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◆信乃と親兵衛の貸借対照表◆

 

 里見家による対関東連合戦すなわち国土防衛戦争は、物語の根源として、八房による侵略者・安西景連虐殺事件と密接に繋がっている。此の侵略者退治が伏姫と八房との婚姻に繋がり、八犬士誕生に結果する。八房の子どもたちである八犬士は見事に侵略者・関東連合軍を蹴散らし、今度は祝福されながら、里見八姫と結婚する。【対称】である。それ故に八犬士と八姫の婚姻は、一斉に行われなければならない。何故なら、伏姫一人を八人の姫に置き換えたのだから、バラバラに結婚すると、置換したことが明確に表せない。

 

 但し、此の「一斉」には多少の解説が必要だろう。一人だけ明後日を向いている奴がいる。親兵衛である。文明十六年九月、犬士と八姫の組み合わせが抽選で決められた。この時、十歳の親兵衛仁は「いまは女とセックスなんてしたくない」と駄々を捏ねる。武士だから家の存続のため生殖活動は行わなければならないが、少なくとも十七歳まで女を断つと宣言するのだ。女性と性交したくないなんて……親兵衛、何時の間に【もう一つの道】を仕込まれたのか。そういえば十・十一歳は江戸芳町の陰間が修行を始めるほどの年齢で、十七歳は元服して男色受動の標識である前髪を落とす時期だ。「いまは女とセックスしたくない。せめて十七歳まで結髪(ゆいなづけ)の状態で許してくれ」と懇願する親兵衛に、里見義成は「一人だけ妻の座を得られなかった姫に儂が怨まれる。とにかく親兵衛も結婚しろ。セックスなんてしなくても良いから。ま、しても良いけど」と答え、無理遣り結婚させるのだ。長女で二十歳の静峯姫と結婚した親兵衛は、六年間セックスレス生活を続けた。……数えで十六歳の末娘・弟姫さえ青少年保護条例違反の性交に耽り小文吾の肉布団で眠るというのに、二十歳の静峯は合法的にショタコン性交に耽るチャンスを無駄にするのだ。いや他の妹もバターを塗り「お舐め……はぁはぁ」と夫を犬扱いして遊んでいるかも知れないのに、静峯だけは二十六歳まで孤閨をかこち、しかも親兵衛に精を吸い取られる如く早死にする。静峯は貧乏籤を抽いたようにも見える。

 

 里見家の対関東連合戦が、対安西景連戦のリフレインであると述べた。八房による安西景連虐殺が八房と伏姫の不幸な婚姻に繋がり、八犬士による関東連合軍撃破が犬士と里見八姫との幸せな結婚に結果するって話だ。けれども実は、話は其れほど単純ではない。親兵衛が八犬士を代表する大八/代八なる宿命を持っているが故に、矢張り、行わねばならなかったことがある。蟇田素藤退治だ。親兵衛は八房の母たる八百比丘尼妙椿を倒さねばならなかった。しかし一方で、蟇田素藤も倒さねばならなかった。何故なら、極めて簡単に言えば、縷々述べてきた如く、親兵衛が八房の子どもである犬士であり且つ最も八房に近い存在だからだ。前には書かなかったが、八房による安西景連虐殺と比べ、対関東連合戦には欠落した要素がある。景連は、伏姫を夜の玩具にしようとした。しかし対関東連合戦で、里見八姫も吾嬬前も、獲物として狙われてはいない。性が絡むのは、蟇田素藤の方なんである。素藤は妖しの業で、里見五の姫・浜路を垣間見た。恋い焦がれ、獲得を渇仰した。初めは下手に出て婚姻を申し入れたが里見家に拒絶されたため、実力行使に踏み切ったのだ。まず浜路の弟・義通を拉致した。当然、代用品として弄んだだろうが、既に里見家には、八犬士を一人で代表し得る親兵衛が仕えていた。本来なら浜路と縁深い信乃本人が、何が何でも対応せねばならないよう読者に勘違いされても困る。読者のツッコミを回避するため、此の時、信乃は安房に居ない。でも、やはり筆者も、頭では八百比丘尼との関係から親兵衛が単独で館山城へ乗り込むべきだと思いつつ、心情としては矢張り信乃が浜路を救出する場面を見たい。読者って、ワガママなんである。しかし流石は馬琴、逃げの手は打ってある。一億人の恋人・信乃の代用品として、親兵衛の肉体は使用可能なのだ。親兵衛と房八の精神は共通だが、房八と信乃の肉体は共通である。八犬伝に房八と信乃は瓜二つであると、書いてある。対関東連合戦でも、母衣を身に着けることで信乃は、房八と一体化する。しかも先に芳流閣で現八に肉体を貫かれ失神した信乃だが、今度は房八の体液を注ぎ込まれ、気を失うほど喘ぎ悶えさせられた。文明十年六月二十三日未明、信乃と房八は或る宿屋の一室で、一つになった。まぁ注ぎ込まれた体液の半分は、沼藺のものだったけども、其れを云っちゃぁ面白くない。実際には房八と沼藺二人合わせて八房だろうし八房と八房の子だから八房なんだが、精確に云えば、親兵衛は房八と沼藺の血をうけているので、二人の血を等分に注ぎ込まれた信乃は、親兵衛とも共通の部分を持つことになった。信乃は富山に拉致られ伏姫に弄ばれたりはしないが、それでも伏姫が手ずから孝玉を母の手束に渡した初出の犬士だ(犬も飼ってたし)。後に親兵衛は、四天王像として、信乃と【一つになっている】ことを明示する。此の親近性ゆえ辛うじて、親兵衛が浜路を素藤の毒牙から救出するため信乃抜きで行為しても許されるのだ。

