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八犬伝第三輯叙

 

門前有狂狗、其酒不沽。而主人不暁。猶且恨酒之不沽。痴情若是者、謂之衆人。衆人有清濁、猶酒有■酉に票/与■酉に央のしたに皿/也。而清者、其味淡薄、雖酔易醒。濁者、其味甘美、而酩酊矣。奚思今者之衆、懼後者之寡也。是故、瞿曇氏説法以為有地獄果天堂楽。於是、不思後者懼矣。又何貴耳者之衆、不賤目者之寡也。是故、南華子斉物論、以為禁争訟。於是、貴耳賤目者、愧矣。然若彼寂滅之教、媚者衆、悟者弥〃寡矣。宜、其媚者、口誦経、而不能釈其義。其迷者、心祈利益、而不知所以欲之。凡如之之禅兜、難度、無有其功。昔者震旦有烏髪善智識。推因弁果、誘衆生以俗談、醒之以勧懲。其意精巧、其文奇絶、乃方便為経、寓言為緯。是以其美如錦■カネヘンに嘯のツクリ/、其甘如飴蜜。蒙昧蟻附不能去焉。既而所有之煩悩、化為尿溺、遂解脱糞門、則不覚到奨善之域、暫時為無垢之人云。不亦奇乎哉。余自少愆事戯墨。然狗才追馬尾、老於閭巷。唯於其勧懲、毎編不譲古人。敢欲使婦幼到奨善之域。嘗所著八犬伝、亦其一書也。今嗣其編三、而刻且成。因題数行於簡端。嗚呼狗児仏性、以無為字眼。人則愛媚掉其尾。我則懼■リッシンベンに呉/吠帝堯。冀為瞽者、猟煩悩狗、以開一条迷路。閲者幸勿咎其無根。

 

文政元年九月尽日蓑笠漁隠

 

門前に狂狗あれば、その其酒は沽われず。しこうして主人は暁{さと}らず。なおかつ酒の沽われざるを恨めり。痴情とは是の如き者。之を衆人と謂{い}う。衆人に清濁あるは、なお酒に■酉に票/と■酉に央のしたに皿/あるがごとし。しこうして清{す}めるは、その味淡薄にして酔うといえども醒め易{やす}し。濁るは、その味の甘美にして酩酊す。奚{なん}ぞ今を思う者の衆{おお}くして、後を懼{おそ}るる者の寡{すくな}きか。この故に瞿曇氏は法を説きて以て地獄果天堂楽ありと為す。これにおいて後を思わざる者も懼る。また何ぞ耳を貴ぶ者は衆くして、目を賤まざる者の寡きか。この故に南華子は物論を斉{ひとし}うして以て争訟を禁と為す。これにおいて耳を貴び目を賤しむ者も愧{は}ず。しかれども彼の寂滅の教えのごとき、媚びる者は衆くして、悟る者はいよいよ寡なし。宜{むべ}なり。その媚びる者は口に経を誦すれども、その義を釈{と}く能{あた}わず。その迷う者は、心に利益を祈れども、之を欲する所以{ゆえん}を知らず。およそ之のごときの禅兜は、度するといえども、その功あるはなし。昔、震旦に有烏髪の善智識あり。因を推{お}し果を弁じ、衆生を誘うに俗談を以てし、之を醒ますに勧懲を以てす。その意は精巧、その文は奇絶。乃ち方便を経と為し、寓言を緯と為す。是を以て、その美は錦■カネヘンに嘯のツクリ/のごとく、その甘きこと飴蜜のごとし。蒙昧の蟻は附けば去ること能わず。既にして有る所の煩悩は、化して尿溺となり、ついに糞門を解脱するときは則ち、覚えずして奨善の域に到り、暫時にして無垢の人になると云う。また奇ならずや。余は少{わかきとき}よりして愆{あやまち}て戯墨を事とす。しかれども狗才の馬尾を追いて、閭巷に老いたり。ただ、その勧懲において、毎編とも古人に譲らず。あえて婦幼をして奨善の域に到らしめんとす。かつて著わす所の八犬伝は、またその一書なり。今その編を嗣ぐこと三たびにして、刻はまさに成らんとす。よりて数行を簡端に題す。ああ狗児の仏性は無を以て字眼と為す。人は則ち媚びてその尾を掉{ふ}るを愛す。我は則ち■リッシンベンに呉/りて帝堯を吠えんことを懼る。冀{こいねが}わくば、瞽者の為に煩悩の狗を猟して以て一条の迷路を開かん。閲{けみ}する者は幸{ねがう}に、その無根を咎むることなかれ。

 

文政元年九月尽日蓑笠漁隠

 

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八犬伝第三輯口絵

 

【見開き右手には、村雨らしき刀を銜え生首を手にする道節。左手には柳の枝のもと現八がキメのポーズ。二人の間に蝶が舞い飛んでいる】

 

田単破燕之日火燎平原阿難示寂之年煙和両扞

 

田単の燕を破る日、火が平原を燎す。阿難の寂を示すの年、煙が両扞を和さしむる

 

犬山道節忠与

 

剣術の極秘は風の柳かな

 

犬飼見八信道

 

★道節が銜える刀は、村雨にしては妙に短いが、小刀は腰にあるし大刀の鞘は、此れまでの挿絵に於ける村雨の拵えに酷似している。やはり、道節が口に銜える刀は村雨であろう。道節が松明の火焔に立っているのは火遁の術を使っているとの表現か。ならば順当に、道節の手にしている生首は、網干左母二郎のものとなる

