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八犬伝第九輯自序

 

在昔自室町氏走鹿、諸侯割据、不稟武断於幕下。大以駢呑小、強以威服弱。是以、蝸角力戦、無所不勉、狼貪蚕食、各不知厭。当是之時、田夫植矛而耕■耕のヘンに云/、山婦掛弓而紡織。人情都賢勇悍、不厚於忠孝。好名忘死、屠城薪骨、以為愉快。且也、毎莅軍陣、為勇名以知于敵、改姓異名、欲不与衆同者間有之。所謂若鵜北花氏、吉見八谷党、里見八犬士、尼子七馬九牛十勇介、大内十杉党、上杉十五山党、朝倉十八村党、及山中狼之介、野中牛助、不遑枚挙也。其名所載軍記、事実多不詳。素是史闕文歟。以類想像此、則暴虎憑河勇已矣。蓋戦国澆漓士風、武勇有余。而文学不足、徒■ニンベンに昌/異好奇、為俗如此。鳴■虎のアシが乎/、野哉野哉。文武猶花実也。未見其花、悪得其実耶。故孔子曰、有文備者、必有武備、若夫其勇有余、而一文不通、則其行侏離、譬如沐■ケモノヘンに爰/之戴■目のしたに免/、与彼楚人兇暴、又何異焉。由此思之、三綱無道乱離世、行似■ケモノヘンに竟/梟者、雖有記伝実録、而不足見矣。是吾所以作八犬伝也。然而今之所伝、非古之八犬士事也。非古之八犬士之事、猶且曰里見八犬士。其故何也。野史用心、仮彼名、而新其事。於是乎、善可以勧、悪亦足懲。果乎、君子尋文外隠微、而解悟奨導深意、婦幼代一日観場、而不覚春日秋夜之長云。因茲、刊行書賈、利市三倍、不思作者之閑与不閑、年〃徴月〃責、所彫鏤五十有余巻于此、既而至第九輯。意匠漸疲、腹稿有限。結局団円且近。抑〃童蒙等身之書、於稗史所罕、閲者僂指、可復俟輯末之出焉。

 

天保五年長月之吉題于著作堂東園菊花深処蓑笠漁隠

 

董斎盛義書

 

在りて昔、室町氏の鹿を走らせしより、諸侯割据して武断を幕下に稟けず、大は以て小を駢呑し、強は以て弱を威服す。是を以て、蝸角の力戦し勉ざる所なし。狼貪蚕食、おのおの厭{あ}きることを知らず。この時に当たりて田夫も矛を植え、しこうして耕■耕のヘンに云/し、山婦も弓を掛け、しこうして織を紡ぐ。人情、都{すべ}て勇悍を賢とし、忠孝に厚からず。名を好み死を忘れ、城を屠{ほふ}り骨を薪にし、以て愉快と為す。かつや、軍陣に莅{のぞ}むごとに勇名を以て敵に知られんが為に姓を改め名を異にして、衆と同じからざるを欲する者、間{まま}之あり。いわゆる鵜北の六花氏、吉見の八谷党、里見八犬士、尼子の七馬九牛十勇介、大内の十杉党、上杉の十五山党、朝倉の十八村党および山中狼之助野中牛助のごときは、枚挙に遑あらず。その名を載する所の軍記に事実は多く詳らかならず。もとより是、史の闕文か。類を以て此を想像すれば則ち、暴虎憑河の勇のみ。けだし戦国澆漓の士風か。武勇ありて、しこうして文学は足らず。ただ異を■ニンベンに昌/え奇を好んで俗と為すこと、かくの如し。ああ野なるかな野なるかな、文武はなお花実たるべし。いまだその花を見ず、いずくんぞその花をや。故に孔子は曰く、文備あれば必ず武備あり。もしそれ、その勇ありて一文に通ぜざれば則ち、その行いは侏離。譬えば沐■ケモノヘンに爰/の■目のしたに免/を戴くがごとし。かの楚人の兇暴と与し、また何ぞ異なるか。此によりて之を思えば、三綱に無き乱離の世。行いは、■ケモノヘンに竟/梟に似たる者は、記伝実録にあるといえども、しかれども見るに足らざるなり。是、吾が八犬伝を作る所以なり。しかして、しこうして、今の伝わる所は、古の八犬士の事にはあらず。古の八犬士の事にあらずして、なおかつ里見の八犬士と曰{い}う。その故は何ぞや。野史の用心に彼の名を仮{か}りて、しこうして、その事を新たにす。是においてか、善を以て勧むべく悪もまた懲らすに足る。果たせるかな、君子は文外の隠微を尋ねて、しこうして奨導の深意を解悟し、婦幼は一日の観場に代えて、しこうして春の日秋の夜の長きを覚えず。よりて茲に刊行の書賈は利を市に三倍す。作者の閑と閑ならざるとを思えば年〃徴して月〃責めらる。彫鏤する所、此に五十有余巻たり。既にして第九輯に至れり。意匠は漸く疲れて、腹稿に限りあり。結局団円は、まさに近づかんとす。そもそも童蒙等身の書、稗史においては罕なる所なり。閲する者は指を僂えて復た輯末の出るを俟つべし。

