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▼八犬伝の政治学▼

 

 神余光弘の落胤、甘理墨之介弘世は虚弱に設定されている。八犬伝の本筋から、神余家を排除するためでもあろう。逆に言えば、簒奪された旧領主である神余家を存続させるならば、相応に扱わねばならない。里見義実は、簒奪者である山下定包を除くことをも目的として、旗揚げしたのだから。そもそも当初から存在が明らかであったなら、金碗八郎孝吉も、まずは弘世のもとに参じなければならない。義実の出番はなくなる。即ち、中盤になって上甘理弘世が登場する意味は、里見政権が確立した後、旧領主として追認するためだったとも思えてくる。虚弱で起居も侭ならぬから、まさに里見家の正当性を暗に承認するためにのみ登場するよう思えるのだ。且つ、隠棲することで、神余/金碗氏代表としての座を事実上放棄して、犬士たちに譲ってしまっている{但し第百八十勝回下編大団円に「蜑崎・満呂・安西・磯崎・金碗・天津も子孫世々相続す」とあり、上甘理・神余は金碗と改まって存続している}。

 しかし、義実暗殺未遂事件まで、上甘理のカの字も出てこない。筆者も初めて読んだとき、此の段まで、神余家は全滅したものだとばかり思っていた。

 簒奪者山下定包は【正当な君主】ではないので、里見義実は、いはば、空き家に居座っていた強盗を追い出して城主におさまったと見るべきだ。そもそも庶流とはいえ、金碗八郎孝吉は神余一族で老臣第一席の家柄であったから、単独で事を起こすことも選択肢にあった筈だ。ならば旧主家の再興が果たせる。が、後に、神余家と里見家の板挟みになって、切腹してしまう。八郎の目的は、飽くまで簒奪者山下定包の排除であって、仇討ちに過ぎない。そして旧神余領を里見家が支配することを、全く疑問視していない。八郎は初登場時に歌った。「里見えて/\白帆走らせ風もよし、安房の水門による舩は浪に砕けず潮にも朽ず、人もこそ引け、われもひかなん」。解釈は本文で八郎自身が行っているから略す。とにかく、里見家を奉戴する意思を表明したものだ。

 続いて八郎は、{不法な手段を使ってはいるが}民衆を集め、定包を討つため蜂起するように説き、大将として里見義実を紹介する。民衆は、金碗八郎孝吉の存在を知っていた。八郎を神余政権の代表として民衆が認めているように記述されており、其れ故に耳を傾ける。民衆も、実は簒奪者山下定包を憎んでおり、予て源氏の嫡流で稀に見る良将だと聞いていた義実を慕わしく思っていた。奉戴の言葉を得て義実が徐ろに登場する。村長たちの献策を容れ、東条を落とした後に玉下城の定包を討つ計画を立てる。後はトントン拍子に事が進み、十日ほどで旧神余領内を支配下に置く。

 八郎は当初、自分一人で定包を暗殺する考えであった。しかし好機に巡り会えず切腹して果てようとまで思い詰めた。里見義実が安房に入ったとの噂を聞いた。八犬伝には、そう書いてある。そして八郎は、民衆に義実を奉戴して定包を討つよう勧め、実現させた。問題は、単独で定包を暗殺しようとしていたときから、義実を奉戴して反乱軍を組織し実際に定包を滅す時までに、八郎の意思が如何に変化したかだ。即ち、八郎としては一貫して山下定包殺害が目的ではあるが、最後まで其れだけだったのか、義実という仁君を見出し奉戴することにも新たな意義を見出したのか、それとも反乱軍を組織するに当たり貴種の人寄せ熊猫として利用しただけなのか。「一トたび御名を聞しより、只嬰児が垂乳母を慕ふ心持はするものから」と、まだ見ぬ義実を探し求めて彷徨う八郎の心は義実に、山下定包殺害作戦に必要な齣としての価値しか認めていなかったのか、それとも魅力ある個人に対する慕わしさを感じていたのか。最期の場面で八郎が吐露した真情は、

 

     ◆

某は初より名利のふたつにこゝろなし。故主の為に逆臣を誅せんと思へるのみ。寔に君が威福によりて宿志を果し候事、このうへの恩恵なし……中略……只定包を撃んずと思ふばかりに存命ても身ひとつにては事を得遂ず。かくは時あり縁ありて君に値遇し奉犬馬の労を竭せしより、功に過たる恩賞を今更に受候ては、後なくなりし故主の枉死をわが幸とするに似て、存命かたきひとつなり。加以落羽岡にて定包ならんと思ひてや国主を傷ひ奉りし杣木朴平無垢三等は、原某が家僕也。彼等が武藝は某が剣法を伝へしかば、しらぬ事とはいひながら下司の兵法大疵の基を開きし孝吉が、■リッシンベンに呉/に似て愉からず。存命かたき二ッ也{第八回}。

     ◆

 

 であった。八郎にとって、山下定包を単独では殺せずにいたところ里見義実と出逢って反乱軍を組織し首尾良く定包を滅ぼしたこと自体が、最大の果報であって、長狭半郡と東条城まで与えられては過分だから、何やら旧主神余家の不幸を自分の幸福に置き換えているようで気色が悪いらしい。拒む八郎に義実が重ねて賞を下そうとする。すると「これ賜らじと辞しまうせば只管に我意を立て恩義をしらざるものに似たり。さりとて受ては今さらに故主へ対して不忠なり。受て受ざる孝吉が、この世あの世の君が為に、せんすべあり」と割腹してしまうのだ。此の有名な台詞だけ読んでも、明らかに、八郎は義実を主君と認めている。「この世あの世の君」のうち【この世の君】は義実に外ならない。

