×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 

 

 

 

 

■八=七+一=二×四■

 

 信乃の女性性は、女装なる際だった特徴の割には、さほど濃くない。前髪だって早い時期に落としてしまう。男に戻ってしまうのだ。破傷風に冒され汗ばみ喘ぎ悶える信乃の風情は、汗ばみ喘ぎ悶え端正な顔を歪める美女を彷彿とさせ暗く密かな妖しさを感じさせるのではあるが、残念ながら読者サービスは其処までである。しかし毛野の場合は、ほぼ間違いなく馬加大記に犯されたか犯される予定であったが、馬加は毛野を女性だと信じて疑わなかったであろう。実は素股で抜かれたのだとしても、丁字油か何かで濡れて柔らかく引き締まった毛野の太股で擦り上げられただけであったとしても、馬加にとっては女性の密壷であったろうし、或いは鶏姦であったとしても「ちょっと下付きだが締まりが良い」と思ったかもしれないが、飽くまで毛野を女性だと信じてイッたに違いない。当時の書物には、挿入途中は緩め抜く動きのときには締めるとの括約筋だか大臀筋だか使った男色技術が解説されてあったやに記憶するが、勉強熱心な毛野ならスマターもマスターしていたであろうけれども、伸縮技術にも達していたに違いないので、熟練した女性と何等差別はなかったであろう。則ち抱く側からすれば信乃は、せいぜいニューハーフ、毛野は美少女である。此の差は絶対的なものだ。近世には着衣の侭で性交を行う場合が現代より頻繁であったと思われるが、欲に目を曇らせたバカ大記が着衣の毛野を男子だと感づく気遣いはない。間近に見つめ合った小文吾さえ気が付かなかったのだから。

 

 同じ女装犬士でも、信乃と毛野では性格も深刻さも異なる。毛野こそ真性の女装者……ではなく最も女性性を濃く持っていると考えられる。一瞬でも読者に真の女性と思わせる毛野、「変生」したと口絵に明記される毛野のみが、最も女性性を濃く持つ者だろう。女性性との基準を設ければ、毛野が他七犬士と一線を画する存在となる。八犬士を、【(一+七)犬士】と考えるべき局面もあるのではないか。

 

 八犬士が北斗七星と訶利低母のセットであるならば、血塗られた巫女/訶利低母とは毛野である。如意輪七星曼荼羅の配置は、圧倒的優勢である関東連合軍との戦闘に於いて、八犬士の配置に対応している。即ち、七犬士が各方面の現地司令官たる防禦正副使を務め、訶利低母に擬すべき毛野が全軍を総攬する軍師として一段高い位置にある。

 

 八犬伝肇輯口絵の有名な「八犬子髻歳白地蔵之図」が、実は「白地蔵(かくれあそび)」を描いていないことは有名だけれども、其れは措き、極めて興味深いものだ。まず犬士の配置であるが、道節を先頭に、河童頭の現八、黒服で地味な荘介、最も幼く見える小文吾、大角、肥満体の親兵衛、気品があり美しい信乃が一列に並んでいる。そして既に指摘してきたように、オキャンな表情の毛野だけ素直に列んでおらず、大角の脇に横合いから抱きついている。後ろには誰も抱きついていない。即ち大角を分岐点とし、親兵衛と並列していることになる。八犬士の配列は【七+一】に見える。

 北斗七星は水を汲む側から天枢・天■王に旋/・天■王に幾/・天権・天衡・開陽・揺光と呼ぶ。また北斗七星と輔星をセットで考える立場もあるのだが、例えば輔星は、後ろから二番目・開陽に隣り合わしている。別に此処で各犬士を七星に配当しようとは考えていないし、犬士同士の流動性も視野の端には見えるので絶対化の必要を抑も感じちゃいないのだが、兎に角、【輔星は北斗七星の後ろから二番目に隣り合わせる】。白地蔵の図で、はみ出し者の毛野は、後ろから二番目の親兵衛と、並列である。前述の如く、犬士に流動性が認められるかも知れないので、現時点で七星と犬士を安易に対応させることは避ける。しかし、少なくとも毛野は、対関東連合軍戦に於いては他犬士と一線を画している。

