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■放蕩の相撲取り■

 唐突だが、上総の民間伝承に題材を採った絵草紙「白藤源太談」を紹介しよう。八犬伝後半の大物悪玉/蟇田権頭素藤を廻る話題の為だ。

 時代設定は「貞治年中、足利義教公の時代のことゝかや」。東上総の夷隅郡金置村に「引田源兵衛とて有徳なる百姓」があった。今は年老い楽隠居の身、後妻の「いなで」、先妻との間にもうけた十七歳になる「おかん」と暮らしていた。一方、源兵衛には息子もいた。先妻の長男で十二歳、百姓になることを嫌って武芸などを習い、安房国俵家中の筑麻栗之進に奉公していた。夜の玩具にされていた可能性がある。名前は波之助である。

 或る日、源兵衛は、おかんを連れて神事相撲を見物した。美男の相撲取り源太をいたく気に入った。抑も{近世の}相撲取りは、肉体美を以て売るアイドルであった。しかも源太は美男である。源兵衛は谷町気取りで酒席を設け、源太を饗応した。奥の座敷に布団が敷いてあったか否か、書いていないから判らない。別れ際、源兵衛は脇差を源太に与えた。帰途に就いた源兵衛が長柄山に差し掛かると、三人の男が襲ってきた。源兵衛を全裸に剥いて緊縛した。筆者には到底理解不能だが、此の世には色々なセクシャリティーがある、らしい。悪漢三人はフケ専で加虐癖があったのだろう。
 一糸纏わぬ姿で源兵衛が辱められていると、鼻歌交じりに源太が通り掛かり、悪漢二人を斬り殺した。残る一人は負傷しながらも逃げおおせた。ところで悪漢三人が源兵衛を全裸に剥いて緊縛したのは、娘おかんを掠奪する為であったように書いてある。源兵衛は源太を家に連れ込んだ。数日間観察して、源太の実直な心底を見定めた。源兵衛は、源太を婿にした。ちなみに源太は恐らく、既にイィ歳なのだが、前髪を立てていた。元服していなかったのである。
 相撲取りは【色】を売るアイドルであるから、当然ともいえる。勿論、近世絵画では前髪のない月代を剃った相撲取りが描かれている。実態としては、相撲取りだって【男】だったわけだ。が、仁侠めいた源太{若しくは且つ房八や小文吾}は明らかに前髪を立てていた。此処では実態ではなくイメージに就いて語っている。
 前髪は、まだ【男】になっていない【少年】の表徴/性徴である。縁組みに当たって源兵衛は、源太に相撲取りを辞めさせ且つ元服させた。アイドルが実際に既婚者であってはならぬ法はないし、現代ならママドルなんてぇのもいるし、筆者のFavoriteIdol陳嘉樺氏は二十八歳だったりするが十分過ぎる程に可愛ったらしい。が、アイドルたる者、理念としては少年性/少女性を有すべきだ。社会の主たるラインに未だ属いていないか、外れた者であるべきなのだ。
 何はともあれ、源太は相撲取りを辞め元服、前髪を落として、男の性愛対象から外れ、男となった。富農すなわち村役人を構成する地域名望家として、村落共同体の自治に主体的な関わりをもつよう義務づけられたわけだ。「社会の主たるライン」に組み込まれたことを意味する。八犬伝の房八は、信乃の身代わりに立つことを決意したため前髪を落としたが、小文吾は里見家に仕える運命を自覚して、即ち南総社会の主たるラインに組み込まれるべく、前髪を落とした、と考えられる。