 

天保五年長月之吉著作堂東園の菊花深き処に題す蓑笠漁隠

 

董斎盛義書く

 

 

佐渡相川人、石井夏海氏者、予故人也。山海隔絶、不相見二十有余年于此。客歳偶々有鴻翅。其書曰、貴著八犬伝一書、新奇絶妙、世人所知、我孤島亦年年流布、雖老圃■舟に肖/公樵夫鉱匠、而未閲為羞、如僕秉燭不知飽、愛玩与米石一般、因而為庶幾附驥之僥幸、呈閲賤咏二三(長歌一反歌三、)伏乞賜筆削、見許載諸後輯、則生平望足矣、於戯旧故情願不可辞、然若其長歌、無余楮可録、即取二三短歌、以附載焉。歌曰、

 

家くにの盾にやたりのすぐれ人夜をもるのみの門のいぬかは

 

いにしへの犬のはなひし糸ならむ筆もて綾につづる君かな

 

こがねなす君がことの葉なほみまく穴めでたしとほりす佐渡人

 

右夏海氏所咏、其第二歌、則取今昔物語載白犬呑繭而鼻中吐糸故事(与本伝第七輯目録欄内所図蚕繭紙糊狗即同意)

 

蓑笠陳人又識

 

佐渡相川の人、石井夏海氏は予が故人なり。山海隔絶して此に二十有余年、相見{まみ}えず。客る歳、たまたま鴻翅にその書ありて曰く、貴著の八犬伝一書は新奇にして絶妙たること世人の知る所たり。我が孤島にもまた年年流布す。老圃■舟に肖/公樵夫鉱匠といえども、いまだ閲せざるを羞とす。僕がごときも燭を秉りて飽くことを知らず。愛玩すること米石と一般なり。よりて、しこうして、附驥の僥幸を庶幾{こいねが}う為に、賤咏二三(長歌一反歌三)を閲に呈す。伏して乞う、筆削を賜え。諸を後輯に載するを許さるるときは則ち、生平の望み足る。戯れに旧故の情願を辞すべからず。しかれども、その長歌のごときは余楮に録すべきなくんば即ち、二三の短歌を取りて以て載に付せよ。歌に曰く、

 

家邦の盾に八人の優れ人夜を衛るのみの門の犬かは

 

古の犬の鼻びし糸ならむ筆もて綾に綴る君かな

 

黄金なす君が言の葉なほ見まく穴愛でたしと掘りす佐渡人

 

右夏海氏の咏ずる所その第二歌は則ち今昔物語に載す白犬が繭を呑みて鼻中に糸を吐く故事を取る(本伝第七輯目録欄内、蚕繭紙に糊にて図く所の狗と即ち同意なり)

 

蓑笠陳人又識

 

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八犬伝第九輯口絵

 

【画面右で上下姿の親兵衛が梅模様の碁盤を振り上げ砥時願八と平田張盆作を膝下に抑え付けている。親兵衛の紋は「梧」字か。画面左では蟇田素藤が銃身の短い鉄砲を構えている。紋は四つ花菱。袴の模様は椿。香炉を持った妙椿が座って振り返る。香炉から立ち上る煙の中に武者の一隊。絵の周りは右が桜、左は未詳】

 

神童甫九歳筋力捷成人不羨甘羅敏勇且唯得仁 著作堂

 

神童はじめの九歳、筋力は成人に捷る。甘羅の敏を羨まず。勇にして且つ唯仁を得る

 

犬江親兵衛仁いぬえしんひやうまさし・砥時願八業当とときぐはんはちなりまさ・平田張盆作与冬へたはりぼんさくともふゆ

 