 対関東連合軍戦に於いては、終盤になって親兵衛が京都から帰還する。親兵衛も、南関東大戦に於ける立ち位置が他の犬士と異なっているようにも感じられるだろう。しかし親兵衛は、縷々述べて来た如く、大八/代八の名詮自性、八犬士の代表として京都で虎{五行説に於ける狸の後身}と絡む。妙椿狸/玉面嬢を特徴づけるものは甕襲玉だが、甕襲玉は丹波国桑田で出現した。狸の後身たる画虎は丹波国桑田に住み着いた竹林巽によって描かれ、細川政元の我が儘により、京都で実体化した。五行説のみで狸と虎は関連づけ得るが、丹波国桑田とまで地域が限定されているのだから、関連づけなければ仕方がない。犬士のうち単独で妙椿狸を退治した親兵衛は、画虎と単独で対峙しなければならない。其の故は、妙椿と妙真との対称/対応関係にある。

 ただ親兵衛の南関東大戦に於ける位置は、短期間ではあるが端倪すべからざるものだ。全軍の副将であり国府台方面ひいては陸戦部分の統括者ともいえる里見義通を救出する重要な役割を与えられている。且つ、親兵衛は防禦使に連なっている。即ち、道節・現八・荘介・小文吾・大角・信乃の六犬士と同格者として、南関東大戦に関わっている。七人は各方面軍の現地司令官として、同格である。

 但し、毛野だけは全軍を総攬する軍師として、里見義成に侍っている。犬士の常態としては八人同格であるし、妙椿関係では親兵衛独りが選抜されるのだけれども、南関東大戦に於ける最重要の機能を持たされ選別されるのは毛野なんである。此処に於いて八犬士は、(七+一)犬士となる。即ち犬士の布陣はイメージ上、弱小国が強大国の侵略を防ぐに当たって用いる如意輪七星曼荼羅と、同じ構図を採るのだ。此は復た、白地蔵口絵に明示された構図でもあった。八犬士は(七+一)犬士であり、「七」は北斗七星を意味する可能性が高い。五行大義に云う、「家語云、七九六十三、三主斗、斗主狗。狗三月生。辰衝戌、寅戌合、故在戌」{五行大義巻五第二十四之二・論三十六禽}である。

 

 また既に先学により八犬伝の原型が「七犬伝」であったと実証されている。八犬士は、(七+一)犬士である。誰か一人が加えられたのだ。或いは毛野が、女性の侭だったのかも知れない。女性なら犬「子(し)」ではあっても、犬「士」としては苦しい。太平記では周・穆王には房星の化現・八駿が降ったが、八犬伝の里見家には北斗の精を受けた犬士が下されたようだ。

 

 八犬伝は、様々な表現が可能だけれども、最大のクライマックスのみ切り取れば、【南総里見家に集った八犬士が、圧倒的優勢の関東連合軍による侵略を阻止する】物語でもある。抑も犬士は伏姫の霊的な子どもたちなので、侵略阻止は、里見家に対する伏姫の擁護に依る、と言い換えても可だ。伏姫の正体/最終形態は観音菩薩なので、結局、侵略阻止は、観音の擁護に依る。

 筆者は既に「輪宝剣」に於いて、弱小国が強大な侵略者を打ち破るために用いた呪法を紹介した。(眉唾だが)此の呪法を編み出した者こそ釈尊、そして呪法の本尊は如意輪菩薩であった。呪法では、如意輪七星曼荼羅を使う。如意輪の「輪」とは所謂「法輪」であって、八つのスポークで支えられた車輪状のものだが、武器としての輪宝剣はスポークが車輪の外まで剣の形で飛び出す。密教神道では、天叢雲剣が此の形を採る。但し密教神道の天叢雲剣は、輪から飛び出した剣のうち、一本だけが妙に長い。振り回すにも投げるにも使いにくそうだが、まぁ呪術的なものだから、気にしないでおこう。如意輪菩薩は、観音菩薩の数多ある変態のうち一つで、如意輪を持っている。如意輪とは、如意宝珠と法輪の二つを指す。如意輪観音は、宝珠と法輪を二つながら持つ姿で像化される。如意宝珠は、何でも思いを叶えてくれる。イザとなったら出す珠だ。そして此の呪法は怨敵降伏が目的であるから、実戦が始まると単なる法輪から輪宝剣に変化するとイメージできる。上記の如く輪宝剣は、滝沢家の家紋/八本矢車ならぬ、八本の剣を束ねたものだ。即ち此の場合の如意輪観音は、【八剣を束ね不思議な珠をもつ】観音である。