そして八郎にとって「あの世の君」は光弘であろう。此の部分以外で八郎は光弘を「故主」{第四回など}とか「先君」とか呼んでいる。八犬伝に於いて故主とは、例えば上総の一作にとっては娘を孕ませた挙げ句に行方を眩ませた八郎であった{第七回}が、姥雪世四郎にとっては犬山道策と道節の二人、道節にとっては煉馬平左衛門倍盛である。煉馬倍盛のために扇谷上杉定正を付け狙う犬山道節は、其れ故に玉に表れた徳/忠を他犬士から「遣り過ぎだ」と批判される珍しい犬士だけれども、里見家に仕官後は、勝手な行動を慎む。明らかに里見家を主君と仰いでいる。八郎も【二君に仕えず】と言ったことはない筈だ。作中事実として里見義実を「君」と呼んでいる。二君に仕えなかったのは、犬塚番作である。

 また或いは、玉梓との対決場面で激昂した八郎が誇張も交えて捲し立てるが、此の部分が誤解を生み出しているのかも知れない。

 

     ◆

しらずや酷六鈍平等は神餘譜代の老党なれども利の為に義を忘れ逆に随ひ悪をませし冥罰遂に脱れず……中略……又孝吉はこれと異なり。灰を呑漆して姿を変て故君の仇を狙撃んと思ふのみ。単身にしてその事得遂ず、五指のかはる/\に弾んより一拳にますことなければ、里見の君に随従して袒肩の躬方を集め今定包を族滅して志を致したり。かくてもわがなす所、兎の毛ばかりも先君に益あることなしといふや」{第六回

     ◆

 

 まず引っ掛かりそうなのは「故君の仇を狙撃んと思ふのみ」の「のみ」である。此処から八郎の頭の中には光弘への忠しかないようにも読める。しかし、此の部分は里見義実と仲間になった動機を語っているに過ぎない。そして、「志を致したり」、即ち故主の敵として「定包」を族滅して所期の目的は達成した。光弘への忠を果たしたのだ。抑も此の部分は、玉梓の嫌味ったらしい反論「譬ば神余の老党若党、禄高く職重きも、大かたならず二君に仕て露ばかりも恥とせず。おん身が如きは憖に主君を凌ぎて逐電し、更に里見に随て滝田の城を落し給へど、兎の毛ばかりも先君のおん為にはなるよしなし」に対する答えに過ぎない。玉梓は「神余家臣の多くは主君を替えて恥ともせず、八郎に至っては、主君に異見して家を出て行き更に里見家に従って滝田城を落としたが、何も先君光弘の為になっていない」と言っている。即ち、玉梓は八郎が、光弘に諫言したが聞き入れられず出奔し義実を主君と仰いでいる作中事実を指摘して、詰っているのだ。

 

 何連にせよ、八郎が【二君に仕えず】と思っていたなんて誤解は本来、全く生じ得ない。

 

 八郎にしてみれば、神余光弘は甦らないのだから、簒奪者山下定包や玉梓らを滅ぼせば、如何にか均衡を保つことが出来よう。八郎が求めていたものは、復讐すなわち負の均衡であった。此の均衡の延長線上で考えると、金碗家の旧知行回復までなら、八郎は受け容れるのではないか。八郎の論理は、山下定包が滅んだことで心の傷はふさがっており、その上に旧知行を大きく超えて長狭半郡{単純に安房四郡九万石の八分の一と考えれば一万石ぐらいか}と東条城を与えられたら「功に過ぎたる恩賞」となる故、主君が代わったことで八郎は大きく得をすることになる、というものだ。実際に八郎は主君を替えてしまっているわけだが、故主である神余家の不幸が、自分の幸になることだけは受け容れられない。しかし既に里見義実に忠心を抱いている八郎としては、論功行賞の命を拒むことも不忠である。八郎の心が光弘のみに拘束されているならば、義実に「お前、何様の積もり? 主君でも何でもねぇんだから、余計なこと言うな」と出て行けば良いだけの話だ。八郎の切腹は、既に義実の忠臣となってしまっているからこそ発生するのであって、義実を主君と認めていないならば、起こり得ないのである。

 

 「この世あの世の君」と八郎が叫んだとき、明らかに「この世」の君は義実である。八郎と義実の間には既に封建関係が確立している。しかし「あの世の君」神余光弘も、故主として蔑ろに出来ない。粗野で骨張った道節なんざサッサと見限り色白豊満な美少年親兵衛に乗り換えた姥雪世四郎でさえ、道節を故主として尊重する態度をとる。八郎も、新故の二君に心を拘束されていた。両立できる筈だった。いや、本来ならば、義実を絶対的に優先すべきであるが、其れが出来ない事情があった。八郎を切腹にまで追い詰めた張本人は、実の所、余りに厳しい倫理観をもっていた八郎本人、若しくは人々が抱くであろう自分に対する妄想で自らの心象世界を満杯にしてしまった八郎本人であった。そんな無垢な八郎が破滅に陥るトリガーを、義実は引いたのだ。

 何もなければ八郎も或いは、長狭半郡と東条城を受け取ったかもしれない。しかし八郎には、光弘に対して負い目があった。光弘誤殺事件の首謀者は山下定包であるが、実行犯は洲崎無垢三と杣木朴平であった。二人は定包をこそ殺そうとしたのだが、意思の如何に拘わらず、結果責任は重大である。二人が事件で用いた武芸は、ほかならぬ八郎が教えたものであった。