 

 前に犬士婚姻の段で親兵衛だけアサッテを向いていると述べたが、彼が単独行動をとろうとするのは婚姻だけではなかった。対関東連合軍との開戦時にも不在であった。京都で監禁され細川政元の欲望を受け止めさせられていたのだが(実際の行為を伴ったかは不明)、此は犬士婚姻でのドロップアウトぶりとは質が違う。親兵衛が京都に行き画虎を退治したりする作中事実は、犬士を代表してのことであった。既に述べてきた如く、丹波国桑田から発した画虎は、五行説三十六禽の理に拠り、狸/玉面嬢/八百比丘尼妙椿とパラレルなんである。原理上は八犬士総掛かりで対すべき相手に大八/代八・親兵衛は、妙椿と妙真の対称もあって、八犬士を代表して立ち向かう。一方で対関東連合軍戦では、一億人の恋人・信乃が、自分に体液を注ぎ込んだ房八を記念する母衣を着ける。母衣は、犬士であることを望んだ房八が犬士として共に戦っているようイメージさせる装置である。後述するように房八が実は親兵衛だから、親兵衛が受け取る筈の節刀(防禦使の身分証)を預かり房八/親兵衛代わりの母衣を着け、更に房八の体液を注ぎ込まれた信乃は、半ば信乃、半ば房八/親兵衛であって、親兵衛の不在を補っている。作中事実として親兵衛は対関東連合軍戦に最終局面まで不在だが、信乃に背負われた母衣が、房八/親兵衛の【依り代】となっている以上、ドッペルゲンガーではないけれども、関東の戦場にも親兵衛が存在していることになっている。京都では親兵衛が八犬士全員を代表し、関東では信乃が親兵衛の不在を補っているため、結局、八犬士全員が同時に京都と関東で活躍していることになるのである。同様に、玉面嬢/八百比丘尼妙椿との対決は八犬士全員で行われていると同値であり、妙椿との対決に付随し浜路姫を狙うスケベェ中年・蟇田素藤との対決では、親兵衛が信乃の代理として行為する。信乃と親兵衛、バランスシートの帳尻は、殆ど合っている。

 ただ補足すべきは、里見家の対関東連合戦は、道節の仇討ち(未完)と毛野の仇討ち(完遂)を同時に行った五十子城陥落と鈴ケ森事件を原因の一つとしている点だ。二つの事件は親兵衛以外の七犬士によって起こされている。勿論、対関東連合戦に、其れ以前の犬士と各大名との関係も繋がっているが、二つの事件が南総大戦直接の原因になったと見てよい。現八の許我脱藩など、それまで忘れ去られていたに違いない。少なくとも八犬伝世界では問題になったことがない。二つの事件が起こり、関係のあった犬士らのことが各大名に思い出され、彼等が里見家に仕えたことによって、南総大戦は起こる。南総大戦は、あくまで里見家と関東連合軍との戦いではあるが、原因に関わった七犬士さえいれば筋が通るので、終盤に至るまで親兵衛不在で信乃が二人分を演ずるという【完全ではない形】も許されるのだろう。

 対して犬士の婚姻に於いて、親兵衛は、体格がハイティーンレベルだから、なるほど確かに、或いは受動的性交なら可能かもしれぬ。既に親兵衛は大器であり、【ケツの穴の小(ち)っけぇケチな野郎】ではない。十分な広がりをもつ器と思料せられる。けれども、能動的性交は体格とは別側面の性徴に依存するから、十歳なる設定上、婚姻には無理があったか。無理はあったが、里見義成は、「妻とセックスなんてしなくてもいいから」と親兵衛を無理に結婚させた。

