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■ぽっちゃり可愛い小文吾が実は性悪?■

 世に兵家というものがある。戦争に勝つ術を説く。
 ところで戦争/国家間闘争は、苟も国家である以上どの組み合わせでも、勃発し得る。何故ならば国家間関係とは本来、独立した他者同士のものであるからだ。国家間の【闘争度】原点ゼロを設定するならば、所属する全人民が心の底から対象国に全く融和している状態となる。互いに独立国家である必要が、殆ど無い。間に無意味な「国境線」が引かれているに過ぎない。此の原点ゼロとは、譬えるならば、愛し合う者同士が、求め合い没入し、それぞれ互いに表皮で【絶対的】に隔離されているにも拘わらず、まるで一つの夢を結んでいるよう、勘違いしてしまっている、あの瞬間みたいなものだ。其れは一個の独立した個人としては、幸せで、ささやかな、【死】に等しい。表皮が融解してしまっていると感ずる状態だ。
 
 六韜や三略といったものもあるが、やはり孫子・呉子を兵書の泰斗とする。孫子は呉子のソレより先行しているようだが、保存が良く纏まった形で残っている。一方の呉子は、一説には四十八編を数えたと言うが、一部しか残っていない。孫子より遅れ漢代中期ごろまでに成立したらしい。また筆者は兵家を「戦争に勝つ術を説く」者だと、上記した。呉子の特徴としては、戦闘に当たっての準備など実用上の説明が当然ながら有るが、少なからざる部分を、「戦争に勝つ」ための国家構築に向けている。
 
昔承桑氏之君、修徳廃武、以滅其国。有扈氏之君、恃衆好勇、以喪其社稷。明主鑒茲、必内修文徳、外治武備{序}。
 
 文徳だけでも武備だけでも国は滅びる。外敵と戦うためには、まず「内修文徳」が必要となる。注意せねばならぬことは、「内修文徳」は財政の充実や、はたまた儒学チックな王道を説いているわけではない点だ。
 
呉子曰、昔之図国家者、必先教百姓、而親万民。有四不和。不和於国、不可以出軍。不和於軍、不可以出陣。不和於陣、不可以進戦。不和於戦、不可以決勝。是以有道之主、将用其民、先和而後造大事。不敢信其私謀、必告於祖廟、啓於元亀、参之天時、吉乃後挙。民知君之愛其命惜其死、若此之至、而与之臨難、則士以進死爲栄、退生爲辱矣。{図国}。
 
 兵器に格差のない古代にあっては、兵員の士気こそ重要であった。此処では「国家」が、まるで【家】の如くあるべきだと説く。戦うためには【和】による凝集性が必須なのだ。其の為に、君主は私心を露わにしてはならない。国難に当たれば、まず先祖の廟に告げ、占いを立てる。君主個人を超えた存在により戦いの必要性を裏付ける。当時は社会心理を操作するに、占いは有効であった。現代に於ける呪術、都合の良い醜聞・美談の捏造や誇張と、何ら変わるところは無い。また、いつも君主が兵員を愛し其の命を惜しんで見せることで、却って喜んで死地に赴く兵士を育てていることが前提となる。宗教国家の戦い振りに近似しているが、戦闘を目的として、道具主義に立って家族的な社会関係を構築しようとしている。このような国家で育まれた兵士は、カミカゼや自爆テロを厭わないであろう。
 
呉子曰、凡制国治軍、必教之以礼、励之以義、使有恥也。夫人有恥、在大足以戦、在小足以守矣。然戦勝易、守勝難。故曰、天下戦国、五勝者禍。四勝者弊。三勝者霸。二勝者王。一勝者帝。是以数勝得天下者稀、以亡者衆{図国}。
 
 礼によって統制し、義によって士気を鼓舞する。序の「内修文徳、外治武備」を言い換えた部分と言って良い。君主に文武の両面を兼備するよう要請している。ただ積極政策で侵略戦争を繰り返すことには否定的だ。小金が貯まるとイソイソ討って出る、そんな事を繰り返す国は結局、天下を取ることが出来ない。そんな馬鹿餓鬼国家が攻めてきても守りを堅くして撃退し、国力を十分に蓄えた後、満を持して押し出していく。一度の戦いで一気に天下をとる者こそ、帝王である。圧倒的なほどに国力を高めれば、戦わずして周辺諸国が軍門に下ることもあろう。小刻みに殺戮を繰り返し版図を広げ最後に天下を取ったとしても、長続きはしない。
 
