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◆富山は何故に富山でなく富山か◆

 

 八犬伝に載する安房国長狭郡富山は何故に富山(とみやま)でなく富山(とやま)か。此の疑問は甚だ深刻であつて、八犬伝の根本的な構想に関わつてくる。

 

 ところで富山を、富士山に重ね合わせる論者もいる。確かに富士山は、日本に於いて最も重要な山である。最高峰であるに加え、極めて優美な形をしてをり、古来、広く深い信仰を集めてきた。近世江戸ではミニチュア富士山に浅間社を勧請し、遙拝していたほどだ。余りにも偉大なため「富士山のように皆なろ」との呪文を唱える者までいる。標高三千七百七十六メートル。しかし、偉大だからといって、皆が富士山のようになったら重たくなり過ぎて、日本は沈没しないだろうか。何でもかんでも富士山にすりゃぁ良いってもんぢゃぁないだろう。

 富山を、筆者も過去に富士山に重ね合わせたことがある。現在でも其の見方は変えていないが、元々が【多対多対応】で八犬伝を見ているし、富山にとって富士山が最重要だとも思ってはいない。例えば富山と富士山の関係では、かくや姫を通じて富士山に繋げるなら可だし、また例えば、父の(こっそり)定めた許嫁である金碗大輔と伏姫とを、川にて隔つこと且つ或る重要な時点で初めて川の結界が解かれ宿命の二人が出逢うとのストーリーから、七夕織女の伝説を媒介に富士山と繋げるなら、可だと思っている。しかし今回は、富士山には背後に控えておいてもらおう。

 

 では、富山は何故に富山(とみやま)ではなく富山(とやま)か。富山が富士山であるだけならば、別に「とみやま」でも困らない。それを馬琴は執拗に「とやま」とルビを打ち続けた。ならば「富山」なる字面ではなく、「とやま」なる音に拘ったと見なければならない。

 八犬伝で「とやま」なる名を冠した女性がいる。戸山の妙真だ。彼女自身の説明に依ると、俗名が「戸山」で「妙真」が法名だ。在家の優婆夷だから俗名の戸山と呼び続ける者もあり、こんがらがって「戸山の妙真」と云われていたらしい。

 筆者は既に、戸山の妙真と八百比丘尼妙椿との対称性を指摘した。現世に於いて戸山の妙真は、親兵衛仁の祖母である。親兵衛の祖母であるとは、房八の母に相違ない。一方、(変な表現になるが)玉梓怨霊に憑依された若しくは衝き動かされた時点での玉面嬢こと八百比丘尼妙椿が、母を喪った八房に乳を与え乳母もしくは継母となったことも、八犬伝の作中事実である。日本書紀絡みで妙椿を狸に設定している以上、狸が犬を生んだらオカシイので、八房の母犬が殺され後釜に座るしか手段はない。実際には、玉面嬢は八房の母であろう。そして房八は、菩提心を発した後の八房すなわち伏姫と愛で繋がった八房の投影と見得る。

 親兵衛、一時は死んだものの、房八が義死した時にこそ甦り仁玉を露わにする即ち犬士として成立する親兵衛仁は、房八の息子というよりも、房八本人と云った方が近い。ならば戸山の妙真は、親兵衛の祖母と云うより母に近い存在となる。親兵衛の母・妙真と八房の母・妙椿、此の対称性故に、里見家に仇做す八百比丘尼妙椿と対決する者は、犬士のうち親兵衛に限られる。

 親兵衛を八房と重ね合わさなければ、妙椿と単独で対決する説明がつかない。妙真が操る甕襲の玉は後に破れ八つの小玉となった。正しく犬士の八玉と対応すべきものである。本来なら八犬士が全員で懸かって相応なんである。が、馬琴は親兵衛仁に八犬士を代表させた。此は八犬士の父である八房にしか出来ないことだ。八房は死んで房八となり、房八は死んで親兵衛に憑依した。其れ故に初めて、親兵衛が八犬士を代表することが出来たのだ。

