◆
六冊懸徳用草紙

享和二年

上下二段に分け、まず上段を読み末尾に至れば冒頭に戻って下段を読む。ゆえに「徳用」。「上の段と下の段を必ずいつ所に読つこなし、よむと直に父さんへ言付てやらあ、以上」。

五大力の上の巻
足利家が「大尉」だった頃、相州鎌倉に「勝間源五兵へ」という者があった。先祖は鎌倉の管領、足利基氏の執権、畠山入道道誉の老臣、勝間将監。源五兵へまで七代。足利の天下ようやく衰え、諸国の大名が蜂起していた。源五兵への祖父の代から浪人し、鎌倉の郷士。父の源二兵へは既に亡く、母刀自と妹八ツ橋・弟源太郎。源五兵へは生まれつき心正しく、兵法剣術に妙を得ていた。近国の諸士を集め専ら剣術を指南して世渡り。

(下段)切落はなしの上の巻
四五人集まり、去年、「嵯峨の釈迦の開帳」は豪勢に繁盛したが、開帳の年は、とんでもなく暑くなるけれども、如何したわけか。「しつたふう」は「釈迦は天竺の人だ、天竺は熱国だからお釈迦がござると暑ひのさ」「いぜんの男 ハテナ暑いことは熱国といふが、そして寒い国は何といふ」「しつたふう 寒い国は寒国さ」「ひとりの男 ひやつこいのは」「しつたふう 冷国といふは。ソレれいとは冷るとかくじやアねへか」「一人の男 待つせへよ。冷国が冷るのなら、その国の人は冬もふんどしなしたらう」

源五兵への家に累代伝わる名剣。新田左兵衞佐義興が討ち死にの時に佩いていたもので「五大力」と名が付いている。延文三年十月、畠山入道が江田竹沢らに命じ義興を騙して矢口の渡で討とうとしたとき、源五兵への先祖、将監が頻りに諫めたが用いられず、義興は討たれ首は京都に送られた。五大力の太刀は勝間将監に預けられた。義興の霊魂が名剣を惜しんだか、数年の間、怪しいことが続いた。源五兵への祖父のとき、剣を菩提所の寺へ納めた。源五兵へは名剣が法師の手に在ることは空しいと考え、家財雑具を売り払って五百両をつくり、菩提所の祠堂に寄進して、五大力を受け取った。和尚は表面上、否む素振りを見せたが、心の裡には得をしたと喜び含み笑い。

ある浪人が寺へ碁を打ちに通っていた。段々取り入って、主取をして「一廉の知行にありつきます」と云って、支度に金が必要なので四五両拝借したいと申し込む。担保として「拙者が家重代の刀、正宗」を預けようとする。「武士の魂を預けおく上は少しも相違なしといふに」「和尚 かふりをふり、いや/\それを預かつては金をかすことはさておゐて、そつちから三百疋もとらねばなりませぬ」「らう人 それはまた何故でござる」「和尚 寺で魂をあづかると法事料がいります」

源五兵への従兄弟、笹野三五兵へ。将監の弟の家柄で近い親類だった。剣術指南して世渡りそているが、源五兵へより腕は随分と劣る。「一体世事に賢く門弟とよく睦み親みけるゆへ門人もおのづから多くして家富栄へぬ」。此の年の秋、源五兵への母親が病床に伏し危うく見えたとき、源五兵へが伝来の武具馬具まで売って薬代をつくって枕から離れず、きょうだい三人で看病していた。五大力を取り戻したことによる禍だと云う者が多かった。三五兵へは伜の数馬を遣わし力添えし、金を折々贈ったので、源五兵へは恩に着る。

(下段)むすめ
「母親久しくぶら/\と患ひてゐれど、もとよりまわらぬ身代なれば年長た娘を毎朝薬取にやりしに、それからだん/\のうらくになつて、とう/\おなかゞ大きくなり二タ月三月は袖袂で隠せしかども、もはや五月からは隠し難く、これは毎日大飯をくつて腹の張たようにみせるがよいと娘三度の飯を八九杯づゝしてやるゆへ、おふくろ気の毒に思ひ、はゝおや 此子はばからしい、こなたの腹には宿無しても居るそうだ。むすめ 宿無しはいねえがの。ははおや そして何がいるのだ。むすめ てゝなし子がたつたひとり」。