★田単が燕を滅ぼしたとき火炎が原を焼き尽くしたとは、第百六十五回下に信乃の唇を借り「昔唐山戦国の時、燕斉両国の闘戦に斉の将田単が一夕火牛の謀を以尤く敵に勝ける故事あり。火牛は聚合し牛の角毎に蕉火を結附て放ちて敵を驚し其乱る丶を撃しなり。又我大皇国にては源平両家の闘戦に木曽冠者義仲が義旗を北国に揚げし時、平家の方人斎明が亦火牛の謀をもて富樫太郎宗親と林六郎光明が籠りし城を夜伐して戦ひ利ありし事由は阿弥陀寺本平家物語巻の第十三に具なり」とあり、猪で代用したエピソードでも登場する。阿難に就いては、大唐西域記の巻七に

 

     ◆

濕吠多補羅伽藍東南行三十餘里。■歹に克/伽河南北岸各有一■アナカンムリに卒/堵波。是尊者阿難陀分身與二國處。阿難陀者如來之從父弟也。多聞總持博物強識。佛去世後繼大迦葉。任持正法導進學人。在摩■偈のニンベンがテヘン/陀國於林中經行。見一沙彌諷誦佛經。章句錯謬文字紛亂。阿難聞已感慕増懷。徐詣其所提撕指授。沙彌笑曰。大徳耄矣。所言謬矣。我師高明春秋鼎盛。親承示誨誡無所誤。阿難默然退而歎曰。我年雖邁為諸衆生生欲久住世。住持正法。然衆生垢重難以誨語。久留無利可速滅度。於是去摩■偈のニンベンがテヘン/陀國趣吠舍釐城。度■歹に克/伽河泛舟中流。摩■偈のニンベンがテヘン/陀王聞阿難去。情深戀徳。即嚴戎駕疾驅追請。數百千衆營軍南岸。吠舍釐王聞阿難來。悲喜盈心。亦治軍旅奔馳迎候。數百千衆屯集北岸。兩軍相對旌旗翳日。阿難恐鬥其兵更相殺害。從舟中起上昇虚空。示現神變即入寂滅。化火焚骸骸又中折。一墮南岸。一墮北岸。於是二王各得一分。舉軍號慟。倶還本國。起■アナカンムリに卒/堵波而修供養

     ◆

とある

★道節と現八が対峙している。二人が直接に対決することはない。信乃・荘介に次ぎ、道節・現八は登場する。二人の間に舞う蝶が、第二輯口絵で考えたように信乃であるなら、話は非常に解り易い。道節は、信乃のものである村雨を欲しノコノコ出てきて浜路と兄妹の名乗りを上げ、荘介に認知/発見される。現八は獄舎に押し込められ朽ち果てる運命にあったが、信乃を捕らえるために引き出され、活躍の可能性を与えられた。二人を八犬伝世界へと導き出す者は、信乃である。そして蝶/浮線蝶/伏蝶は、信乃を象徴するのみならず、信乃に纏わり付く伏姫の霊を暗示する。二人は伏姫によって引きずり出され、八犬伝世界に放り込まれる

★こと剣術にかけて犬士の代表とされていると思しき現八の師匠・二階松に就いては後述する。ただ、道節・現八の間に蝶が舞っていることには、言及しておかねばなるまい。蝶は、冥界への扉が開いたことを暗示する。とはいえ描かれているのは、犬士の中でも元気いっぱいな二人組である。彼等の脳は神経細胞ではなく筋肉で出来ている。しかも持久力に富む白筋ではなく瞬発力重視の赤筋だ。片や関東足利家に、片や煉馬家に親の代から勤務していた実績がある。但し、片や反抗した挙げ句に信乃と手を取り合って出奔、片や主家滅亡後も忠を尽くそうとする。また、現八は父糠助との無理心中直前に救われ、道節は墓場から甦った。二人とも、死の淵を覗いた経験がある。但し、現八の記憶にはないだろうし、道節は確実に死んでいた筈なのだが……。結局、此の口絵で蝶が描かれている点は、表面的には、火定したように見せかけた道節が、口絵通り火の中から甦ってくるような描写をとることを示していよう。「甦る」からこそ、冥界の扉が開いた表現である蝶が描かれる。そして、冥界の扉が開かれることで登場する者は幽鬼であるが、幽霊となれば、柳が定位置だ。則ち、火に巻かれて死んだ筈の道節が甦って見せるオドロな登場の仕方が、幽霊を連想させ、幽霊から柳が連想され、「剣術の極秘は風の柳かな」との句に繋がって、剣の達人/現八が登場する。取り敢えずは、上記の如く理解して良かろう。

だが、八犬伝の場合は、表層の軽やかな理解も是であるが、多層的な理解こそ望ましい。何連が非というのではなく、多重な読みが可能な点こそ、八犬伝の醍醐味だ。即ち、蝶を浜路の象徴とすれば、如何な解釈が可能となるか。例えば、右画面では、死にゆく面前で仇/網干左母二郎を討ち取ってくれた異母兄/道節に纏い付き、村雨を信乃に返すよう訴える浜路を、蝶を通して賺し見られないか。左画面では、偽の村雨を携えて許我に行った信乃を心配し、図らずも信乃と対決することになる現八に向かって、「家宝の刀を擦り替えられるオマヌケな御姉様ですが、よろしく」と囁いているようには見えまいか。死して尚、信乃を想い、道節に現八に縋り付き、訴えかける浜路の姿が幻視されないであろうか。意識の上で、道節も現八も、浜路が発する魂の叫びに耳を傾けていない。しかし、天機もしくは運命は道節に、左母二郎から村雨を取り返し保管し、しかも信乃が関東足利家に仕えることを妨げ、然る後に漸く村雨を信乃に返却する役目を果たさせる。現八には、闇雲に迸り出ようとする信乃を、土気の犬士として受け止め、一つになって堕ちていき、結果として小文吾と巡り合わせる役割を果たさせた。天機もしくは宿命は、八犬伝の絶対神/馬琴の筆から涌いて出た。此の口絵は、自らの死地に道節を呼び寄せて村雨を確保させ、次いで外ならぬ現八を信乃と引き合わせることに、浜路の【念】が影響を与えたのではないかとの疑問を抱かせる。八犬伝の記述からすれば、道節が浜路殺害現場の近くにいたことも、獄舎に入れられていた現八が信乃の捕縛に駆り出されたことも、偶然である。物語に甚だ都合の良い、偶然である。稗史だから其れで結構なのだが、馬琴は此の口絵で、「偶然」の出逢いの裏に、信乃を想う浜路の「念」を感じさせたかったのではないか