 馬琴のことだ、当然、親兵衛初登場の場面から、此の事はコッソリ宣言していた。第三十五回に於いて妙真は云う。

 

     ◆

彼が渾名の大八は、原是車の事にして、片輪といへる謎々と、後に暁つ疎しく、呼じとおもへど口癖の、なほらぬも現名詮自性、いかで拳の人なみに、なれかしとのみ念力も、届かぬ医療・加持祈祷、神に仏に願言を、かけしも四とせにはやなりぬ。

     ◆

 

 では、「大八車」とは如何なものであったか(→▼異説まちまち・蜘蛛の糸巻・本朝世事談綺正誤)。大八車は明暦の大火後に効率の良い運搬手段として登場した。如何くらい効率が良いかってぇと、「八人力に代わるほど」効率が良かったのである。故に「代八車」が元の意味であったと云われていた。まぁ「大八」なる者が発明した故との説もあったが、そうであっても衆人の目前には八人力に代わる大八車が厳然と存在していたのであって、「代八」説の方が通りが良かったであろう。なんたって、多くの肉体労働者が失業しアウトロー化することを恐れた幕府は、出来るからって一人で大八車を引くなよなと禁令を出したのだが、此の禁令が逆に大八車が【一人で八人分の働きをする代八車】であったことを裏書きしている。

 因みに打ち壊し事件の史料も然り気なく挙げたが、これは破壊活動に大八車が使われた例である。現代風に云えば、トラックで商店街に突入する感覚であろうか。また、此の史料は、打ち壊しに鬼神の如く謎の美少年と怪力大男がペアで登場していることから世直し童子神の例としても言及されるものであったよぉウロ憶えているので、冗談半分に挙げた。

 更に余談だが、大八車の車輪は本来、七つの木材を組み合わせて円にする。まぁ、近世でも八葉車に関連づける説もあったが現在には話しか伝わっておらず、説得力に欠けていたことが解る。また、近代なんかに作られた大八車にも八つの木材を組み合わせて車輪にしている実例はあるんだが、邪道である。原則として、大八車の車輪は七つの木材を組み合わせて作る。此が作法である。だって「八」は陰の最大数であるから、印象として、【動きが悪い】(→▼東■片に戸なかに甫/子)。昔の移動運搬手段で速い者となれば馬だが、馬は午であり五行に於いて、火気である。燥なる火気の成数である七が、車輪には似合う。二も火気だが生数だし、第一、大きな車輪を二つの材で作るとなれば、大きな木から取らねばならず、効率が悪い上に高価となる。

 現在でも祭りに使う山車とか太鼓台などは大八車を基本形にしているけれども、だいたい車輪は七つの木材で作っている。故に大八車の輻の本数は自然と、七の倍数になる。筆者も、大八車を滝沢家の家紋・八本矢車に繋げたい誘惑に駆られるが、車輪一般のイメージとして留め、直接の関わりは、敢えて云わない。馬琴の家紋は八本矢車であって、七本矢車ではないのだから。

 

 さて効率の良い大八車であるから、馬琴の時代には、車といえば大八車と相場が決まっていたのだろう。大八車は別に「片輪(一輪)」ではないが、「大八」は、片輪→車→大八車の連想による名付けである。何故に大八車の細かい構造には及ばぬまま断定できるかと云えば、良い言葉でないことは承知の上だけれども、親兵衛が「片輪」と呼ばれたのは、一方の手が使えなかったからだ。一般的機能を果たしていなかったからこその「片輪」であって、「片輪」は大八車一般を表現しているものではない。故に一般的な大八車の構造細部と「片輪」は関係ない。飽くまで片輪(一輪)の大八車を指している。則ち、親兵衛を「大八」と呼ぶ者の底意は【一輪の大八車】であった。しかし使えなかった片手が開くことにより親兵衛は、二輪備わった大八(代八)車となり、後に八犬士の代表として単独で妙椿と対決するし、八犬士を代表して変態管領・細川政元に姦された…かは知らないが、妙椿の後身である虎とも単独で絡む。

