◆「竹箆太郎怪談記」抄要約

一ツ目

土佐国主・土岐式部太夫の一周忌法事。場所は真言宗・禅宗兼学の寺だが、弁天堂もある。まだ姫が来ていない。家老・大学の妻・橋立が気を揉んでいると、家中の伊南曽平次が重臣である浦部大膳と一緒に来るのだろうと応える。もう一人の家臣は井口丹三(井丹三ではない)。橋立の兄で家老の畑二郎左衛門妻・岡園も来る。読経の声。橋立は法事が始まったかと驚くが、禅問答だった。

坊主「とろけんくわんちやふろほうふぺんくわいかん」

禅性院(住持)「けんけらひやうたんだぶりきう」

坊主「ちやりくりすてれんきう」

禅性院「とふりくわんくわん」

坊主「たみらふ」

禅性院「くわつくわ」払子で叩く

坊主「ほうほう」元の坐並に這入と又鳴物なる

橋立「何と難しい事じやぞへ」

岡園「さればいな」

曽平治「根つから合点が行ぬのふ」

丹三「気違ひが蜂に刺丶れた様な物じや」

不適切な語彙も混じってはいるが原作の芸術性を尊重してオリジナルの侭としました。此処で禅性院が法事の次第を説明する。まず禅宗で行い、次いで真言宗で。平行して弁才天でも行うが、神の忌穢があるので、法事に関わる僧侶が行うと不都合、弁天への供物などは寺の小姓が執り行う。

岡園「夫は御苦労な義で御座り升」

禅性院「イヤもふ商売じやと思へばこそ勤られた物なれ坊主より日用が増でござり升」

岡園「又例の軽口をおしやるか」

禅性院「イヤイヤ軽口もとんと無ひに依て借金の出来ぬ様に精出し升が扨御家からは代々知行を下されて此様に祈祷を致しまする。効と思ふて御座るも正直成。又年忌でもしかつべらしう仏に罷致すと云顔で、うにやうにやを云ふて金を取も良ふ思へば、益体もない商売じやて」

橋立「其様に胴切つてござるお心ゆへ、お弔ひが未来へも届き升るで御座り升」

禅性院「なんのい胴切るの胴切らぬと云ふて茹蓮では有まいし良ふ思ふても御覧じ、愚僧じやて人じやて丶仏に成事やら成らぬ事やら知りもせいでイヤ尻もせいでとは、小性の傍で差し合じやハ丶丶丶丶丶」

金治郎・喜十郎・弁弥・山三郎(寺小姓)「何をおつしやり升るやら」

曽平治「兎角お気が軽ふて良ふござり升。併し禅宗計成ば良けれど真言と禅との打混は事が多くて面倒で御座り升せふ」

禅性院「イヤ面倒な替りに、夫、そこにおる様な夜食が叶ひ升る。此四国には弘法大師と云ふ軍者が建置れた寺じやによつて、あんな物も不自由のない様にして置れ升たてや。爰を思へば真言の祖師はきつい好で赦した物か。達磨大師は九年の座禅に尻が腐つたに依て我身に倦んじ果て丶若衆も止められたと見へ升てや」

曽平治「はて訳もない」

禅性院・曽平治「ハ丶丶丶丶丶丶」

ここで橋立が、弁天に衣装を持ち出す。未婚の女性が自分の寸法に合わせて自分で縫った衣装を奉納すれば、良縁に恵まれるとの俗信があるという設定。いきなり井口丹三が、家中の乱れを口走る。主君の先妻が亡くなり、後妻に鉄輪御前が入る。十三年前、惣領・緑之助が四歳の時、家老の鞍手十内が連れ出し、二人とも行方不明になった。鉄輪は夫である先君に手討ちにされ殺された。まるで幼かった道節の悲劇を思い出すが措いといて話を進めれば、去年、土岐家の当主が死んで、今日は一周忌。鉄輪の十三回忌でもある。また先君が死ぬと、「一向家鳴やら震動やら」「一昨日の暁も拙者を始め宿直の武士、夜半計りで夢見た如く引繰り返つてお泉水へ真つ逆様に」。あれほど口止めしていたのに、家中の恥を晒すかと、橋立が怒る。法事が始まるとて、全員が退場。

百夜姫と腰元たちが登場。会話から姫は大膳を嫌っているが、大膳は姫に言い寄っていると知れる。腰元の千年は、大膳への嫌がらせとして唐辛子を燻じ大膳を咳き込ませたが、周囲にも煙が広がり迷惑がかかったことも。このとき同時に家鳴もした。百夜姫「わし計りか秘蔵の三毛迄咳き入した程にの。其ん晩に三毛が居丶で大抵尋ねた事かいのふ。今日は三毛に留守さして置たが、誰ぞ連が有かの」。千年「アイお猫預りの弟子右衛門殿が番致され升る猫医者の道庵殿も付て居れ升はづでござり升る」。百夜姫・腰元は、寺小姓らと合流。百夜姫は金治郎を見染めた体。喜十郎・山三郎・弁弥は、まだ幼い。百夜姫は金治郎の手を取る。慌てる金治郎。ここで大膳が登場するが、皆、気が付かない。百夜姫は積極的に金治郎を口説く。百夜姫「アノわしが思ふて居る殿御の名とは」。大膳「浦部大膳といわふがの」。大膳は腰元と小姓を追い払い、百夜姫と二人きりになる。言い寄る大膳に百夜姫は「何とおつしやつても、わたしには緑之助様と云ふ……」。大膳は「言号は四歳の折に鉄輪御前の計らひにて家老鞍手十内が連れ行衛無ふ成た。十内がすぐに出奔したは討殺したに違ひはない。其悪事露見の上、十三年以前親殿の手に懸つて相果召れた鉄輪御前」と云いつつ更に迫る。大膳は百夜姫と結婚し、国を相続する積もり。大膳は、弁天への衣装奉納は、誰と寝たいがためのものかと問い詰める。追い詰められた百夜姫は、大膳と寝たい故の奉納だと答え、隙を見て逃げ出す。大膳は、とうとう追いつき抱きつき、口を吸う。相手は曽平治。曽平治は「ア痛丶丶丶丶丶丶」と口を拭う。