呉子曰、凡兵有四機。一曰氣機、二曰地機、三曰事機、四曰力機。三軍之衆、百万之師、張設軽重、在於一人、是謂気機。路狹道険、名山大塞、十夫所守、千夫不過、是謂地機。善行間諜、軽兵往来、分散其衆、使其君臣相怨、上下相咎、是謂事機。車堅管轄、舟利櫓楫、士習戰陳、馬閑馳逐、是謂力機。知此四者、乃可爲将。然其威徳仁勇、必足以率下安衆怖敵決疑。施令而下不敢犯、所在而寇不敢敵。得之国強、去之国亡。是謂良將。
 
 軍事には「四機」がある。気機・地機・事機・力機である。百万の軍を統べる者の気こそ、軍の軽重を定める。気機である。地の利が地機だ。間諜を使って敵の将卒を憎み合わしめ分断するを、事機と謂う。車を整備し舟の櫓楫を利くようにするなど軍備を整えることが力機だ。将は威徳仁勇を以て人民を統率し且つ安心させ、一方で敵を恐れさせる。但し治国に当たって仁愛のみではなく律法で引き締めることも必要だ。これを良将と謂う。
 
 呉子が単なる戦術教科書に止まらず、戦国期に於ける国の在り方を述べていることが了解されよう。孫子なんかでも勝敗を決する重要な要素として【勢】がある。譬えるならば、高山の頂に置いた石のように、静止しているものの非常に大きな{位置}エネルギーを秘めている状態だ。此の膨大なエネルギーを、此処ぞという瞬間に解放して一挙に攻め立てる。呉子は、此の【勢】を、集団の凝集性から引き出すようにしている。集団の凝集性とは即ち【和】であり、和によって高められた内部への凝集エネルギーを、反発して敵に向かって放つことから、兵士の【勢】が生ずるのだ。
 
 兵書である呉子が、和を重視する所以である。若い頃には軍閥・物部守屋を滅ぼして捕鳥部万を八つ裂きに処し、大帝国隋に喧嘩腰で臨んだ聖徳太子が「和を以て貴と為し」と言った意味も、お花畑な王子様が平和惚けカマしているようには読めなくなるだろう。東亜の国際環境は、緊迫していた。閑話休題。
 
 儒だけしか知らぬ国は文弱となり、法しかなければ表面上は強固でも人民の忠誠度は低く国難に当たれば離散しかねない。呉子は道具主義に立った国のグランド・デザインであり、和を強める場合は儒を用い、賞罰を明らかにするときには法を使うだろう。根本では儒と相容れないものの、実際の国家は、多面的たらざるを得ない。
 例えば八犬伝に登場する里見家も、仁君たる義実・義成を奉戴しつつ、やはり戦国大名家なんである。教養溢れる信乃・毛野に補佐されているにしても、やはり戦国大名家なんである。だいたい信乃・毛野だって兵法にも通じている。儒学担当主任は、知識をひけらかさない犬村大学頭である。妻すら犠牲にした彼の孝心は、聖人と呼んで差し支えはない{現代の感覚では釈然としない所が残るけれども}。法家系担当には韓非子ばりの苛烈さをもつ犬山道節がいる。多彩かつ多才な犬士群のおかげで、里見家は安定した支配を続けた。

 ぽっちゃりパンダ犬田小文吾は商人に化け{というか当時は実際に元旅籠屋の息子に過ぎなかったのだが}人々を和ませ情報を収集した実績がある。多分、甥の犬江親兵衛よりも愛嬌がある。肇輯の白地蔵口絵で、最も幼く描かれた悌犬士だ。要するに、末弟だから可愛らしい設定なのだ。一方、南関東大戦では、降参し主君を裏切って差し出す敵兵に対し、厳しい軍律を以て臨んだ。裏切り者の敵兵を断罪するとき彼は儒の言葉{古文孝経序}を使ったが、儒は彼の一部分でしかない。彼の【和】は、お花畑な平和惚け故ではなく、厳しい軍律を裡に秘めた者であった。もちろん小文吾は、意識して道具主義的に儒や法を駆使しているわけではないが、本質として、呉子にも庶い。豊満な肉体には、多様な思想が自然に包み込まれているのだろう。