 

【洲浜台を手にして糠助を睨み付ける大塚蟇六。そんな蟇六を無視するかの如く、糠助は俎を前に小刀の刃を見詰めている。脇に見事な鯛が籠に入れてある】

 

酢もあらばいさぬたにせん網さかなえびとかにはの船て味噌すれ

 

荘客糠助・大塚蟇六

 

★此の絵は面白い。蟇六が洲浜台を手にしているところから、場面は婚礼の準備と知れる。簸上宮六と浜路の婚礼であろう。糠助は鯛を捌く役目を与えられているらしい。禁断の漁場で魚を捕ったために罪人となった糠助が、である。皮肉である。糠助は鯛を脇に置いたまま、小刀を捻ね繰り回しており、なかなか作業に入ろうとしない。怠惰ゆえと思い込んだ蟇六が睨み付けているのである。当然、村長であり尊重さるべきと自ら思っている蟇六にとって、意に反して番作へのシンパシィを露わにする糠助への不愉快が底意にある。糠助は怠惰というより、気が進まないのだ。糠助がシンパシィを抱く犬塚家の信乃こそ、浜路の許嫁である筈だ。浜路と宮六の婚姻を進めようとする蟇六の理不尽に不満を抱きつつ、あからさまには逆らわない。糠助のキャラクターが十分に表現されている。因みに、挿絵に於いて、何人か洲浜を紋所にしていると思しい人物がいるが、文庫版では明瞭でなく確定が難しい

★文庫版の表記を見る限り「綱さかな」であるが、意が通じにくいため「網さかな」の誤記と考えておく。「網さかな」は、網に掛かった魚であり、居候の信乃を蟇六が【捕らえている】と意識していることを示すか。信乃から見れば、番作の遺訓を受け【覚悟の上で入り込んでいる】となろう。蟇六にとって小憎い信乃は、ズタズタにして酢味噌で和えヌタにでもしたい相手であったか。実際にヌタにするのではなく、村雨を取り上げ、酷い目に遭わせたいとは願っていただろう。「かには」は蟹だが、第二十四回に神宮カニハ河の船上で村雨を擦り換えた計略を云う。肉とミソをあらかた取った後に、ややミソの残った蟹の甲羅/舟で味噌を擦り、味と風味を付ける調理をも連想させて言葉を繋いでいる。「えび」は字数合わせだが、蟹同様に伊勢海老程度の大型海老の殻/舟を使い、味噌に風味付けする調理法があったか

 

【緊縛された背介が簸上宮六に押さえ付けられている】

 

軒のつまにあはひの貝の片おもひも丶夜つられし雪のしたくさ

 

簸上宮六・奴隷背介

 

★本文にはない場面。宮六・軍木五倍二が蟇六・亀篠を殺す混乱のなか、背介は縁の下に転げ込んでいた。宮六は荘介に殺される。背介を捕らえるのは、宮六の属役/卒川菴八である。背介は、番作の死後、一時期だけ信乃の世話係を務めた。荘介が引き継ぐ。背介は善良で、糠助ほど積極的に犬塚家に与しないが、捕らえられたとき、見た通りを陳述する。筆者は、右顧左眄して其の場で羽振りの良い者の意に沿おうとする虚言者を多く見てきたので、背介が甚だ善良に見える。簸上宮六の弟/社平は、蟇六・亀篠殺しも荘介に擦り付けたかったのだが、背介は宮六が蟇六を殺したのだと証言する。このため背介は、荘介の仲間だから虚偽の証言をしているのだと決め付けられる。権柄づくで自分の都合良い言葉のみ引き出してきた者にとって、自分に都合の悪いことを云われると、立場が逆転したとしか思えないらしい。彼は極めて狭い脳中に於いて、自分に引き比べて考えてはいる。しかし、真実を語る者など、彼の感覚では存在しないのだ。バカガキの典型である。

理念としては、真実を証言することは中立を意味する。しかし実際には、かなり勇気が必要である場合もある。背介は決して英雄的ではないが、類型として、善である。背介の膝元に縄。「おもふ君」「それかし」の札が付く。婚約時に男の側から女性の家に贈る結縄であろう。確かに宮六は結納し、蟇六は受け取っている。宮六は、浜路の夫たることを主張し得るようにも見える。但し、信乃と浜路の婚約宣言は多くの村人が記憶していた筈であり、破棄されていない。権威に弱い蟇六が、宮六にズルズルひき摺られ婚礼に持ち込まれるのだ。綺麗な形ではないから、争論の余地があろう。読者が判官なら、如何な裁定を下すであろうか

★試記:軒の端に、鮑の貝の片思い、百夜吊られし雪の下草/記紀にも鮑は、例えば天皇の食事として鰹と共に登場しているが、万葉集に「伊勢の海女の朝な夕なに潜くといふ鮑の貝の片思にして」角川文庫二八〇八とある如く古くから、恐らく一枚貝であるためだろうが、片思いを象徴している。読本でも取り上げた日本武尊伝説エピローグ・景行天皇淡水門行幸で出てくる二枚貝・白蛤が、武尊と弟橘姫の彼岸に於ける再会・抱擁を暗示していると対称である。また、鮑は乾燥させて熨としたり高級食材として使われるので、「吊られし」はスンナリと流れ読める。とはいえ、百夜も吊るされる筈はなく、此は片思い故に相手に放置されている状態を示している。更に、小野小町が深草少将を【百夜休まず通ってきたら逢ってあげる】と誑かし、九十九夜目に片思いの少将を悶死せしめた説話も関係しているのだろう。「雪の下草」は不細工なクセに純情可憐で忍耐強い荘介を思い出させもするが、此の場合は同じ不細工でも宮六を指していること自明である