秋の末に至り、母の病は癒えた。数馬は家に帰る。八ツ橋は、いつしか数馬と深い仲になり、親の目を盗んで契りを結んでいた。とうに母は知っていたが、知らぬ顔。数馬がいなくなったので、八ツ橋は「物思ひたとへんかたなし」。上杉管領が、源五兵へ三五兵への剣術に達するを聞き、二人に試合をさせ勝った方を召し抱えると云う。三五兵へは密かに源五兵へを訪れ、自分は勝てないが「負る時は多くの門人も離れ、この末いかなる身の上にやならん。わが亡きあとには伜数馬がことを頼み申といふにぞ源五兵へ、こは思ひ寄ぬことをのたもふものかな、我一旦貴殿に受し恩もあり心弱きことをいゝ給ふべからずと、互に卑下して立別れけり」。

(下段)いろおとこ
色男が或る娘を見初め、「とう/\手に入て互に深きなかとなりしが、所詮此世では添れぬ二人が仲なれば駈落して心中とでかけんと、ある夜しめし合せ、その支度をしたりしが、むすめ お前これまで言交したことを忘れはしなさるめへね。いろ男 そりやア言ずとしれたことさ。むすめ ふたりが最期はひぢが原、未来は一つ蓮じやぞ。いろ男 そりやアいわずとしれたことさ。むすめ しかしお前、私を騙して売てしもふこゝろじやアねへかへ。いろ男 そりやアいわずとしれた事だ」。

試合。「鶴が岡の社内に桟敷を構へ管領家より検使を立られ八つ七郷の町人百性群り来りて見物す」。試合が始まると源五兵への木刀が、三四つに折れ、負けとなる。三五兵へは今一度と云うが、源五兵へは負けを認めて帰る。後に聞くと、五源兵への木刀は「朽たるあかざにて造りしとなり」。

(下段)けんじゆつ
呉服屋の若い者が剣術の弟子入り。「師匠まづ流儀の型を使ひ分てみせ、これは表、これは裏、此てが冴れば大げさに斬申すと教ゆれば、ごふくや いかに私商売が呉服屋でも裏の表の大袈裟のとはおなぶりと存じますといふ。しせう 壁に指さし、あの通といふを、ごふくや よく/\みれば貼札を出してけんじゆつ掛値なし」。

五大力の中の巻
源五兵へは一旦の恩義に報いるため、わざと試合に負けた。母きょうだいは勝ったと思って待ちわびていた源五兵へが負けたと聞いて呆れた。源五兵へは思うところがあると云う。親子三人、酒盛りをして憂さを晴らす。

(下段)切通咄の中のまき
ものわすれ
物覚えの悪い男が使いに行き、宛名を忘れ困っていると、向こうから婆が来る。「つかい もし/\わしがゆく所はどつちでござります。ばあさま こなたのゆくところが知るくらゐならわしもまごついてはいませぬ。つかい そんならお前も行先がしれませぬか。そしてお前はどふなさるつもりでございります。ばあ様 わしはこれから占を置いてみます」。

母は考える。源五兵へが負けたのは五大力を取り返したからではないか。側にあった燗鍋が自然と躍り出て梁に上がって動かなくなる。皆が驚くなか源五兵へは見向きもしない。母親は呆れ果て「さしなべに湯わかせ子どもいちひつの檜橋より来るきつにあむさん、と万葉の歌を口ずさみければ、此燗鍋から/\と笑ひけり」。源二郎が箒で燗鍋を払い落とすと「俄に家なり震動して火鉢茶碗着類袴ようのものまでもみな己れと踊りだす。八ツ橋は生たる心地もなく母にひしと寄添ひたり。されども源五兵へはさらに驚く気色もなく化物どもの集りてつれ/\を慰め、よき芝居見物なれと、そら嘯きていたりけり。かく妖しきこと日々に多かりしかども人に語るへき事にもあらねば、後には人々もみな目耳になれて始めのほどには驚かず、この故にや妖怪もおのづから薄らきけり」。