 呉子には、取り込まれた形の儒ではあるが、戦国期という、如何しようもない糞っ垂れな状況に適応しようとすれば則ち、荀子となる。儒の基本は、あくまで性善だ。仁の塊である犬江親兵衞は、蟇田素藤でさえ一旦は許そうとした。勿論これは、単純で無意味な厳罰主義への批判であって、結果としての中庸を目指すものではある。
 愛嬌ある笑顔の裡に、暗く深い哀しみを湛えた巨体が立ち上がる。犬田小文吾だ。彼は、山林房八が奥深く秘めた純善を見抜けず、装われた偽悪に振り回され、殺してしまった過去をもつ。其の慚愧や、豊満な肉体を押し潰すに十分なものであろう。此処まで鋭い痛みを、もしも癒すことが出来る者がいるとするならば、迦陵頻迦のように甘く歌う美少女・毛野しかあり得ない。純善の者を自らの手で殺してしまった小文吾は、とてつもなく重い十字架を背負わされている。勿論、小文吾が房八を殺すことは役行者/伏姫の差配による。房八の魂魄が、既に死亡していた親兵衞の肉体に注入され、結局は犬士となる。房八は親兵衞に先立ち登場した徒花であるから、現象界に於ける死は些末なことに過ぎない。房八は親兵衞となって、犬士となり、富山で伏姫の寵愛を独占するのだ。が、小文吾は、少なくとも事件直後には、其処まで思い至らなかったであろう。魘された夜には、或いは望月に向かって叫んだかもしれない。
Will all great Neptune's ocean wash this blood.Clean from my hand?  No, this my hand will rather.The multitudinous seas incarnadine,Making the green one red.{MACBETH}

 また、小文吾は、犬士として行動する以前、行徳の地回りであった。民間にあって、威力・暴力を以て地域の治安を維持していた。文徳だけで世を鎮められるとの御目出度い幻想は、抱く筈もなかった。自分の周りを見回せば、純善の者ばかりなのだから、人の性を善と考えても良い環境ではあった。にも拘わらず、房八の純善を見抜けず対立してしまった小文吾は、性善説に耽溺してはいない。可愛いらしいので、若しかしたら幼少期、近所のオバサンたちにレイプされ輪姦されるなどして、人間不信を植え付けられたのかもしれない。
 儒のくせに性悪説を採るとしたら、荀子である。荀子・王制に曰く、