 如意輪七星曼荼羅は、其の名が示す如く、如意輪観音を本尊に北斗七星も描かれる。しかし、両者だけで構成するものではない。実は表だった主人公は、訶梨底母である。如意輪観音を取り囲む八神とは、訶梨底母と北斗七星であり、先頭に立つ訶梨底母が七星を率いる格好だ。如意輪観音を取り巻く八神は、(七+一)神なのだ。因みに訶梨底母は鬼子母神ともされるけれども、地の底から涌き出づる血塗られた女神だ。

 即ち、曼荼羅の本尊は観音であるが、実際の戦闘は訶梨底母と彼女が率いる七星によって行われる。曼荼羅という表現様式のルールとして、本尊たる観音は、訶梨底母と七星の源泉であり、且つ訶梨底母と七星すべてが統合し昇華した姿だ。言い換えれば、実際に戦う訶梨底母と七星による行為が、自然の摂理に働きかけ、{何者かが}如意輪観音なる最終形態に至る。則ち、訶梨底母と七星が圧倒的な侵略軍に勝利したとき、如意輪観音が出現するのである。が、如意輪も観音の一変態であり、戦いが終われば、ただの観音だ。

 

 しかし信乃・毛野が対称的とはいえ、二人で伏姫の存在を表現したことは、もう一つの方程式を示唆している。八犬士は、二×四犬士でもある。何故なら一人で伏姫の存在を表現、若しくは八人全員が表現するなら、犬士は、八人ばらばらと見ても良い。しかし伏姫の存在を表現するに、信乃・毛野二人掛かりとなる意味は、他の犬士も対称的な関係にあることを暗示しているであろう。結果として、八犬士{の精}は二人ずつ四組となり、四天王の玉眼となって安房を見守る。恐らく四天王云々の構想は、信乃・毛野という対称的な二人の女装者が決定された時点まで遡るのだろう。

 

 もう一度、白地蔵口絵を思い出そう。八犬士が一直線ではなく、五人目の大角の横合いに毛野が独りはみ出し取り付いているとは何度も述べてきた。(七+一)犬士の図だ。が、並んだ順番を見れば、先頭に道節、続いて現八、荘介、小文吾、大角、親兵衛、信乃であった。馬鹿野郎な道節を無視して眺めれば、現八・荘介、小文吾・大角、親兵衛・信乃……終盤に四天王として組み合わさる二人が接続している。道節は先頭に立って、厭らしい目つきをした丶大と対峙しているが、配偶すべき毛野が八犬士中で微妙な立場のハミ出し者であるから、一人ぼっちでも仕方がない。それでも火(弟)の犬士・道節と赤い絆で結ばれている毛野は、全くの無関係者ではなく、火(兄)犬士・大角に抱きついている。表面上は全く別……いや逆と云って良い人格だが、大角に道節と同じ匂いを嗅いだか……筆者にしてみれば腹立たしくも、いじらしく感じられ、「勝手にしやがれ」と叫びたい気分だ。嗚呼。

 

 則ち、白地蔵口絵は、毛野を微妙な立場として(七+一)犬士である性格を明示しつつも、(二×四)犬士たる性格も垣間見せている。ところで白地蔵口絵、道節がクルリと回って配偶すべき毛野を後ろ取りすれば、比喩として、殆どクラインの壷だ。(七+一)であり(二×四)であるとの堂々巡り、口を開けているのは、一億人の恋人・信乃って塩梅だ。万人に開かれている口を普門と謂うが、法華経普門品の別名は観音経であり、近世では娼婦を観音に見立てもしたが、背景には当然【金さえ払えば誰でもComeOnと普く開かれた門】との理解があったことだろう。なるほど此も、曲亭馬琴、廓(くるわ)の真(まこと)であるかもしれぬ。面白ぇじゃねぇか白地蔵口絵、馬琴は冒頭から読者に挑戦的な態度をとりやがってるんである。

 

