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■平将門はバカ■

 椿説弓張月の「椿」とは何か。篠斎の八犬伝九輯上帙評に対し、馬琴は長々と語っている。

     ◆
古の下問に片て云唐山明末以降の俗語に一椿事又略して椿事といふ事多く見えたり文化中岡島か水滸解{冠山の忠義水滸伝解カ}(写本なり)を購求めて見しに■木に舂/事{シヨウジ}に作りて解も愚意と齟齬志たり志からハ椿事とあるハ唐本筆工のあやまり歟と疑しく思ひなりてそれより以来諸小説を見る毎に心をつけてよみ考へ志に稀にハ■木に舂/事に作るもあれと多くハ椿事とあれハ原来■木に舂/ハ反て誤字なるを知れり就中金瓶梅にハ古の俗語多く処々に出たり因て自得発明すらく古の椿字ハ箇と同義にて一箇事といふへきを俗語にハ一椿事といへる也志かれとも国俗の物万を一箇といふと同しからす何となれハ此間にいふ一箇の箇ハ虚字なれと(譬ハ日次に十日をとをかの日といふか如し)椿事の椿ハ虚字にあらす箇と同義にて箇も個も此にて国俗のかくの如きといふ程の意あり扨又唐山の俗語に椿事とハいへとも椿説とハいハす志かるに弓張月の一書に椿説の二字を冠らせしハ一椿事の小説といふへきを略して志か名つけし也俗語の椿事ハ上にもいへることくかくのことき事といふ義あれハ椿説ハかくのことき小説といふ古ゝろはへにて翁のきらひ給ふことなから仏典に如是我聞といへるに似たるへしと己ハおもへりされ婆とて此椿ハ何によりて箇と同義なるやそこまてハいまた得考へすそは俗語に精細なる博士の明解を待んのミおのれ嘗おもへらく我弓張月なる椿説ハ心ある看官のその義を疑ひ思ふもあらむ筆のついてある折に自注せはやと念志しかとも問れさるにものせんハをこかしきわさ那れハ三十余年黙止志しに今翁か古の挙によりて下問ありては年来のほいにかなふとうれしけ連よりて又おもふに知りたる事を{人に}問れてそを答るは反て易く人の疑ひおもふへき事を問ふて後の惑ひっを啓くハなか/\にかたかるへし佐れハにやいにしへの人以へらく洪鐘あ里と以へとも敲されハ鳴らす鳴らすハ誰か呂律を弁せんけに敲れて鳴る鐘よりも敲くハ人のちからにあり鳴乎たゝくことかたくもあるか那
     ◆

 馬琴らしく正確を期そうとグヂャグヂャ云ってはいるが要するに、一椿事の「一椿」は「一箇」と同義であるが、日本語の「一箇」の「個」は虚字であって「一箇」も冠詞の「a」ぐらいのものだけれども、唐山では「Particular」であって、やや強調して「この/あの」ぐらいにはなる。よって椿説弓張月は、消極的な「いわゆる一つの弓張月」ではなく、より積極的な「この特筆すべき弓張月」ぐらいになる。
と、前振りが長くなったが、今回は「妙椿」の話題だ。が、上記「椿説」の「椿」は全く無関係なので、忘れていただきたい。

 八犬伝を懐胎した者を、伏姫/聖母とすれば、【種】は玉梓{が怨霊}である。「種」であるが故に、玉梓の後身/八房は、伏姫/聖母の霊的な夫として機能する。種と畠が揃って初めて、子は生まれる。
 玉梓が八犬伝の種となった所以は、強力な怨霊へ変換した点に求められる。怨霊となったればこそ畜生道に墜ち、八房と変じて「種」となり、伏姫と配偶した。八犬士の種であるからこそ、八犬伝の種でもある。では、玉梓は何故に怨霊となったか。