 さて、おかんと源太の間に、婚姻の翌年であろうか、可愛い息子が生まれた。名前は兵太である。当然、「源兵衛」と「源太」の結合を暗示している{いや、だからもちろん「結合」といっても源兵衛と源太の性交渉を直接に意味しているわけではなかろう}。源太が婿入りして六年間は、平和に時が流れた。源太は、理想的な婿であった。
 ところで安房の大名/俵左衛門秀国は、平将門を討った功績に依り安房・上総・下総を与えられた藤太秀郷の子孫である。秀国は正月に狐狩りを行った折、下総に八幡不知の竹藪という不思議スポットがあると聞いた。藪には主が棲んでおり、入り込んだ者を二度と外へは出さないらしい。秀国は、竹藪の中を見届けた者に、名刀を与えることにした。執権職の八剣雷衛門が、武勇の評判高い筑麻栗之進こそ適任だと推薦した。秀国は栗之進を下総へ派遣した。
 竹藪に着いた栗之進は、松明をかざし内を覗き込んだ途端、足を踏み外した。深い穴へと落ちていった。数十丈も落ちたろうか、見回すと甚だ広く深い洞窟であった。生臭い風が吹き付ける。栗之進が奥へ進むと、其処此処に人骨が散乱し生血が流れている。妖怪が棲むと察した栗之進は却って勇を奮い起こし、更に奥へと進んだ。奥まった岩の上に、十六歳ばかりの美女が座っていた。妙なる声で語り掛けてきた。「こゝは人間のものゝきたるべきところにあらず。とく/\かへれ」。栗之進は刀の柄に手を掛けた。美女こそ妖怪と考えたのだ。「おろかや、われは神女なり。わが夫は幾千年をへたるものにて人の血をしょくする事をこのみ昔はおほくの人間をとりくらひしゆへに、われそれをふびんにおもひ、こゝにきたりてかのものゝ妻となり、このところよりほかへいづることをとゞめ、わが神通をもって血の滝をいだし、つねの食となさしむ。こゝにきたりしものふたゝびかへりがたしといへども、われなんぢが武勇をかんじ、さいわひ夫は今昼寝してゐたまふなれば、ゆるしてかへすぞかし。かならず此ところの様子を人にかたることなかれ。もらしたらば、なんぢが身にわざはひをおひぬべし」などと美女が語るうち、洞窟鳴動し黒気が湧き起こった。光る両眼に紅の舌、全体こそ見えないが大蛇の気配。栗之進は体が竦み倒れ込んだ。神女に引き起こされていると感じつつ、栗之進は意識を失った。正気付いた栗之進が辺りを見回すと、竹藪の外であった。
 安房に戻った栗之進が復命すると、秀国は竹藪の様子を知りたがった。栗之進は神女の言葉を思い出し、内部の様子を言い出せない。雷衛門が、八幡不知竹藪に入ったことは虚偽に違いないと、嘲笑った。元々【悪家老】役たる雷衛門が八幡不知の竹藪へ栗之進を派遣しようとしたのは、手柄を立てさせようとしたのではなく逆に、悪事に同調しない栗之進を始末しようとしたからに外ならない。詰られて仕方なく栗之進は、美女との遭遇などを語った。語り終えた途端、栗之進は一声叫んで気絶した。驚いた家中の者たちが、栗之進を急病扱いし家へ送り届けた。妻の「つくばね」は驚き手厚く介抱するが、栗之進は高熱に苦しみ続けた。
 おかんの異母弟であり源太の義弟である波之介は、十八歳になっていた。奉公して六年が経っていたことになる。波之介は十八歳にもなって、まだ前髪を立てていた。数えで十八歳だから現在の高校二年生ぐらいか。無精髭も臑毛も生え揃う頃であり、前髪を立て続けるには薹が立っている筈だ。雇用主側は成人として一人前の労働を期待すべきであって、前髪立は無駄である。しかも挿絵に拠れば、波之介は農民出身の軽輩である筈なのに、紋付袴で美々しく装っている。何だか不自然だ。