 また如何でもいいレベルの話だが、白地蔵口絵に於いて、二人の最後尾、信乃と毛野は共に女装犬士であり、最も色濃く伏姫の女性性を受け継いでいる。そし当該の遊び「子とろ」のルールは、最後尾の者を鬼が捕らえるとのものだ。鬼は丶大である。丶大が犬士を探して行脚するは、伏姫の為であるが、失われた伏姫の偽装的な【回復】であるのだろう。毛野を大角の横にはみ出したは必然であるが、初出の犬士である信乃まで最後尾にした理由は、丶大の犬士探訪が、伏姫の霊を追い求めることと重なるとの表現かもしれない。とにかく白地蔵口絵は、八犬士が(七+一)犬士であり且つ(二×四)犬士であることを密かに示している。

 

 (七+一)犬士である側面は、圧倒的侵略者/関東連合軍を打ち負かすべく配置された、如意輪七星曼荼羅に従うものであった。また、第一次・第二次五十子攻略は、欠落していた女性性の根本が伏姫に付与される過程でもあった。特に第一次攻略すなわち伏姫が聖母・五十子の胎内に戻る一週間前、十一二歳の姿で梶野葉門に目撃された伏姫は此の頃、玉面嬢と八房を義絶させている。信乃の攻略により五十子の胎内を潜り始めた伏姫は、大悲のシャワーを浴び再生の準備をする。一カ月後に太陽/伏姫の再生を告げる親兵衛/房八/八房は、既に玉面嬢との恩愛を強制解除していた。{元}母たる玉面嬢の制御下にある蟇田素藤を打ち破ったが、まだ剥き出しの「仁」は乱世に於いて通用しなかった。太田道灌から河鯉孝嗣を経て親兵衛に悲劇のストーリー性が流れ込む。{元}母/玉面嬢の反撃によって親兵衛は仁玉を奪われ放浪、里見家は劣勢に立つ。いったん仁玉から離れ、「仁」以外の要素を学んで成長したためか、結城法会直前に敢行した親兵衛の館山急襲は成功。{元}母/【母なるものの悪しき半面】を退治/消去する。既に菩提心を発した玉面嬢は画虎として実体化し、結果的に親兵衛を男色家の毒牙から解放する。南関東大戦を決する第二次五十子攻略で、最後まで伏姫に遺されていた残虐の要素、鬼子母神/毛野が五十子の慈愛を浴びたとき、聖なる一片が嵌め込まれ、伏姫は大悲の菩薩/観音として完成した。南関東大戦は終結し、里見家は平和な理想王国として、戦国/現実の日本から遊離する。

 

 さて講和条約締結により防衛戦争が制度上も集結した後、里見家の関心は、犬士への金碗姓授与に移った。

 

 何故に犬士は金碗姓となるのか。いや、丶大の姓が金碗だからなんだが、此処では、より深層の部分を問題とする。八犬伝に登場する金碗(かなまり)家は、安房神余家の庶流であり重臣として設定されている。神余(じんよ)は神余(かみあまり)であり、カミアマリ・カナアマリ・カナマリで金碗、金の碗(わん)になるのだワン。ワンだから犬士も後に金碗姓を名乗り勅許を受ける。即ち日本国が天皇の名のもとに、犬士を金碗だと認定しているのだワン。ワンだから犬士が金碗を名乗るとの仮説は魅力的だが勿論、其れだけでは十分な説得性は持ち得ない。補助線が必要だ。金だろうと木だろうと陶器だろうと、碗は碗である。碗は食器であり液体をも溜める。

 液体を溜める、若しくは汲むものには柄杓もある。柄杓は、文字通り、柄杓(■木に否/杓)である。柄とは持つ為の取っ手である。ならば杓こそ、汲む部分である。汲むものが杓であり、また汲むことは勺と謂う。酒を勺むことを「お酌」といい、晩飯時に呑めば「晩酌」と謂う。酌は、酉に勺だ。そして柄のある杓が柄杓ならば、柄の無いものは「杓」となろうか。杓は機能として「碗」と共通する。碗の材質は色々だ。前近代に於いても、木製があり、陶器磁器すなわち土製があり、そして金属製のものもあった。このうち金属製のものは、「金碗」とでもいおうか。八犬伝で「金碗」には、八郎と大輔/丶大がいる。二人は時制の関係で分裂しているが、一纏めに見ても良かろう。また特に大輔は、八房から犬士の父たる資格を引き継いだと思しい。縷々述べてきた通りだ。則ち、八犬伝に於いて【杓】なるものは、「金碗」と密接に結び付きそうだ。