(下段)ばけ物屋敷
「ある日中つ腹な男、ばけ物屋敷へゆきて見届んと酒肴をとゝのへ宵から一人酒を飲で楽んでいると、ほどなく八ツの鐘がごん/\となるや否、そばなる戸障子畳はいふに及ず、行灯鍋釜箱小鉢にいたるまで残らずおどり出し、いろ/\の所作事をする。これは珍しい竹田機関をみた、なんでも夜が明たら此古どうぐをもつて帰り、両国のみせ物にだして金儲けをせんと、よの明るのを待つほどに、いつしか東がしら/\としらみて、見れば入り口に札を下て、御手つけ、三日ぎり」。

時は十一月二十日余り、雪がひどく降り積もっている。源五兵へは用事で武蔵に赴き夜更けて玉川の辺りを通る。向かいから年若い大将、白糸縅の鎧を着て月毛の駒に跨り、手に弓矢、後に大中黒の旗を立てさせ歩み来る。月影に見て源五兵へは、この幽霊が怪しいわざで母を悩ませるかと思い、袴の股立高く取り、「汝何ものなるぞ、その名をなのれと呼わりけり」。「かの大将曰く、これはこれ新田左兵衞佐義興なり、われむかし討死のとき秘蔵せし五大力の太刀を畠山に奪れ、ついに汝が先祖将監が手にいりしを心憎ゝ思ひ種/\の祟をなせしかば、恐れて我住む山に納めたりき。しかるに汝山ぬしの心を蕩し多くの金をもつてかの剣を取返したり。はやくその剣を我に返せ。源五兵へから/\と打笑い、御身官軍の大将として何とて心いやしく一振の太刀を惜み給ふぞ」。

「せんさく好キ 絵に描た幽霊をみれば皆腰から下がないが、なぜ知盛の幽霊ばかり足が描てあるだろう。ゑかき あれは海で打死した人たから、たこになりかゝつたゆへ幽霊でも足がある。せんさく好 そんなら八本ありそうなものだに、矢張二本あるはどういふわけだ。ゑかき そこがたこになりかゝつたところだ。せんさく好 待つせへよ、平家の大将はたしか蟹になつせ。ゑかき イヤ/\たこになつたに違へはねへ。せんさく好 たこになつたといふ証拠でもあるのか。ゑかき ソレひよどり越て皆一杯喰た報だ」。

「イヤとよ惜むにあらず、義興ほどの大将が打死のとき太刀さへ佩ずといわれんは勇士の深く愧るところなり。もし早く返さずんば汝が一族みな此剣にて身を果さん。イヤいかにの給ふとも返すまし。イヤかへせ。イナかへすましと、終夜あらそふほどに、いつしか夜もしら/\と明て傍らの松に白鷺の止りいたるのみ見へて又目に遮るものもなく今こそ却て恐しく身の毛よだちて帰りける○三五兵へは太刀合に勝て多くの知行にありつき身の栄耀にや迷いけん、ついに一家の因を忘れ、源五兵へと其中うとくぞなりにける。このとき管領家上洛あるべしとて四五兵衞も供奉に召連られんとのことなりければ、三五兵衞発足の別を惜み一門のともがら並に門人を集め留別の酒宴を催しける。されど源五兵衞は此ごろ三五兵衞がていたらく快からざれば行ず、妹八ツ橋ばかりを遣しけり。八ツ橋は日頃恋慕ひける数馬に会ひ、喜ぶこと限りなし」。

(下段)上戸
底抜けの上戸が馳走になり大いに酔って帰る道、酒問屋の前を通りかかり、酒の匂いに堪え難くなり、そっと酒蔵に入って鏡を抜いてガブガブ。番頭が見つけ酒盗人と騒ぐ。「上戸 ぜんざい/\我はこれこの蔵の内の酒を守る神なり。我きのふ水あげをした酒をきいてみて相場をよく売せんと思ふ也。汝誤つて我を疑ふことなかれ。ばんとふ それはありがたふぞんじます。しかしそれはあまり粗末な仕合、別におみきお供でも。上戸 イヤ/\おみきももふ飲ぬ。お供はなほ喰れぬ。ばんとふ そんなら何を供へませう。上戸 もし信心の心があらば、もふ此上は塩茶をいつぱい」。

