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童子はうち見て冷笑ひ、なでふおん身に夫なからん。既に親より許されたる八房はこれ何ものぞ、と詰れば姫は貌を改め、そなたは只その初を知て、その後の事しらざるよ。云云の故ありて、二親も得禁め給はず、よに浅ましく家犬と共に深山に月日を送れど、おん経の擁護によりて幸に身を穢されず、渠も亦おん経を聴くことをのみ歓べり。縦証据はなしといふとも、わが身は清く潔く、神こそしらせ給はんに、なぞや非類の八房ゆゑに身おもくなりしなんどゝは、聞もうとまし穢はし。よしなき童に物いひかけて悔かりき、と腹立て、うち涙ぐみ給ふになん。童子はます/\うち笑ひ、われはよく診るところあり、又精細にしるよしあり。おん身こそその一を知て、いまだその二をしらざるなり。さらば惑ひを釈まゐらせん。夫物類相感の玄妙なるは、只凡智をもて測るべからず。譬ば火をとるものは石と金也。しかれども桧樹のごときは友木の相倚るをもて亦その中より火を出せり。又鳩の糞、年を経て積こと夥なれば火もえ出。これらは寔に理外の理なり。物は陰陽相感せざれば絶て子を生ことなし。但草木は非情にして、松竹に雌雄の名あり。さはれ交媾るものにあらず。これらも亦よく子を結べり。加以、鶴は千歳にして尾らず、相見てよく孕むことあり。かゝる故に秋士は娶らずして神遊ひ、春女は嫁ずして懐孕り。聞ずや唐山楚王の妃は常に鉄の柱に倚ることを歓びて、遂に鉄丸を産しかば、干将莫邪劒に作れり。我邦近江なる賤婦は人に癪聚を押することを歓びて、竟に腕を産しかば、手孕村の名を遺せり。皆是物類相感して致すところ、只目前の理をもて推べからず。おん身が懐胎し給ふも、この類なるものを、何疑ひの侍るべき。おん身は真に犯され給はず、八房も亦今は欲なし。しかれども、おん身既に渠に許して、この山中に伴れ、渠も亦おん身を獲て、こゝろにおのが妻とおもへり。渠はおん身を愛る故に、その経を聴くことを歓び、おん身は渠が帰依する所、われに等しきをもて憐み給ふ。この情既に相感ず。相倚ことなしといふとも、なぞ身おもくならざるべき。われつら/\相するに、胎内なるは八子ならん。しかはあれども、感ずるところ実ならず。虚々相偶て生ゆゑに、その子全く体作らず。かたち作らずしてこゝに生れ、生れて後に又生れん。是宿因の致す所、善果の成る所也。因とは何ぞや。譬ば八房が前身は、その性僻る婦人也。渠はおん父義実朝臣を怨ることあるをもて、冤魂一隻の犬となりて、おん身親子を辱しむ。是則宿因なり。果とは何ぞや。八房既におん身を獲て遂におん身を犯すことなく、法華経読誦の功徳によりて、やうやくにその夙怨を散し、共に菩提心を発すが為に、今この八の子を遺せり。八は則八房の八を象り、又法華経の巻の数なり。……中略……おん身が懐胎六个月、この月にしてその子産れん。その産るゝ時はからずして、親と夫にあひ給はん{第十二回}。

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