 端的に言えば、バカだからである。

 篠斎は「八犬伝九輯下帙之上愚評」に於いて疑問を呈した。
 「義実犬をは鍾愛すとも狸まてもとめて何にかセんそも八房か乳無くてハあられぬほとにあらハこそ又その狸を尋子もせめ既に乳におよはすなりて来すなりけりとあるならすや猶もし義実奇をおもひ狸の事をおもふとも愛犬のためにそを孚みし獣をまて愛て賞して禿祠に祭るの事あらんや」
 里見義実が、其の存在を知らぬ玉面嬢にまで気が回らぬは当たり前であって、怨まれる筋合いはない。よしや知っていたとしても、祀ることまでは思いつかないだろう。玉面嬢が里見家を怨むことは理不尽に過ぎ、ストーリーとして無理があるのではないかとの指摘である。対して馬琴は、天保九年六月念四日付で朱書を以て以下の如く答えた。

 「理に明なる者ハ天をも怨ます人をも咎めす■■{二字消去:私怨}ハ都て理に暗きか致すもの也古の狸妖の情をよく思はれぬ故にこの理論あり只この狸妖のミならす和漢古昔妬婦の情愛かくのことし神田の将門の廟{/マダレに苗}藤原の広嗣の廟{/マダレに苗}近くハ四谷のお岩稲荷みなこの類也神とし祭らハ玉梓の余怨も甘心せさること得さるへし」

 即ち、怨霊となった者たちは、順逆の理を弁えず自らの非を認めないまま殺されたのだ。要するに、何等か相応の理由があって殺されたにも拘わらず、「相応の理由」に正当性を認めない。個人の生命は、なるほど【絶対的価値】を有するのだが、他人様の生命や人権を軽んじ容易に害した者どもの生命にさえ「絶対的価値」を認めるべきか否かには、議論の余地があるかもしれない。
 まさしく山下定包や玉梓は、人々の運命を弄んだ。幾ら取り繕ったところで、玉梓の助命嘆願は、他者を軽んじ自らのみを絶対化し保護/免罪しようとする、まことにゴモットモではあるが理不尽極まりないものだ。要求が過大なのだ。真の【独善】である。
 また、玉面嬢の望みは、自分を衝き動かした八房/「玉梓が怨霊」さえ祀られたのだから、自分も狐の如く祀られたいというものであった。元々怨霊は理不尽なものであり、要求が過大なのだ。

 馬琴が怨霊として挙げた平将門も藤原広嗣も、朝敵である。当時の朝廷が支配者としての正当性を有していたかは甚だ疑問であるけれども、此処では八犬伝読解が課題であるので、思考停止し、「朝敵」であるが故に、順逆の理を弁えなかったとしておく。理を弁えず、自らの死の責任を相手にのみ課して怨むことこそ、怨霊の特性である。

 但し「四谷のお岩稲荷」に就いては説話が各種あって、馬琴が此の場で何連に依拠しているか確定が難しい。しかし、馬琴時代まで、例えば鶴屋南北の東海道四谷怪談{文政八/一八二五年}までは、お岩は伊右衛門に【殺されない】。明治以降の脚色で伊右衛門の悪玉ぶりが肥大化する。よって、お岩の怨念は正当化されることになる。南北の四谷怪談で伊右衛門は、出世のために妻お岩を離縁しようとした唾棄すべき人物ではある が、殺そうとは考えていない。少なくとも、直接に手を下してはいない。南北の四谷怪談で、お岩は事故死した。此処等辺りまでのストーリーを馬琴が念頭に置いていたとすれば、伊右衛門は無理に殺されなくともよい。お岩が自らの死を購わせるため、伊右衛門の生命を要求したとすれば、過大である。理を弁えていない。要するに、バカなんである。

 ……と、此処迄、不用意に「怨霊」との語彙を使ってきたが、実は不適切な用語である{いや単に「玉梓が怨霊」との一句を書きたかっただけだ}。 引用した馬琴評答{消去部分}に明らかな如く、馬琴は「私怨」との語彙を当初は使っていた。【うらみ/復讐心】は玉面嬢が抱いたような理不尽なものだけではない。例えば毛野が、馬加大記を籠山逸東太を付け狙ったことは、馬琴にとって是認すべきことであって、「私怨」ではなかろう。社会の共通認識/公である。やや語弊もあるが、【公憤】に庶{ちか}いものだろう。とはいえ、「公憤」「義憤」とは謂うが「公怨/義怨」なる表記は一般的ではない。元々「怨」に、私的もしくは理不尽なニュアンスがあるか。憤は爆発的な陽性、怨は裡に籠もる陰性の印象もある。よって、「私怨」は屋下に屋を架すが如きダブリングにも思える。馬琴が「怨」「余怨」を説明するに当たって「私怨」なる二字を書き且つ消した意味は、解らぬでもない。