 

 ところで此処からは妄想の域だが、親兵衛を近世都市伝説の「片輪車」に繋げると楽しい(→▼諸国里人談)。

 簡単に言えば、「片輪車」は、幼児誘拐犯の乗る車であった。誘拐犯は、ただの女ではなかった。幼児を誘拐したものの、余りに母親が嘆くため、返してやっている。如何も、菩提心をも持った中途半端な誘拐犯だったらしい。穿てば、登場人物として幼児を育てていることから若い母親を想定できるが、どプリンプリンの肉体を持て余す若い母親が【覗いてはイケナイ世界】、プリンの如き甘く濃厚な世界、例えば夏引の如き不倫に陥ることを制する説話にも読めるのだが、表層に於いて連想すべきは、鬼子母神であろう。鬼子母神は、荒々しく人間の子供達を奪い喰い尽くす。神隠しである。そこで仏が鬼子母神の子供を隠したがため狂乱して前非を悔い、鬼子母神は却って人間の子供の守護神となった。神隠し(仏隠しぢゃ語呂が悪い)である。鬼子母神の、まだ完全に悔い改めていない段階を、片輪車の女は表現しているようだ。中途半端な段階の鬼子母神である。親兵衛に冠された「片輪車」は、妙真たちの目の前で誘拐/神隠しに遭う運命をも暗示していたか。そして片輪車の都市伝説/中途半端な鬼子母神説話よろしく、親兵衛は富山に棲む伏姫のもとから生還する。辺りを然り気なく田税がうろつき、此が天岩戸開きを表現していることを示す。

 

 さて漸く富山の話題に戻れば、戸山の妙真が待っている。考えてみれば、片手の使えなかった状態の親兵衛は、戸山のもとで暮らしていた。三世代同居である。戸山のもとから出て、田力男並の力持ち・小文吾の家に来て、房八に蹴られて殺されたが、小文吾に房八が殺された瞬間、房八に憑依され甦った。この時、親兵衛は両手が使えるようになり蔵(かく)されていた玉が現れ犬士となり、後に八犬士を代表し行為する。また、戸山のもとで蔵(かく)されていた者は、親兵衛だけではなかった。房八も戸山のもとで暮らしていたが、力持ち・小文吾により文字通り斬り裂かれ、肉体を開いた。房八の肉体が開いたことで、親兵衛の存在に光が当てられた。尤も、何かが開いて重要な物が現れる事象は、八犬伝で何度も起こる。しかし例えば伏姫割腹による犬士奔出は水滸伝絡みだろう。天岩戸神話と水滸伝との、表層に於ける「何かが開いて重要な物が現れる」共通性が、話をややこしくしているのだが、力持ち・小文吾の場合、第百八十回上、信乃物語の結局に於いて、井戸を塞いでいた岩戸を取り除いた実績がある。太陽たる天照が岩戸に隠れた神話の逆転として、水気の犬士・信乃の暗雲垂れ込めた半生が塞がった井戸により象徴されてることは論を俟たない。此処でも蔵されたものを現す役目は、小文吾が担った。小文吾は、隠れ手力男なのだ。名前に於ける手力男は田税兄弟だが、此方は超人的な働きは見せず、存在自体によって天岩戸神話との関連性を明示している。則ち、第百八十回上の記述から翻って見れば、第三十六回・三十七回に於ける房八斬殺と其れに依る親兵衛再生も、小文吾が手力男と化すことによって成されていることが解る。

 

 伏姫の死が、天岩戸伝説をベースにしているとは既に断じた。天岩戸伝説は、太陽が機能を失ったことを表現している。ならば犬士たるべき親兵衛が機能を失っている状態の段階で収容していた者が誰かといえば、戸山である。戸山こそ、親兵衛にとっての富山(とやま)であった。しかし親兵衛は、喪っていた機能を取り戻したものの、それだけでは不十分であった。犬士として育てられるため、戸山から富山(とやま)に移った。戸山なる天岩戸から一旦は出た親兵衛は、伏姫が籠もった天岩戸である富山に移ったのだ。