 

 親兵衛に十歳で結婚させるという理不尽を犯してまで、とにかく、犬士は八人一緒に結婚しなくてはならなかったようだ。勿論それは、侵略者を屠った犬が里見の姫と婚姻を結んだ禍と、侵略者を屠った犬士が里見の姫と婚姻を結んだ福の対称性を明示するためであっただろう。また一方で、このような理不尽が起こった原因は、親兵衛の年齢設定が極めて動かしがたかった事情を物語ってもいよう。

 即ち、本来なら小文吾の二歳年上である房八の世代が犬士となるべきなのだ。房八は、里見義実が若かった頃に活躍した杣木朴平の孫である。しかし、義死した房八により息子の親兵衛が犬士となる物語が、八犬伝に組み込まれる。一世代余分に使っている。

 「一世代余分」と書いたが、此の余分は無駄ではなかった。悪役面した者が実は善玉で、自分の身を犠牲にして他の善玉を助けるなんざ、馬琴の発明ではなく江戸文芸の人気手法ではあるが、八犬伝という大きな流れ、志半ばで若しくは無念の裡に死んでいった者たちの想いが継承される、幾世代にも亘るストーリーが収束していく大長編では、非常に効果的なパーツとなっている。っていぅか、人々の想い、ってものが、親子兄弟恋人同士であったとしても、互いの皮膚で絶対的に隔離されている他者間で継承されていく不可思議、即ち八犬伝世界の反近代的法則を目の当たりにさせる現象こそ、房八義死が犬士としての親兵衛誕生に繋がる場面であろう。三十歳の時、親兵衛は述懐する。

 

     ◆

世に神童と喚做す者は、年十歳に至らずして、書を善し、画をよくし、或は詩を賦し歌を詠み、文学をすら得ぬるもあるは、必人の遊魂の、虚弱の小児に馮たる也。この故に神童は、短命にして久しからず。■ニンベンに尚/幸に不死して、壮年に至る時は、其遊魂血気に圧れて、久しく那身に宿ることを得ず、忽然として立去故に、其人遂に愚に復りて、後は聞えず做る者多かり。我は其等と同じからず、年八九歳の頃よりして、身長は四尺にあまりて、文学武藝筋力剽姚、世にも人にも勝れしは、皆是神授の所以なれば、三十にして愚にも復らず。今にもあれ姫神の、我身を守らず做り給はゞ、立地に命終らん。{第百八十勝回下編大団円}

     ◆

 

 話は甚だ簡単明瞭である。要旨は、まず一般論として、技芸の優れた者の遊魂が幼児に憑依すると、遊魂の持つ技芸が表れ神童と呼ばれる、但し遊魂は虚弱な幼児にしか憑依できない、元々虚弱な幼児だから当然の如く夭逝する、幸いにして健康となり生きながらえる場合もあるが遊魂が追い出されるため愚人となる、ってものだ。続いて親兵衛自身の特殊事情として、自分が幼い頃から健康優良児で技芸も優れているのは姫神のおかげだ、と云う。此処までは良い。前の部分と論理に矛盾はない。しかし「姫神の我身を守らず做り給はゞ立地に命終らん」との接続が、あまり良くない。問題は「立地」だ。姫神が守らなくなった途端に親兵衛は死ぬのである。普通の「神童」の場合、憑依していたものが離れると、愚人となるが生存を続ける。肉体は健康になっているからだ。故に、原文「皆是神授」は「文学武藝筋力剽姚」のみならず健康そのものまで総てに懸かる。即ち、姫神が守っているから親兵衛は生存の状態にある、既に死すべきものであるが姫神の介入によって漸く生の状態になっている、と読めるのである。よって実は、親兵衛は三十歳現在でも、虚弱なのだ。死ぬほど虚弱なのだが、健康も武芸も筋力も伏姫に与えられ上げ底されているのだ。もう一度云おう、健康も武芸も筋力も伏姫に上げ底されているため一応は生きているが、親兵衛は本質として、【死ぬほど虚弱】なんである。何故、そんなことを宣言するのか。何故に親兵衛は本質として死ぬほど虚弱でなければならないのか。……当然、直前の文章、死ぬほど虚弱な肉体には遊魂が憑依する、が効いている。既に死んでいないとオカシイほど虚弱な親兵衛には、遊魂が憑依しているのである。勿論ほかならぬ、房八の遊魂だろう。

 