 理不尽な私怨を抱く者は、バカである。しかし、バカなだけでは、強力な{私}怨霊とはなり得ない。元々偉大なエネルギーを有しており、偶々バカだから使い方を誤り、甚だ迷惑な怨霊となったと考えるべきだろう。何故ならば、例えば新自由主義者とか何とか、世に理不尽なバカは多いが、バカの数ほど怨霊は認知されていない。バカのうち膨大な迷惑を捲き散らす者だけが、強力な怨霊として認知される。絶対値の極めて大きな負のベクトルこそ、怨霊である。しかし所詮はバカ、根が単純だ。多くのバカは、確信犯ではない。単に、理に暗いだけだ。煽てられると機嫌を直して、正方向へ逆転する。「神とし祭らハ玉梓の余怨も甘心せさること得さるへし」である。

 此処で疑問が生じる。「順逆の理」を弁えないバカが、犬士に紛れ込んでいる。忠犬士、犬山道節だ。バカと何とかは使いよう、とも云うが、何故にバカが犬士に紛れ込んでいるのか。

 道節は確かにバカではあるが、救いが無いワケではない。彼は火遁術を独学で習得した。剰え、術を使って民衆を誑かし、金を巻き上げた。勇士の為すべきことではない。バカだ。愚の骨頂である。しかし自らの愚かさに気付いて、術書を捨てた。立ち直ったと云える。
 彼のバカさ加減は、「順逆の理」を弁えず、扇谷定正を付け狙うことで、頂点を示す。何度か惜しい所まで行くが、結局は完遂できない。蟠りを残しつつも、諦める。定正{と朝寧}が何か霊的なモノに守られているよう感じるほど、運良く道節の手から逃れる。……ってぇか実のところ、筆者は、伏姫が定正{と朝寧}を守ったとさえ思う。道節の邪魔をする巨田持資・助友父子など、伏姫の使いっ走りかと疑っている。特に「助友」は、道節/友を助けるとの含意を竊に籠められてると思いたくなる程だ。

 道節の特性は、「バカ」だけではない。パッションの強さもある。裡に秘めたパッションの強さは、数値で表せたりはしないが、単独で対する敵の強大さは、道節が随一である。
 親兵衛に「対」した細川政元が八犬伝中最大の権門ではあるが、両者に武力の衝突はない。却って政元が、徳用の讒言を退けるなど、親兵衛を擁護する局面もある。親兵衛は性欲の対象にされただけだ。殺される危険性はなかった。

 危険を顧みず強大な敵/定正に対した道節のパッションは、犬士随一である。言い換えると、道節が定正に敵対してパッションの強さを明示できた背景には、順逆の裡を弁えぬ、彼のバカさが在った。バカさ故に、人としてのパッション/情念を他犬士より多く解放/発現したとも云えよう。バカさとパッション/精神的エネルギーの強さは、セットなんである。ややもすれば負の方向へ迸ろうとする強大なエネルギーを、強固な理により正の方向へと転換せしむることが出来たならば、恐ろしい怨霊は、頼もしい守護神へと変わるだろう。

 玉梓は強大なエネルギーと深い愚かさを抱いたまま、怨霊となり、畜生道に堕ちて八房となった。その念{おも}いは玉面嬢さえ衝き動かした。しかし、両親の思いさえ裏切る【過剰な理】を抱く伏姫と過ごすうち、八房の愚かさは消えていく。八房の裡から愚かさが消え、「怨」が消えたとき、伏姫の胎内に犬士の精/霊が生じた。
 愚かさ故に迸る過剰なエネルギーが、過剰な理と出会い、愚かさから分離され理と合体したとき、犬士{の源}が発生した。「人犬/伏」なる一字は、理/人とエネルギー/犬が合体することを宣言していた。伏姫は、犬士を懐胎した。