曽平治は、大膳の心中を知る仲間。天皇から土岐家に与えられた金花の短冊を盗んできた。短冊は、曽平治の伯父で松尾坂傍ら真念庵にいる円海に託してきた。円海は元土岐家中の牧右衛門。大膳のじゃまになっているのが、両家老の八ツ代大学と畑次郎左衛門だとの事情を語る。大膳「家の看坊すれ共、元来日陰の身同然、式部太夫殿の婢女の女に手を懸られたに小倅が有。家の跡目に立ると両家老共がばつたくさと夫に乗て居るは高が小びつちよ引寄ておいて何時仕舞ふと侭。短冊なければ跡目は立ぬ。いつ迄も看坊、姫と夫婦に成て子が出来れば厭共世継、身は隠居様」。そうなれば曽平治を家老に取り立てる約束が出来ている。大膳と曽平治は、姫を捜す。姫は、ちょこちょこ走り隠れ回って、見つからない。

そのうち姫は弁天の衣装を持って弁天堂に入る。大膳は、寺の門を閉ざして姫を出さないよう命じる。姫は弁天のふりをして、隠れている。金治郎が知らずに祈る「南無弁才天女、此身は一国一城の主と生れながら運拙ふして人目を忍び遜りて世を暮す。父の年忌も位牌に向ひ回向迚もしられぬは、憂世の義理。何卒武運開かしめ賜び給へ、南無弁才天女所願成就所願成就」。百夜姫は金治郎の手を取り「願叶へてやろう」。金治郎「お前は」「わしや弁天じやぞへ」「滅相な所から出て何被成升ぞいな」「こなさんは此弁天を拝んで所願成就と言わしやんすじやないか」「サア」「それじやに依て所願成就を叶へる程に、そなたも此弁天に所願成就を叶へてたも」「是滅相な、マア爰をお放し被成升いな」「何の此様なよい首尾な弁才天に成と云ふも、弁天様のお引合じやわいな」「それでも、お前」「但し厭かへ」「サア」「厭なら厭と、たつた一口で死るぞへ」「ア丶是、危なふ御座り升」「弁才天を殺したら大抵の事じや有まい。殺しなりと生なりと返事はどふじやの」「サアそれは」「サア」。二人「サアサアサアサア」。金治郎「マア応でござり升」。百夜姫「ヲ丶嬉し」。

人の来る気配。二人は抱き合い身を潜める。坊主が来て金治郎を呼ぶ。姫を振り解いて金次郎は出て行き、坊主とぶつかる。百夜姫は堂の外に座って、弁天のふりをする。坊主は金治郎を連れて行こうとするが、百夜姫が金治郎の裾を押さえる。金治郎は坊主を此の場から立ち去らせようと、後から行くと云う。坊主は「ヤアそれは鎮守の弁天様じやないか」と云う。百夜姫は「アイ弁才天でござんす」と答える。坊主「ヤア」と驚く。金次郎「イヤあの、それ、子供が悪い事して弁天様を爰へ出して置たわいの」。坊主「是、今、弁天様が物言わつしやつたぞや」。金治郎「滅相な。あの木でした物が物言わしやるもので」。坊主「それでも今言わつしやつたもの」。金治郎「ヱ丶それは谺が響ゐたのじや。弁天様じやないかと言わんしたによつて其谺で有ろぞいの」。坊主「確か物言わつしやつた様に有つた。おれが耳は悪い耳じや。どれ、手伝て共々入てやろ」。金治郎「イヤイヤならぬならぬ」。坊主「何故ならぬ」。金治郎「ハテ是は、大事の御祈祷の弁天様に依て法事の僧達には忌穢が有。小性共に三日が間は守護せいと、きつと仰付られ升たに依て、こなさん方に触らす事はならぬ。罰が当たる。ならぬぞならぬぞ」。坊主「そんなら早ふ入升てござれ。したが、そろそろあしらふて入ぬと疵が付ぞや」。金治郎「サアサア合点じやわいの」。

そうこうするうち、もう一人の坊主が登場する。

坊主○「是、念才。お呼被成、早ふおじや」

坊主□「ヲ丶そこへ行ふ」

坊主○「今じや今じや」

坊主□「金治郎、早ふござれや」

いきなり後から来た坊主が、金治郎を呼びに来た坊主の頭を張って転かす。

坊主□「あ痛、あ痛、こりや何とする」ト握り拳を見せる。

坊主○「これ、いかん」

坊主□「ふんとくほけれんす」

坊主○「ばらばらさんばらぴん」

坊主□「ほぺんきう」

坊主○「ちうたいきう」

坊主□「ぽうぽう」

坊主○「ぽうぽう」

坊主□・坊主○「ほうほう」二人とも互いに辞儀して入る。

百夜姫と金治郎は抱き合い口を吸う。鐘が鳴る。先ほどの坊主が再び金治郎を呼びに来るが、鐘を衝いている坊主と禅問答となり、先ほどと同様に退場。百夜姫と金治郎は愛を誓い合う。百夜姫は、金治郎の正体を知っていると云う。金治郎「それを知られては」と当惑し、逃げ出す。しかし橋立が立ち塞がり「緑之助様、千秋万歳おめでたふござり升」。金治郎は「エ丶そんな者じやござりませぬ」と逃げようとする。岡園と腰元の小夜・幾瀬が立ち塞がり祝福する。金治郎「申々お前方ばつかり滅多無性にめでたがつて私は其様な名な物ではござり升ぬ」。

橋立「お隠し被成升は御尤でござり升。お前がお四つの折に殿様の後連鉄輪御前様の悪心にて大切の御家の系図をお前を騙して焼捨させ殿様に讒奏しての御怒り子供業迚系図を焼捨たと有ては禁裏表へ後日の聞へ家の大事と京都へ訴へ仕置にも被成ると有を賢人顔に継母が京都へは討て捨た分にして国を立退して下さりませと啌の涙を式部太夫様がさすが恩愛、見捨聞捨のお計ひに鉄輪御前がお前を鞍手十内の屋敷へ連て夜中に御出、私は鞍手十内殿と縁組して其夜輿入の祝言最中、何か御台様と密の談合、済や否、十内殿は裏道からお前を連ての出奔。詰まらぬものは私が身の上、為う事なしに兄様の屋敷に帰り程立て様子を聞ば鉄輪御前様、十内を頼みお前を密に殺して呉いと有侭に、お傍女中の注進、事顕れて大殿様百倍の御怒り、十三年以前に鉄輪御前様は殿様の手に懸て敢へ無ふお果被成升てござり升」