 【洲崎無垢三と杣木朴平が共同で神余光弘を殺した】【洲崎無垢三と杣木朴平は金碗八郎の元従僕であり八郎に武芸を教わった】は互いに全く無関係であるが、八犬伝世界では、関係があると邪推されることをさえ忌み嫌う潔癖な人物が登場する。蟹目前や河鯉守如なども、犬山道節が扇谷上杉定正を襲ったこととは無関係だが、関係があると邪推されることをも恐れた。読者は背後関係まで教えて貰っているので邪推の余地がないのだが、なるほど一般には邪推され場合によっては冤罪で殺されるだろう。冤罪で殺されることを避けるためには自殺して潔白を証明しなければならない、とのパラドックスが、八犬伝世界にはある。

 八郎の場合は邪推を恐れるというよりは、元従僕の洲崎無垢三と杣木朴平に教えた武芸によって、結果として光弘が殺されたという、道義的とも云えぬ、感情的な罪悪感を持っている。此の感情的な罪悪感だけでも、八郎のキャパシティいっぱいまで脹れていたんだろう。此に【里見家が君主となって八郎は神余家時代より優遇されている】が義実によって押し付けられた。八郎の可憐な胸は、はち切れてしまった。

 義実が、それとなく八郎の希望を打診しておけば、まだしも悲劇は避けられたのではないか。尤も、義実にだってイーワケはあろう。即ち、誰が考えたって恩賞は重い方が喜ばれる、との一般論である。大きな葛籠と小さな葛籠を並べて、相手をトラップに掛けようというのでもない。義実は素直な心で、八郎を重く賞したかっただけだ。大きな葛籠を欲しがる常人ならば、喜んだに違いない。しかし、八郎は、常人ではなかった。変装と称し漆に被れて定包を付け狙い、萎毛酷六の妻子まで死に至らしめ、玉梓の言い訳を聴かない過剰な正義漢である。突き抜けちゃってる漢、八郎を常人だと見誤ったのが、義実の罪、といえば罪である。

 

 結局、八郎が義実を主君と認め、神余家の再興を全く諦めていることだけは明らかだ。神余家に連なる金碗八郎が、神余家に代わる支配者として、里見義実を認めている。尤も八郎は家臣根性が抜けず、自らを新たな君主としてイメージ出来ない根っからの忠臣であった。自分も神余一族なのに、神余家が断絶しているとしか考えられなかった、とも思える。しかし、八犬伝の論理は、犬士が八郎の子となって金碗氏を継げば、神余の名迹が残る、というものだった。金碗に神余の継承権があるということだろう。里見義実は、誰からも文句を言われない体裁を整えている。第七十二回の浜路姫発見の条で義成は既に安房守だから、此の時までに里見家は朝廷から安房の正当支配者として承認されていることになる。今更、神余家の承認もしくは追認が必要なのか。

 

 神余あらため上甘理家当主の弘世は、虚弱に加えて心神耗弱状態にあり、責任能力に疑問がある。叔父であり養育者である九三四郎が、現代的な意味でさえ後見人たり得るけれども、元々九三四郎の最大の望みは、里見家による上甘理の扶持であって、それ以上ではなかった。里見家の支配を、現実として肯定しているのだ。里見と蟇田を天秤に掛けて、蟇田を選んで扶持を受けたわけではなく、「料らず蟇田素藤の招きに応して」{第百五回}配下となっただけだ。義実暗殺計画も「神余の後を立られざりしを恨しく思ひしそがうへに、事成らば神餘の旧領長狭平郡を与ん、といはれしに心迷ひて」乗った話であった。九三四郎は、当初は上甘理家が里見家に扶持されることを望んでいただけだったが果たされずに怨んでいたところ、招かれて蟇田素藤の配下となり神余家の旧領を回復させるとの甘い誘惑に「心迷ひて」引きずられたのだ。神余家の旧領を回復することに、完全な正当性を認めているわけではない。即ち、誰しも里見家の安房支配に疑問を抱いていないにも拘わらず、馬琴は上甘理弘世を登場させ、読者を驚かせた。

 

 此処から様々な妄想が湧く。例えば、誰しも里見家支配に疑問を抱いてないとしても、馬琴としては、禅譲の体裁をとりたかったのだ、とか。確かに、押し込み強盗が家の主人を殺して居座っている所に押し掛けて賊を退治したとしても、自分が其の家に居座ってしまえば、強盗から強盗しただけの話だ。里見家は、神余家から正式には禅譲されていない。天命の衰えた王権を簒奪した者がおり、其の簒奪者を排除したのみだ。負の平衡により復讐を果たしても、前帝は甦らない。此れだけでは、正の平衡は果たされない。しかし、神余家傍流とはいえ家臣筆頭の金碗家が里見家を奉戴し、民衆が従って国を建てた。より善い君主による建国。此れも正の平衡ではないのか。

 

 確かに禅譲は理想だが、本来ならば堯・舜・禹のように、理想的な帝王から理想的な帝王への政権譲渡であった。しかし例えば周の武王だって、紂王から禅譲されたら困るだろう。禅譲されたら、紂王も正当な前帝とせざるを得ない。いや、更に云えば、前漢から受禅した王莽からの禅譲を、光武帝劉秀が望むだろうか。義実が許しても、八郎が許すまい。

 だいたい、山下定包も{王莽ほど取り繕ってはいなかったが}、上甘理弘世が現れるまで八犬伝では受禅した如く描かれていたが、どう見たって悪役であった。読者も形式上は定包が禅譲を受けたと信じていた筈だ。神余光弘殺害の実行犯は洲崎無垢三・杣木朴平であって、定包と共謀関係にはない{逆に定包が無垢三・朴平を誘導し罠に掛けた}。脅迫じみていたとは言え、君主が不在になったため、藩内世論によって選ばれた形をとっている。有徳の皇帝から新たに天命を受けた皇帝への禅譲、という理想型ではないものの、此だって禅譲の一種だろう{ってぇか、現実の中国には此の種の「禅譲」が多かった}。が、上甘理弘世の出現と共に、定包が光弘側女の懐胎を知っていたと明かされる。此処で初めて、定包が簒奪者であることが判明する。しかし、だからといって今更、読者が上甘理弘世を安房の正統君主と認めるかといえば、決して、そんなことはなかろう。