     ◆
請問為政。曰、賢能不待次而挙、罷不能不待頃而廃、元悪不待教而誅、中庸雑民不待政而化。分未定也則有昭繆也。雖王公士大夫之子孫也、不能属於礼義、則帰之庶人、雖庶人之子孫也、積文学、正身行、能属於礼義、則帰之卿相士大夫。故姦言姦説姦事姦能遁逃反側之民、職而教之、須而待之、勉之以慶賞、懲之以刑罰、安職則畜、不安職則棄。五疾上收而養之、材而事之、官施而衣食之、兼覆無遺。才行反時者、死無赦。夫是之謂天徳。王者之政也。
聴政之大分。以善至者、待之以礼、以不善至者、待之以刑。両者分別、則賢不肖不雑、是非不乱。賢不肖不雑、則英傑至、是非不乱、則国家治。若是名声日聞、天下願、令行禁止、王者之事畢矣。凡聴、威厳猛氏A而不好仮導人、則下畏恐而不親、周閉而不竭。若是則大事殆乎弛、小事殆乎遂。和解調通、好仮導人、而無所凝止之、則姦言並至、嘗試之説鋒起、若是則聴大事煩、是又傷之也。故法而不議、則法之所不至者必廃、職而不通、則職之所不及者必隊。故法而議、職而通、無隠謀、無遺善、而百事無過、非君子莫能。故公平者職之衡也、中和者聴之縄也、其有法者以法行、無法者以類挙、聴之尽也、偏党而不経、聴之辟也。故有良法而乱者有之矣、有君子而乱者、自古及今未嘗聞也。伝曰、治生乎君子、乱生乎小人、此之謂也。
分均則不偏、執斉則不一、衆斉則不使。有天有地、而上下有差。明王始立、而処国有制。夫両貴之不能相事、両賤之不能相使、是天数也。執位斉、而欲悪同、物不能澹、則必争。争則必乱、乱則窮矣。先王悪其乱也、故制礼義、以分之、使有貧富貴賤之等、足以相兼臨者、是養天下之本也。書曰、維斉非斉。此之謂也。
馬駭輿、則君子不安輿、庶人駭政、則君子不安位。馬駭輿、則莫若静之、庶人駭政、則莫若恵之、選賢良、挙篤敬、興孝弟,收孤寡、補貧窮、如是則庶人安政矣。庶人安政、然后君子安位。伝曰、君者舟也、庶人者水也、水則載舟、水則覆舟、此之謂也。故君人者、欲安、則莫若平政愛民矣、欲栄、則莫若隆礼敬士矣、欲立功名、則莫若尚賢使能矣。是君人者之大節也。三節者当、則其余莫不当矣。三節者不当、則其余雖曲当、猶将無益也。孔子曰、大節是也、小節是也、上君也。大節是也、小節非也、一出焉、一入焉、中君也。大節非也、小節雖是也、吾無観其余矣。
成侯嗣公、聚斂計数之君也、未及取民也、鄭子産取民者也、未及為政也。管仲為政者也、未及脩礼者也。故脩礼者王、為政者彊、取民者安、聚斂者亡。故王者富民、霸者富士,僅存之国富大夫、亡国富筐篋、実府庫。筐篋已富、府庫已実、而百姓貧。夫是之謂上溢而下漏。入不可以守、出不可以戦、則傾覆滅亡、可立而待也。故我聚之以亡、敵得之以彊。聚斂者召寇肥敵、亡国危身之道也。故明君不踏也。
王奪之人、霸奪之与、彊奪之地。奪之人者臣諸侯、奪之与者友諸侯、奪之地者敵諸侯。臣諸侯者王、友諸侯者霸、敵諸侯者危。用彊者、人之城守、人之出戦、而我以力勝之也、則傷人之民必甚矣。傷人之民甚、則人之民悪我甚矣。人之民悪我甚、則日欲与我鬥、人之城守、人之出戦、而我以力勝之、則傷吾民必甚矣。傷吾民甚、則吾民之悪我必甚矣。吾民之悪我甚、則日不欲為我鬥。人之民日欲与我鬥、吾民日不欲為我鬥、是彊者之所以反弱也。地来而民去、累多而功少。雖守者益、所以守者損、是以大者之所以反削也。諸侯莫不懐交、接怨而不忘其敵、伺彊大之閨A承彊大之敝也。知彊大之敞、此彊大之殆時也。知彊大者不務彊也、慮以王命、全其力、凝其徳。力全則諸侯不能弱也、徳凝則諸侯不能削也、天下無王霸主則常勝矣。是知彊道者也。