しら波のよるへの礒にかひハあれとみるもあやふきあまのおとなひ雷水

 

八百比丘尼妙椿はつひやくびくにミやうちん・蟇田権頭素藤ひきたごんのかミもとふじ

 

★甘羅は、史記巻七十一樗里子甘茂列伝に登場する。因みに樗里子は秦の恵王の弟で、「滑稽多智」の人であった。人は彼を「智嚢」と呼んだ。軍事的才能があったらしく、幾度かの戦いに勲功を上げている。次代の武王の時、甘茂と共に左右丞相となった。さて甘茂は下蔡の人で学問を修めて恵王に仕えた。左丞相となるが、昭王の時、讒により罪を得て亡命した。優れた人物であったため秦も呼び戻そうとしたが、優れすぎて亡命先の国に「秦の丞相に返り咲かれては迷惑」と妨げられた。結局、魏で客死した。此の甘茂の孫が甘羅である。甘羅は甘茂亡き後、十二歳にして秦の丞相・文信呂不韋に仕えた。王は政、後の始皇帝の代になっていた。甘羅は自ら志願して趙への使者たらんと言う。丞相らは反対したが、甘羅は頑として使者になるという。秦王政も許し、甘羅は趙へ赴いて、忽ちにして五城を割譲させた。条件は秦に燕からの人質を帰させることであった。契約は成り、友好関係にあった秦と燕は袂を分かつ。秦の支援を失った燕を趙は攻略し三十城を得て、うち十一城を秦に渡した。甘羅は上卿に列せられ、祖父・甘茂の田宅を賜った。十二歳で戦国の世の外交に成果を上げた甘羅を「羨まず」すなわち嫉妬しない仁は、それ以上の敏才を持っている……が、まぁ、司馬遷は史家だから残っている史料以上の事は口に出せないものの、「甘羅年少然出一奇計声称後世雖非篤行之君子然亦戦国之策士也」とか何とか、グズグズ言っている。私家版口語訳をするならば、「黒幕は呂不韋か始皇本人か。既に強大となった秦と敵対するより、自分より弱い燕を趙が攻めたくなる気持ちを利用しやがったな。まず五城、成功報酬として十一城、合わせて十六城を秦は座して手に入れた。趙は差し引き十四城の増。差は広がったわけだ。恐らく趙は、地理上不利になる城を割譲してはいないだろうが、規模や収穫で極端に劣る城のみ渡して超大国・秦の怨みを買う愚は犯すまい。結局、秦が一番得をしたことになるが、んなもん、誰だって思い付く。要は、秦が燕との盟約を破棄するイーワケが欲しかったからこそ、君子たることを要請されない十二歳のガキを引っ張り出したんだろうが。生意気盛りのガキに、さりげなく入れ智恵しといて、表向きは軽く反対する。ムキになって凝り固まったら、自分で思い付いたように信じ込むだろうし、使者に行ってカマをかけられても一途に言い募るだけで、背景までは察知されまい。勿論、甘羅の祖父・甘茂の声望あってこそだろうが。あぁあ、大人って、ヤだねぇ」ほどになろうか。こんなの羨んだら、少なくとも江戸庶民には、嗤い物にされたのではないか 

★試記:白波の寄る辺の磯に貝はあれど、見るも危うきアマの訪ひ/盗人を意味する白波から海の歌にしつつ、アマは海女だが尼にかける

★親兵衛の紋が「梧」とすれば、例えば梧が別名「■キヘンに親/」であることに関わるか。親兵衛だから、親の木。但し、「■キヘンに親/」には「棺」の意味もある。まだ「杣」を紋にすることが定着していなかったのだろう。「梧」は桐の一種なので、配偶する信乃が桐紋であることに関わるか

 

【画面右に里見義成が立ち振り返っている。着衣模様は見えにくいが、雲と牡丹唐草のようだ。牡丹は龍の胴状のもので囲まれている。七曜紋も散らす。脇に控えた杉倉直元が御幣を持っている。画面左に座位で雲に乗る天女形の伏姫。ティアラ様の冠は蛇か。裾の模様は龍。脇に白犬が立っている。東辰相が三宝に徳利二つを載せて座っている。絵の周りは右が瓢箪。左は玉】

 

創業尚義守文弥賢富有房総九世延延 ■頼の下に鳥/斎散仙

 

