◆七星如意輪曼荼羅図および北辰北斗に関する補説
 
 訶梨帝母は毛野だとして、字面の印象だけで仮に、あくまで仮に七犬士を北斗七星に配当すれば、「文曲」は賢そうで勉強家の信乃、「廉貞」は深窓の令嬢タイプの信乃か荘助だろうから荘助、「武曲」は二階松山城介高弟の現八、飛ばして「貪狼」はイメージからして道節、「巨門」は小文吾、「禄存」は「禄が存する」ので家産を継承した小文吾か大角だから大角。すると「破軍」は消去法で、親兵衛か。因みに、「北斗七星念誦儀軌」には、
 
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北斗七星念誦儀軌
南天竺国三蔵金剛智訳
爾時如来為来世薄福一切衆生故。説真言教法。時一切日月星宿皆悉雲集前後囲繞。異口同音白言唯願如来而為我等説於神呪于時。世尊説八星呪言。
●(口ヘンに奄)颯●(足に多)而曩野伴惹密惹野染普他摩娑●(口ヘンに縛)(二合)弭曩●(口ヘンに羅)乞山(二合)娑●(口ヘンに縛)都莎呵
其印明出金剛頂経七星品
仏告貪狼破軍等言若有善男子善女人受持是神呪擁護否。于時八女白世尊言若有人毎日誦此神呪。決定罪業皆悉除滅成就一切願求設復有人若能毎日誦此神呪一百八遍即得自身一切眷属擁護。若能誦五百遍大威神力五百由旬内。普皆囲繞一切魔王及緒魔衆一切障者無量悪鬼不敢親近常当擁護。北斗八女一切日月星宿緒天龍薬叉能作障難者一時断壊若人欲供養者先発抜濟再心於清浄寂静之処以香華飲食供養持念神呪結印契如是供養時八女及一切眷属現身随意奉仕成就無量願求惹位即得何況世間少少官位栄耀若求寿命削定業籍還付生籍若諸国王王子大臣後宮等於自宮中作曼荼羅如法護摩礼拝供養。北斗八女大歓喜故久居勝位恒常安楽百官上下和穆不行非法人民熾盛稼穡豊饒国土安寧無有災難不現異怪疫病死亡不起境内怨敵群賊自然退散故以是法甚為秘密不信者及無智人中勿妄宣伝無智人不分明心故不得法意生疑謗雖無智人金剛生金剛子等常誦持仏眼母明者富宣伝金剛子雖無智不生疑謗故成就法行者雖楽世間楽深廻向無上正等菩提。
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 「北斗」を「八女」と表現する如く、北斗は八星である。犬士は純陽であるが、さて、曼陀羅でも地図でも、地上の図と天球図は逆に描く。天と地では逆転するのだ。天で女であれば、即ち地では男。そんな関数が働いているのかもしれない。また、「星祀る者」で触れた如く、「仏説北斗七星延命経」に載す北斗の図では、七星と輔星を分けている。「北斗七星」は皆、女の子として描かれている。勺を手にした愛らしい女の子が仲睦まじく七人、並んでいる図だ。輔星のみ男性として描かれている。天と地で性が逆転するならば、〈八犬士のうち女性は一人〉となる。一人とは、勿論、毛野だ。ただ、どうも各種の書を読むと、北斗七星への理解はブレながらも一纏まりになっているが、それと北辰/北極星を組み合わせるか、輔星を配偶するかは、混乱しており一定ではない。混じり合っているのだ。だから各種の説を脳内に取り込んでしまった馬琴を含む個々人のイメージは、恐らく混淆したものであったろう。北斗に就いて考証せよと云われたら、そりゃぁ無理してでも峻別して語ってしまうだろうが、創作の中に投影するには、混淆していた方が、豊かで面白かろう。此処では差し当たって、両者を無理に腑分けするよりも、混淆したままの漠然とした概念として理解しておこう。
 また、「白宝口抄」には、「口云妙見者武曲星傍輔星是也此輔星為諸星母出生北斗等故道場観以北斗七星為眷属也」とあり、妙見は輔星であり(北辰/北極星だとの説も博く行われた)、諸星の母だと説く。星を仏と読み替えれば、妙見は仏母となる。文殊、智恵の菩薩だ。毛野が似合う。因みに、馬琴が書いた豊後・両子山縁起(小説ではなく寺の由緒書)には、「中山の冠首なる両子寺の境内に北斗峰といふ高峰あり。是も亦その余波といへり(北辰は北極也北斗は七星也)」との認識が示されている。
 また更に、同じく「白宝口抄」に、
 