宴闌に及び、三五兵衞が八ツ橋に三味線を所望。「八ツ橋も数馬も今宵限りの逢瀬ぞと心の糸竹弾鳴せば数馬も共に声をはり上げ互の思ひを歌ひけり。その文句に、いつまでも草のいつまでか、なまなかまみへまいらする、たとへせかれてほど経るとても……中略……やがて会ふぞへ語ろうぞへ、惜き筆とめ候かしく、と声妙にうたいければ人/\いとゞ興に入り、みな酔伏して前後をしらざれば八ツ橋数馬はきぬ引かつぎ、はかなき夢を結びけり。○源五兵衞と三五兵衞が仲其のちはいよ/\あしくなりて八ツ橋数馬が通路絶へければ母刀自八ツ橋がかく痩衰へたるをみて或日いふやう、数馬との中は我も疾くより知りたるゆへ、ゆく/\は夫婦ともなさんと思ひゐたりしに、みさげはてたる三五兵衞が心底、所詮これ迄の縁と思ひあきらめ給へと、言葉を尽して諫めければ、八ツ橋はたゞ伏沈み泣く」。

(下段)ぢしつ
「ある娘痔疾を患いて痛みたえがたく最早医者を呼んで容態を見せければ医者とつくりと様子をみて凡そ痔に五ぢとて出ぢいぼぢ走りぢなどあれど、それがし今しりご玉の様子をみるに、お腹は立られな、まつたくがさのわざでござる。むすめ 苦しき声音にてナニかさじやアねへ、かつぱのわざだ」。

「よりほかに言葉なし。かゝるところへ源五兵衞よそより立かへり、母人聞給へ八ツ橋も承はれ、我八ツ橋数馬が訳あることは疾よりしりたれば、ゆく/\妻すべしと思ひいたりしに図らずも三五兵衞我に一旦の恩ありながらその身の利欲に迷ひ我を遠ざける彼が心底みさげはてたれば、なか/\彼が伜に妻せんこと思ひもよらず、されどかく言ば互の情にひかれし八ツ橋が心根も不憫なれば疾より衣服も用意して数馬に妻せんがため中だちを頼て言遣したり、やがていなやの返事あるべきぞと言聞せければ、母はもとより八ツ橋は兄が情の嬉しさに、いとゞ涙はせきあへず」。

(下段)ゆかた
「亭主壱分二朱にて浴衣を買てきて女房にみせ、これ見さつせへ、粋な縞だらう。女ほう 当時はやりの碁盤縞だね。てい主 うんにや、こりやア将棋盤縞だよ。女ほう 碁盤と将棋盤はどこで違ひますへ。てい主 値段で違ふのさ。女ほう そりやアどふいふわけでござります。てい主 銀三つで負かしてきた」。

五大力下の巻
源五兵衛の門人瀧山勘介が三五兵衛宅に赴き、八ツ橋・数馬の縁談を申し入れた。三五兵衛は、無一物である源五兵衛の妹を娶るとは以ての外と怒る。勘介は、八ツ橋・数馬が既に深い仲だと言って粘る。「いかで素気なく返事し給ふ道理あらん。まづ数馬どのをよび出し、その心底」。

(下段)切落咄の下の巻
    客
「長尻の客を早く帰さんと小僧箒を逆さまに立ゝをき、もはや帰る時分なりとそつと覗いてみれば客は座敷にたわいなく寝ているゆへ、これは不思議と箒を立ゝおいた所へいつてみれば、いつか箒が横にどつさり」。