 親兵衛は富山で何をしていたか。勿論、ナニをしていたのだ。いや、冗談だ。が、言の咎とはいえ、親が勝手に決めた許嫁である八房と同居し八犬士(の気)を孕んだ伏姫であってみれば、八房から房八を経て発生した親兵衛は、配偶者の資格が十分にある。実際に伏姫が、細川政元や枝独鈷素手吉も渇仰した白く豊満で滑らかな膚の親兵衛を弄び陵辱し尽くしていた……とは云わない。伏姫が河鯉孝嗣と同様に親兵衛の柔らかで且つ張りのある胸をまさぐり揉みしだきつつ、更に桃色の乳首を甘噛み舐め上げた……とは云わない。汗ばみ力んで深みを帯びた尻の谷間に丁子油を垂らし濡らし、指でこじ開け責め立てた……とも決して云わないが、親兵衛は、伏姫にとって、子供ではあるけれども、正当な交合対象たる夫でもある。そして恐らくは、不当な交合対象としての、弟でもある。

 作中事実に於いて伏姫の弟は義成であるが、伏姫を天照とすれば、弟は素盞嗚尊である(月読命も弟かもしれないが、馬琴の玄同放言では「月夜女尊」と女神化しているので、妹ともいえる)。玉梓の呪いは、里見家を畜生道に落とすことであった。畜生道とは、動物の世界だ。人倫を無視して欲望のまま生き、楽がない世界を謂う。そして、文学として代表的な畜生道は、【近親相姦】だろう(→▼近世奇跡考・南留別志・仙台間語)。

 南留別志は荻生徂徠の作だが、余りにもテキトー……いやまぁ、大胆な思い付きばかり書いているため、当時読書人の集中砲火を浴びたイワク付きの書物だが、引用部分は単純な事柄なので、問題なかろう。近親相姦が【畜生の業】だとイメージされていたことが判れば良い。

 

 天照と素盞嗚尊との誓約(うけひ)の場面は、取りも直さず、姉と弟の相姦を表現している。いや、天地創造神話で、天孫の兄妹が性交し神々もしくは人々を生むなんざ、世界共通なんだから、別に卑下することはない。当たり前の話なんである。人皇初代・神武も、鵜葺草葺不合命と叔母である玉依毘売命の間に生まれた。だいたい、記紀の記述を素直に読めば、日本列島の両親である伊弉諾・伊弉冊も兄妹(姉弟)だ。人類皆兄弟ともいうし。天照・素盞嗚尊の姉弟が性交したとて、まぁ其処まで親孝行でなくとも良いとは思うけど、父親(もしくは其の配偶者←母親ではない)と同じことをしているに過ぎない。仏教伝来以前に成立した神話だったろうから、近親相姦もオッケーだったんだろう。が、中国を経てきた仏教は近親相姦を、畜生道の行為とした。天照が伏姫ならば、素盞嗚尊は八房である。伏姫と犬なる八房の(行為を伴わないまでも生殖に結果する)相姦は、【畜生道/近親相姦】の文学的表現もしくは【隠蔽】であろう。姉弟相姦を犯した天照に伏姫を重ね合わせることにより、玉梓の呪いは、既に成就している。

 勿論、畜生道とは畜生の立場に陥ることだから、【犬の妻】になることも畜生道には違いない。しかし伏姫の場合、表面的な立場が「犬の妻」になっただけである。本来なら「畜生道」とは倫理に於ける言葉であって、犬と一緒に暮らすことではない。伏姫の場合は、物理的もしくは肉体的には、犬の妻とはならない。犬と一緒に暮らすだけなら畜生道に陥っておらず、玉梓の呪いは成就していないことになる。しかし先に役行者が、不幸が幸いに変換すると予言している。幸いとは里見家が関東連合軍に勝利し繁栄することを指すと思われるが、勝利に導いた者こそ八犬士であった。ならば、不幸とは、八犬士が発生した事そのものである。犬に擬せられる八犬士が出生するためには、交合が必要である。其れは、謎の童子が語った如く、霊的な相姦……相感であったが、八房との相感は取りも直さず、畜生との交合、弟(素盞嗚尊)との相姦であった点で、伏姫は二重に畜生道へと陥ったことになる。