 例えば八犬伝で強突張りの大塚蟇六の使用人であった額蔵/犬川荘介は、第十八回挿絵で明らかなように、前髪を既に落としている。此の時、荘介は十二歳だ。勿論、絵師の錯誤ではなかろう。荘介は、他の登場人物より一回り小さく描かれており、まだ肉体が完成していないよう表現されている。則ち荘介は、まだ十二歳であるにも拘わらず、年少者として侮られつつも、成人として一人前の労働を押し付けられているようなのだ。また、信乃とは違い美しくない荘介が、蟇六に頑童としての扱いを受けていなかったことも窺える。筆者が要約冒頭で、「夜の玩具にされていた可能性がある」と書いた所以である。白藤源太や八犬伝の山林房八・犬田小文吾は、【体制の埒外】にあることを読者に印象づけるため前髪を残していたわけだが、既に武家奉公人である波之助は、男とは別の性である【少年】の位置に自らを起き続け、栗之進から寵愛を受けていたと考えるべきだろう。
 勿論これは、殊更にエゲツナク表現する筆者一流の筆法に過ぎず、真の内包は、【肉体関係を伴う程の情交に匹敵するほど互いに離れ難い深く濃やかな主従関係】を謂っているに過ぎない。人間のデフォルトは甚だ自分勝手である。「デキてるんぢゃねぇか」って疑われるほどの関係でなければ、殉死なぞする筈がないではないか{ってぇか、殉死なぞする間柄というものは第三者から見ると「デキてんぢゃねぇか」と疑いたくなるほど稀少で特殊な雰囲気を濃厚に漂わせる}。閑話休題。
 波之介は栗之進の病を心配し、夜毎海辺で垢離をとり、那古寺観音へ裸参りを続け命を懸けて平癒を祈った。とにかく前髪立の美少年が裸体で闇夜を駆け抜け石段を上り、汗ばみ喘ぎつつ栗之進の名を繰り返し囁く場面が、此処では何故だか必要だったのである。忠義心が篤いと云いたいのだろうが、「今年はや十八歳にていまだ前髪をとらず」なる表記に、栗之進との情愛が栗の花の香りと共に漂ってきそうだけれども、其れは措き、話を進める。
 つくばねの献身的な看病と波之介の祈りにより、栗之進は快癒、漸く出仕した。事件から百日余りが経っていた。秀国は約束通り、栗之進に脇差を与えた。ところで、雷衛門と親しく栗之進とも交際のある浪人岩壁蛇九郎は、悪人であった。おかんを掠奪しようとして源太に追い払われた悪漢こそ、蛇九郎である。ある日、雷衛門は蛇九郎を誘って船釣りに出掛けた。沖まで出ると雷衛門は、悪事への荷担を持ち掛けた。雷衛門の祖先は、将門の家臣であった。雷衛門は先祖の仇である俵家の滅亡を企んでいたのだ。秀郷から伝わる宝剣竜王丸を奪おうという。竜王丸は秀郷が竜宮から持ち帰った宝剣であり、俵家当主の証である。近々秀国は洲崎神社に竜王丸を供え神事を執り行う。竜王丸を持参する使は栗之進が務める。そのとき竜王丸を奪えば、日ごろ邪魔な栗之介を罪に陥れることも出来る。うまく竜王丸を奪えば高禄で取り立てる。蛇九郎は承知して、船頭を殺し協力を誓った。
 安房洲崎神社での神事を滞りなく終えた栗之進は、安堵して帰途に就いた。蛇九郎が遠くから鉄砲で狙撃した。膝頭を撃ち抜かれ栗之進は落馬した。蛇九郎に竜王丸を奪われ、追うこともかなわなかった。栗之進が無念がり、のたうち廻っていると、迎えに来た波之介が其れと見て駆け寄った。栗之進は波之介に、つくばねと息子の沼太郎を此の場に連れてくるよう命じた。二人が到着すると栗之進は、宝剣を奪われ罪を得たうえは追っ手がかかるので蓄えた金を携え一旦は逃げ、竜王丸を探し出し俵家に帰参するよう告げた。秀国から与えられた両刀を腰から外し、刀は沼太郎に、脇差は波之介に与えた。沼太郎に妻と息子の後事を頼み、切腹して果てた。「たちまち空かきくもり、いなびかりひらめき、大粒の雨ふりいだし、大雷なりはためきけるが、空より黒くもまひさがり栗之進が死がひをつゝみて空たかくのぼりけり。思ふにかの蛇神の所為としられたり」。