岡園「お前と姫君は同じ年、まだ四つの時成ば何のお弁へも無ふお顔もお見忘れ被成、お年の闌るに随ふてお前の事を思召、朝夕の御回向泣てばつかり御渡り被成升る。武家の習ゐ迚、異妻をお重ね被成る丶御評議もならずと云ふて姫君は京都按察中納言様よりの御養子、此侭に一生寡婦で御暮し被成ては中納言様への聞へ彼是を存じ升れば、家老たる者は胸を痛めぬ日迚はござり升ぬ」

橋立「私も十内殿が御台様に組さつしやつたお腹立、殿様より御意をもつて八代大学殿と円を組ましてござり升が、夫の詞にも兄次郎左衛門の詞にも十内程の侍が若君の命を取事軽々敷受合ふて其夜に立退帰らぬは不思議の一つ。お命を助け隠したに違ひないと申合せしての詮議」

岡園「方々尋ね升る内に当寺の小性金治郎と云ふ年恰好、若君の稚な顔に其侭と訴へ故、姫君と申合しての此仕合でござり升」

姫たちは金治郎に名乗り出ろと迫る。金治郎は渋っている。姫たちは更に責める。禅性院が現れ「イヤどの様におつしやつても、帰す事は成升ぬ」。岡園は不満顔。橋立が「御出家、近比未練な、卑怯にござるぞや」。禅性院「未練などと丶は衆道の愛着に溺れて返さぬかとの疑ひか、御両人。出家・侍と申、寵愛は寵愛、若殿と知つて居て手もちよと触へられる物じやござらぬ。今渡しては金治郎が為にならぬ」。禅性院は、系図を焼いたと京都に訴えられている緑之助が現れれば、責任を追及されるからだと云う。禅性院「ア丶鞍手十内は天晴れの侍、殺せと云ふも若君を埋みさへしたらば継母の存念も立と愚僧に預け何処へ行たやら今日迄便りもせぬ。見かけられては当人の面目、仏に懸けて預かつた金治郎、坊主首を酸漿にしられても火炎の中へはまる様な所へは得やり升まい」。橋立らは思案に沈むが、続けて禅性院は、系図は焼けてないと明かす。鉄輪が金治郎を排除したのは、里に残してきた自分の息子・鰐五郎に国を相続させたいがため。焼いたのは偽物の系図で、本物は町人の質に入れ、受け取った金を鰐五郎に与えた。十内は、其の系図の行方を捜し回っているに違いない。橋立らは系図を探す決意。探し出すまでは金治郎を寺に預けることにする。橋立・岡園「改めてお預ケ申升た」。禅性院「気遣ひ被成な。おれは猶しも寺中の坊主に夜這もさしやせぬ。石垣の崩れる気遣ひはないぞや」。千年・小夜「いよいよお頼み申升る」。

実はこの遣り取りを曽平治が聞いていた。曽平治は大膳に報告する。金治郎を不義人として捕らえようと、大勢で取り囲む。畑次郎左衛門が登場する。橋立「ヤアお前は兄さん」。岡園「こちの人」。次郎左衛門「斯様の非道も有ふかと裏門より参詣致した。伯父御様ハ丶丶丶丶先お静り被成ませ」。しかし大膳は、弁天の袖に書いた姫と金治郎の起請を証拠に、不義を言い立てる。金治郎が書いた証拠として指に疵が残っている筈だと金治郎の指を見ようとする。禅性院がいきなり曽平治の脇差しを奪い取り、自分の指を切り落として、起請は自分が姫を慕って書いたものだと云う。次郎左衛門は、なるほどと話を合わせる。金治郎を追及できずに怒った大膳は「汝は変つた事に身を捨て、わつぱめをば庇ふ命知らずめ。ヱ丶聞へた、捨坊主の衆道狂ひ心中立か。ヤイ姫に不義仕懸けると汝が首がないぞよ」。禅性院「これこれ必ず此坊主を庇ふて難義せまいぞ。首に替て惚れ抜いた志を無足にして下さんなや」。大膳に踏みにじられても禅性院は申し分を変えない。土佐の山家の者ということになっている金治郎を大膳は殺そうとする。次郎左衛門が止める。緑之助ならともかく、無関係の者を殺すのはよくない、また緑之助であったとしても京都には討ったと報告しているのに実は討っていなかったと今更に報告するのかと理で責める。更に次郎左衛門は、大膳と姫の結婚を京都に願い出ていると云う。大膳は急に大人しくなり、何事も次郎左衛門に任せると云う。坂口藤内が登場し、刻限が過ぎたと報告する。次郎左衛門は、姫に妻と妹を属けて帰す。禅性院は自分を処罰するよう申し出る。大膳が切ろうとする。次郎左衛門は止める。禅性院を罰すれば、姫も罰しないといけなくなる。また、法事の場を血で汚すわけにはいかないとの論理。次郎左衛門は、金治郎と禅性院を一緒に追放し、姫には謹慎してもらうと言い渡す。金治郎と禅性院に、暗に系図を探しに行けとの心。大膳にも都合よく説明する。しかし密かに大膳は、曽平治に金治郎を殺すように命じる。失敗すれば呼び子を吹き加勢を求め、成功すれば鐘を衝いて知らせるようにと云う。

禅性院の送別会が終わって坊主たちが見送りに出てくる。坊主「もふお出被成升るか」禅性院「師弟の交誼を思ふて餞別の志忘れは置ぬ。随分寺の繁昌する様に学問に精出したがよい。したが坊主は兎角(ト胸を教へ)爰が大事じや。皆又真言宗に凝つて小性共に痔を病ますな。それも殺生じやぞよ」。後住が弘法大師直筆の曼荼羅を餞別として渡す。禅性院と鐘次郎が坊主たちと別れたところに曽平治が襲いかかる。ドタバタするうち禅性院と鐘次郎は捕らえられるが、こっそり現れた次郎左衛門が、鐘衝きの綱を曽平治の帯に結びつける。刀を振り下ろそうとする曽平治の腕を背後から掴み蹴倒す。引っ張って行って突き飛ばす。引き綱も戻るために鐘が鳴る。大膳は手勢を待機させていたが、鐘が鳴るのを聞いて首尾良く金治郎を討ち取ったと誤解する。寺から出発する。金治郎と禅性院は逃げ出す。次郎左衛門も退出。

 