 

 馬琴は狡猾なのだ。光弘の落胤の存在が光弘誤殺事件前後までに明らかになっていれば、落胤を廻る忠臣と佞臣の対立という、御家騒動の物語に矮小化されてしまう。まだ胎児だから、男女の別も定かではない。虚弱になるとも心身耗弱になるとも知らず、忠臣たちが大量の血を流すことだろう。……皮肉に過ぎる見方かも知れない。しかし弘世の存在は、世襲制というものへの疑問符を読者に突き付ける。馬琴は呟く。「ほぉら、義実が君主になって良かっただろ」。より善い君主による建国も、正の平衡である。

 善人の様々な悲劇も含めて、既に里見家は読者にとって無くてはならぬ存在に膨れ上がっている。此の時に明かされる物語では、金碗八郎の出奔後に九三四郎の姉が懐胎した。光弘誤殺事件前後に、落胤の存在を知った定包が、妊婦もろとも毒殺しようとする。未遂に終わったが、玉梓も共犯であった。九三四郎は姉を伴って身を隠す。身を隠しているから、安房へと戻った八郎が、落胤の存在を知る由もない。故に、忠臣八郎が道義的に責められることはない。

 

 だいたいからして現代日本の民法典でも「(所有権の取得時効)第一六二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。二 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する」と定めている。常識である。即ち、他人のものと知っていても二十年、自分のものだと善意に誤解していれば十年、占有していれば自分の物になっちゃうんである。現代民法ならば、里見義実の場合、上甘理弘世の存在を知らなかったのだから十年で旧神余領を我が物にできる。まぁ知っていたとしても、二十年で良い。里見家が旧神余領を占有してから弘世の登場まで、四十数年が経過している。弘世は既に所領を取り返せない。

 分かり易く現代民法を引っ張り出したが、実は此の条文、鎌倉幕府の御成敗式目まで溯ることが出来る。即ち、

 

     ◆

一、雖帯御下文不令知行、経年序所領事、

右当知行之後過廿ヶ年者、任大将家之例、不論理非不能改替、而申知行之由、掠給御下文之輩、雖帯彼状不及叙用{第八条}

     ◆

 

 「土地を二十年間占有している事実があれば、理由の是非を問わず、其の知行を認める。将軍の知行証明書を受け取っていても二十年間行使せず放置していれば失効する」ほどの意味だ。馬琴のことだから御成敗式目ぐらいは知っていただろうが、勿論、読者に年紀法適用を要請しているわけではあるまい。ただ、日本の常識として何十年も土地を平穏裡に占有していれば、取得の理由如何に拘わらず、所有権を認められるのである{普通はバレる}。四十年は長すぎるが、馬琴の慎重さを表しているのだろう。とにかく里見家側に、瑕疵はない。

 

 「里見が見つけてくれなかったから、蟇田に属いたんだ」と恨み言を並べる九三四郎に向かって里見義実が反論する。「何故、申し出なかったのか」と。「当時金碗八郎すら、その子の事を知らねばこそ何ともいはで身故りたれ、そを義実が執立ずとて恨みたるは愚痴なれ」とまで云う。しかし弘世が早い段階で登場してしまえば、八郎が困る。ってぇか、八郎のようなキャラクターは登場せず、八犬伝は別の物語になってしまう。責任は九三四郎側に転嫁され、弘世は里見家によって、まるで時効後に請求された債務のように扱われてしまった。義実は完全にスルーした。明確な禅譲は行われぬまま、安房に頼朝時代から続く安西・麻呂家は自らすすんで里見家の支配を受け容れ、神余{上甘理}家も九三四郎を名代として服属を誓う。

 

 孟子をはじめ儒教でも、放伐は是認され得た。山下定包の如く、無理遣り表面上だけ禅譲の体裁を整える方が、問題だろう。悪しき君主を倒し、其の子孫が忠臣義士なら取り立てる。其れで良いのではないか。八犬伝を読む限りは、そう思えてくる。第一輯口絵、定包画讃は、白居易読史詩であり、王莽を歌っている。王莽は前漢から受禅し新を建て、程なく滅ぼされた人物だ。八犬伝世界に於いて馬琴は、政権交代が必ずしも古き君主から新しい君主への本来的な禅譲によらねばならないと思ってはいないことが明らかとなる。

 

 里見義実は結城合戦で敗残しつつも、二週間後には安房半国を領する大名となった。長く続いた神余家の所領を乗っ取った山下定包が偶々いて、其の簒奪者を滅ぼし領国を奪った。

 簒奪者を滅ぼすことは、懲悪である。悪しき者を排除し、負の平衡は果たせた。しかし勧善の面から云えば、完全でなかったかもしれない。神余家の復興という正の平衡は成らなかった。だいたい神余家の滅亡は、光弘が暗愚であったからとも云える。自業自得であるから、当時の読者も正の平衡まで果たさねばならぬとは、思わなかったのだろう。上甘理弘世は、戦国大名として無能化された形で登場せざるを得なかった。光弘の暗愚を因とすれば、弘世の無能化は果である。神余家本流への賞罰を、馬琴は忘れていなかったのだ。暗愚ゆえに神余家は安房を喪った。親の因果が子に報いたのである。