 波之介は、つくばねと沼太郎を連れ、武蔵国金沢へ逃げた。追っ手が掛かり戦闘となった。波之介は一人で抵抗したが、右腕に深傷を負って倒れた。つくばねと沼太郎が捕らわれた。波之介は自殺しようとするが、母や姉に一目見えようと考え、上総へと向かった。
 つくばねと沼太郎を預かった雷衛門は、二人を責め殺し都合の良い供述書を捏造しようとしていた。鞭打たれ半死半生となった二人を、「死なばさいわい死にしだいと」庭先に縛り付けておいた。杣木朴平に対する山下定包の仕打ちが思い出される。悪人の行動パターンなんて、実の所、解り易く単純だ。隠蔽の仕方に個性が顕れるに過ぎない。其れは措き、つくばねが沼太郎とともに舌を噛み切って死のうとした瞬間、「白きものふはり/\とへいをこしてこなたにおつるとみへしが、親子二人は霧中になり、おぼへずへいのそとへぞいでたりける。これすなわち栗之進の霊魂、妻子をすくひいだせしものなるべし」。

 引田源兵衛は天寿を全うし、兵太は六歳になっていた。源太が兵太を連れ下総に赴いた帰り、古河の渡に差し掛かったときのこと、まさに船が出発しようとしていた。源太は待つよう呼び掛けるが、船頭はじめ乗り合いの者ども悪態を吐いて船出を急いだ。源太は大いに怒って走り寄り、船を掴んで揺さぶった。犬田小文吾を彷彿とさせる恠力だ。船頭は手を合わせて詫び、源太らを乗せた。源太の大力は近国にまで轟いた。
 実家に辿り着いた波之介を老母は目敏く見付けた。主人が罪を得たとも言えず波之介は、勘当されたと嘘を吐いた。怒って棕櫚箒で打擲する老母。見かねた源太が間に入り波之介を迎え入れた。
 急に源太の身持ちが悪くなった。近郷のあぶれ者と付き合い遊び歩いた。おかんは嘆くが、老母は夫が特に撰んだ婿なので文句も言えずにいた。ついに源太が相伝の田畑五十五石を売り払ったと聞いた。おかんは詰った。源太は逆切れして、おかんに「離縁状」を突きつけ家を出た。慌てた老母が源太を引き戻し、奥の間の襖を開いた。波之介が切腹し、まさに果てようとしていた。実は源太が急に身持ちを悪くした理由は、放蕩三昧で愛想を尽かさせ、波之介に家督を継がせようという魂胆。其れと見抜いた波之介は腕の利かなくなった自分に代わり、行方不明となった沼太郎つくばねを探し出し竜王丸を取り戻すよう頼み込んだ。栗之進に託された脇差を託した。源太は承知した。波之助は死んだ。源太は、つくばね沼太郎を捜して旅立った。おかんが「離縁状」を開くと、田畑五十五石の権利証であった。
 八犬伝では、信乃を密告すると言い立て山林房八が死にゆくとき、信乃の骨相図が提出され、実は信乃の身代わりになろうとしていたことが明かされる、あの場面に対応する。

 縁者をたずねて奥州白河まで来た沼太郎つくばねであったが、既に縁者は亡くなっていた。追っ手が迫っていた。途方に暮れ淵に身を沈めようとしたとき、またしても「頭のうへに白きものふは/\とおちかゝるとひとしく、つくばねが総身しびれて地にふしぬ」。ちょうど源太が通り掛かり、二人を保護した。此処で初めて源太は、自分の母が栗之進の乳母であったと明かした。乳母子が乳兄弟のため死闘するなんてのも、近世文芸の常套である。八犬伝でも、道節にとって、お口の恋人……ではなかった、尺八と力二は乳兄弟たる道節のため戦死した。美少年小姓が主君のため殉死/殆ど情死する世界に於いては、他人である者同士を「乳母」なる存在が擬制の兄弟として緊密に結び付ける。理不尽な封建制主従関係は当然、理不尽な人格レベルの関係を要請するものだ。封建制の一側面では、本来は異性同士の関係を同性間に持ち込んだり、同じ乳をしゃぶるなり、男同士が【性】を廻って緊密に結合する。即ち封建制主従関係とは変態的擬制家族関係でもあり、其処まで無理をしなきゃ実現できない人間関係なぞヒトとして不自然なんだから別の社会制度を追求すべきなのだが、長らく家族ゴッコを続けた実績からすれば、あんがい好きで封建制/ママゴトに耽っていたのかもしれないけれども、あだしごとはさておきつ。