 犬士のうち最も愚かであるが故に最も強いパッションを抱く道節は、煩悩の滾り/情念に藻掻き続けた。濃く深い煩悩の坩堝の底まで舐め尽くした。
 道節の三男道空は、ヽ大・念戌の法燈を嗣ぎ延命寺の住職となる。八犬伝に於いて、最高の格を有する僧侶に認定されたと思しい。定正を付け狙い、煩悩の炎に身を焦がし、偽僧/寂莫道人肩柳として炎に身を焦がした道節の、其の息子が真の僧侶となっている。「道空」の「空」を【色/煩悩】の対語と見れば、道節から愚かさ/煩悩を抜き去った存在と見ることが出来る。愚かさ故に迸る怨霊の膨大な負のエネルギーを、正に転換できれば、却って聖なる存在が出現する。悪に強き者は、愛にも強い。水滸伝でも、かなり濃厚な煩悩を有していた魯智信が、のたうち回った挙げ句に理想的な禅僧と変じ、大往生を遂げた。

 里見義成は云う。
 「都て神異霊応の、人に福あるときは、世俗是を霊験利益と称え、又神異霊応の、人に禍あるときは、世俗是を妖怪といふ。有恁れば魔仏同根にて、相距ること遠からず、誰かその因て、起る所を覚知んや」{第百二十九回}

 「魔仏同根」である。八犬伝畳翠君評に対する丙申{天保七年}夏五月朔付答には、「妙椿か妙薬ハ富山の後段の神薬と照対にて魔仏原是一体の義を取れる也」との表記もある。此処で「魔」を妙椿、「仏」を伏姫としても良かろう。ならば、妙椿と伏姫は同根であり且つ対なる存在だ。が、伏姫は妙椿を足蹴にして容易く撃退した実績がある{第百十三回}。パワーバランスが大きく偏っている。レベルが違うのだ。では、「魔仏同根/魔仏原是一体」の理に於いて、妙椿と対照となるべき者は誰か。勿論、筆者は妙椿と対照なる者として、戸山妙真を挙げてきた{「富山は何故に富山でなく富山か」参照}。

 上にも揚げた「八犬伝畳翠君評」に対する「畳翠君の八犬伝第九輯中帙の総評を閲して足らさるを補ひ且疑惑を解奉る評答」「丙申夏五月朔 著作堂痴叟稿」には以下の如き一条がある。