 本来ならば健常な上甘理弘世が登場し、自らの意思で里見の仁政を言祝ぎして、初めて君主から君主への明確な禅譲となる。しかし馬琴は敢えて上甘理弘世を戦国武将としては無能化して里見を言祝ぎさせず明確な禅譲をさせなかった。八犬伝の里見家が、必ずしも表面上は完全な形での禅譲を必要としていなかったことを示している。血脈のみ尊重して無能でも何でも継承させねばならぬとの論理を、馬琴は是としなかったのだ。故に、其のまま消え去っても誰も困らなかった神余家を、敢えて無能化して登場させた。血脈による継承より、善悪を優先する態度を鮮明にしたのである。馬琴は里見家の正当性を読者に確認させ、それでも認めぬトーヘンボクな方々のため年紀法まで持ち出し、とにかく里見家の正当性に対する疑問を封じている。

 

 八犬伝第百五十七回、南関東大戦を目前に控え、里見勢に天津九三四郎員明が馳せ参じる{百十一回に於いて上甘理弘世が長狭郡神余村に領地を与えられて安堵した段で「墨之介九三四郎が事、この下に話なし」とあるが、洲崎沖海戦で増松らと共に活躍する}。彼は神余家の残滓といえる上甘理墨之介弘世が虚弱であるため名代として従軍したいと願った。此の時、天津九三四郎は、「願ふは神余金碗に由縁ある犬士の隊に属させ給へ」と希望した。対して里見義成は、「我に仕る八犬士等、既に勅許を蒙りて皆金碗宿祢たれば、墨之助に代るに足れり。夫、孝子は其親の為に巌墻の下に立ず、忠臣は其君の与に郷党の戦を助けず」と答えている。

 上甘理の臣たる九三四郎さえ、犬士を「神余金碗に由縁ある」と認めている。元々犬士の改姓は、上甘理弘世が虚弱で子孫を残せないだろうとの予測のもと、神余の名迹を存続させることをも目的としていた{但し大団円で「又蜑崎満呂安西磯崎金碗天津も子孫世々相続す」とあり上甘理を金碗と改め存続したようだ}。其れを九三四郎が追認した形だ。八犬伝では、神余と金碗の置換法則が成立している。九三四郎と対面した義成も当然、犬士の参戦が、神余家の名迹を嗣いだ墨之介に代わるものだと考えている{百四回、再登場した親兵衛らに天津九三四郎が捕らえられたとき兄兵内の名が明時、九三四郎が員明だと初めて明かされる。やはり親兵衛再登場は、天照/伏姫の岩戸隠れが終わる兆しに当たる故「明」字を使っているのだろう。馬琴が当初から其処まで考えていたかは判らないが}。

 

 旧支配者神余家の落胤でありながら虚弱かつ心神耗弱で実際に戦国武将としては起てない上甘理弘世を、無能化された近世天皇の投射と見て、対する里見家を徳川家と考える論者もあり得よう。しかし此の場合、二十五年程も上甘理弘世の所在が里見家にさえ把握されていない点が、何とも不自然に感じられる。

 しかも、上甘理弘世自身は関与していなくとも、外から流れ着いて里見家の下風に立っていた蟇田素藤の命を受けて上甘理家の忠臣である天津九三四郎が義実暗殺を図る事件は、外様藩が廷臣を使って幕府の大御所を暗殺しようとする計画に映し替え得るし、結果として廷臣は捕らえられ【天皇御謀叛】は失敗、天皇自身は関与していなかったと認定され最小限の扶持を確保し、廷臣は忠義を認められて御咎めなし……。承久乱とか太平記世界の物語になりそうだ。オハナシだから何だってありだろうし、此処までは良い。上甘理弘世に対し諸役を免除してもいる。しかし、南関東大戦に於いて、件の廷臣が天皇の名代として馳せ参じると、話が変になる。幕府が天皇を扶持する所までは良いが、此は御恩・奉公の形ではあり得ない。此の場合の扶持は、形は如何あれ、飽くまで上納の精神を込めねばならないだろう。扶持しているからと云って、天皇に軍役奉公させてはならない。

 まだしも天津九三四郎を、上甘理・里見から二重の支配従属関係で拘束していれば、即ち例えば、天津家を里見家臣とし上甘理家の家政を仕切る家老役として派遣するならば、上甘理家への扶持とは別の話として、九三四郎は、洲崎沖海戦に参加できる。とにかく九三四郎は、洲崎沖で、兄を殺した洲崎無垢三の増松に助けられ、兵内・無垢三の悪縁を解消する積極的な物語を演じている。「この下に話なし」{第百十一回}で止めておけば、或いは無能化された上甘理弘世を、無能化された近世天皇像に重ね合わせることも可能であるが、南関東大戦に於いて天津九三四郎を名代に軍役奉仕してしまったのだから、此の時点で、上甘理は近世天皇像と断絶する。両者を直接に関連づけることは、原理として不可能である。天皇から軍役奉仕を受ける征夷大将軍なぞ、アベコベのスットンキョーだ。

 

 里見家が旧神余領を獲得した正当性を試すには、山下定包と同様に王莽と重ねられている蟇田素藤の下総館山城奪取を回顧すれば、簡単に理解できるだろう。

 まず経緯を復習すれば、以下の如くなろう。一郡を支配する城主の小鞠谷主馬助如満は、酒に溺れ民衆から搾取し神社仏閣を荒れるに任せていた。此のため領内には疫病が蔓延していた。偶々下総国普施村辺りに流れ着いた素藤は、聞くともなく、疫病神と玉面嬢の会話を聞く。疫病の治療法を知り、人々に施す。しかも生活苦に喘ぐ者には、低利で金を貸し付けた。感激した民衆は、須藤を神主に据える。素藤は善人だと思われ、厚い人望を得る。しかし本心は「聞くが如きは這地の民の今時ならぬ病疫は、城主小鞠谷如満の悪政非道の所以とかいへば、我那民の病疫を救ふて恩を施さば、必我を徳として竟に羽翼となることあらん。人望我に傾く時は、那如満を推仆して我館山の城主とならんも亦その折の運によるべし」{第九十九回}であった。読者には、「そんなの偽善者だ!」と怒るむきも、おられよう。とはいえ、此の段階では未だ馬琴は素藤を断罪しない。馬琴の立場は以下の如きである。