創業の義を尚{たつと}び文を守りて弥{いよいよ}賢、富を房総に有{たもち}て九世延々たり

 

里見義成朝臣さとミよしなりあそん・杉倉武者助直元すぎくらむしやのすけなほもと

 

花さかぬみやまかくれの姫ゆりのくしたまは世にあらはれにけり 玄同

 

伏姫神霊ふせひめのくしたま・東六郎辰相とうのろくらうときすけ

 

★試記:花咲かぬ深山隠れの姫百合の、奇し霊は世に顕れにけり

★伏姫が龍模様の衣を纏い蛇冠を着けている。物語後半になって、何やら当たり前な顔で重臣となっている東辰相。「辰」がポイントだろうが、あまりに唐突

 

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第九十二回

 

「二犬路を分ちて一犬を資く孤忠■カネヘンに鹿そ下レンガ/に携りて衆悪を訟ふ」

 

【馬に乗って逃げる仁田山晋五を追って、荘介が倒れた越杉駱三一峯の脇を駆け抜ける。向こうで小文吾が竃門鍋介既済を槍で突き殺している】

 

畔を隔て二犬士奸党を鋤く

 

荘介・かずを・やすなり・小文吾・しん五

 

【画面奥で毛野が縁連に太刀を浴びせている。槍を手にした鰐崎悪四郎猛虎が雑兵四人ばかり連れ、駆け付けようとしている】

 

縁連を斬て毛野又猛虎と戦ふ

 

毛野・よりつら・たけとら

 

【五十子城内。上下姿の河鯉守如が扇谷上杉定正が乗る馬の手綱を押さえている。定正は守如に鞭を振り上げる。五人の兵が見守っている。兵の一人が背に差す旗は五輪塔。嘗て金碗八郎も用いていた。別の一人が「末広」。末広仁本太か】

 

定正怒て守如を鞭つ

 

定正・もりゆき

 

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第九十三回

 

「轎に坐して守如主を救ふ川を隔て孝嗣志を演ぶ」

 

【品川の原。手前で現八が地上織平を槍で突いている。大角は末広仁本太の首を落としている。織平の脇に生首二つ転がる。追う雑兵二人、逃げる雑兵一人。画面奥では馬に鞭を当て逃げる定正。弓を握り締めて追う道節。定正の兜に矢が当たって飛んでいる。二階堂高四郎、三浦三佐吉郎が徒で従っている】

 

現八大角双で大敵を破る

 

現八・大角・仁本太・おり平

 

品革の原に道節定正を■ソウニョウに干/ふ

 

道節・みさきち郎・高四郎・定正

 

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第九十四回

 

「高畷の板橋に道節戦馬を放つ五十子の城に信乃姓名を留む」

 

【川を挟んで対峙する道節と河鯉孝嗣。道節に押しのけられた毛野が孝嗣を睨んでいる。孝嗣が牽く馬は黒駒。晋五のものか。轎子の脇に「河鯉権佐守如」の幟。控える兵らの表情が何処か悲しげ】

 

忠孝を感賞して二犬士孝嗣を諭

 

毛野・道節・たかつぐ

 

【五十子城内。逃げる毛深い守門頭人の背後から太刀を浴びせる信乃。陣笠に「扇」。続く兵の指物は半ば開いた扇と「万歳」。手前で建物が燃えている】

 

信乃計五十子の城を火攻す

 

守門頭人・信乃

 

★守如が定正を諫めた場面と建物細部など違う部分が多いものの、構図/配置と松が似ている。此の挿絵を見て、守如諫止を読者に強く想起せしめ「打って出ては危険」との言葉が正当化される仕掛けか

 

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第九十五回

 

「頭鎧を梟て忠与凱旋す鼓盆の悼み定正過を知る」

 

【高畷の浜。梟首の如く扇谷上杉定正の兜を曝し、其の前で仁田山晋五の首を刎ねる道節。ほかに生首五つ転がる。信乃・大角・荘介・小文吾が見守っている。現八は余所見しているが、優しい性格ではないので単に背後を警戒しているだけか】

 

晋五を誅して七犬士倶に帰帆す

 

大角・荘介・現八・信乃・小文吾・道節・しん五・扇谷定正

 