二ツ目

土岐屋敷。猫が庭砂の箒目を乱す。ブツブツ言いながら奴が砂に箒目を入れ直す。八浜浜中の町人を名乗る茂次兵衛が御国鰹節とある箱二つを担いで登場。奴たちは猫に敬語を使っている。猫は体で松の幹を擦り松脂を付けては庭の砂の上を転げ回ったりしている。奴は、昨夜も奴部屋の行灯に使う油が徳利に大分入っていたのに猫がすっかり嘗めてしまったなどと話している。茂次兵衛は、年貢として持ってきた鰹節をぶちまけてしまう。騒動するうち猫が茂次兵衛の汗手拭いを銜えて奥に入ってしまう。茂次兵衛は続いて入ろうとするが、奴たちに阻まれる。猫は姫の愛猫。茂次兵衛の頭の上に鰹節が降ってくる。砂も落ちてくる。茂次兵衛は、不思議な屋敷だと訝る。

今日は勅使が来る筈だが、まだ到着していないらしい。勅使の出迎えは槙の島源内。また、先君のお妾・小まきの男児を屋敷に連れてくる手筈。小まきの父で百姓の頓兵衛が渡さないと頑張っているが、今日は家老の大学が出向いている。金治郎は中の二日、十二日目に姫を訪ねてくるというが、まだ来ていない。

百夜姫が逃げ出してくる。裾に猫が食いついている。小夜・幾瀬が追ってくる。姫は、なぜ逃がしてくれないのかと文句を言う。小夜らは別に留め立てする気はないというが、いや止めていると姫。気が付けば姫を押さえているのは猫。人と猫との違いが認識できていない態だが、姫に責任があるか否や。話しているところに大膳が登場する。慌てて姫は、鰹節の箱に入る。大膳は、もう無理にでも姫を抱くと息巻く。橋立「ア丶情なや、うるさやと、女子が思ひ思ひ寝て、それがマア夜かな夜つぴて精出し被成たといふて何の面白い事がござり升るぞ。迚もの事なら殿様可愛ひかへ、わたしも可愛丶必変て下さんすなやなんど丶肝心要の極意をせつくりと加減して御返事を致し升ふと存じており升るに、まだ姫君のどふかかふかとろくろくに饅頭の甑も上らぬ内にヱ丶気の短ひ。もし悪ひ事は申升ぬ、とかく今暫しお待下され升ふならば有難ふござり升ふ」。大膳「べりべりと人の合点せねばならぬ様に言延する者どもじやナア」。大膳は橋立に向かって、姫の身代わりとして抱かれろと迫る。呆れる橋立と岡園。大膳は抱けぬならいっそ殺そうと、姫の入っている箱を切ろうとする。が、猫に睨まれ立ち竦み、転ける。大膳「はて不思議な」。

勅使を迎えに行ったが、供回りのみで本人は既に屋敷に行っているという。勅使は羽州山形の城主・佐竹大炊之助勝成。身を窶し茂次兵衛として入り込んでいた。屋敷の中の様子を探るため。勝成は、緑之助が生きていることを朝廷は知っていると告げる。

妾腹の子・土佐丸を大学が連れて帰る。また十年前、橋立が産んだ国次郎も連れてきた。橋立も大学も午年生まれで、国次郎は庚午年に生まれた。この組み合わせは、親にも子にも祟り家を乱すと博士にいわれたため、大学は国次郎を捨て、しるべの百姓に拾わせていた。

大膳や両家老は、土佐丸に家督を継がせたいと申し出る。勝成は、中納言が姫を取り戻したい意向だと伝える。大膳が橋立を犯そうとしたことが暴露される。大学は不義とは受け取らないが、橋立を離縁する。離縁した以上は、好きにしろと大膳に云う。頓兵衛が駆け込んできて、留守の間に孫の槌松を連れて行ったと大学を責める。源内は、これで浮かみ上がれるというのに馬鹿な奴だと云う。頓兵衛「イヤ是、其様に余り叱つて下さんすな。おれが姫を此屋敷へ■(女に必)奉公には遣したれ共、手かけ奉公には遣しやせんぞ。主の威光で無理遣に孕まして、さらば屋敷で産す事か、娘が在所へ戻と槌松を産んで死んだわいの。方々で貰ひ乳をしてあれ程に育た物を、そつちの勝手がよいて丶引たくつてよいか。そつちに跡取が何ぞ有時は見向きもしやさつしやるまいがの。それじやによつてならぬわいの」。次郎左衛門が、孫の為になるし自分も楽になると説得する。頓兵衛は納得して帰りかける。土佐丸と顔を合わせてしまい、未練が募って、やはり孫は遣らぬと言い出す。大学が国次郎を養子に下すと約束し、漸く頓兵衛は納得する。

土佐丸が土岐家の跡目を継ぐことになるが、金花の短冊を見せねばならない。短冊は、次郎左衛門の家が代々守っている。曽平治が登場し、築山の植え込みに種子島が落ちていたと報告する。火縄は手紙。差出人の署名は「らん」。内容は、次郎左衛門との間に出来た三歳になる次郎吉が疱瘡で死にかかっているから一目会ってほしいとのもの。次郎左衛門は、覚えがないと言い張る。源内が、法跡の寝所の下に草履が落ちていたと持ってくる。国の名物である「長沼のかたすげ」。これは物頭以上の武士が登城のときに使うほか、他の者は使えない。次郎左衛門の家来・伴助が駆け込んできて、寝ているうちに次左衛門の草履がなくなったと騒ぐ。米屋の阿波屋清兵衛が、次郎左衛門を訪ねてくる。先月十五日に、いろは藏四十八戸前の米を入札したのに届かない。今日こそ渡してほしいとのこと。次郎左衛門は、覚えがないと云う。此の米は非常の際の兵糧米。都から姫に付いてきていた乳母のきさかたが登場。きょう姫の名代で一宮に参詣した帰り、次郎左衛門の家で、金花の短冊がなくなったと騒いでいたと報告。宝藏の後を切り破り、箱を「大ヲ洲流の割笄」でこじ開けたらしく、現場に遺っていた。次郎左衛門は大膳に責められ、詮議されることになる。勝成が理責めで疑問点を挙げ、次郎左衛門への疑いは薄いことを印象づける。勝成は次郎左衛門を大学に預けることにする。次郎左衛門は橋立から、らんの手紙は橋立が受け取っていたことを聞かされる。また、町医者で筆跡を真似るのが旨い三雲立仙が跡の月の二日夜、奥の小座敷で夜が明けるまで大学と何かを書いては燃やしていたと打ち明ける。次郎左衛門は家来に命じて、立仙を捕らえる。大学が叛逆していると断定。