彼霸者則不然。辟田野、実倉廩、便備用、案謹募選、閲材伎之士、然後漸慶賞以先之、厳刑罰以糾之、存亡継絶、衛弱禁暴、而無兼并之心、則諸侯親之矣。脩友敵之道、以敬接諸侯、則諸侯説之矣。所以親之者、以不并也、并之見、則諸侯疏矣。所以説之者、以友敵也、臣之見、則諸侯離矣。故明其不并之行、信其友敵之道、天下無王霸主則常勝矣。是知霸道者也。閔王毀於五国、桓公劫於魯荘、無它故焉、非其道而慮之以王也。彼王者不然、仁眇天下、義眇天下、威眇天下。仁眇天下、故天下莫不親也。義眇天下、故天下莫不貴也。威眇天下、故天下莫敢敵也。以不敵之威、輔服人之道。故不戦而勝、不攻而得、甲兵不労而天下服。是知王道者也。知此三具者、欲王而王、欲霸而霸、欲彊而彊矣。
王者之人、飾動以礼義、聴断以類、明振毫末、挙措応変而不窮。夫是之謂有原。是王者之人也。
王者之制、道不過三代、法不二後王。道過三代、謂之蕩、法二後王、謂之不雅。衣服有制、宮室有度、人徒有数、喪祭械用、皆有等宜、声則非雅声者挙廃、色則凡非旧文者挙息、械用則凡非旧器者挙毀、夫是之謂復古。是王者之制也。
王者之論。無徳不貴、無能不官、無功不賞、無罪不罰、朝無幸位、民無幸生。尚賢使能、而等位不遺、析愿禁悍、而刑罰不過、百姓暁然、皆知夫為善於家、而取賞於朝也、為不善於幽、而蒙刑於顕也。夫是之謂定論。是王者之論也。
王者之法。等賦政事、財万物、所以養萬民也。田野什一、関市幾而不征、山林沢梁、以時禁発而不税、相地而衰政、理道之遠近而致貢、通流財物粟米、無有滞留、使相帰移也、四海之内若一家。故近者不隠其能、遠者不疾其労、無幽濶B僻之国、莫不趨使而安楽之。夫是之為人師。是王者之法也。
北海則有走馬吠犬焉、然而中国得而畜使之。南海則有羽■隔のツクリに羽/、歯革曽青丹干焉、然而中国得而財之。東海則有紫■糸去/、魚鹽焉、然而中国得而衣食之。西海則有皮革文旄焉、然而中国得而用之。故沢人足乎木、山人足乎魚、農夫不断削不陶冶而足械用、工賈不耕田而足菽粟。故虎豹為猛矣、然君子剥而用之。故天之所覆、地之所載、莫不尽其美、致其用、上以飾賢良、下以養百姓而安楽之。夫是之謂大神。詩曰、天作高山、大王荒之。彼作矣、文王康之、此之謂也。
以類行雑、以一行万、始則終、終則始、若環之無端也。舍是而天下以衰矣。天地者生之始也、礼義者治之始也、君子者礼義之始也。為之貫之、積重之致好之者、君子之始也。故天地生君子、君子理天地。君子者天地之参也、万物之ハ也、民之父母也。無君子、則天地不理、礼義無統、上無君師、下無父子。夫婦是之謂至乱。君臣父子兄弟夫婦、始則終、終則始、与天地同理、与万世同久。夫是之謂大本。故喪祭朝聘師旅一也。貴賤殺生与奪一也。君君臣臣父父子子兄兄弟弟一也。農農士士工工商商一也。
水火有氣而無生、草木有生而無知、禽獣有知而無義。人有気有生、有知亦且有義、故最為天下貴也。力不若牛、走不若馬、而牛馬為用何也。曰、人能群、彼不能群也。人何以能群。曰、分。分何以能行。曰、以義。故義以分則和、和則一、一則多力、多力則彊、彊則勝物。故宮室可得而居也。故序四時、裁万物、兼利天下、無它故焉、得之分義也。故人生不能無群、群而無分則争、争則乱、乱則離、離則弱、弱則不能勝物。故宮室不可得而居也。不可少頃舍礼義之謂也。能以事親謂之孝、能以事兄謂之弟、能以事上謂之順、能以使下謂之君。君者善群也。群道当則万物皆得其宜、六畜皆得其長、群生皆得其命。故養長時則六畜育、殺生時則草木殖、政令時則百姓一、賢良服。聖主之制也。草木栄華滋碩之時、則斧斤不入山林、不夭其生、不絶其長也。■元亀/■單の上半分にカメ/魚鼈鱒■檀の木が魚/孕別之時、罔罟毒薬不入沢、不夭其生、不絶其長也。春耕夏耘秋收冬蔵、四者不失時、故五穀不絶、而百姓有余食也。■サンズイ于/池淵沼川沢謹其時禁、故魚鼈優多、而百姓有余用也。斬伐養長不失其時、故山林不童、而百姓有余材也。聖王之用也。上察於天、下錯於地、塞備天地之閨A加施万物之上。微而明、短而長、狭而広、神明博大以至約。故曰、一与一是為人者、謂之聖人。