     ◆
第百九回
妙椿か巣藤を誘引たる人不入山を貴評に西上総なる椿志らすといふ魔所を傅会志給ひて妙椿ハ其処にとし来栖ミたる古狸なれハ妙椿の椿ハ則椿志らすの義なりとて呂洞賓か事なとを引出て臆断御推量の趣作者ハ耳新しく覚て驚れ侍り志か連と母愚意はさるよしにて作り設けしにハあらすかく古の条ハ作者の隠微なれハ徐に知音を待んと思ひ侍りしかとも貴評ハ仰し也桂黙両評も都て愚意を悟り得さりしをいかゝハせん古の義隠微なるをもて下帙にも分解すへからすと思ひ侍りしか余りに御猜評けやけくて愚意に齟齬し候へハ今迄いハさる事を得す是併格別の御執心にて古のませ給ふよしの大かたならねは御懇情にめてまつりて分解古ゝに及へること左の如し古の妙椿ハ初輯第八回に見れたる富山の牝狸なるよしハ古児琴嶺か在世の日はやく猜考し其後黙老子も志か考得たるよし去歳の文通に聞えその後又桂窓子の再評にも考得られたれハ論なし志かるに上帙素藤か上総に漂泊の段に諏訪の社頭なる大樟樹の■木の虚/の内に在りて疫鬼と問答しぬる玉面嬢即是也古の義を上帙中帙にも本文に解さりしハ狸に玉面狸といふ一種あれハ也古の老狸富山を去りてより件の樟樹に■木に虚/に栖りしよしハ下帙に至て分明也志かるを妙椿妙椿といふ名に由て只管椿志らすの椿の内に栖るものそと思し召ぬるハ来歴をよくも考給ハさりけんいと憚りなから千慮の御一失にそ侍給めれ黙評に妙椿と名つけられしハ八百の義ならんといへり古はよしあるに似たれともその義を詳に解連されハ尚偶中にやあらむすらん実に妙椿と名つけしは八百比丘尼の義を取りたれとも本拠ハ則荘子より出たりその文左の如し荘子(逍遙遊)曰。上古有大椿者以八千歳為春以八千歳為秋云云。古の段荘子翼循本曰。八千歳為春八千歳為秋者折椿字為二箇八百乗之以十則二箇八千歳之数也。滑稽杜撰偶然出此。本伝に所云八百比丘尼妙椿ハ職(モト)として是の由なりその八千に拠らすして八百に憑(ヨ)るよしハ循本に見える如くいまた乗せさるの八百なり作者の深意かくの如し件の大椿ハ椿樗にて国俗の所云椿和名通婆木と同しからず本邦の椿ハ山茶花の類也又唐山の椿ハ樗と相似たり古ゝをもて樗を椿樗とは良材にて樗(即椿樗之)ハ散木也椿と樗の弁ハ五雑組に詳也和名のあふちといふ樹に古人樗字を当たるハ非也あふちハ楝也(江戸の方言にセンタンと云即是也)楝子(アフチノミ)を江戸にてせんだん(栴檀)の実と云椿樗ハ臭気あり花さけハいよ/\堪かたし小川町裏神保小路なる武家にこの樹あり古の他在る処にハなほあるへし愚意かくのことくなれとも是等ハいまた隠微とするに足らす犬江親兵衛か祖母妙真ハ俗名を戸山といへり因て人喚て戸山の妙真といふよし第四輯山林房八か義死の段に見えたり戸山と富山と和訓同し又妙椿ハ当初富山に栖ミし牝狸也八百比丘尼に変化志ぬるに及ひて法名を妙椿といふかゝれハ古も亦富山の妙椿といふへし志からハ其名彼と此と真椿の二字異なるのミその余ハ称呼相似たり又その妙と名つくるよしハ妙字を折けハ少女也唐山の俗語に少女の二字を妙に作れり又天朝京師寺院の隠語に美婦人を妙(即少女)といふよし塩尻に見えたり然れハ妙真の妙ハ子に後れ■女に息/におくれて独死さる故にその孫親兵衛に再会の歓ひありかゝれハ既に老たれともなほ不老の少女のことし古ゝをもて妙と云妙ハ即少女且真ハ真俗二諦の義にて虚妄ならぬを取れるのミ又妙真か俗名戸山なるよしハその孫親兵衛神助を得て富山に寄を数年にして竟に祖孫再会すかゝれハ妙真か六年の憂ひハ便是富山に在り又終身の歓ひも亦富山にあるの前兆也又妙椿の妙ハ若狭の八百尼と偽称してその面影少女の如し古ゝをもて妙と名つく椿ハ則椿樗にて身後に臭名を遺すのよし也古れを作者の隠微とすれとも世の看官ハさらなり知音とおもふ友達も多くは拙作の皮肉をのミ探り愛怡ひて骨髄に得至らぬを遺憾とす只この一条のミならすいかて隠微を発明の精評にそねケハしけれ畢竟作り物語なれハとて歌舞伎狂言観る心地にてゑせ評判をせる看官の為にハいふへくもあらすよしや某等に解示すとも馬耳の東風ならんかし只古は知音の為にいふのミ但し妙椿といふ名古人にあれともそは婦人にあらされハ紛るへくもあらぬもの也人不入山と名つくるよしハ素藤を首にて数百の兇徒この処に隠れ居ても人に志られすといふ注連を引たるのミ人不知と喚做したる訳(ワケ)も本文に詳なれハ椿の椿志らすを借用志ぬるにも及ふへからす志かるを椿の精の妙椿の体に入れることくに評し給へるハ当りかたく侍り下総なる八幡の八わた志らすハ世の人をさ/\聞知りてその藪を見きといふもあれと上総なる椿の椿志らすハ世の人これをいふものなし房総志料にこの椿の事を載さるをおもへハ地方も詳ならぬなるへし古の評答甚過当……後略
     ◆