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十巻抄云本朝古図妙見形像非一途印相不同但霊厳寺本等身本像左手当心持如意宝右手作与願大底同吉祥天女像又尊星王軌説様々可見彼文云々尊星王軌云当中央画大月輪中画菩薩像左手持蓮花蓮花上作北斗七星形右手作説法印五指並向上以大指捻頭指頭側掌向外天衣瓔珞荘其身五色雲中結跏趺座又画七小月輪北斗七星神形為内院衆面南画貪狼星(小赤黒色左手持日)西画巨文星(身面少白黄色右手持月)西北禄存星小赤青色左手持火珠珠火焔起次北方月輪画文曲星面色小青黒色左手掌向外五指垂舌掌中流出水水流下形東北月輪画廉貞星身面黄色右手持玉衡東方月輪画或曲星色小青色右手持柳枝次東南月輪画破軍星其色小白赤色右手持刀是諸星皆作薬叉形頭髪赤色天冠瓔珞荘厳其身菩薩像前置輪宝形次外院東方寅位画甲寅将軍寅頭人身右手持棒次卯位画丁卯従髪兎頭人身左手持棒次辰位甲辰将軍龍頭人身手持鉄鎚次巳位丁巳従髪蛇頭人身持戟次午位甲午将軍馬頭人身持戟次未位丁未従神羊頭人身持槌次甲将軍猴頭人身持刀次酉位丁酉従神鶏頭人身持刀次戊位甲戊(ママ)将軍狗頭人身持槌次亥位丁丑従神牛頭人身持槌此諸神等着天衣瓔珞座盤石上四維四門以星為界四維空処応画花瓶応以其像懸北壁上
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とある。貪狼は、「小赤黒色左手持日」で陰の火気、道節か。巨門は、「身面少白黄色右手持月」だから金気にも思えるけれども、月/太陰を持つことから水気とも考えられる。巨漢の小文吾か。禄存は、「小赤青色左手持火珠珠火焔起」で火気の大角か。文曲は、「面色小青黒色左手掌向外五指垂舌掌中流出水水流下形」とあるので、順下する徳・孝の信乃か。廉貞は、「身面黄色右手持玉衡」だが、玉兎邂逅を予言された荘助か。武曲は、「色小青色右手持柳枝」だから、柳生流の極意「剣術の極意は風の柳の形」(第三輯口絵)とある如く、現八か。破軍は、「其色小白赤色右手持刀」とあるので、ふと村雨を持つ信乃と言いたい所だが、里見家から唯一、銘刀を授かる親兵衛か。字面のみの推測と一致する。但し、同じく「白宝口抄」には、
 
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問北斗七星者日月五星野精也嚢括七曜云々其配当如何 答第一貪狼星日精第二巨門星月精第三禄存星火精第四文曲星水精第五廉貞星土精第六武曲星木精第七破軍星金精也是依北斗七星最極秘要護摩次第説也大集経貪(日)巨(月)禄(火)文(水)廉(木)武(金)破(土)也瑞祥志七曜賛云大陽亦名破軍星(日曜)大陰亦名貪狼星(月曜)栄惑亦名武曲星(火曜)辰星亦名廉貞星(水曜)歳星亦名巨門星(木曜)大白亦名禄存星(金曜)鎮星亦名文曲星(土曜)云々
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ともあり、筆者の推測と齟齬する。が、此の部分だけでも複数の説が挙げられており、巧く五行に配当できていない。断定できていないのだ。故に、筆者の推測に対する有効な反論とはなり得ない。そして「白宝口抄」には少し空けて続き、
 
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北斗延命功徳経云……中略……或云一貪狼星(大白衣千手観音又聖観音)二寅方巨門星(馬頭観音)三丑方禄存星(不空羂索観音)四子方廉貞星(水面観音又沙弥大王)五亥方武曲星(阿●/口に魯:利迦観音)六戌方文曲星(十一面観音)七頂上虚空中間破軍星(虚空蔵)已上類秘鈔説也恵什抄叶之凡諸宿中以上観音為本主観自在普賢色身三昧也経云無利不現身云々恵什云妙見者観自在異名也妙観察智義也
小野僧正抄云問云北斗七星者即妙見菩薩大集具説云々今私記文者仙人語也 答北斗是文殊師利菩薩異名也豈不審耶
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 北斗の正体は、観音だと云う。また、妙見菩薩は、観音の「妙観察智」、智の部分を切り取ったものであり、妙見は智恵の菩薩・文殊だとも述べている。故に文殊は、観音とイコールではない。観音の智恵の部分を切り取った者/妙見と、似たような者に過ぎない。共通する部分はあるものの、置換可能ではない。……やはり、妙見は、毛野らしい。因みに公正を期すために付け加えると、「秘密抄云北斗法以八字文殊為本尊云々私云醍醐伝云北斗●●●以八字文殊為中尊又破諸宿曜真言即八字文殊言也」ともある。即ち、八字文殊曼陀羅は、北斗を祀る折の本尊としても使われる。偶然ではあろうが、八犬伝の影に「八字文殊曼陀羅」の臭いを嗅ぎつけた高田氏の慧眼には、敬服する。
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