 玉梓の呪いは成就した。が、我等が光輝ある国体は、近親相姦の結果である。抑も、天岩戸説話には謎が多い。従来の説明では、織女が危害を加えられたとか何とか素盞嗚尊によりタブーが破られたため、天照が身を隠したことになっている。恐らく、そうなんだろう。即ち、天照にとって、馬を虐殺し織女が陰部を突かれることが、最大のタブーだったとも感じられる。馬は午である故に火気の太陽であるし、女陰も火気の太陽であろう。現在でも公衆便所の落書きで、東京都マークが如き女陰の象徴画を目にすることがあるけれども、アレも見ようによっては太陽に見える……というのは冗談だが、女陰を突かれ織女が死んだ禁忌を埋め合わせるため、天鈿女は女陰を曝して踊らねばならなかった。喪われた女陰を回復するためである。また、女陰が喪われたことにより天照が隠れたとは、女陰と太陽と、関わりがあるとされていたってことに他ならない。平塚らいてう氏ではないが、それこそ「元始、女陰は太陽であった」。

 とは言え、上記は筆者の考えに過ぎず八犬伝とは関係ない。八犬伝では女性一般は性としては【陰】であり【水性】であった。但し此は、あくまで女性を性別の側面に限って太陰と規定することである。特定の女性を性としては太陰/水としても、氏族としては例えば少陰・少陽とし、行動から見たキャラクター設定を例えば太陽とする場合もあるってことだ。燕石雑志で、馬琴も天照を太陽の女神と認めている(→▼)。太陽が徳を産み出す母であることから、母だったら女性だろうとの類推であろう。如何も馬琴は【女】と【母】を別物としてイメージしていた疑いがある。性としては太陰である天照を、総体としては太陽としている。サッカー日本代表のシンボルはSUNを象徴する三本足の烏だが、鳥/羽類は火気である。三本足は、三が木気の生数であるにより、仁すなわち木気。そして烏は(白烏と断らない以上)黒であり太陰を象徴する。天に輝くSUNは、太陽ではあるが少陽なる仁でもあり且つ太陰をも纏う。こういった複雑な存在が、SUNであり天照なんである。八犬伝で【解り易い複雑な存在】としては、丙午生まれの音音がいる。彼女は女性だから、性として陰であるけれども、見ての通りの鉄火肌、火の玉となって関東連合艦隊を焼き尽くした挙げ句、男/陽に身を窶し、五十子城で妙真・曳手・単節の美女後家トリオを救出する。妻を娶らば丙午、と思ってしまう程に頼もしい。

 さて脇道に逸れるが、実在の戦国大名・里見家の菩提寺は、白浜の杖珠院(曹洞宗)と三芳の長谷山延命寺(曹洞宗)であった。杖珠院は里見義実が建立したといわれ、延命寺は実堯の創建だ。里見家は、曹洞宗であった。が、馬琴は、大山寺(真言宗)を延命寺以前の菩提寺としているし、八犬伝の無量山延命寺は白浜にある。杖珠院は出てこない。どうも、改宗される迄の八犬伝延命寺は、実在のものではない。しかも八犬伝の延命寺は、道空によって真言宗に改宗されている。即ち、八犬伝の延命寺は、真言宗以外の宗派である。丶大は法会で偈を読み最後に「喝」と唱える。此は禅宗の作法だ。また甲斐国石禾郷のはずれにあった小さな「禅刹」指月院の住持もしていることから、丶大が禅僧であることは間違いない。曹洞か臨済か黄檗かは未詳だが、丶大は伏姫の菩提を弔うため出家したので、里見家の宗旨に従ったとも思われる。ならば八犬伝の延命寺も、里見家菩提寺であり禅僧・丶大が住持をしていることから、禅宗であっただろう。まぁ八犬伝で里見義実は日蓮門徒の協力を得て旗揚げしているので、宗派なんかに拘らなかったのかもしれないが、菩提寺を真言宗から曹洞宗に鞍替えさせるとは不自然だ。それとも八犬伝に出てくる大山寺は実在のものとは無関係で禅宗だったのか、とも思うが、不動の聖地であるから、やはり実在の大山寺をベースにしていよう。しかも延命寺が禅宗の里見家菩提寺であり続けたならば、道空が真言宗に改宗することも不自然だ。禅宗から真言宗へのシフトが見られる。