 それはともかく、二十二歳にもなって美少年の特権たる受動的男色行為を申し出る指標ともされ若者であることを示す前髪を落とさないで男伊達を通してきた房八、毛野・親兵衛以外の信乃ら六犬士と同年代である房八、一億人の恋人・信乃と瓜二つの房八、汗にまみれた肌を小文吾に重ね合わせ絡み合わせて激しく喘ぐ房八、いや単に小文吾と相撲を取るだけだけれども、そんな若い房八の魂が息子の親兵衛に憑依するのだから、如何しても犬士のうち親兵衛だけは幼くならざるを得ない。

 

 因みに房八は享年二十二、沼藺は十九歳であった。即ち沼藺は数えで十六歳のとき親兵衛を生んだことになる。現在の中学三年生だ。近世では、異常に早いとは云わないが、八犬伝世界では早い方である。しかし八犬伝世界には【時間制限】がある。犬士物語が大きく動き出す文明十年は十二年に一度しかない戌年であり、八犬伝世界の時限が半分過ぎた頃って絶好のタイミングなんである。此の一年間に多くの物語を詰め込まなければならない。一年たりとも遅らせられない。沼藺や親兵衛の年齢なんて気にしちゃいられない。童子神っぽくしちゃえば多少の無理は利くのだ。

 八犬伝世界に【時間制限】があり、且つ、文明十戊戌年に大きく展開する必要上、幼さ残る沼藺が親兵衛を生まねばならなかった。無理を押し付けられたのは、沼藺だけではない。逆の事象も起こっている。信乃である。信乃は初出の犬士であるから、犬士なる者を読者に説明する重要な役割を持たされている。それ故、里見家との因縁を感じさせる設定となっている。初出の犬士・信乃で犬士と里見家の因縁を強く感じさせてしまえば、後は犬士というだけで後に里見家と関係を持つことが、読者に何となく許されてしまうって寸法だ。だから初出の犬士・信乃の父祖は、結城合戦と関係を持つことが望ましかったのだろう。

 結城合戦は、里見義実が安房へ流れていく契機となった事件だ。八犬伝の最初の舞台は、まさに結城合戦であった。信乃の祖父・大塚匠作と父・番作は共に、里見季基・義実父子と轡を並べて戦った(大塚家が騎馬で戦闘に参加していたかは別として)。里見季基は、春王・安王に殉じた。大塚匠作は、春王・安王に殉じた。里見義実は、戦場を切り抜け安房で家を興した。大塚番作は、春王・安王の首を奪って切り抜け、本貫地・大塚へ帰ったが姉婿に押領されていた。片や何の縁もない土地で新たに家を興し、片や故郷を奪われ貧苦に沈む。里見義実・大塚番作の人生は、見事に明暗を分けたが、互いに同世代・同年代であった。しかも番作さんは、結城合戦後ほどなく、親同士が勝手に定めた結髪・手束と出逢い婚姻する。二人は同じ年であった。けっこう早婚なんである。音音と同じ応永三十三丙午年に生まれたと思しき番作さんは、十六歳で華々しい活躍を見せ、手束と婚姻し、温泉に浸かったけれども脚が不自由になった。親兵衛は十七歳まで性欲を動かしてはならぬと自ら誡めたが、十六歳の番作さん、挿絵では艶っぽい腰つきナンバーワンの手束と、愛欲の海に溺れたのである(妄想)。えぇっと、番作さんは大塚村に帰り、犬塚と苗字を改めた。初子・信乃が生まれたのは、夫婦とも三十五歳のときであった。沼藺の伝でいけば、もう一世代が間に入りそうな程だ。此は、信乃と里見家との因縁を強化するため、番作さんが結城合戦に参加したと設定したかった故だろう。しかし、おかげで番作さんのキャラクターが渋くなり、一石二鳥だったのではないか。しかし、此の番作さんと絡む現八の実父・糠助に至っては、老実なキャラクター設定に合わせてか年齢を番作さんより十ばかり上にされてしまっている。四十五歳で番作さんが割腹して果てたとき糠助は五十代半ば、文明九年に六十歳を過ぎて死ぬ。故に糠助が現八を儲けたとき、四十三歳ぐらいであった。那古七郎の弟・古那屋文五兵衛もけっこうな年配だが、それでも番作さんと同年代と思われる。

 要するに、八犬伝は、一部の登場人物設定に、無理を感じさせる。年号を、動かし難い歴史事実である結城合戦や、暦年の干支などに制約され、しかも主人公である犬士が出来るだけ恰好良い青年であるよう組み立てた結果の、「無理」であっただろう。それだけ馬琴にとって、結城合戦や干支の重要性が大きかったことが窺える。(お粗末様)

 

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