 

 ところで柄杓といえば北斗七星だ。現代では、北斗七星は大熊の尻尾と思われているかもしれないが、前近代日本では、「柄杓」とイメージされていた。証拠に「北斗七星」と謂う。「斗」とは柄杓のことである。

 

 古来、犬士を北斗七星と縁があると指摘する声がある。八犬伝の原型が、「七犬伝」であったとする論もある。採るべきであろう。北斗七星や北極星など特定区域に見える星群は、北辰として一纏めにイメージ出来るが、北辰は時間の流れを支配する。馬琴は随筆の中で「辰」を「時の神」とし、素盞嗚尊を宛てた。また一般に前近代日本に於いて、一日の十二時制、一年の十二月制は、十二支によって表現されていた。此は、北斗七星が、一日に北極星の回りを一回転、其れ自体の向きを一年に一回転させるとの、目の当たりの大雑把な経験知を根拠としていた。北辰は、天空に浮かぶ、大時計であった。そして、文字盤の裏に隠れてでもいるのか、時を動かすトキツカミ、見えざる原理が素盞嗚尊って塩梅だ。天照皇太神/伏姫の亜流である蟹目前は、天叢雲剣/村雨を携えた信乃の第一次五十子攻略で、自ら命を絶たねばならなかった。

 

 北斗七星を柄杓に見立てれば、やはり柄と杓に分かれる。柄と目する三星を柄斗といい、杓に宛てる四星を「河魁」と謂う。そして、此の「河魁」は、十二支の戌によって象徴される。

 

 「玄女拭経云、六壬所使十二神者……中略……河魁主戌土神」{五行大義巻第五第二十論諸神}

 

 言い換えよう。【北斗の杓に当たる四星は犬によって象徴される】、若しくは、【犬なる四星が北斗七星のうち杓に当たる河魁を構成する】のだ。「七+一」としての側面では毛野がアブレ者だったけれども、「二×四」としては七星の一部として、八犬士すべてが取り込まれる。

 

 因みに、杓である河魁は土気である。何故ならば、水を勺むものであるからだ。いやまぁ自然界にあっても、大木の虚に水は溜まるし、鉱石の窪みにも水は溜まるだろう。しかし其れは特殊な状態と言うべきであって、一般に水は、海を筆頭として、土の窪みに溜まる。何よりも五行説では、水を止め克するは、土とされている。故に、抽象的な柄杓である北斗にあっては、水を勺む部分は土気でなければならない。土気は、五行の中央に位置し、色々と都合が良い。何処がって、四季に於いては居場所の無い土気は、四季それぞれに分散し居候する。然り気なく、全ての季節に首を突っ込んでいるのである。中華帝国では、万民を天命もて導く皇帝を、黄龍/土龍によって象徴させたこともある。土/地球は、人間界の前近代的日常に於いて、全てを載せる器である。故に北斗の杓部分「河魁」は、何か貴いものを包み込む器であって一応は水を勺むものではあるが、総てのものを包み込むキャパシティを有する故に、土気であれば都合が良い。此は、地蔵菩薩の職掌でもある。思えば、水気の犬士・信乃の厄難である芳流閣一件では、迸り出ようとする信乃を追い詰め受け止めようとする者は、土気の犬士・現八であった。

 

 ただし犬士は総体として金碗である。碗ではない。此は、里見が属する源氏が金気の氏族であり、恐らくは、平和を実現する過程では刑戮/治安維持のための武が必要だとの、武家っぽい世界観が馬琴にあった故かもしれない。勿論、里見家は金気のみならず仁/木気も兼ね備えてはいた。そして且つ、里見家の苦闘も、総て【過程】であったことを示している。金気と木気の融合では、不完全なのだろう。其れが故に、天なり命なり、里見家は東海の辺地のみでしか理想王国を築けなかったし、永続もしなかった。しかし武威と仁気との融合は、馬琴が生きた時代、現実に語られた理想でもあった。武家政権/幕府による「徳治」である。しかし現実に、公認で語られている理想を、より極端に理想化してさえ、八犬伝の里見家は滅ぶ。隠微の裡に大いなる疑問符を突き付けた馬琴の真意は、いったい、いづくにあったか。(お粗末様)

 

→ Next

← Prev

↑ 犬の曠野Index

↓ 旧版・犬の曠野Index