての特徴と、心ならずも多くの人を殺してしまった元僧侶の九頭龍が岩戸で自らを封印した戸隠山の特徴を、共に持つものとなるのではないか。

 また九頭龍と同一とされる一言主神であるが、此奴は正体が不明だ。何でも一言のもとに解決する神であるとも、一言に納まる願い事なら何でも叶えてくれる神とも伝えられている。色々云われているが、恐らく古事記の伝承が最も参考になる。雄略天皇が狩りをしたとき、向かい側で全く同じ姿をしていたのが一言主であった。彼の自己紹介は、「吾者雖悪事而一言、雖善事而一言、言離之神」だった。

 まず現象からすれば、一言主神は【複写】を機能として有つ。雄略天皇と全く同じ姿で現れた事実は、偶々雄略天皇と瓜二つで服飾趣味も同一だった、ことは意味しないだろう。一言主神が雄略天皇を自らの身に「複写」したに違いない。成り代わり、である。だから持統天皇が相手なら、ジトーとした目つきで堅太りのオバチャンだが張りのあるジトーと湿度を帯びた肌が案外にソソル豊満美熟女(妄想)として現れたに違いない。

 「複写」とは何かと云えば、元ある物を別の物に写し移すことだ。転嫁とも一部重なる。則ち、吉事も悪事も、元あった場所から一言で離し別の場所に移す能力を有する神こそ、一言主神だ。「言離(ことさか)」は、「吉事も悪事も、一言で元あった場所から離し別の場所に移す」ことを意味していよう。吉事も悪事も、其の吉凶の本質を一言の言霊に取り込み置き換え別の場所へ離(はな)つ。能力としては、かなり高度な神である。古事記の記述を一見すれば、上記のような解釈が、容易に思い浮かぶ。ただ古事記では雄略帝の同行者達の衣を巻き上げているが、日本書紀では雄略天皇と狩りを楽しむ爽やかオジサン、続日本紀では土佐くんだりまで遠流されちゃっている。段々格下げされ、遂には、役行者の下働きにまで成り下がるのだ。但し続日本紀で遠流されてはいるが、坐す土佐神社は国幣中社だから、そう馬鹿にされた存在ではない。

 

 とにかく一言主の機能は「言離」であって、一言のもとに吉凶を離し他に移すことだろう。一部で云われているような、言の過/咎を断罪する側面は、少なくとも記紀には全く見られない。見られないが、後世の信仰展開は古事記の記述を離れてしまっているようだから勿論、油断は出来ないが。ただ、古事記から直線的に導き出される上記「吉凶を他に離し移す」機能は、現在でも「吉凶を一言で解決」との解釈に痕跡を残してはいるだろうし、「一言で納まる願い事なら何でも叶う」にも、吉を祈願者に移し、凶を祈願者から移す、と解すれば痕跡は残している。

 

 此の発想は多分、例えば、太宰府天満宮に伝わる鷽替え神事に繋がっている。鷽替えは、大宰府の末社である江戸の北野や亀戸の天神社でも行われていた。鷽(うそ)を象った一刀彫を見知らぬ者同士で取り替える神事である。俗言では、身に降りかかった禍を嘘/虚構に替えてしまうとか何とかかんとかである。信じたくないことを聞いたとき若い女性が「うそー」とか叫ぶのを聞いたことがあるが、此も禍を嘘/虚構だとキメツケ、現象そのものを否定し葬り去ろうとする呪術的な心裡を垣間見せていよう。実際には、もっと軽い感覚だろうが、「信じらんなぁぁいっ」も「現実だとは信じたくない/嘘であってほしい」との思いが背景に淡くあるのだろう。此の甚だギャルギャルしい伝統神事は、現在でも多くの人を惹き付けている。

 翻れば一言主の、善事も悪事も一言で他に写し移してしまう機能は、人間の根深い所で望んだ妄想だと気付く。一説に拠れば、或る版の八犬伝口絵で、玉梓の着衣に「鷽」字が小さく擦り込まれているという。禍醸す怨霊に「鷽」の烙印を押し、役行者の予言通り福へと転化することを示す、馬琴の茶目っ気か。北野天神あたりで一刀彫の鷽を握り締め、「鷽替えましょ」と歩き回る馬琴を空想しても楽しい。

 勿論、此処から一言主を言霊の統括者とまで穿てば、言の過/咎をも所管するようになるが、かなり迂遠な解釈が必要になろう。それより事代主と同体とし、素盞嗚尊まで繋げる方が楽しい。何故なら戸隠山は、天岩戸伝説に深く関わっている。天岩戸事件の原因をつくった素盞嗚尊の子孫が、土地神として滅罪のため、手力男に奉仕するストーリーが浮かんでくる。

 

 また更に、富山/戸隠山の石窟に籠もり自ら岩戸で封印する丶大が、実は九頭龍ひいては一言主神とダブらされていると見れば、如何だろう。一言主は役行者の下僕として、使いっ走りをさせられる。今回の使命は、全国を行脚し伏姫の胎内から奔出した八犬士を掻き集めることだった。そして丶大が九頭龍であるならば、戸隠山の教理に拠ると、正体は吉祥天女である。挿絵にある如く、伏姫神の左に丶大が控え背後に四天王が守護している図は、四天王が八犬士として伏姫神は観音、そして丶大は、まぁ図では老僧だけども、ココロは一言主神の本地である妖艶美女・吉祥天女かもしれない。観音、四天王、吉祥天女……既に述べてきた金光明経の世界観である。

 且つ又、一言主神は、素盞嗚尊の子孫・事代主と同一視されてもいる。彼の本名は金碗大輔であるが、金碗はカナマリ、【神の余り】であると八犬伝中で明かされている。金碗家は神余家の傍流であった。勿論、神余家は実在の地方大名ではあるが、様々の符合が馬琴の脳中で合致し昇華した結果が、八犬伝だろう。金碗家は神余家の傍流だが、神余家自体も、余り物の神だから、神ではあるが傍流なのだ。傍流の神とは、例えば、天照に対する素盞嗚尊、天孫に対する大国主、そして山彦(天津日高彦火火出見尊)に対する海彦(火闌降命)である。海彦は兄すなわち先に存在していたにも拘わらず、まるで虚花のようであり、報われることがない。いや、それどころか、犬となって山彦に屈従する。山彦の流れは神武を経て天皇家となり、海彦の流れは犬として朝廷を守護する存在となる。(お粗末様)

 

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