岡園が思案していると、四つの鐘。この時間帯に、いつも怪しいことが起きる。猫が来る。手拭掛けの手拭いを銜え柴垣の間に隠れる。段々大きくなり、子供が入る着ぐるみの大きさになる。尾が二つに裂けている。手水鉢の上で色々の仕草を見せる。岡園が長刀で斬りかかると、猫は逃げていく。

大膳は、きょう金治郎が来ることを知っている。見付次第に殺せと曽次郎に命じる。果たして金治郎が現れる。百夜姫が喜んび口説いていると、曽平治が近づき槍で突く。障子に血が懸かる。姫は驚き金治郎を抱く。曽次郎が金治郎の首を切り落とす。きさかた飛び出してきて長刀を構える。曽次郎は割笄の手裏剣を打つ。きさかた長刀で受ける。件の笄と、ピタリと合う。

大学が登城しようとすると、出仕無用の張り紙。謹慎している筈の次郎左衛門の伴は詰めているのに、自分の伴は一人も残っておらず出仕無用とはと訝る。大小を奪われ勝成の前に引き出された大学。橋立、三雲が証人として呼び出されている。三雲は米札の一件を否定している。源内が頓兵衛と国次郎を連れてくる。頓兵衛は大学に待っていろと云われて、大学の屋敷に行った。国次郎と土佐丸を取り替える相談だった。百夜姫が転びだしてくる。金次郎が討たれたと騒ぐ。源内が確かめに行くと、猫が切られて死んでいた。

岡園が登場。猫の怪しい行動を報告する。勝成が、大膳を逮捕、大学は追放するよう命じる。名医で町の者に慕われている立仙は、町に預けられる。大学の妻子は禁獄され重い拷問にかけられることになる。恩愛に引かされ大学が白状することを期待する。

下城途中で次郎左衛門が大学に呼び止められる。二人きりで話がしたいと云われ、次郎左衛門は応じる。伴人から離れ二人きりになると大学は次郎左衛門を槍で突く。大学は、自分が鉄輪御前の息子・鰐五郎だと明かす。大雨となる。大学は次郎左衛門を再び突く。突かれながらも次郎左衛門は槍の塩首を切り離すが、谷に落ちていく。谷道を歩いていた十内の目の前に、次郎左衛門の死骸が転げ落ちてくる。「上は長岡土岐の館の登城道、爰は笹山海道伊与喜谷通り」。死骸が次郎左衛門だと覚り驚く。突き立った槍の穂先を抜いて離れる。死骸を確かめるために大学が来る。槍がなくなっていることを訝る。猫の首を戴き惣身三毛の霊が登場。鉄輪の幽霊。「無念と思ふ一念にて姫が手飼の猫と生れ仇をなせ共時至らず又誤つて此世を去る。そちも折角工んだる悪事じや。やみやみと顕れ嘸口惜しからふ。母が無念さを推量してくれいやい」。まるで赤岩一角の逸話だ。「鰐五郎、一旦生を変へたれば再び仇をなす事不叶、汝が血潮を我髑髏に注ぎ懐中せば通力自在を授くべし。土岐の館に怪異を拵へ猫又屋敷となして無念を晴らしてくれよ」と大学に猫の首を差し出す。大学は自分の肩を食い裂き、猫の首に血を吹きかける。土岐家乗っ取りを誓う。鉄輪の幽霊は「只心に懸るは四国に名高き竹箆太郎」「通力自在の此術も竹箆太郎に逢ふならば思ひし事も水の泡ヱ丶心懸りの竹箆太郎」。十内が襲いかかるが、通力で守られている大学は悠々と逃げる。

 

三ツ目

山中の遍路道。岡園・きさかたは遍路姿。ここは松尾坂峠。二人は牧右衛門坊主・円海を探している。八十八箇所の何処かで坊主をしているということしか分かっていない。円海の居場所に、甥の曽平治が逃げ込んだと目星を付けてきた。岡園が癪の差し込み。きさかた薬を探しに行く。そこに円海が通りかかる。癪で苦しむ岡園に、反魂丹を与える。互いに相手に気づく。円海は、曽平治には会っていないと云う。岡園は怪しんで、家捜しするから真念庵に連れて行けと云う。二人が去った後、斑の大きな犬を連れた猟人・滝藏が登場。滝藏は小しゆんに惚れて打ち込み、主の勘当を受け武士を辞めて猟師となった男。御手洗の元女郎で妻となっている小しゆんが纏わり付いている。二人は掴み合って喧嘩を始める。猟師の百次郎が仲裁に入るが、二人に散々殴られ蹴られる。喧嘩の訳は、犬が銜えていた手紙。庄屋の娘への艶書だった。滝藏は覚えがないと云うが、小しゆんは信じない。百次郎が、自分が出した手紙だと明かす。此の場は収まる。滝藏の独白「畑次郎左衛門様御赦されて下さりませ。今という今、御主人の罰を思ひ知りましてござり升。若気の至り、あの小しゆんに馴染みを重ね武士の身はどこへやら御勘当を請て夫婦諸共こふいふ態、所に手飼の犬が不思議に主従の縁を悟つたか伊与喜谷へ拙者を連行、こなた様の死骸に懸り哮り吠へつき、私に見せましたる其時の本意なさ無念さ、お主の敵は何者共名も知れず証拠もなし。よくよく思へば畜生ながら不思議の多い手飼の犬、物は言わねど正しうこなたの死骸、山中遥かに峰を越へ主従の対面致させたる神変なれば、敵の行衛も犬を頼り、当て所なしに三里五里、昼夜を分かず引き廻れ共、今に於てそれぞといふ手懸りにも行き当たり升ぬ。何卒草葉の陰より勘当御赦免下され升い、御主人次郎左衛門様」と泣く。竹箆太郎がいなくなっている。十内が綱を引いて連れている。犬盗人と呼ばわる滝藏に、十内が犬の方が裾を銜えて此方に連れてきたのだと説明する。滝藏が十内に名を問う。竹箆太郎と答える。滝藏は、竹箆太郎とは其の犬の名だと笑う。十内は懐から種子島を取り出し、滝藏に向け、犬を所望する。二人は連れ立ち、滝藏の家へ向かう。退場した後、岡園が殺される断末魔の声、円海が血塗れになって登場。そこへ、きさかた戻ってきて追う。

 