 質問者が、上総国木更津の「椿知らず」と妙椿との関係を質したところ、馬琴が全力で関係を否定している。此だけ思いっ切り反発しているのだから、まぁ、信じても良かろう。
 続いて馬琴は、妙椿と「八百」の関係を明かす。出典を荘子第一逍遙遊の「上古有大椿者以八千歳為春以八千歳為秋云云」としている。偶々閲した注釈本に「折椿字為二箇八百乗之以十則二箇八千歳之数也」とあったため、「椿」と「八百」を結び付けた、と云う。
 即ち「椿」を分解すると、「木」が「――|/\」、春が「―――/\日」となる。このうち「―/日」で「百」、「/\」が「八」、「――」が「二」となり、残りが「−|\」だ。此の「―|\」は苦しいながらも「个」と見る。「个」は「箇」であるから、「椿」を要素に分解し再構成すれば、「二个八百」すなわち「二箇八百」となる。八百を十で乗すれば八千。二つの八千が荘子に云う、「以八千為春以八千為秋」つまり八千春秋となり、春秋が歳であるから、荘子の椿は八千歳なのだ。馬琴は「椿」を表す数として、十で乗ずる前の数、八百を採用した。「妙椿」が「八百比丘尼」である所以だ。但し馬琴が此処で云う「椿」は、愛媛県松山市の市花ツバキではない。樗を指している。樗は臭気ある木であり、実のところ「妙椿」には、【八百年/半永久的に悪臭漂う名を残す】、との含意があった。
 此処までは良い。何の衒いもなく、容易に首肯し得る。が、問題は以下の部分だ。

 妙椿/玉面嬢は元々富山の狸だから「富山の妙椿」と云える。親兵衛の祖母は「戸山の妙真」である。「真椿の二字異なるのミその余ハ称呼相似たり」と迄は馬琴も確認する。しかし馬琴は此処でプイと目を逸らして話題を変える。「妙」の字義を説明しだす。
 まず塩尻を引いて、「妙」とは少女であり、京都の寺院で美女の隠語だとする。馬琴は妙真の「妙」に、老嬢の意味を込めたと明かす。青年男女/房八・沼藺夫婦に先立たれた事を以て、実際の年齢はアレとして、少女と見做す。後に孫/親兵衛/先立たぬ卑属と再会して漸く、順逆の理に身を置く。再会するまで妙真の時間は止まっており、「不老の少女」のようなものだ。故にこその「妙」であった。妙椿の「妙」も、少女/若い女である。 但し此方は、少女を偽装していたからこその「妙/少女」であった。尚、妙真の「真」は、「真俗二諦の義にて虚妄ならぬを取れるのミ」であった。「戸山」は、富山に縁があることを示す標識である。
 要点を絞れば、妙椿・妙真とも富山に深く関係し、且つ「少女」である。しかして妙椿は少女を偽装する者であり、妙真の「真」は絶対的真理を示す言葉だ。則ち両者とも富山に依拠しつつ、妙椿は虚妄、妙真は真理の側の存在として設定されていたことが明らかとなる。富山に依拠することを以て「同根」と云えるだろうし、両者は対照である。
 「富山は何故に富山でなく富山か」で筆者は、犬士の霊的な父である八房に乳を与えた玉面嬢妙椿は犬士の擬似的な祖母であり、妙真は紛うことなく犬士/親兵衛の祖母であることを指摘、其の対照性などを論じた。今回は、遅れ馳せながら自説を馬琴の言葉で補強したに過ぎない。パートタイム読書人{どくしょにん}だから、思うように論を進められないモドカシサはあるが、元々八犬伝物語に遊ぶ気楽な旅、焦ることもないだろう。{お粗末様}



   
   

  

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