 

出像二頁浅倉伊八刻

 

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第二十一回

 

「額蔵間諜し信乃を全す犬塚懐旧青梅を観る」

 

【女髪の信乃が袂と裾に浮線蝶模様のついた振り袖を着て縁に立つ。画面中央で背介が井戸から水を汲んでいる。右手から亀篠が荘介を連れて犬塚家の門を潜ろうとしている。向こうの畦を天秤棒で桶を担いだ糠助が歩いている】

 

額蔵を将て亀篠犬塚が宿所に到る

 

がく蔵・かめささ・せ介・ぬか介・しの

 

★小さくて判然とせぬが、亀篠の着物は花柄だ。此の模様は記憶に留めておきたい。どうも亀篠が気に入っている普段着だと思える

 

【梅の木のもとで荘介が座って信乃を見上げている。信乃より頭が大きく体の横幅も広い。着衣は前の挿絵と同じようだが打って変わって大人の肉体になっている。然り気なく帯刀している。信乃は女髪から前髪立てとなっており、相変わらず全身に浮線蝶模様のついた着物を着ているが、上から千鳥模様の羽織を纏っている】

 

青梅か香は亦花にまさりけり{鳥のしたに几} 巳克亭鶏忠

 

犬川がく蔵・犬塚信乃

 

★桜は花を愛でるが、梅・桃は香りを楽しむ印象が強い。姿よりも、人物から漂う【格】とか気品を評価する謂いか。どうも荘介の容貌を褒める言説は見当たらないのだが、彼の性格は確かに梅の芳香の如く麗しい者であると思う。また、伏姫・信乃は【桜】模様の衣装から、花こそ愛ずるべき者、佳人であるとの設定だろうが、梅模様の衣装を着ける浜路は、beatifulといぅよりは可憐さ純真さが強調されているように思う。桜と梅の違いである。大塚を去る決意を胸に信乃が見上げる梅は、浜路を象徴すべきだ。梅は散って青梅に芳香を遺す。浜路は死して信乃の心に芳しくも切ない記憶を遺す。同時に梅は、仁義礼智……八行の字を現じて犬士が八人いることを預言していた。また梅は、梅星/星梅紋となって星と連関することで宇宙を経由し、天神/菅原道真まで行き着く。更に、読本で述べた如く、史料に拠れば、源頼朝の守護神である鶴岡八幡宮司は大伴姓であったため梅紋であったけれども、二代目宮司が藤原姓に組み込まれ牡丹紋を用いることとなる。元々は梅であった牡丹が八幡神を守護し奉戴する存在となる。源氏の聖地鶴岡八幡宮司の紋に於ける、梅→牡丹の変遷は、八犬伝を読む上で、特に興味深い史実である

★前髪立てた美少年/信乃を見上げる成人姿の荘介は、妙に懐っこい表情をしている。一見すれば、稚児と念者である。愛情と庇護の気持ちが滲み出ている。しかし筆者は表情ではなく、着衣の模様に着目する。荘介着衣の轡模様だ。此の着衣を荘介は、亀篠に連れられ信乃づきの小者として引き合わせられたときから着ていた。挿絵初登場の第十八回では、別の着物だ。ってぇか、此の轡模様は、第二十一回の挿絵でしか着ていない。そして同回のタイトルは、「額蔵間諜し信乃を全す犬塚懐旧青梅を観る」である。

猿轡と云えば、猿に填める轡ではなく、一般に、人間様に銜えさせて言葉を封じるものである。実体としては、単なる手拭いだったりするので、器物そのものの名称というより、器物の使い方/状態に対する呼び方だ。よって、「間諜」として信乃のもとへ送り込まれたにも拘わらず、却ってカウンター・スパイとして、信乃に不都合な情報は流さない。即ち、自ら猿轡を填めたように【口を噤む】。但し、蟇六・亀篠の機密は、荘介によって信乃へと流される。

しかし、信乃のため二重スパイとして働く荘介は、信乃を見守っている存在でもある。だいたい荘介の着衣は、轡模様であって猿轡模様ではない。轡は、云う迄もなく馬具であり、馬の口に填めて手綱を付けるためのものだ。荘介は間諜として信乃に引き合わせられるのだが、此は、与四郎の代わりに犬塚家へと入り込むことでもある。与四郎は犬だけれども、信乃にとっては馬の代わりでもあった。荘介は、幼い信乃を見守る、与四郎犬の後継者となった。だからこそ、与四郎が埋められた八房梅の根本に腰を下ろし犬の如き姿勢をとり、懐っこい目で信乃を見上げているのだろう。間諜は、信乃を守護する者の、部分的一機能に過ぎない。第二十二回以降も荘介はダブル・スパイとして働くが、轡模様の着衣を身に纏うことはない。「轡」は「間諜」を意味しない。第二十一回、八房梅の挿絵を以て、信乃は前髪を落とし大人となり、少年時代と決別する。同じく荘介は、轡模様の着衣を脱ぎ捨て、与四郎の代わりに信乃を守護する者としてではなく、盟友として立ち現れるようになる

★絵の周囲には梅らしき花。但し、八房というより八重梅

 

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第二十二回

 

「浜路窃に親族を悼む糠助病て其子を思ふ」

 

【煉馬倍盛・植杉刑部少輔・千葉自胤が相争っている。矢は左側からのみ降り注いでいる。乱軍のうち兵が馬に踏み潰されている。画面右下から旗指物、紋は雪輪】

 

豊嶋の一族管領家の三将と池袋に戦ふ

 

煉馬平三衛門倍盛・植杉刑部・千葉ノ介より胤

 