★仁田山は上野にある山で、京都から来た姫君が、京都で見た山に似ていると云ったため、名付けられたという。似た山、らしい。似ているとは、本物でないとの謂いだ。偽物である。実在の仁田山氏には、里見家の庶流もある。また、仁田山木綿なる繊維が八犬伝に登場する。第五十二回で鴎尻並四郎の単衣になっていた。しかし此れは偽物ではないだろう。同じく仁田山絹とか仁田山紬なる製品は中世に生産され始めたらしく、現在でも流通している。桐生産の絹織物で高級品だ。仁田山木綿も、桐生産の木綿織物であっただろう。但し、八犬伝時代に、近世で謂う所の木綿があったかと云えば、筆者は否定的である。繰り返すようだが、八犬伝を読む上で厳密な時代考証は必要ない。ただ解釈に当たって、馬琴時代以降のものを使用せねば良いだけだ。

仁田山絹は偽絹ではないが、仁田山晋五は、【偽物】と云えるかもしれない。道節に殺される理由は、道節の愛する忠僕十条力二郎・尺八郎兄弟を討つは仕方ないとしても、二人の首を荘介・信乃と偽り恩賞に与ったためである。本来なら道節ではなく、大石家が処断すべき者だ。本来なら、道節に晋五を刑戮する権限はない。私刑である。若しくは、虚偽の罪を天に代わって断罪していることになる。

上述した如く、仁田山氏は里見家の分家である。しかし晋五の行動を見る限り、里見季基・義実・義成とは全く違う。血筋が近く里見家庶流とはいえ、里見家とは思いたくない。謂わば、偽里見である。此の挿絵で晋五の着衣は雲模様であり、袴は牡丹唐草だ。本輯口絵に載す里見義成のものと類似している。挿絵に於いて、雲模様は登場人物の着衣に頻用されているが、牡丹は違う。しかしキャラクターとして晋五に義成との類似点は、家系と男性で武士である点を除き、全くない。仁田山晋五は、ただ単に「偽物」なんである。誰の偽物、というのではなく、とにかく「偽物」だ。仁田山は、京から見える山に似ているというだけで、似た山/仁田山と名付けられたという。そんな仁田山の、義成の偽物でもある晋五であるから、彼は万能の偽物だ。とにかく、何かの偽物/代理になる、ジョーカーの如き存在だ。

とくかく「偽物」である仁田山晋五は、本来なら権限のない道節により、理不尽に殺された。彼本人にとっては理不尽であっても、道節は大真面目だ。既に道節は、射落とした兜を定正の首級に見立てた。兜が生首の「代理」である。其の兜の前で刑戮する以上、晋五は定正の代理/偽物としての機能を持たされているだろう。道節は、定正の首を打ち落とすとき掌に感ずるであろう手応えを、欲しがったのだ。則ち、力二郎・尺八郎を荘介・信乃と偽り梟首した晋五を、道節は、定正だと自らの心に偽り、梟首したと思しい。道節には既に偽首を掴まされた経験もあった。巨田助友の計略にかかり、本物の定正だと信じて影武者の首を掻いた。此れも一種の偽首だろう

 

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第九十六回

 

「管領讒を容れて良臣を疑ふ郷士義に仗て大敵を俟つ」

 

【氷垣邸。座敷で大角・荘介・信乃・道節・毛野・小文吾・現八が円座して夏行と語り合っている。有種は次の間に控えている。重戸が塗り物の台に載せた三つ重ねの杯を座敷に運んでいる】

 

百金の餽遺道節土兵に酬ふ

 

ありたね・おも戸・大角・荘介・なつゆき・道節・信乃・現八・毛野・小文吾

 

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第九十七回

 

「良将征せずして地を二総に広くす兇賊心なくして自積悪を訴ふ」

 

【滝田城内。上座に里見義実と太刀持ちの小姓。小姓の紋は熨斗もしくは分銅熨斗。長禄三年、義実が引退を宣言する場。既に東辰相・荒川清澄がいる。辰相の紋は七曜、清澄は四つ花菱のよう】

 

この処第二輯に見えたる伏姫自殺の明年長禄三年の談也

 

功臣を集めて義実意見を示す

 

東の六郎・堀内貞行・あら川清すみ・杉倉氏元・よしさね

 

★東氏は千葉一族であるため宿曜紋は適切。小姓の紋には注目しておきたい

 

【祇園祭。高梨左衛門尉職徳が但鳥跖六業因を捕らえる場面。業因は皮付きの棒を揮って抵抗している手下が三人すでに捕らえられている。道行く人が驚いて見ている。画面奥に山車】