四ツ目

真言宗の堂。本尊は不動明王。弘法大師の像も。護摩壇あり。此処は伊与・土佐の境近く真念庵。坊主二人と遍路二人が話をしている。おらんが手伝っている。阿闍梨の円海が帰ってくる。坊主が、一緒に出た岡園は如何したかと尋ねる。円海は、岡園は月山に行ったので、もうすぐ帰るだろうと答える。曽平治が登場する。他人めかした挨拶。自分は明智村の百姓・七郎兵衛の子供だと云う。円海は知っていると云う。曽平治は、妹が歴々の世話になっていたが土岐家が絶え、世話してくれていた人は不慮の最期を迎えた、七郎兵衛が大病に罹ったので人参でも遣りたいが金がない、世話してくれていた人から形見として貰った弘法大師正筆の曼荼羅を売りたい、と相談する。円海は、自分も元は土岐家中の早田牧右衛門で、妹を世話したのは畑次郎左衛門だと告げ、ちょうど高野山から八十八箇所の改め役人として飯富織部が来ている、正筆なら百両は出すだろうと云う。織部は、近在の寺を改めに行っていて留守。逸る曽平治に、円海は、高野山に上げる祠堂金を旦那衆から預かっているので、これを先に渡し、織部が帰ってきたら曼荼羅を売ると云う。聞いていたおらんが進み出て、父の七郎兵衛には男子がいないこと、曼荼羅は自分が持っていると言い立て、曽平治が騙りだと暴露する。おらん「父さは、ぴちぴち達者」「お果て被成た御方の菩提の為、未来の忠義にもならうかと思ふ心ざし」で曼荼羅を売りたいと云う。曽平治は坊主たちに叩き出される。しかし其の時、おらんの本物を曽平治に渡す。おらんは気付かず、奥に入る。円海一人になると曽平治が「伯父者人、誰もそこには居ませんか」と入ってくる。おらんから曼荼羅を巻き上げようとの悪巧み。円海「斯ふ言ふ工面をするも、たつた一人の甥子が四国に居ては首が無ひによつて、どふぞ上方へ良ひ身上に有り付てやりたひと思ふからじや。金が出来たら早速国を立ち退ひて大坂へ上る様にせひ、合点か」。そこへ、きさかた来る。円海は曽平治を賽銭箱の中に隠す。円海は追い返そうとするが、既に、きさかた入っている。互いに見知った顔。円海は曽平治は来ていないし、女の一人旅は泊めないと言い張るが、きさかたの強引さに負け、泊めることにする。きさかたを奥に連れて行こうとするが、きさかたは「心ざしの仏もござり升ル」「妙蓮信女と申升ル」と動こうとしない。漸く腰を上げ、奥に入る。町人姿の平三が現れ、庵を訪ねる。おらんを見付け、曼荼羅を持って行ったが心配になって来たと云う。おらん、平三に「いかに忠義じやといふて、お姿まで変へられ緑之助様を御介抱」と云う。平三は禅性院の変装。系図は見付けたが百両がないと請け出せない。そこで曼荼羅を売る算段をした。

円海が現れ、茶漬けでもと平三を庫裏に行かせる。二人きりになると円海は、おらんの手を取り恋文まで渡す。おらんは拒むが、円海は七郎左衛門に貸した三百匁の証文を見せて、言いなりになれと迫る。円海は、おらんの帯を解こうとする。引き合ううちに、平三が現れる。おらんは平三が自分の夫だと言い出し、夫がいるからには手を出すなと云う。見え透いたことを云うなと怒った円海は、平三に三百匁を返すよう迫る。きさかたが現れ、円海の恋文を広い懐に仕舞う。円海が、おらんに襲いかかろうとする所に割って入る。おらんの櫛を誉め、三百匁で買おうと申し出る。五両出して買い、おらんに借金を返させる。この条で、おらんの子が疱瘡で死んだことが語られる。証文を破ったのを見届け、きさかたは、僧侶である円海が夫のある女に手を出したことを責め、土岐家支配の国なら死罪に当たると脅す。平三は、円海を気の毒そうに見ている。きさかたが「サアサア道理じや道理じや腹が立ふのウ腹が立ふ」と押し付け、平三も怒って見せ、円海に金を出すよう求める。円海は、証拠があるのかと開き直る。きさかたは、恋文を平三に渡して読ます。もじもじ読むうちに平三は怒って、役人に突き出すと息巻く。結局、円海は受け取った五両を投げ出す。おらんは、櫛を買い戻したいと、きさかたに五両を渡す。取り落とす。一枚が賽銭箱に入ってしまう。開けろ開けないと、きさかたと円海が揉めるうち、賽銭箱から一本の腕が出てきて一両を置く。誰も気が付かない。漸く一両に気付き、不審がる。質屋の柴屋久兵衛が現れ、系図は持ってきた、金は出来たかと声をかける。続いて織部が登場。話を聞いて金を渡すが、曼荼羅を見れば真っ赤な偽物、ドタバタするうち賽銭箱から腕が伸び百両の包みを盗み、円海が歌留多の縁を丸めて作っておいた偽の百両包みと入れ替える。誰も気付かない。おらんは窮地に立つ。きさかたが割って入り、おらんに湯起請すると約束させる。円海が本物と断定した曼荼羅が、おらんに返したときには偽物になっていたと、理で責める。円海は、惚ける。本尊台座に施主桔梗屋甚兵衛とあるを見て、これは檀家の名前かと円海に確認する。偽金を包んだ紙に同じ名が書かれてあることを指摘し、円海に湯起請せよと迫る。拒む円海を前に、きさかたは熱湯を賽銭箱に流し込む。曽平治「熱々熱イ熱イ熱イ熱イこれや堪らん堪らん」と出てくる。急いで着物を脱ぐと、百両落ちる。織部「きさかた殿とやら、あっぱれの御詮議、大方御正筆も、その化物の所為で御ざらふ」。円海は、他人のふりをする。きさかたは大洲流の割笄を突き付け、金花の短冊は何処かと詰め寄る。逃げ出す曽平治に向かって、笄を手裏剣に打つ。足に当たって曽平治は倒れる。円海が護摩壇の下から脇差を取り出し、きさかたに斬りかかる。平三がきさかたを、織部が円海を引き分ける。きさかたは岡園殺害を追及、寺に残っている提灯の上半分と現場に落ちた提灯の下半分がピタリと合う。また、円海が手にしている脇差は、岡園が旅の用意で携えていた備前長光。鏡の台座が割れ、中から袋に入った金花の短冊が現れる。きさかた「扨は血汐の汚れゆへ自然と現われたかヱ丶忝なひ」。織部は円海に追放を申し渡す。傘を持って出ようとする円海の前に、平三が回り込み揉み合う。傘が開いて曼荼羅が現れる。きさかた「約束じや、お買被成ませんか」。織部「買ませふ。代金百両」と取り出す。この百両で系図を請け出す。きさかた・平三・おらんは、緑之助のもとへと急ごうとする。曽平治が立ちはだかるが、きさかたに押さえつけられる。