★激戦を描く。大将同士が対決している。優勢である関東管領側の大将が煉馬の本陣に突入するとは考えにくいので、倍盛が少数の手勢を率いて奇襲突撃を敢行したとも思える。雪輪紋が妙に目立つよう画面に差し出されているのは、姥雪世四郎の存在を示そうとするものか。植杉刑部少輔は、定正の弟である上杉朝昌と思われる

 

【信乃が机に向かって訓閲集を読んでいる。夏のこととて扇を手にしている。着衣は初めて浮線蝶模様以外のもの。左肩に桜花。浜路が壁に凭れ身をくねらして、団扇の柄を頭に当てる仕草。団扇の模様は朝顔様のもの。着衣も判然たらざるが、主調は恐らく朝顔か撫子{唐撫子/石竹かも}。季節に合わせた模様ではある。絵の周囲には蝙蝠】

 

木からしはまたふかねとも君見れははつかしのもりにはのそふもなし 信天翁

 

はまぢ・犬塚信乃

 

★木枯らしは復た吹かねども君みれば羽束師の杜に葉の添ふもなし/「はつかしのもり」は、伏見にある羽束師神社の森であり山城国の歌枕となっている。京の出入り口に当たるから、送迎の場でもあったようだ。新古今集巻第九離別に載す行尊「思へども定めなき世のはかなさにいつを待てともえこそ頼めね」八七九は、詞書に「五月晦ごろに熊野へ参り侍りしに羽束といふ所にて千手丸が送りて侍りしに」とある。千手丸とは恐らく寺の稚児だろうが「千手」なんだから観音に擬すべきgirlishな美少年であったろうか。その美少年が「何時お戻りになるのですか」と涙ぐみ縋り付いてくるのを「えぇっと、修行のことだから何時までかかるか分からんよ」と振り払い逃げ出す……ふぅん、流石は行尊、修験の密教僧だけのことはあるな。高野六十那智八十。このような別離の場所が、「羽束師の杜」なのである。また、まるで取り残された千手丸が歌ったが如き、後撰和歌集巻十恋二に題しらずとして「わすられて思鮒げきのしげるをや身をはづかしのもりといふらん」六六四恋人に見放されて嘆き募る身を「羽束師の杜」と云っている。勿論、新古今と後撰では時代が隔たりすぎているので、直接の応答ではなかろうけども。さて、これらの歌を前提とすれば、浜路の歌も別れを前提としていることが諒解せられる。即ち浜路の歌は「心は冬、木枯らしが吹いているわけでもないのに、離別の地という羽束師の杜の木々は、信乃様を見るだけで別れの予感に身も細り、着けた葉も総て落ちてしまうほどです/いいえ二人は既に許婚の身、いっそ肢体に纏わる葉を取り去り一糸纏わぬ姿で信乃様に添えば考え直してもらえるだろうか」と、嬉し恥ずかし、夜這いの歌にまでハッテンし得る。これを可憐な乙女心と見るか、凄絶なる女の情念と見るかは、個人の自由ではあろう

★浜路の姿勢は、脇腹から腹部の筋力が要求されるだろう。華奢に見えるが、かなり鍛え上げている。機織り作業か何かの成果であろうか……要らざる突っ込みである。単に絵師の理念から湧き出た非現実的な姿勢だろう

★此の挿絵で前髪を落とした信乃が初めて描かれている。ガッカリした読者もおられよう。因みに、前髪立てた者の性は、【少年】であって【男】ではない。女性性の含有は理念として、男〈少年〈少女〈女であろうか。不等式のうち少年と少女の間には、肉体上の深い溝があるが{溝であって根底では繋がっており両性具有もあり得るけれども}、理念は其の溝さえも比較的容易に乗り越える。ま、其れは措き、男は女と配偶すべき性であると、取り敢えずは、考えられていた。

八百屋お七に纏わる大岡政談で、十六歳以上か否かが問題となり、お七が正直に十六歳以上だと答えたため責任能力を問われ処刑された話がある。数えの十六歳なら満十四歳か十五歳であって、現在なら十分にロリータであるが、当時では立派な大人だ。お七の場合は、「ちゃんと陰毛も生えている」と主張したとか、しなかったとか。性欲をもつ大人の女として吉三を恋い慕っているとの主張だったのかもしれない。則ち、吉三を愛した記憶を、子どもの気の迷い、として無かったことにされることを拒んだか。流石、好色五人女に数えられるだけのことはある。

浜路も十六歳であった。純情そうな顔をして、なまごころ/性欲を持ち得る御年頃である。なるほど、女装していた幼少期の信乃を見知っているなら「つつゐつのいづつにかけしまろがたけすぎにけらしな妹みざるまに」ではないが、異性と意識せず、ただ身近な年長者として慕っていただけかもしれない。しかし互いに性徴があらわれ、それぞれ男と女に分化していったことを意識すれば則ち、情欲が生まれる。大人になった浜路を見て、純朴な村人たちは、蟇六に対し、信乃と浜路の婚約を果たすよう求めた。現代中学三年生女子が御姉様とシタイと慕うのとは、同日に論ずるべきではない。惟えば手束も十六歳ぐらいのとき、番作さんと出逢った。現在ならば不純異性交遊であるが、当時なら立派に【大人同士の関係】が許されたであろう。

前髪を落とし少年ではなくなった信乃は、大人の男である。擦り寄る浜路は、大人の女である。男は女と配偶すべき性である。此の場面は、純情可憐ではあるが、既に少女ではない、女浜路の口説き場面だ。女浜路の情愛を向けられる信乃は、男でなければならない。前髪は、既に邪魔である。前髪が示すセクシャリティー/少年性は、切り棄てておかねばならないのだ……が、やはり、ちょっと勿体ない

★常識に属するが、中国に於いて蝙蝠は「蝠」が福/富に通ずる故に目出度い。彼等は字音を重視する。字義を尊重する前近代日本でも、中国の影響か、同様に目出度く考えていた。中国好きの馬琴は尚更であろう。我々は後の悲劇を知っているので殊更に辛くなるが、浜路としては一生涯で最高の瞬間の一つであったに違いない