 

高梨職徳市に但鳥業因■テヘンに南/捕ふ

 

もとのり・なりより

 

八まん山・をぐら山・黒主山

 

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第九十八回

 

「盗人の従者偸走りて盗に戮さる賊巣に宿りて強人難を免る」

 

【宿屋。雲と雷模様の着物を纏った卒八が塀を乗り越え逃げようとしている。蟇田素藤が腕をさすって睨み付けている。着衣は井桁模様。傍らの女が驚いて座っている。脇に三味線、背後には盆に載せた深鉢。廊下を歩く女が山盛りの荷物を背負っている。客のものを運ぶ女中か】

 

赤阪の客店に素藤卒八を逐ふ

 

もとふぢ・そつ八

 

【山の廃寺。擦れた畳の上で平田張盆作与冬・礪時願八業当・桁渡旋風二郎・井栗苛九郎が酒盛り。茶釜様のもので燗をつけている。壁に槍が掛かっている。隣の間から蟇田素藤が聞き耳を立てる。蛸が鍋から顔を覗かせている。部屋の隅に時計】

 

紙戸を隔て素藤夜旧党の密談を偸聞す

 

ぼん作・ぐはん八・つむ二郎・いら九郎・もとふぢ

 

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第九十九回

 

「素藤鬼語を聴て黄金水を施す遠親邪説に惑て館山城を閙す」

 

【館山城。小鞠谷主馬助如満の首を槍に刺し貫き縁に立つ素藤。櫂や鎌・鍬を持った農民が周りを固める。庭に跪く浅木碗九郎嘉倶・奥利本膳盛衡と兵たち】

 

素藤巧に館山の城を奪ふ

 

わん九郎・ほん膳・もとふぢ・とほちか首級

 

★下総国館山の小鞠谷主馬助如満は暗愚であり、滅びる運命にあった。天命である。其処に素藤が介入した原因は、疾病治癒の徳に依る。如満を滅ぼす所までが、素藤の天命と考えるべきだろう。疾病治癒の徳は、玉面嬢が治療法を語っているのを盗み聞いたことによる。玉面嬢が故意に聞かせ館山を奪わせ、以て里見家に仇做す足掛かりを得ようとした、とまでは考え難い。当初は安房の旧名家である神余・安西・麻呂氏を保護するなど、徳治を目指した。しかし上辺だけの徳治であったため、すぐに底が割れて、素藤は暗愚に陥った。玉面嬢に付け込まれ、悪の深みに填っていった。悪事を思い付いても、実現する能力がなければ大人しくする場合もあろうけれども、超常の力を与えられ、素藤は驕り恣意に走った。民衆の期待を集め奉戴された素藤ではあるが、期待を踏みにじり民衆を圧搾した。数の力/民主主義的手続きによって恐怖独裁が実現した例は、近代史に於いても枚挙に遑がない

 

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第百回

 

「旧党招に応じて土民益憂ふ返魂術を異にして美人弥奇なり」

 

【館山城内。椿模様の着衣を纏った素藤が、しどけなく杯を傾けている。傍らに朝顔・夕顔が侍る。二人を含めて七人の女性がいるが、眉のない既婚らしい者が鼓を打っている。着衣は黒く紋は蝶らしい。画面左上に麻墓愚助が血を流して倒れ、傍らに刀を提げた願八が立っている。盆作が書状を読んでいる】

 

浮雲の富素藤酒色に耽る

 

もとふぢ・あさかほ・夕かほ

 

願八盆作剪徑して旧好の書を得たり

 

ぐわん八・ぐすけ・ぼん作

 

★筆者は此れまでに、蝶を特殊な表徴、冥界の扉が開いたとき彷徨い出てくるものだと規定した。挿絵では鼓を打つ女性の着衣が黒く蝶紋を付けている。素藤に侍る朝顔・夕顔が程なく死に、玉面嬢妙椿が現れる

 

【館山城内、夜の一室。香から立ち上る煙の中に美しい姫の姿。着衣の模様は、千鳥・松・干網で浜を描いている。浜路姫である表現。素藤は訝しく凝視し、妙椿はほくそ笑んでいる】

 

妙椿夜返魂香を焼く

 

もとふぢ・妙ちん

 