 また、八犬伝に於いては、役行者の霊地は洲崎神社であった。洲崎神社の別当寺は、隣接する真言宗・養老寺であった。役行者は修験道の元祖みたいな人物で、修験者の崇拝対象であった。また修験道は真言宗系に限ったものではないが、密教系の山岳仏教だ。天台宗両子寺の豪円に依頼されて縁起を書いた馬琴は、八犬伝で豪荊なる修験僧を登場させた。豪荊は、或いは天台宗系の修験者であったかもしれない。また不動明王は、修験者の守護神であり、富士山の地主神でもあった。位置関係からして、富山麓の大山寺が不動の聖地ならば、富山の地主神と目し、以て富山を富士山に擬することも或いは可能となるけれども、不動明王は修験道一般で篤く崇拝されていたので、別に富士山だけが不動の聖地ではない。

 以上の事共などから、伏姫の性格付けは、修験道に於ける観音理解に拠ることになろう。仏教一般、密教、修験道の順でマジカルな性格を強めるから、此は極めてマジカルな観音理解ということになる。

 マジック/魔術には黒白(あやめ)があり、同じく霊的なパワーも、悪魔の側に立てば悪しき力となる。八犬伝で悪役の細川政元が崇拝した飯綱権現は仏教守護神・荼祇尼だが、狐神としてもイメージされていた。又の名は白晨狐菩薩である。栗鼠の頬袋で既に述べた如く、密教神道に於いて、岩戸に籠もったとき天照は白狐の姿になっていたとも云う。仏教神道で天照は大日如来だったり観音だったりもする。大日如来は真言宗の、いわば最高神であり、総ての真理を包含する。当然、観音をも含んでいるため、天照を大日如来としても観音としても、両者に矛盾はない。同様に、大日如来もしくは観音菩薩である天照が、十全なる機能を放棄し陰に籠もったとき、より下位の存在である白狐になっても、別に構わないのだ。天照とさえイメージで繋がる飯綱権現も、悪役・細川政元が絡めば、邪神となる。

 江戸で狐のイメージと言えば、「伊勢屋、稲荷に犬の糞」、赤い鳥居の稲荷と、天竺・中国・日本と三国を股にかけ帝をくわえ込んだ玉藻前・九尾狐であったろうか。福神と陰邪の妖怪、狐の両義的イメージは、八犬伝第百八十勝回上に表現されている。

 「前略……当寺には上総介広常の、五輪石塔婆あり。在昔近衛院天皇の御時に、妖狐変じて、宮嬪玉藻前に化て、帝を悩し奉りしかば、詔して天文博士、加茂泰親に禳せ給へば、妖狐竟に勝ずして、走りて下野なる、奈須野に到て躱れたり。於是三浦介義明、上総介広常、千葉介常胤等に詔して、奈須野に到て狐を猟しむ。件の妖狐は広常が、射箭に竟に斃されて、化して一箇の毒石に做りぬ。世にいふ殺生石是也。彼と此とは異なれども、其政木狐とやらンの、化して石に做りたるを、当寺に埋葬致なば、是広常の忌む所、那霊安からずやあるべからん。這義怎麼」

 