「をも聞給へといゝければ、三五兵衛理の当然にぜひなく数馬を呼寄せ、汝不届者、親も許ぬ不義いたづら真ぷたつにする奴なれど、ひとり子ゆへ一命は許しおく。早く別離の文を認め遣すべしとせめければ、数馬は父の怒にぜひなく、かねて取交せし起請文に離別の切文を添てさしだしければ勘介これを受取り、此うへは力なしとて立帰り、すぐに源五兵衛が方に参り、委細を物語り起請と切文を渡しければ、八ツ橋これをみて絶入るばかり伏沈む。源五兵衛つと立て妹いたく歎きそ、この上我計ふむねありとて、かねて用意やしたりけん、弟源次郎に言付け嫁入の衣服を持出させ八つ橋に髪結せ、かの衣服を着替させ親子別の盃して、汝八つ橋女ながらも武士の妹なり、我今汝に引添て三五兵衛かたへ送るべし、もし事成就せずんば生て再び帰るべからず、母人も嘆き給ふべからずとて、用意の」

(下段)ふもんごん
「無筆の親父息子に手紙を書せ、だん/\文言をこのむ。おやぢ 先日御相談仕候間いよ/\先方へも申遣し候あいだ大概承知と相みへ候間、此だん御しらせ申候間と、やみくもにあいだといふ文言を好むゆへ、むすこ きのどくに思ひ、それではあんまり文言に間がありすぎませう。おやぢ ぬからぬ顔で、急がぬ●楊枝だから、いくら間があつても大事ない」。

「助け乗せ雇ひおいたる人夫に舁せつゝ三五兵衛かたへと走りゆく。さて又三五兵衛は勘介が帰し後、後めたくや思ひけん、早くも数馬を鴫立沢の別荘へ遣しけり。かくともしらず源五兵衛は八ツ橋を伴いゆき三五兵衛に会て種々理をせめ言葉を尽して縁談を頼むといへども三五兵衛更に承知せず、後には奥へ引こもり一向出合ざりしかば、八ツ橋も今はかくぞと覚悟の体に源五兵衛もたまりかね大音あげて罵りけるは、いかに三五兵衛われに一旦の恩を思ひ太刀合にわざと負たりしは汝が心に知つらん、その恩を恩とも思はず独り富貴をはからんとして我を隔む人畜生、まことの武士のなすことをみよやとて、かの五大力の太刀を抜き遂に八ツ橋を刺殺し奥をめがけて駆入れば、三五兵衛が若党門弟子庄介仁左衛門五太夫六平抜きつれて打てかゝる。源五兵衛ことゝもせず真向梨割車ぎり」。

(下段)けんくわ
「酒の場にて大勢喧嘩を始め打ゝ叩いつ切ゝ張ゝの大騒ぎ、相手五人まで頭の鉢を割れければ近所手合出あい双方を引わけだん/\わたりをつけて詫びけれども頭の鉢を割れた五人中/\得心せず。裁人もぜひなく皆手を引たあとへ五銭籠を担ひだ男来かゝり双方へ口を添へければ鉢を割れた五人早速料見して事故なく済みければ初にかゝつた裁人あまりふしぎに思ひ後から口を添へた人の商売をきけば瀬戸物の焼継ぎ」。

「水もたまらず四人まで同じ枕にふしたりけり。今の世までも言伝ふ五人斬とはこれなんめり。源五兵衛は血刀拭ひ、三五兵衛を打取んは易けれども我母日外大病のとき力を添し恩あれば命は暫く預るぞと、しづ/\我家へ立帰る。三五兵衛は源五兵衛が帰るを遅しと転び出、八つ橋が死骸かき抱き、いかに八つ橋どの、さぞや某を憎しとも思ひ給はんが魂未だこゝにあらば一通きいてたべ、御身と数馬が中はとくより知たるゆへ、ゆく/\妻せんと或日占かたをおきてみるに、ふたりが仲甚だ悪く、もしこれを夫婦となさば男女共に剣難にて死すべし、もし早くその中を引割ば一人は助かるべしと、三度違ぬ八卦の表、子を思う親心、わざと源五兵衛と仲悪くなりしも二人が中を割んがため、それともしらず源五兵衛押て嫁入の今日に至り、たとへ此わけを語るとも中/\占方八卦をまことゝする源五兵衛が気質にあらず。それ故そなたを見殺しせしも八卦の表に合たる不運、こゝの所を聞分て成仏あれ八つ橋殿と、初て明す三五兵衛が心の中ぞ道理なる」。
{挿画で八ツ橋の傷口あたりから噴き出し。「五大力」の三文字}