★訓閲集に就いては、「多田五代記」に

 

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満仲惟時より軍旅を伝ふ事

抑、此軍書は、醍醐天皇の御時、延喜五年乙丑三月十一日に左大弁宰相大江惟時に命じて、よき儒書聖経賢伝兵書を伝へ来るべしとて沙金十万両を持せて異朝に遣し給ふ。惟時先づ金五万両を唐朝の天子昭宣帝に奉り兵府をもとむ。勅命に依りてさま/\の儒書兵書こと/\に相伝ふと雖も、言語侏■璃の王がニンベン/にして通ぜざれば、此書通暁し読み明すこと能はず。之に依りて延喜五年より承平四年まで三十年間留学して先づ五経三史文選に通じて、経書三史の成功に依りて軍書武経の明法を著す。五代に入つて呉越の王元堪并に■モンガマエに虫/の恵宗延に謁見して九経を求め得て朱雀院の承平四年甲午の年に帰朝す。帝御感あり、此の事を武士に伝へて我朝の宝となさんと、武夫の器量を撰び給ふに、智仁勇を備へたる武将なし。左馬助満仲こそ道天地将法自から備へる文武の将なりとて、大江惟時に勅して、八幡の御宝前において斎する事三日にして之を伝ふと雖も、唐本の軍書なれば通読せず。是に於いて未学者の為、和字に訓し仮名に述べて伝へければ、一ツとして通達せずと云ふ事なし。之を名けて訓閲集(註説者曰其後)世治まりて、鞍馬の毘沙門天王の宝殿に之を蔵め玉ふに、七条朱雀の鬼一法眼と云ふ者、宝殿より申下し之を秘して石櫃に蔵め固験して梱外に出さず。然るに源義経鞍馬に在りし時、平家の一族を亡ぼさんの志ありて、此兵書を鬼一法眼が鞍馬山より申下しける事を伝へ聞き、如何にしても鬼一に随侍して此軍書を得まく欲して、謀を廻らし、鬼一法眼が聟となり鬼一が他に行きて鬼一が亡きを窺ひ其女と心を合せて求め出して、之を用ゐて後に親の敵平家の一族を亡し玉ふ。其後、楠正成のを用ゐて官軍に利ありて軍功莫大也。日向国伊東在京の時、楠正成に親近せし時、之を正成に伝ふ。爾来山本氏某西国に牢入せし時、之を伊東より伝へて関東に下り、武田氏の家に伝へて大に軍功を振ふ。是を小幡上総守の家臣岡本喜菴之を伝ふ。喜菴、其嫡子の岡本宣就に伝へて箕壁大星術を以て大に勝利を得たり。宣就、是を細川家小幡家并に北条家及び瀧川信益に伝へて信益大成す。今の七書等も此中に籠れり。別して六踏三略孫子なりと伝へ聞けり。惟時の云はく、世に学んで知る人は多し、生ながらにして利にかなへり、是、誠に神助なるべし、と感じ給ひける{多田五代記巻第一}。

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如何でも良いが、要するに訓閲集は、中国兵法書のダイジェスト版の更に口語訳本なんである。ならば内容のレベルは高くとも、初等教本である印象が漂ってしまう。優れた訳であっても、読み込めば、原文に当たって確認したくなることもあろう。信乃なら口語訳を経ずとも読み下せたと思いたいが、近代以前の出版流通は現在ほど恵まれていないので、手元に訓閲集しかなかったのかもしれない。

訓閲集は読んでいないが、兵法書のダイジェスト訳となれば、実際に有用な戦術や、冷徹な迄に合理的な思想の肝が抜き出されていただろう。即ち「訓閲集」読者は、生きるべき者が生き死すべき者が死ぬ殺伐とした戦場を思い描いていると想定し得る。愛の理不尽や恋の不条理とは対極にある。そんな精神状態の信乃に、全身全霊の愛をぶつけた浜路が、玉砕しない方がオカシイ……と思うと同時に、TPOも弁えず、ただ信乃が存在するだけで燃え上がってしまった情愛を制御できぬまま言い寄る浜路の懸命さに、筆者は凄まじさを感じてしまう。
信乃は、浜路の愛を受け止められないほど、殺伐たる合理主義に浸り心荒んだ状態にあった。立身出世し家名を上げるべく、社会に於ける万人闘争へ飛び込もうとする信乃の状態を、馬琴は「訓閲集」の三字に籠めたのだろう。
そして、この辺りから物語が時系列に沿って連続順当に進むが、暫くして信乃は、其れまで守ってきた村雨、即ち立身出世のため最重要なアイテムを、密かに奪われてしまう。浜路の愛を振り切るほど殺伐たる合理主義に凝り固まりっているにも拘わらず、油断が生じてしまっている。極めて逆説的であり、小説としての面白さがある。やはり浜路口説きは、八犬伝屈指の名場面である

  

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第二十三回

 

「犬塚義遺託を諾く網乾謾歌曲を売る」

 

【行徳の海辺付近の橋上から身を投げようとする糠助。懐に現八を抱いている。袂の柳の下から足利成氏家臣の犬飼見兵衞隆道が止めに近付く】

 

糠助が懺悔物語窮客稚児を抱きて身を投んとす

 

★八犬伝の終盤が近付いたとき、馬琴の友人が歌を寄越し序に加えられた。糠助・現八の関係を【鳶が鷹を生んだ】みたいに表現しているが、権勢を誇る、しかも小人の村長が疎んじている番作さんとあからさまに交際した糠助は、かなり積極的な善人であると評価できる。剣術に於いては実子・現八と比べるべくもないが、真の勇気は確かに糠助も持っていたと思われる。ただ、挿絵では、やはり恰好良くない。とりあえず、顎鬚が変