序官。宰爵知賓客祭祀響食犠牲之牢数。司徒知百宗城郭立器之数。司馬知師旅甲兵乗白之数。脩憲命、審詩商、禁淫声、以時順脩、使夷俗邪音不敢乱雅、大師之事也。脩■コザトに是/梁、通溝■サンズイ會/、行水潦、安水臧、以時決塞、歳雖凶敗水旱、使民有所耘艾、司空之事也。相高下、視肥■土堯/、序五種、省農功、謹蓄蔵、以時順脩、使農夫樸力而寡能、治田之事也。脩火憲、養山林藪沢草木魚鼈百索、以時禁発、使国家足用、而財物不屈、虞師之事也。順州里、定廛宅、養六畜、闔芸、勧教化、趨孝弟、以時順脩、使百姓順命、安楽処郷、郷師之事也。論百工、審時事、弁功苦、尚完利、便備用、使雕琢文采不敢専造於家、工師之事也。相陰陽、占■浸のサンズイが示/兆、鑽亀陳卦、主攘択五卜、知其吉凶妖祥、傴巫跛撃之事也。脩採清、易道路、謹盜賊、平室律、以時順脩、使賓旅安、而貨財通、治市之事也。抃急禁悍、防淫除邪、戮之以五刑、使暴悍以変、姦邪不作、司寇之事也。本政教、正法則、兼聴而時稽之、度其功労、論其慶賞、以時慎脩、使百吏免尽、而衆庶不偸、冢宰之事也。論礼楽、正身行、広教化、美風俗、兼覆而調一之、辟公之事也。全道徳、致隆高、■其糸/文理、一天下、振毫末、使天下莫不順比従服、天王之事也。故政事乱、則冢宰之罪也。国家失俗、則辟公之過也。天下不一、諸侯俗反、則天王非其人也。
具具而王、具具而霸、具具而存、具具而亡。用万乗之国者、威彊之所以立也、名声之所以美也、敵人之所以屈也、国之所以安危臧否也制、与在此亡乎人。王霸安存危殆滅亡制、与在我亡乎人。夫威彊未足以殆鄰敵也、名声未足以縣天下也、則是国未能独立也。豈渠得免夫累乎天下。脅於暴国、而党為吾所不欲於是者、日与桀同事同行、無害為堯、是非功名之所就也、非存亡安危之所墮也、功名之所就、存亡安危之所墮、必将於愉殷赤心之所。誠以其国為王者之所亦王、以其国為危殆滅亡之所亦危殆滅亡。殷之日、案以中立、無有所偏、而為縦横之事、偃然案兵無動、以観夫暴国之相卒也。案平政教、審節奏、砥礪百姓、為是之日、而兵■専リットウ/天下勁矣。案然脩仁義、伉隆高、正法則、選賢良、養百姓、為是之日、而名声■専リットウ/天下之美矣。権者重之、兵者勁之、名声者美之。夫堯舜者一天下也、不能加毫末於是矣。故権謀傾覆之人退、則賢良知聖之士案自進矣。刑政平、百姓和、国俗節、則兵勁城固、敵国案自■言出/矣。務本事、積財物、而勿忘棲遲薛越也、是使群臣百姓、皆以制度行、則財物積、国家案自富矣。三者体此而天下服、暴国之君、案自不能用其兵矣。何、則彼無与至也。彼其所与至者、必其民也。其民之親我也、歓若父母、好我、芳如芝蘭、反顧其上、則若灼黥、若仇讎、彼人之情性也、雖桀跖、豈有肯為其所悪、賊其所好者哉。彼以奪矣。
故古之人、有以一国取天下者、非往行之也、脩政其所莫不願、如是而可以誅暴禁悍矣。故周公南征而北国怨、曰、何独不来也。孰能有与是鬥者与。安以其国為是者王。殷之日、安以静兵息民、慈愛百姓、辟田野、実倉廩、便備用、安謹募選、閲材伎之士、然後漸賞慶以先之、厳刑罰以防之、択士之知事者、使相率貫也、是以厭然畜積脩飾、而物用之足也。兵革器械者、彼将日日暴露毀折之中原、我将脩飾之、拊循之掩蓋之於府庫。貨財粟米者、彼将日日棲遲薛越之中野、我今将畜積并聚之於倉廩。材技股肱健勇爪牙之士、彼将日日挫頓竭之於仇敵、我今将来致之并閲之砥礪之於朝廷。