 

     ◆

意ふに這素藤は、山賊但鳥業因が子なれども、料ずも鬼語を听て六百両の金を憎まず、そを樹の虚の水に浸して夷潛一郡の人の病疫の死を起し生に回せし陰徳により陽報あり。其頭の土民に尊信せられて、恁る福を得たるなるべし。そはその胸に計較ありて真実陰徳ならねども、人を活すの功あれば善報なしとすべからず……中略……惜むべし、素藤も足ることを知り分を守りてその技茲に止らば、他が親の積悪を債ふよすがなるべきに、奸計その図に当りしより、止る処を知ずして後竟に身を殺す天誅を免れがたかり{第九十九回}。

     ◆

 

 さて、素藤の評判を聞いた如満は気分を害し、老党の兎巷幸弥太遠親に、素藤を捕縛するよう命じた。しかし素藤からの借金で窮状を救われた遠親は悩んだ。素藤に密使を送り、逃げるよう勧めた。わざと遅れて素藤宅に到着した遠親は、居残っていた素藤に如満を殺して城を奪うよう唆された。素藤捕縛を偽装した遠親は城に帰って、如満を斬り殺した。間髪を入れずに素藤が遠親を殺し、主君を弑逆した大悪人を誅伐したと宣言、ついてきていた民衆が素藤を奉戴する態度を見せた。素藤は、館山城主となった{第九十九回}。

 

 素藤は下総にも勢力を張る里見家に、館山安堵を願い出た。里見家の対応は、次のごときであった。

 

     ◆

是より先に義成主は那小鞠谷如満の残暴その聞えあるにより事いよゝ寔ならば自恣暴慢の罪を糾して民の塗炭を拯んとて先隠秘使をもて虚実を探らせ給ひしに、既にして如満は家臣遠親に弑せられ遠親は又諏訪の神主蟇田素藤に誅滅せられて一郡の民安堵せしといふ事の注進ありし折、那素藤は、いぬる比、夷■サンズイに旡ふたつしたに隔の旁/の民の病疫を黄金水もて救ひしかば土民の為に愛敬せられて諏訪の祝にせられたるその事の顛末まではやく聞知り給ひしに……中略……新故の三家老、杉倉木曽介氏元・堀内蔵人貞行・荒川兵庫助清澄をも倶に閑主に召聚て件のよしを評議あり、今昔小鞠谷の家臣們が請稟す館山の城主の事那素藤が事の趣寔に賞すべしといへども武夫の石は玉に似たり犂牛の子は羊に似たり賢奸いまだ知るべからず……中略……四家老們倶に答て、御諚寔に遠慮あり然りけれども素藤が大功は世に著れて心の邪正は知るに由なし旦那士卒土民們が望に儘せらるべきもの歟異日野心の色見えて行ふ所真実ならずはその折斧鉞を加るとも才に一郡一城のみ二総を併せし御武略もて御征伐は輒かりてん今功あるを賞せずは人の議論を争何はせん……中略……義成聞つゝ頷きて、その議寔に至極せり水清ければ魚住まず人察なれば友なしといふ古語あるを忘れたる我猜査は遠慮に過ぎたり快々免許すべけれ、とてその議に儘し給ひけり{第百回}

     ◆

 

 里見義成のみは素藤の本性を疑うが、家老たちは「悪人だったら攻め滅ぼせばよい」との意見であった。結局、里見家は、素藤の館山支配を承認した。義成の転向は、「水清ければ魚住まず人察なれば友なしといふ古語」であった。喜んだ素藤は、里見家に対して面従腹背の輩、庁南城主武田信隆・長柄榎本城主千代丸豊俊・椎津城主真里谷信昭を説得し出仕させた。素藤は有能なのだ。里見家は褒美を多く与えた。素藤は有頂天になり、「我計較皆当りて如意ならざる事なけれども、恁无限賢良貌して色にも酒にも親ずは、這郡県を管領して一城の主になりたる百計千慮も无益に似たり」と思うに至った。そして遂に、「素藤既に奢侈を極めて民の望を失ひければ」……彼を押し上げた民衆を失望せしめた。

 此処で確認すべきは、元々立派な盗賊であったが素藤が、八犬伝ストーリーの本筋で本格的に悪玉となった契機は、即ち一旦は表面上だけでも疫病治療によって善人と目された彼が破滅に転がり落ち始めた契機は、里見家からの褒賞であった点だ。館山城主となった後も暫くは、里見家の武威を憚り、善い子にしていた。ビビッていたのだ。だが、里見家に評価されたことで、恐怖心が薄らいだ。素藤は、里見家を舐めてかかる。

 馬琴は、素藤が諏訪神主となった時点で、上に引いた如く、「下心があったとしても、人の為になったのだから、善報があって当然。ここで止めておけば、父の罪を償うことにもなっただろうが、『奸計その図に当りしより止る処を知ずして後竟に身を殺す天誅を免れがたかり』」と云っていた。問題は、「奸計その図に当りしより止る処を知ずして後竟に身を殺す天誅を免れがたかり」だ。引用部分は、位置する場所のみからすれば、【素藤が神主以上の地位を望んだことが破滅の原因である】と云っている、ようにも読める。しかし文意からすれば、「止る処を知ず」のスタートラインは、里見家からの褒賞である。素藤は、武田信隆らを里見家に出仕させる所までは、人の為になっている。そして、神主だった素藤に馬琴が容認した「下心」とは、館山城主になることであった。だいたい素藤の下心とは、漠然としたものであったと思しい。ただ何となく、「領主って偉そうだから、なりたい」ぐらいではなかったか。当然、施政方針なぞ全くない。だからこそ、「我計較皆当りて如意ならざる事なけれども、恁无限賢良貌して色にも酒にも親ずは、這郡県を管領して一城の主になりたる百計千慮も无益に似たり」なんてことしか云えないんだろう。此処迄は明らかに、里見家の武威を恐れて大人しくしていた。