★浜路の纏う着衣に千鳥・松・干網を描き【浜】を表現している。云うまでもなく「浜路」であることを示す仕掛けだが、「網干」が「浜{路}」の縁語であることが確認できる。また、前の挿絵に描かれた蝶紋の女性は、妙椿が冥界の景色を見せる返魂香を使う話に接続できよう

 

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第百一回

 

「老尼計を薦て旧祠新に葺る逆将人を樹にして公子衛を喪ふ」

 

【諏訪社頭。里見義通を脇に抱えた素藤が刀を振り上げ里見勢を切り払っている。大木の虚から蟇田勢が鉄砲を撃ち出し、田税逸友が凶弾に倒れる。上下姿で防御が脆弱な里見家近臣が次々に倒されていく。無念らしく刀を地に衝き崩れ落ちる浦安兵衛乗勝・小森衛門篤宗】

 

素藤諏訪の神社に義通を擒にす

 

ぐわん八ぼん作がある処左とおなじからずしかれども別に図しがたきゆゑに左に出せり

 

ぼん作・ぐわん八・よしミちきミ・もとふぢ・のりかつ・あつむね・かげよし・ほんぜん

 

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第百二回

 

「伏姫霊を顕して敗損を補ふ義成兵を制めて家訓を聴く」

 

【稲村へ義通遭難の注進に赴く梶野葉門と宇佐神主。少女が斑の子犬を抱いて振り返る。着衣模様は陰陽の三星。傍らの木には人の生首が鈴生り】

 

両社の神主路に怪異に遇ふ

 

葉門・宇佐の神主

 

★本文に拠れば、少女は「年十一二」であった。少女を伏姫と見れば、抱かれている子犬は八房であろう。そもそも第八回で八房が里見家に引き取られたとき、伏姫は十一二歳であった。伏姫と八房は、出逢った頃に立ち戻り、遣り直そうとしているのだ。八房は生後間もなく母を殺された。このため、玉梓怨念の纏わり付いた玉面嬢に乳を与えられることになった。玉面嬢は、八房の乳母もしくは義母または継母である。折しも玉面嬢妙椿は、里見家に仇做していた。戦うに当たって、玉面嬢と八房を義絶せねばならぬ。そのため伏姫は十一二歳の頃に逆行し、生まれたての八房を奪取して、自ら育てなければならぬ。八房ならぬ房八が憑依したため犬士となった親兵衛が、やはり伏姫に育てられており、直後の第百三回、突如として再登場する。既に田税/手力男が彷徨いており、物語に陽の兆しが見え始める

 

【下総国館山城の攻防。俄作りの矢倉の柱に義通が縛り付けられている。願八・盆作が左右から義実を嬲っている。城外には里見勢。馬に乗った総大将の義成が辱められる息子を見上げている。小森但一郎高宗の指物は「正八幡宮」。里見勢の指物は他に、陰陽、そして判然とせぬが菊紋らしきものも。画面右上に小さく馬を走らせる東辰相の別画】

 

ひくやいかに妻恋ふ雉子にあつさ弓子ゆゑによるのさわはたつとも

 

このところの本もんは本巻十九ちやうの右に見えたり

 

よしなり・友かつ・たかむね・ぐはん八・よしミち・ぼん作

 

ときすけ一騎からめてよりはしり来

 

辰相

 

★試記:ひくや如何に、妻恋ふ雉子に梓弓、子故に夜の沢は立つとも/「ひく」は「引く」とすれば、雉が子を思って鳴いた故に所在を知った射手に、子を思って鳴く雉に弓を引けるかと問いかけることになる。しかし、歌は其処に留まらず、「退く」ともなって、子/義通の命が惜しければ兵を退け、と里見軍を脅す意味が浮かび上がってくる。雉は子供思いである、とは前出

 

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第百三回

 

「里見源老公富山に亡女を弔ふ犬江親兵衛高峯に勍寇を拉ぐ」

 

【富山。犬江親兵衛が椿村墜八の帯を掴んで高く差し上げている。親兵衛の左手首を安西出来介が掴み斬り掛かろうとしている。竹槍を手にした麻呂復五郎は既に屁垂張り天津草四郎は転倒。独り荒磯南弥六のみ竹槍を扱いて親兵衛と対峙。松のもと里見義実が腕組みして親兵衛を見守る。雷文の着衣に雲模様の袴】

 

神童再出世して厄に老侯に謁す

 

出来介・おち八・また五郎・しん兵衛・よしさね・くさ四郎

 

なミ六

 

 
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