 と僧が心配すれば正木大全孝嗣が、「長老の言錯へり。那九尾の妖狐、玉藻前の小説は、近曽明舶の齎したる、封神演義に做ひたる、稗官者流の新作也。素よりあるべき事ならず。然を昨今世に見れたる、下草集に是を載、又能楽の謡曲にも、殺生石と題目して、作設たりければ、奇に走る今の世俗、いひもて伝へて故事と思へり。那奈須野なる毒石は、砒霜與石の類なるを、附会していふならん。非如其事ありとても、玉藻如きは邪物にて、至る所人に■氣の米が分/す。政木狐は霊狐也、勤所世に功あり。広常這理を知らざらんや。那人■ニンベンに尚/霊ありとても、決て忌嫌ふべからず。長老こゝろ安かるべし」

 と反論する。九尾の狐であっても悪者とは限らない。大全の主張は、馬琴の考えでもあっただろう。

 

 では戸山/富山と天岩戸神話とを結び付ける者は何か。(頭は悪そうだが)「犬」を紋所とし「八」を名に持ち、ついでに云えば左衛門権督と最も官職の高い中央土気の犬士・現八は第百八十回上に於いて、(頭が悪そうなくせに)歌った。「信濃なる戸かくし山にます神もあにまさらめや神ならぬ神」。此は小文吾の力を、手力男にも勝ると賞讃する歌だが、手力男が信州戸隠山に鎮座しているとも語っている。また、八犬伝と天岩戸伝説を結び付ける一つの要素として、田税戸賀九郎逸時もいる。天岩戸神話と結びつく場所として、馬琴が信州戸隠を念頭に置いていたことが解る。戸隠山は、手力男が投げ捨てた天岩戸である。則ち戸隠山の本体は岩戸であって、略するならば、戸山だろう。

 因みに戸隠山大権現縁起には「戸隠山両界山之末寺当国筑摩郡仁熊村ニ戸蔵ノ観音有。金剛山岩殿寺三宝院号ス。亦ハ戸山ト号ス」とある。岩殿寺三宝院は修験道場として成立したが、縁起の「戸蔵」は現在「富蔵」と表記する。元々近世まで日本では特に地名など、音を優先し、書き手が好き放題に当て字をしてきた。「蔵」は八犬伝で、額蔵を「額を蔵(かく)す」と解している所から、馬琴の語彙としても「蔵(かく)す」であり、また此は近世で一般的な字義である。よって「戸蔵/富蔵」は「戸隠」と同義に見てよい。「戸蔵(戸隠)ノ観音」を本尊とする「金剛山岩殿寺三宝院」は「戸山」と名乗っていた。「戸隠山」から「戸山」ひいては「富山」への変換は、近世の語彙感覚として許容範囲に在る。

 

 富山は、戸隠山であり戸山である。其れ故に八犬伝の富山は、富山(とみやま)でなく富山(とやま)なのだ。そして富山が天岩戸伝説に関わることから、八犬伝は戸隠とも関わることになろう。

 富山は、まず、素盞鳴と天照が八人の子を成す場、即ち天界である。そして、天照が隠れた場、即ち天磐戸である。親兵衛復活が、磐戸開きに当たる。親兵衛には、房八/八房の遊魂が纏わり付いていると同時に、伏姫の神霊も絡んでいる。

 当たり前だ。新たな世代は必ず、父と母を共にもつ。クローン技術の無かった八犬伝時代、人間は分裂生殖しなかった。父と母のDNAやら何やらが絡み合って、新たな生命が誕生していたのだ。いや、当時はDNAとかいぅ語彙はないので、「血」と謂った。父と母の血が半々に混ざり合って、子供が生まれていたのだ。読者は思い出すであろう、親兵衛の両親の血を半々に注ぎ込まれた信乃を。其の侭では死んでいたであろう信乃が生命を存続させた原因は、此の【半々の血】であった。ならば信乃の、少なくとも一部は、親兵衛と同値なる存在なんである。そして親兵衛の両親は、共に八房に比定され得るため、親兵衛は八房そのものでもある。簡単に云えば、八房が一旦、房八と沼藺に分裂し、再び合体して、親兵衛になったのだ。其の親兵衛に房八の遊魂が纏わり付いているのだから、実際には親兵衛、八房のグレードアップ版なのだが、とにかく、親兵衛と富山で過ごした年月は、伏姫にとっては蜜月/HoneyMoonであった筈だ。此処らの事情は、天孫・彦火火出見と竜宮姫・豊玉との子である彦波瀲武■盧に鳥/■滋の旁に鳥/草葺不合尊は、豊玉の妹すなわち叔母である竜宮姫・玉依と交合して神武をもうけることに似ている。或る血脈に、別の或る血脈が二重に絡んで初めて新たなる存在に展開するのだ。