 いなでは死に、おかんは困窮した。二十代前半の健気で美し過ぎる寡婦なぞ、食い物にされるだけだ。五十五石の田畑を預けた者が貪婪で、何の彼のと物成を滞らせた。家財を売り尽くし源太の帰りを待って泣き暮らした。目を泣き潰し、盲目となった健気な麗寡婦は、此処で死ぬより源太に寄り添い果てようと思い詰めた。兵太を連れ袖乞いをしながら後を追った。白河の辺りで持病の癪が出て、座り込んだ。道行く人の気配に、薬を乞うた。近付いてきた者は蛇九郎であった。蛇九郎は、おかんに愛人になるよう迫った。おかんは懐刀を抜いて斬りかかった。蛇九郎はなんなく、おかんを切り倒し立ち去った。縋り付く兵太に仇を討つよう言い残し、おかんは死んだ。少し離れたところで様子を見ていた蛇九郎が立ち戻り、兵太を斬殺し、姿を消した。美徳の不幸は、美徳が汚辱に塗れ最悪の悲劇のうち惨死する様は、マルキ・ド・サドの同類に昏い悦びを与えつつ実は、悪徳の栄えを見せつけられた後味の悪さを強調する。ひとが隠し持つ悪徳を鋭く自覚させ懺悔の心を引き出し、以て美徳の尊さを強調する……まだ人々が良心とかいうものに留意し得た時代、現在では嘲笑の対象にしかならぬ遠く過ぎ去った旧き善き時代にのみ通用していた筆法である。

 源太が沼太郎つくばねを匿っている村へも、追っ手の「つちこ舟助」が現れた。庄屋の木工作ならぬ杢蔵は、源太を呼び出し母子二人を差し出すよう求めた。適当な返答をして帰るさ、おかん兵太の死骸を見付け源太は驚愕した。沼太郎つくばねの身代わりとして首を切り落としたところへ、沼太郎つくばねに縄を掛けて杢蔵が登場。源太が素直に沼太郎つくばねを差し出すとは思わず、先回りして捕らえたという。源太は斬り掛かろうとするが、舟助が現れ沼太郎つくばねを素早く連れ去った。追っていこうとする源太を杢蔵が押し止めた。何故だか、つくばねと沼太郎も一緒だった。此の杢蔵は自分の正体を、安房ふた山に棲む狐だと明かした。曩に行われた狐狩りで、栗之進は一匹を助けた。其れが此の狐の親であった。いつか恩を返そうと考えていた息子狐は、栗之進が非業の死を遂げたとき、「八幡不知の蛇神のしはざなれば、われ/\が力にかなはず、かげでなげいておりました。そのゝち、おん二方とらはれたまひ雷衛門が庭先にておん命あやうき節も、わたくし栗之進さまの霊魂とみせておんすくひまうし、またおん身をなげんとしたまひし時も栗之進さまの霊魂とみせておんとゞめ申せしぞかし。なんぼわれ/\が通力にても、まことの妻子をわたさねば舟助をまったくあざむくことかなはず」「狐またいはく、ふびんや、かれらはおしつけ正体あらはれてころされますでござりましやう。畜類とても妻をこひ子をおもふ恩愛のせつなるは人さまにかはりませぬ」。狐は、雷衛門が蛇九郎を使って竜王丸を奪ったこと、蛇九郎が兵太おかんを殺したことを教えた。八犬伝でも、人の知り得ぬ裏事情を語る者として、通力をもつ狐が設定されていた。
 奥州から帰った蛇九郎が雷衛門と源太を殺す策謀を練っていると、「味方のうちにかへり忠の者ありて雷衛門が陰謀露見しければ雷衛門はやくこの事をしり蛇九郎舟助そのほか一味の者をひきつれ竜王丸の剣たづさへて房州より船にて海をわたり鎌倉までにげきたるところへ、ちょうど白藤二方をつれて七里が浜にていであひければ、雷衛門、味方の者に下知して白藤とたゝかはせ、そのひまにおのれは蛇九郎とゝもに、つくばね親子をとらへてにげゆきぬ」。
 源太は囲みを切り開き、雷衛門と蛇九郎の襟髪を掴んで宙吊りにした。沼太郎と共に二人を抉り殺し、竜王丸を取り返した。秀国は沼太郎に筑麻の家を継がせ加増した。源太には夷隅郡を与え郷士とした。おかんに物成を差し出さなかった貪欲者は恐れて逐電し、行方知れずとなった。
 秀国は八幡不知の蛇神を退治しようと考えた。抑も物語前半の悲劇は、此奴が八幡不知竹藪に栗之進を派遣したため起こった。放置しておけば蛇神も大人しく竹藪に籠もっていたのであって、興味本位に要らぬチョッカイをかけるからイケナイ。まるで画に点睛させ虎を走らせた変態バカ管領細川政元みたいなものだ。権力者の暗愚は、災厄を招く。しかし「白藤源太談」の作者は、別に秀国を責める積もりはないようだ。秀国は源太に竜王丸を貸与して八幡不知の竹藪に派遣。日蓮宗の高僧が法華経を読むと、大蛇が姿を現した。源太は難なく蛇を斬り殺した。「かの美女の姿あらはれいで、われまことは鹿島の要石の精霊なり。じゃ神の命数つきけるまで、われこれをしづめゐたり。いまはすでに命数つきてほろびたれば、われたちさるなりとて雲にのり光をはなちてとびさりぬ」{鶴岡節雄校注「房総の力士白藤源太談」千秋社}
     ◆

