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秋の日影のさりげなく昼間は暑の名残とて岸に水浴る山鴉、頂近く鳴わたれば伏姫佶と仰ぎ瞻つ、現わが外に人もなきこゝは寔に畜生道……中略……遂に逃れぬ業因は神も仏も今こゝにせんすべなくてぞをはすめる。斯ても凡夫のかなしさは悟りがたく迷ひ易かり。わが腹なるは八子にて形つくらでこゝに生れ、生れて後に又生るとはいかなる故にやあらんずらん。又子を産とき親にあはん夫にもあはんとは、いよ/\思ひ弁へがたし。吾儕には苟にもいひなづけたる良人はなし。この事のみは中らずとも、もし父うへがはるばると訪せ給はゞ影護し。身おもくなりしを親同胞に恥かゞやかしく見られんより流るゝ水に身を任し骸もとゞめずなるならば、さて死恥をかくしなん。吁しかなり、とわれに問、われに答てやうやくに思ひ決めつ。折敷く草に膝突立て身を起し水際に立より給ひしが、さるにてもこの侭に水屑とならば日来より川の向ひの岸までも専使を給はりし母うへのおん慈みをしらざるに似て罪ふかゝり。一筆遺し奉らば、とてもかくても業因と思ひ捨させ給はなん。見る人なくばわが尺素も朽なば朽よ命毛を霎時延していそがん……中略……

当下八房は自然生の藷蕷枝つきの果なンどくさぐさ銜もて来つゝ姫うへを待てをり。只今かへらせ給ふを見て一反あまり走り出、長き袂に■夕のした寅/縁て後に跟き又先に立、尾を掉鼻を鳴しつゝ迎入るゝが如くして只管食を勧れども伏姫はなかなかに見るも斎忌しく疎しくて絶て言葉もかけ給はず……中略……

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