 

五ツ目

豪華な三間の間。公家が逆様に蹲り裾を手水鉢に敷かれ迷惑の表情、侍は飛石を抱え転げている、別の侍は松の木に骸を擦り付け枝を持っている。三人は化け物に殺されそうになっていると感じている。他の大勢の伴も転げて目を回している。

大学が杢之丞・藤内を連れ登場。奥から土岐大外記こと頓兵衛・緑之助・土佐丸・国次郎・千年・小夜・藤枝・幾瀬。公家は勅使の右大弁早広、侍は家来の兵庫と兵馬。三人は、急に明るくなったことを驚く。三人は、恐る恐る皆の前に出る。度重なる勅使に毎度、緑之助が土佐丸を守り立てて相続、大学が心を入れ替えて家を守ると答えている。逃げ帰りたい勅使は適当に受け答えしているが、綸旨を書いて渡せと云われたときには、流石に渋る。渋るが強く求められ、書き渡してしまう。「伊予土佐両国の主 土岐緑之助に申付ル間政務宜敷納べき者也 右大弁早広」。勅使は逃げ出す。いつの間にか、橋立は大学の妻に収まっている。

医者姿のまま大小を指している立仙が駆けてきて、手強そうな勅使が来たと大外記に報告する。大学が通せと云ったとき、十内「イヤ呼出されいでも行所迄は参るのじや」と丹藏の首筋を提げてくる。伴の奴は滝藏。丹藏「コリヤ身どもを何とする」。十内「イヤ何ともせぬ。昔はともあれ天子の勅諚を蒙つた使者じや案内せいさ」と丹藏を放る。ズイと通って、「昔の家老鞍手十内、皆久しいなア」。橋立「マア丶お前は鞍手十内様」。十内「珍らしや女房橋立、堅固にあつたか」。橋立「ても扨も久し振りで……」。大学「イヤサ十内殿、これにおるは身が女房じや程に左様心得さつしやれ」。十内「いかにも身が女房と間男をして子迄有といふ事も聞いている」。大学「何がナント……」。十内「十内、去り状は遣らぬぞよ」。橋立「ヱ丶……」。十内は途中で買ってきた丸ごとの西瓜を滝藏と一緒に食べる。大外記「して使者の口上は」。十内「忙しなひ、物食うているわい」。皆々「イヤサ使者の口上は」。十内「ヱ丶知れた事を、此間何ン遍京から言ふて来る事じや。高は緑之助四つの時、家の系図を焼いた科で殺したと言つて偽わつたによつて」。大学「緑之助殿に改めて継目を願へか」。十内「イ丶ヤ首切つて参れと有勅諚」。皆々「ヤアア」。十内「短冊と系図がなければ知れた事さ」。皆々「ムウ」。ここで十内と滝藏は休息をとることに。滝藏は眠ってしまう。化物が十内に色々とちょっかいをかける。大きな腕が天井から降りてきて十内を捕らえ持ち上げる。十内は脇差を抜いて、怪しい腕を切り落とし、懐に入れる。丹藏が十内を酒宴に呼び出す。

滝藏は目を覚まし、十内がいないので探しに出る。土佐丸・国次郎・千年・小夜・幾瀬・藤枝に誘われ、滝藏は茶を飲むことに。持ってきたのは小姓の桜井頼母。頼母は土佐丸に緑之助が急用で呼んでいると伝える。頼母は滝藏と二人きりになると、小しゆんとして愛を語る。暑いと云う滝藏に頼母は「お前は肥肉なり、日比暑病じやによつて、こんな時にはどふさんしやんしたと、わたしも案じてばつかり居たわいな」。滝藏「おれは又者ゆへ家中の侍も見ず知らず、思ひ寄らぬ十内殿に、お目に懸つて竹箆太郎が事も」。頼母「いよいよ、わたしが来た跡で、そふなつたかへ」。滝藏「不便には思ふたけれど、主人の敵、お家の納る種に成事、為ふ事が無ひ」。

滝藏と頼母は、まさぐりあい抱き合う。頼母は、大学に懸想されていると打ち明ける。拒んではきたが、今日あたりは言い訳も尽きて犯されるかもしれないと相談する。滝藏「天の与へじや、大事なひ、大学が若衆になつたが良い」。頼母「それでもひよつと肌へ手が触つて女子と言事が知れた時は、どふもならぬわいな」。滝藏「そこが機転じや。ひよつと今の所へ手が行そふなら、ちやつと刀の柄を握つて、ヱ丶どふなと成わやい」。頼母「それでも、こちや厭々」。頼む厭だと言い合っているうちに、国次郎が来る。滝藏は言葉を換え「頼母、今の軍法忘れまひぞ」。頼母「なんぼう御意被成ましても拙者はどふも合点が参りませぬ」。滝藏「ハテ悪ひ合点じやわい。なんぼう拙者軽ひ者でも都の者だ。城攻の軍法は貴様達より鍛錬致しておる。カノ東西南北に分かつて表門と裏門とが有。表門はおれが責るに極つて有。裏門は大学様が馬を御入被成る丶、其馬を裏門から表門へ滑り込まぬ様にせいと言ふじや」。頼母「イヱイヱなんぼうでも合点参りませぬ」。国次郎「■(シンニョウに貞)都人、城攻の軍法わしにも教へて下さりませひ」。滝藏「イヤイヤ頼母殿は頃合じや。御自分は二三年早イ。頓て良ひ師匠にとつくりと習ふが良ひ。それ迄待たれざ手で仕舞て置つしやれ」。国次郎は、父が来るので待っていてくれと云って、奥に入る。頼母は、大学が手に合わぬ勅使らを毒殺していると既に手紙で報告している。気を付けるように頼母は滝藏に云う。