 

【大塚蟇六宅の座敷。新陣代簸上宮六が属役軍木五倍二・卒川菴八を連れ巡検に来た折の饗膳風景。網干左母二郎の紋は三目結に見える。亀篠が左母二郎と向かい合う姿勢から浜路を振り返っている。亀篠は、荘介を信乃のもとに連れて行ったときと同じ花小紋。浜路の着衣は、二十二回挿絵と同じ】

 

艶曲を催して蟇六権家を管待す

 

ひき六・いさ川庵八・ひかみ宮六・あぼし左母二郎・亀さ丶・ぬるて五倍二・はまぢ

 

★役人三人のうち、何故か菴八が一番偉そう。正面に座り、お頭付き鯛も菴八の前に据えられている。浜路は、座敷から退いた後だからか、脛を見せて歩いている。品が良いとはいえない

 

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第二十四回

 

「軍木媒して荘官に説く蟇六偽りて神宮に漁す」

 

【神宮河。蟇六を助けようと褌一丁で奮闘する信乃。又は、水中での格闘。土太郎が蹴飛ばされている。舟に独り残った左母二郎が村雨の刀身を抜き取っている。左母二郎の着衣は、此れ迄に亀篠が纏っていた花小紋。左母二郎の周囲をはじめ川面にが蝶が群れて舞う。松の向こうに鷺が浮かび、舟の手前では鴨の番{つがい}が飛んでいる】

 

苦肉の計蟇六神宮河に没す

 

左母二郎・土太郎・ひき六・信乃

 

★一億人の恋人・信乃がセミ・ヌードを曝しセクシーな腰つきで読者を誘惑する注目の画像である。が、其れよりも注目すべきは、左母二郎の着衣だ。左母二郎は此処でしか着ていない。模様からして、どうも亀篠の普段着のようだ。前近代日本の衣装は、柄・模様は別として、構造としては男女共用だ。愛人同士が襦袢を替えるなんてのは、和歌にもある。現代で考えれば女性用パンティと男性用トランクスを取り替えることに当たるが、当時は共通しているから違和感がないのである。さて神宮河の場面に先立ち、亀篠が単独で、独り暮らしの左母二郎宅を訪れている。村雨を擦り替える相談だが、二人きりの一軒家で「更に額をうち合せて」囁く。「思はず時を移せしかば亀篠は遽しく別を告て走り出」て家に戻った。正に、此の密会の後に、左母二郎は亀篠の普段着を身に纏っている。勿論、実際に左母二郎が亀篠と着衣を交換したとは思わない。神宮河の船上で、左母二郎は蟇六と隣り合わせだ。いくら何でも無理がある。しかし挿絵は読者に見せるものであって、登場人物同士で見るものではない。亀篠の着衣を左母二郎に着せることで、二人の間に性的な交渉があったことを暗示していると思われる。性交渉は理義を超えた関係を生み出しがちであり、それ故に理義を蔑ろにする行為の依頼・実行の仲介を果たし得る

 

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第二十五回

 

「情を含て浜路憂苦を訴ふ奸を告て額蔵主家に還る」

 

【浜路口説き。蚊帳から信乃が出てきている。傍らには既に旅の用意。信乃の着衣は絣で、浮線蝶紋が……いや、妙なことに蝶に紐が引っ掛かっている。留め具か。何連にせよ形は伏蝶である。信乃の前で浜路が突っ伏している。泣いているようだ。着衣の模様は、前の二枚{麻葉と朝顔・撫子}から変わって、市松模様上に梅花。障子の向こうから窺う奴姿の荘介。大刀差し尻端折り。「額」字紋。窓から朧月が覗いている】

 

菅家

 

なけはこそわかれを惜しめ鶏のねの聞えぬさとのあかつきもがな

 

額蔵・はま路・信乃

 

★日本武尊は死地/東国に赴く折、叔母・倭姫命を訪ねた。菅原道真は太宰府左遷の途中、河内・土師寺の叔母・覚寿尼を訪ねた。読本で触れた如く、道真の祖先は土器作りを職掌とし埴輪を殉死の風習に換えた土師氏である。一族の勢力圏内にあった叔母の寺ぐらいしか身を休める場所がなかったか、叔母に情愛を感じていたか。如何でも良いが、私が二十歳以上若ければ別嬪の叔母を渇仰したであろうし、恐らく今でも心に淡い思い出を抱いていたであろうが、残念なことに私には叔母も別嬪の親族もいない。山川出版社「大阪府の歴史散歩{下}」は、「鳴けばこそ別れを憂けれ鳥の音の鳴からむ里の暁もがな」と別離の朝を怨んだ歌を道真が詠んだものだから、地元では鶏を飼わなくなったとの昔話を紹介している。道真に同情したか、それとも怨霊に目を付けられることを厭うたか。恐らく何連にも偏った個々人が混在していたであろうが、前者と理解しておく。このエピソードは有名で、「菅原伝授手習鑑」にも取り上げられており、此処では「鳴けばこそ別れを急げ鶏の音の聞こへぬ里の暁もがな」とあり、やや変わっている。此処でも、「{前出歌}と詠じ捨、名残はつきずお暇と立出給ふ御詠歌より。今此里に鶏なく。羽た丶きもせぬ世の中や」と、土師の里では鶏が絶滅している

 

【行女塚前の賑わい。幟に「大権現」。偉くなったものだ。参拝用に線香などを売る店まで出ている。店の男は宝珠紋、客は「宝」字紋。江戸期の観光地風景か】

 

童子の孝感旅魂■マダレに苗/食す

 

★名所の観光地化。此のことで塚の周囲は清掃されたろうし供え物も捧げられたであろう。仕掛けた荘介には経営プロデューサーの才能があったようだ。詐欺とも言えるが

 

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第二十六回

 