 言い換えれば、里見家から褒賞を受けるまで素藤は【分を守っていた】のだ。褒賞を受けることによって緊張が緩み、里見家を侮るようになった。即ち、己の力量を過信し、房総に勢力を広げる里見家との力量差を見誤り、自由濫望の地獄に陥った。こうなって初めて、玉面嬢妙椿が登場する。妙椿は妖力で素藤を唆し且つ支援して、更に彼の自由濫望を膨張させた。二人は堅く抱き合って、破滅への坂を転がり落ちていった。馬琴が変な所で素藤への評価を書き込むから話がヤヤコしくなるのだけれども、文意からすれば、素藤に対する許容は、里見家からの褒賞もしくは素藤が暴君に転ずる直前まで広がり得る。ならば当然、素藤が遠親を唆し主君の如満を殺させたことも、取り立てて問題視していないことになる。前提として、如満が暴君で、遠からず里見家に討伐される運命にあったことがある。しかし、里見家が軍事行動を起こす前に、如満は遠親に弑逆された。遠親は素藤に殺された。素藤は、罰せられる立場にはなく、民衆の支持も相俟って、館山城を安堵された。此処までの流れでは明らかに、如満が殺されたこと自体は、問題視されていない。但し、老党である遠親が弑逆したことが問題であった。遠親は悪である。悪を誅伐したことで、素藤は善を演じたことになる。

 暗愚な神余光弘は玉梓と山下定包に唆され、民衆を見返らなかった。定包主導の圧政に、人々は苦しんだ。定包の謀略により光弘は殺された。簒奪者定包は金碗八郎と里見義実のコンビに滅ぼされた。義実が旧神余領を獲得した。光弘本人は悪辣ではなかったが、圧制者としての定包と組み合わさって、民を苦しめた。如満には別に定包ほどの悪臣はついていなかったが、単独で民を苦しめた。光弘/権力そのものと、定包の一部/権力を悪に導く者が合わさって、如満となる。簒奪者としての定包が遠親に当たる……と云いたい所だが、遠親は素藤に唆された殺害実行犯に過ぎない。言い換えれば、【騙されて領主を殺してしまった】のであるから、洲崎無垢三・杣木朴平となる。ならば素藤は、山下定包に当たろう。

 馬琴は第一輯口絵で定包賛として、「周公恐懼流言日、王莽謙恭下士時、若使当年身便死、至今真偽有誰知。白居易読史詩」と書いた。王莽は前漢から帝位を禅譲されたが、国を疲弊せしめた挙げ句、盗賊たちに殺された。劉秀が帝位に登り後漢を建てた。王莽は簒奪者として歴史に名を留めているが、一貫して周を理想としていた。儒教である。帝位を得るまでは、君子で通っていた人物だ。しかし禅譲されてからは、占いも狂信して国財を浪費した。王莽には、悪逆非道の簒奪者とのイメージが定着している。即ち、一時期の儒教が理想とした周制を理想とし君子面しつつも帝位を簒奪したことを以て、表裏のある悪人と思いこまれている。素藤も「小王莽」{第百回}と表現されている。定包と素藤は、タイプが大きく違うと思うが、表裏のある行為で登り詰めていく点が共に、王莽と重なるのだろう。定包の場合は、多くの神余家臣も快く思っていない部分があったようだし何より領民に嫌われていた。だから「王莽」と呼ぶには抵抗も感じるのだが、素藤の場合は、諏訪神主の時には下心はあっても善人面できていたし、領主になっても暫くは善政を布き領民に愛された。定包は光弘にとってのみ【善い人】であったが、素藤は民衆にとっても途中まで善い人であったから、より本格的な「王莽」であった。

 

 共に王莽を以て擬せられる素藤と定包には、共通性が設定されていよう。対置と謂った方が、よかろうか。ならば素藤の良き伴侶{?}として配偶する妙椿は、玉梓にも対置されよう。玉梓/八房が浄化されたとき現れた「如是畜生発菩提心」の文字は、妙椿が浄化されたときにも現れた。玉梓が神犬八房として活躍するように、妙椿は画虎となって洛中の悪人どもを苦しめる。

 ならば素藤を打倒する親兵衛は、定包を滅ぼす金碗八郎・里見義実に対置せられねばならない。なるほど親兵衛は河鯉孝嗣と共に、政木狐が変じた白龍を見た。親兵衛本人は、館山城を攻める自分を義実に擬えている。義実を襲って返り討ちにされた安西景連が安房館山城主だったことが根拠となっている。即ち素藤は、定包のみならず景連をも投影されていることになる。且つ、景連を殺した実行犯は八房であるから、八房/房八の血を最も濃く受け継いでいると思しい親兵衛は、素藤討伐に適任だ。更に云えば、素藤が本格的に里見家と敵対する直接の原因は、浜路姫との婚姻を拒絶された一件であった。浜路姫と配偶すべき信乃ではなく、親兵衛が素藤討伐を命ぜられる。なにせ、このとき里見家には犬士が親兵衛しかいなかったのだ。親兵衛と信乃の二人は一体となって東方守護の持国天を構成する。八房/房八と最も深く結び付いている親兵衛と伏姫に擬せられていた信乃が一体となって東方を守護することは、伏姫と八房の結合が、東海の辺である安房を守護する縁になったことを示してもいる。既に世界の内部は混淆しており、個々の要素を峻別できない。素藤は、山下定包や安西景連、そして名詮自性の世界である八犬伝に於いて「蟇」を共通してもつ大塚蟇六の要素とも繋がっているだろう。しかし、素藤は、それだけの存在ではない。