大外記が立仙・杢之丞を連れて現れる。大学の命令として「お国の名物」「小倉餅」を滝藏に差し出す。滝藏は、勿体ないので仲間に披露してから食べると懐に入れる。頼母は、つい気を付けるように云う。大外記らは、此の場で食べろと滝藏に迫る。仕方なく、滝藏は懐から餅を取り出して食べる。大外記「心持に変わる事は無ひか」。滝藏「うまひ事じや。茶壱つ下さりませひ」とするうち腹が痛む素振りを見せ、部屋で休みと出て行く。滝藏の反応に不審を抱いた大外記は、頼母が毒のことを滝藏に伝えたと察し、立仙・杢之丞に頼母を押さえつけさせ口に餅を捻じ込み手水鉢の水で流し込む。苦しみのたうち回る頼母。頼母が女性だとばれる。息のあるうちに詮議しようと、頼母を大学のもとへ連れて行く。陰から見ていた滝藏は、「此屋敷へ入込すより、かねて覚悟。まだしも今日逢ふたは夫婦の縁の尽きぬ所、女房ども未来は必蓮の上で待つて居丶よ」。十内も見ていた。緑之助の墨付を与える。勘当赦免し林次郎左衛門を名乗って相続するようにとの上意。

杢之丞が来て、頼母の息があるうちに詮議することがあるからと、滝藏を呼ぶ。滝藏は出て行く。十内が一人になると橋立が酒を持って来る。毒が入っているかと疑う十内。橋立が先に飲むが、間男・十内のため命を捨てて毒を飲ませる積もりかもしれないからと、十内は飲まない。とうとう橋立一人で全部飲む。毒が入っていないなら少しは残しておくものだと悪態を吐く十内に、忍び寄る刺客の位置を教える橋立。更に最近、大学が内裏から十柄の宝剣を盗んだこと、天下を奪おうとしているを伝える。橋立は惚れて望んで婚姻し一夜を共にした十内を今でも愛している。忍びの者は首筋を掴んだだけで死んでしまったり、大石の下敷きにされ呆気なく死んだりする。不審がる滝藏。

勢揃いの場面。大学は橋立の髻を掴んで引き据え踏んだり蹴ったりしている。滝藏に秘密を漏らしたため。十内が現れ、緑之助の首を切ると宣言。緑之助は、十内だけは、そんな使に立たない筈だと云うが、十内はニッコリ笑って「サア腹切つてしまわつしやれ」。と槍の穂先を取り出し三方に載せる。大学に見覚えはないかと尋ねる。大学「身が家の皆朱の鑓」。次郎左衛門を殺した凶器だと披露する。滝藏が思わず駆け寄ろうとする。鉄砲隊が取り囲む。十内は逸る滝藏を止める。大学は十内に味方になれと持ちかける。条件を問えば、大学「日本半国呉れうはサ」。十内「ムウ大束に出たは。言様が面白ひ。いかにも一味致そう」と答える。十内は、緑之助の身代わりの首を持参したと云う。内裏に持ち込み、工作するためのもの。挟箱から首桶を取り出す。緑之助「ホ丶ウ■(シンニョウに貞)は十内、味方にあつては一方の片腕。でかしたでかした」と喜ぶ。十内「イヤ片腕が所望ならば進上致そう緑之助様、右の腕を出さつしやれ」。緑之助「やア丶何と」。十内「最前から左の手計りでいかう鬱陶しくてならぬ。これ、右の腕」と先ほど切り取った化物の腕、既に猫の腕の形を顕している物を懐から出す。緑之助が「それを」と寄る所を十内が捕らえる。十内「渡辺の伯母は取返そふが、おれが取ツた腕はちつと取難ひ。爰などう畜生めが」。

戸板に載せられ息も絶え絶えの頼母は滝藏に、しんけ村に残した父の頓兵衛の面倒を見るように頼み、守り袋を出す。姉のおかよは屋敷の奉公に、自分は小さいとき御手洗に売られたと云う頼母に、頓兵衛が駆け寄り、守り袋を見て驚く。まさしく自分の娘の小しゆん。

大学は十内が全てを知った上で身代わりの首を持ってきたことを訝る。十内は、何なら首実検してみろと云う。

ト首桶の蓋明る、と内に犬の首睨み廻して啀み懸る。十内「緑之助様は此方に匿い置クに、またぞろや此館に緑之助様と名乗変化、実否を糺スは竹箆太郎、元来神変希代の犬、犬神村にて法を行なひ切離した頭には精霊留まつた。猫魔を退治する討手の大将竹箆太郎。何と肝先へ堪へたか」。緑之助「あら苦しや、竹箆太郎に逢わんとは」。実は頓兵衛・橋立・国次郎以外は全員が化生の者、恐れ戦慄く。美しかった御殿が、草茫々に戻る。

人数は皆々火炎となつて消へる。頓兵衛うろうろしている。

頓兵衛「ヤアヤア壱人も不残消へ失せたるは」。橋立「此館の人は皆猫魔の眷属じやわいの」。頓兵衛「そんなら孫の土佐丸は」。橋立「情なや国次郎を世に立ル妨と、こなたを騙して引キ入レ土佐丸様は疾ふに夫の手に懸けて」。頓兵衛「ヤア丶」。橋立「殺した者は皆入替へて土佐丸様も今迄いたのは猫の変化でござんすわいのふ」。頓兵衛「ヤアヤアヤア」。頼母「もふ目が見へぬ」。頓兵衛「これやこれや娘よ娘よ」。頼母「父さん、さらば」ト死ぬる。

いきなり橋立が国次郎を前に抱き、刀を取って自分の腹まで突き通す。頓兵衛は狂ったように大学を責める。

織部・緑之助・源内・禅性院・きさかた登場する。きさかたが、系図と短冊は既に京に上し跡目を願っていると報告する。大学は覚悟して、十柄宝剣と猫の首を出し、無念がって泣く。橋立は十内に大学の命乞い。国次郎に国を与えるための悪事であり国次郎を殺したから許してくれとの願い。十内は、承知する。橋立と頓兵衛が息を引き取る。大学に滝藏が縄をかける。主の敵を討つ形。捕らえられた大学つかつかと歩き「討手の大将竹箆太郎、母人への追善」と竹箆太郎の首を踏みにじる。十内「畜生の相手には畜生が相応」。

宝暦十二年七月十五日初演。大坂角の芝居。名代・福永太郎左衛門、座本・中山文七、作者・市山卜平、並木利助、並木正三、柴崎源茂、松田百花

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