「権を弄て墨官婚夕を促す殺を示して頑父再▲{酉に焦/ジヤウ}を羞む」

 

【浜路の居/寝室。花紋の枕、草紙様の書。盆上に湯呑・急須・茶漉し。床の間には白衣観音の軸と「奉修護摩御札」、あとは虫籠か。手前に「御供物」の箱。亀篠は花小紋の着衣に繋ぎ雷文の帯。場面は蟇六の仮切腹。蟇六の着衣は亀甲。両側から浜路と亀篠が抱き留めているが、亀篠ほくそ笑んでいる】

 

自殺を示して蟇六浜路を賺す

 

亀ささ・ひき六・はまぢ

 

★亀篠の着衣は、神宮河で左母二郎が着ていたもの。いつの間にか取り返したらしい

 

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第二十七回

 

「左母二郎夜新人を畧奪す寂寞道人見に円塚に火定す」

 

【猛火に包まれる道節。「こりゃ熱いね」と云うように片手を頭にやる男、ぼんやり火を見詰める男、穏やかな表情の老人男性、喋り合う人々。火定というより単なる見せ物見物だが、実際に見せ物に過ぎない】

 

順寂を示して寂寞火坑に自焼す

 

寂寞道人肩柳

 

【争う左母二郎・板野井太郎・交野加太郎。井太郎は右腕を捻じ上げられ、加太郎は背後で左母二郎の刃を受け止めているが既に負傷している。土田土太郎は袂から手を入れ腰に当てる恰好。駕籠には緊縛された浜路の後ろ姿】

 

山前の黒夜四凶挑戦す

 

はま路・左母二郎・井太郎・加太郎・土太郎

 

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第二十八回

 

「仇を罵て浜路節に死す族を認て忠与故を譚る」

 

【血塗れの左母二郎と浜路。間に立つ道節は抜き身の村雨を見詰めている。村雨から湧き出る雲気に龍の姿が浮かぶ。松の股から顔を覗かせる荘介。義玉が輝く描写は、忠玉との感応を示すか】

 

名刀美女の存亡忠義節操の環会

 

額蔵・はま路・道松忠与・左母二郎

 

★非常に象徴的な挿絵。まず村雨の切っ先から昇る水気に龍が描かれている。叢雲ムラクモ剣すなわち素盞鳴が八岐大蛇から取り出した神器との関係を強く主張しているようだ。また、木の股から覗く荘介の右手に輝く玉。後の決闘で道節の肩から飛び出した玉か、それとも荘介の玉が仲間に感応しているのか。時間的にズレた場面を一枚に描くは常套、かつズレた場面からの要素を持ち込むもあり得る手法。ちなみに、筆者は浜路の絵で今回が一番好きだ。別に残虐趣味があるのではない。他の絵は甘ったるい表情で何とも締まらないが、今回は決然たる気が漲り生気が横溢している。いい女の顔だ。惜しむらくは、最期の場面であること

 

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第二十九回

 

「双玉を相換て額蔵類を識る両敵に相遇て義奴怨を報ふ」

 

【暗闇で争う道節と荘介。道節は鞘のままで村雨を荘介の延髄に振り下ろす。荘介は抜き身を下から振り上げるが、道節に難なくかわされている。玉が空を走っている】

 

沽んかな草におさめる露の玉 玄同

 

額蔵・道松

 

★挿絵・口絵の中で、犬士の玉を露に喩えるものが幾つかある。草は「ソウ」であり荘介に通じる。「沽んかな」は「買わんかな」と読みそうになるが、売買とは即ち交易であるから、「沽{かえ}んかな」と読んでおく

 

【大塚家の惨劇。蟇六は踏み込んで下段から切り上げようとするが既に手負いのため、宮六に軽くかわされている。五倍二は亀篠の右肩に切り込んでいる。亀篠の着衣は雷文。初出だが晴れ着か。背介が縁の下に潜り込んでいる。襖は繋ぎ雷文】

 

隠■匿のしたに心/の悪報蟇六亀篠横死す

 

ひかみ宮六・ひき六・ぬる手五ばい二・かめさ丶・せ介

 

★天網恢々疎にして漏らさず、と言いたいところだが、流石に八犬伝は一筋縄ではいかない。天に代わって蟇六・亀篠を誅した宮六・五倍二は悪心を動機としていた。そのため荘介が偶々仇を討つことになるが、荘介は捕らわれ緊縛され責められ辱められることになって、一部読者を悦ばす

★宮六の足下に繋ぎ雷文の襖が倒れている。また、奥の襖も同文。八雲立つ蛇が暴れる背景に、雷は相応しい

 

【大塚家の惨劇続編。五倍二が、切られた頬を押さえて逃げている。荘介が刀を振り上げているが深追いする体勢ではない。宮六が足下に蹲っている。既に事切れているようだ。奥に蟇六が倒れてい繋ぎ雷文の屏風が倒れかかっている。手前に唇を噛みしめた亀篠の生首】

 

帰村の夕はからずして仇を殺す

 

亀さ丶・ひき六・宮六・額蔵・五ばい二

 

★殺戮の現場で新たな殺戮を繰り広げる荘介

 

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第三十回

 

「芳流閣上に信乃血戦す坂東河原に見八勇を顕す」

 

【芳流閣上の決闘。最上階の屋根に立ち雑兵を蹴落とす信乃。大刀は血に塗れている。最上階縁で十手を銜え帯を締め直して身拵えする現八。転がり落ちる四人の雑兵が連続写真の如し。手前の別棟屋根の鯱は生きているよう……と云うより、生きた魚が屋根に噛み付いているように見える】

 

君命によつて見八信乃を搦捕んとす

 

犬塚信乃・犬飼見八

 

★対牛楼の殺戮・円塚山の火遁と共に余りにも有名な場面。複数の雑兵が転落しているのだろうが、一人の男が落ちる様を連続写真で見せるような工夫が、動感を強調しており、秀逸

 

 

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