(下段)ぬす人
「亭主のるすに泥棒入りしを女房みつけ声をたてんとするところを盗人そばなる火入を投付しが、その火入女房の胸に当り、はつと言て目を回したところへ亭主立かへり盗人をとつて押へ、てい主 おのれよくも盗る物にことを欠て人の女房の命をとろうとしたな、これ人の命が質にもおかれるものか、ときめつくれば、ぬす人 それだから、まだぶちころしきりはしませぬ」。

「数馬は父の怒に力なく八つ橋に離別の文を送り鴫立沢に閑居せしが八ツ橋が横死を聞及び明暮嘆き恋慕い、すでに病に臥しけるが、夢現ともなく八ツ橋が亡魂来り、ありしことゞも語いける。これよりして数馬が病いよ/\重く一命旦夕に逼りしかど三五兵衞大きに驚き種々の仏事追善を設け八ツ橋が跡懇ろに弔いければ、数馬も少し心よくぞなりにける。源五兵へ方にてはほのかに三五兵へが心底を聞伝へ、さては八ツ橋が一命は定まりし定業なりけるかとて忽ち恨はれて昔のごとく睦み語ひける。その後三五兵衞藤沢上人を迎へ八ツ橋が未来成劫をもとめければ上人四句の偈をしるしていはく、是五大力、除一ツ添土ヲ、為五人切ト、更点スレハ四ノ口ヲ、終吾哭加、因果始休、加ル二ノ口ヲ日忽来ル吾賀{是五大力、一ヲ除き土ヲ添レバ五人切と為り更に四ノ口ヲ点スレハ、終に吾哭げき加ふ、因果始めて休んで、二ノ口ヲ加ルノ日、忽ち来ル吾賀び}。此こゝろは五大力の三字の一を除き土扁を加ふれば五人切の文字となり口といふ字四つ添れば吾哭{な}げき加るとなる。これみな因果の道理也。さればその殃今去りて二つの口の字を添るの日、吾賀の来るとなり。賀の字はよろこびとよむなり」。

(下段)はんごんこう
「かねて深く言交せし女ふと患いてむなしくなりければ、男はあるにもあられず恋焦れ、せめていま一ど顔がみたく唐土の反魂香、近くは浅間が嶽の上るりを思ひ出し日ごろ取交したる文を集め火鉢の中へ打込めば、ばつときなくさい烟はたてど何にもでず。もふ出さうなものと火鉢の中をのぞひてみれば火の中でふす/\いぶつてゐるものがあるは、まさしく幽霊が出かゝつているに違ひなしと、火箸をもつて火鉢の底をかきまはしてみた所が宵にくべたさつま芋」。

「源五兵衞が義心深きこと誰いふともなく世上に取沙汰ありしかば近国の大名われ抱へんと使者を以て招きたまへども、源五兵へ敢て其命に従はず。一生浪人をたて通しければ弥その心ざしを感じ諸家の師範を頼み、いろ/\の引出物を賜りて今は何不足なき身分となり親子めでたく栄へけり。そも/\此五大力の名剣は盗難を逃るゝ奇特あり、義興船中にて打死ありしゆへ乗船の人は別して五大力を祀るなり。そののち此剣を五大力菩薩と崇めまつりけるとなん、めでたし/\。○これより此巻の始の半丁からだん/\下を読むべし。曲亭馬琴作」。

(下段)かけもの
「むつひ 正月掛けようと思つて掛物を買てきた。友だち どれ、なんだ、ひとつぱもよめねへ、こりやアなんといふ字だ。むつひ なんといふじだか俺もよめねへ。友だち とてものことに、よめるのをかつてくればいゝ。むつひ ばかをいふぜ、よめるとじきに直がしれて悪りひ」。
     ◆ 
 
 
→一冊で三度楽しい
  
→兎の小屋
   
  
→犬の曠野