 

 読者は、素藤が遠親を唆して如満を殺させたことを知っている。しかし、八犬伝世界では、秘事に属する。素藤と遠親しか知らなかった。里見義実による旧神余領奪取を思い起こせば、奇妙な、しかして淡い共通性に気付くだろう。金碗八郎を通じて人心を掌握した義実は、まず東条城を奪う。このとき金碗八郎が緊縛された。民衆が、緊縛された八郎を引き立て東条城に入り、豹変して奇襲に転じた。御尋ね者をダシに使った詐術である。且つ、全体として表面上は素藤も【人望の厚い浮浪人が旧君主を弑逆した極悪人を倒して新たな君主におさまった】のであるから、あくまで【表面上】は八犬伝世界の民衆にとって、素藤と義実は等値である。

 

     ◆

奸計既に行れて館山の城を獲てしより、先兎巷遠親が三族を誅戮してその弑逆の罪悪を他一人に負したる、陽にはいよゝ賢良貌して先代の悪政を改ずといふことなく、民を撫士を愛して広く施を好むに似たれば、誰かその内心を賽時政小玉莽の綽号負せんよしありと知るべき。年来小鞠谷如満が暴虐に凋蔽たる民はさら也、士卒們さへ、牛に馬を乗替たる賢君なりき、と称賛しつゝ皆歓びて仕へけり{第百回}。

     ◆

 

 馬琴の立場を復唱すれば、【下心があったとしても、人の為になったのだから、善報があって当然】である。民衆に支持されるよう行為し続けてさえいれば、素藤は破滅せずに済んだ。では、馬琴は偽善を許容したのか? 勿論、そんなことはない。但し、現実世界に発露せぬ悪は、悪ではないとの姿勢が窺える。発露せねば悪ではないため、「偽善」ではない。則ち近代法制の大原則ともなっている、【着手せねば犯罪ではない/思っただけでは罰せられない】である。言い換えれば【精神の穢れ其のもののみでは悪とは言えない】となる。煩悩をもつ以上、悪いこと酷いことぐらいは思い付くものだ。犬士さえ、船虫を必要以上に酷く殺した前科がある。悪いことを思い付いても、踏み止まり悔やむ心は善であろう。却って、どうせ人の心は穢れており悪を含むからと善たることを初めから諦め否定し偽善と決めつける原始的な態度こそ、善の発露を阻む悪の温床でしかない。人のココロは、割合は人それぞれであるけれども、善も悪も含む。正体が狸であり善のカケラもないような妙椿さえ、「如是畜生発菩提心」、善の種ぐらいは持っていた。

 裏返せば、【心だけが清らかであっても発露しない善は善とは云えない】ともなろうか。日本書紀に拠れば、高天原に昇った素盞嗚尊は男子を発生させ、警戒する天照大神に赤誠心の存在を認めさせた。しかし素盞嗚尊の天上界に於ける行為は、御世辞にも善行とは言えない。彼には高天原を侵略支配する意図は微塵もなかったに違いないが、彼の蛮行は結果として天照大神を岩戸に隠れさせた。群神も、心の清らかさ若しくは穢れを問題にすることなく結果責任を追及して、素盞嗚尊を罰した。

 素藤だって、里見家の武威を恐れ、分を弁え{即ちビビッ}ている間、表面上は善い領主であった。里見家に褒賞されたため、自分を過大視した。里見家を侮り、自由濫望が首を擡げた。盗賊時代の仲間を呼び寄せた。同気相和し、素藤が自らの悪を自ら許し以て増長させる環境が整った。妙椿に浜路姫の魅力を教えられ、欲望を掻き立てられた。妖術による支援を受け、万能感さえ持つに至った。勝利を確信して、里見家に戦いを挑んだ。敗れたが一度は許され再起した。再び敗れて殺された。

 

 則ち、素藤が表面上だけでも善を取り繕って館山領主となる経緯は、里見義実の旧神余領獲得を、強く正当化する。素藤の下心は、{神の視点をもつ読者は別として}八犬伝世界の誰もが悟らなかった。民衆は過去の行状から素藤を熱烈に支持した。里見義成のみは疑ったが、自ら転向し、素藤を館山城主として安堵した。素藤は正当な領主として認められた。素藤が正当と認められた理由は、逆臣を誅罰するという義を感じさせる行為と、善行によって民衆の支持を受けていたという二点である。彼は此の二点以外、尊重さるべき家柄も何もなかった。旧領主である如満からは決して禅譲されていない。禅譲どころか、捕らえられそうになった。本心を見ている読者にとって素藤は、神余家に対する山下定包にしか擬せられぬが、行為の表面のみ辿れば里見義実に当てるべき人物なのだ。則ち、【本性を顕わさない段階では、素藤は義実と見分けがつかない】。いや、仮に素藤が本性を顕すことなく死んだりしてたら、民衆にとっては【善い領主】で終わる。歴史の追及は、届かない。第一輯口絵に載す、白居易読史詩である。素藤も義実も同じである。

 よって、ボロが出ていない時点での素藤が正当な館山城主と目せるならば、義実の旧神余領獲得も行為の上では正当であった。そして素藤は暫くして馬脚を現し暴君となったが、義実は内面も一貫して、まさに読者も知る如く、仁君であった。よって、義実の正当性に、瑕疵はない。当然、神余家からの禅譲も必要ない。君主の正当性は独り民衆の支持すなわち天命のみによって承認されるのだ{お粗末様}。

 

 

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