 ちなみに、「白藤源太談」に載す四ツ竹節は、次の如きである。

     ◆
ひがしかづさのいちみのこほり村の小名をバかねおき
村よひく田源兵衛がそうりやうむこにすまふ取
にてしらふじげん太力じまんでわうらいごとにかたで
かぜきる其なりふりを人にうとまれ大酒をこのミこゝじや
かうろんかしこじやけんくわげん太/\とうきなが立て親の
源兵へがはてられてのち五十五こくのでんはたやしき酒の
なんのにみなうち入て女房おかんはなみだをながし
ぬかにくぎとはわたしがゐけんどふで聞入有まいなれど
ひとり有子はかはゆふないか{後略/東上総の夷隅の郡、村の小名をば金置村よ、疋田源兵衛が惣領婿に、相撲取りにて白藤源太、力自慢で往来事に、肩で風切る其の形振りを、人に疎まれ大酒を好み、此処じゃ口論、彼処じゃ喧嘩、源太/\と浮名が立ちて、親の源兵衛が果てられて後、五十五石の田畑屋敷、酒の何のに皆うち入て、女房おかんは涙を流し、糠に釘とは私が異見、どうで聞き入れあるまいが、一人ある子は可愛ゆうないか}
     ◆

 当時は如斯き「四ツ竹節」が歌われていたらしく、白藤源太談は此の歌にインスパイアされたようだ。同様に此の歌を元にした話が、歌舞伎の舞台にも懸けられたようだ。或る時期、江戸もしくは上総を含む地域で広く知られた歌/物語であっただろう。

 さて、白藤源太談の要約は、中盤で濃く結末でショボくなったけれども、抑も原作からして如斯きのもののようだ。作者は中盤の人情話が書きたかっただけだろう。終盤の大蛇退治はオマケと思える。俵藤太の竜宮説話を取り込み竜王の剣なんて大層な物を持ち出している割に、大蛇退治が詰まらない。絵草紙だから、お手軽なのは仕方ないにしても、此の話が「竜頭蛇尾」の語源になった、とでも云いたくなる。ちなみに、今回取り上げた「白藤源太談」の作者は山東京伝である。文化五年ごろ成稿した作品だ。{お粗末様}

 

 

 

 

 
 

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