 八房との一度目の婚姻は、不幸に結果した。しかし更に濃縮した八房、グレードアップした八房たる房八の、英雄的行為に依り更に浄化された八房である所の親兵衛と、伏姫は再び出逢い合体した。此処で【新たな親兵衛】が誕生し育まれる。富山石窟で伏姫の法華経読誦を聞くうち一応の浄化を果たし成仏した玉梓/八房であったが、まだまだ伏姫の霊位が高かったのであろう、「憙哉可美少男焉」である。此処では、まだ八犬士登場には至らない。元になる気が発生したのみだ。何等かの手続きを踏まねば、人間世界には誕生し得なかった。蛭子である。しかし、既に菩提心を発した八房は、房八と沼藺となり、遂には(結果的に)【捨身】した。グレードアップし、今度は「憙哉可美少女焉」、伏姫との関係を【半々】にまで持ってきたか、今度は新生・親兵衛なる偉大な子供が生まれた。

 新生・親兵衛は、更なる浄化を遂げた若しくはグレードアップした八房/拉致られた時点での親兵衛と、伏姫が(霊的に)交合した結果なのである。諄いようだが、「交合」とは二つの個体が混じり合った結果であるから、新生・親兵衛は、伏姫でもある。だからこそ、富山に於ける親兵衛の再登場(新生親兵衛の初登場とも言える)は、一度は隠れた伏姫が、人間世界に再び姿を現す【磐戸開き】と同値なんである。さて神話では、天照が出てきた後の天磐戸は、手力男によって下界に放り捨てられ戸隠山となった。いやまぁ天磐戸なら放り捨てても良いが、八犬伝の富山を何処かに廃棄するわけにもいかない。山だって不動産だから、動かせないのだ。しかし開いた後の磐戸は、戸隠山にならねばならぬ。

 天照(姉/兄)と素盞鳴(弟/妹)とが畜生道/近親相姦を為し天照が天磐戸に隠れるドラマは、人間世界とは別次元の場【天】を舞台として展開した。しかし天磐戸は、次元を超えて人間世界/【地】に移動し、戸隠山となった。戸隠山は、人間世界/【地】に於いて、【天】との接点となる。【天】で起こった、聖なる近親相姦を、天照の引き籠もりを、人間世界/【地】に投影する場として、戸隠山ほど相応しい場所はない。

 富山は何故に富山でなく富山か。「富山」は、実在の安房富山であると同時に、【天と地の接点】戸隠山を密かに表しているからこそ、トヤマなのだ。上記の如き事情から、富山は、初めから終わりまで富山であり続けるものの、性質を次々に変えていく。まず天照と素盞鳴が交合し天照が引きこもる場としての天界、そして九龍権現/一言主/吉祥天女が岩戸に隠れる戸隠山になって、後には一時、仙人みたいなものとなった犬士たちが遊ぶ場所となる。「富山」という固有名詞表記をもった特定の場所が、時に依り別の場所を象徴する。富山という舞台は動かないが、幕に依り、別の場所を表現する。天地の接点たる戸隠山だからこその、舞台機能である。斯かるが故に、富山は、富山でなく、富山なのだ。そして天地の接点/戸隠山でもある富山は、接点であるが故に天地の間にある扉の機能をもっている。八犬伝終盤で、丶大がアチラ側に入り込み、且つ其の扉を閉ざす。此も富山が、天地/彼岸此岸の境界/扉/磐戸の場であるが故であろう。(お粗末様)

 

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