如是則彼日積敝、我日積完、彼日積貧、我日積富、彼日積労、我日積佚。君臣上下之闔メ、彼将囚錫=A日日相離疾也、我今将頓頓焉、日日相親愛也。以是待其敝、安以其国為是者霸。立身則従傭俗、事行則遵傭故、進退貴賤、則挙傭士、之所以接下之人百姓者、則庸ェ恵、如是者則安存。立身則軽■木苦/、事行則■溢ツクリに蜀/疑、進退貴賤、則挙佞■ニンベン兌/、之所以接下之人百姓者、則好取侵奪、如是者危殆。立身則■リッシンベン喬/暴、事行則傾覆、進退貴賤、則挙幽険詐故、之所以接下之人百姓者、則好用其死力矣、而慢其功労、好用其籍斂矣、而忘其本務、如是者滅亡。此五等者、不可不善択也。王霸安存危殆滅亡之具也、善択者制人、不善択者人制之。善択之者王、不善択之者亡。夫王者之与亡者、制人之与人制之也、是其為相縣也亦遠矣。{荀子・王制}
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貞観六年、上謂侍臣曰、朕看古之帝王、有盛有衰、猶朝之有暮。皆為蔽其耳目、不知時政得失。忠正 者不言、邪諂者曰進。既不見過失、所以至於滅亡。朕既在九重、不能尽見天下事。故布之郷等、以為朕之耳目。莫以天下無事、四海安寧、便不在意。書云、可愛非君、可畏非民。天子者、有道則人推而為主、無道則人棄而不用。誠可畏也。
魏徴対曰、自古失国之主、皆為居安忘危、処理忘乱、所以不能長久、今陛下富有天下、内外清晏、能留心理道、常臨深履薄、国家暦数、自然霊長、臣又聞、古語云、君舟也、人水也。水能載舟、亦能履舟、陛下以為可畏。誠如聖旨。{貞観政要・政体}
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 第五十六回、馬加大記に軟禁されていた小文吾は或る日、大記から謀叛に与するよう求められた。大記は、「君は舩なり、臣は水なり」の譬え話を引き、暗愚な主君・千葉自胤は滅ぼされて当然だと説く。此に対して小文吾の答えが、「君臣礼あり、舟車に楫あり。君臣礼を失ふときは、舟車に楫を失ふが如し」であった{→▲戻るときはブラウザで:以下同}。
 実を云えば、「君は舟」、貞観政要にも引く有名なフレーズだが、続く言葉は荀子で「庶人者水也」だし貞観政要が「人水也」であって、「臣」なんて書いていない。庶人は、臣を含む広い範囲の人民を指す。但し俳書「毛吹草」にも「臣は水」{→▲}とあることから、近世日本では「臣は水」と言い換えて流通していたのだろう。馬琴はウロ憶えで書くことがあるし、世間一般の言い回しに合わせたのか、何連にせよ大きな問題ではなさそうだ。「舟車」は彦根藩士の平石久平次時光が寛政年間に発明した自転車/陸舟車ではなさそうだが、車に楫は必要ないものの、別に、あっても良いではないか、人間だもの。……いや、そうではなく、韓非子・姦劫弑臣に「託於犀車良馬之上、則可以陸犯阪阻之患、乗舟之安、持楫之利、則可以水絶江河之難、操法術之数、行重罰厳誅、則可以致霸王之功」{→▲}とある。国家が賞罰を正しくすれば、車に良馬、舟に能く利く楫があると同様に、上手く制御できる。韓非子は法家だからヌルい事は云わないので、愛恵を以て厳罰を緩めることさえ禁ずるが、実のところ韓非子、荀子の弟子筋に当たる。法家の根本も性悪説であって、だからこそ賞罰を正しくすることを要請し、特に厳罰主義を採る。儒の荀子にあっては、【礼】を重んずる。外形的制度を固めて、個人の限りない欲望を制限するよう求めた。賞罰と礼は、或る意味で重なる。日本近世にあっても実学/経世済民を指向し、朱子学を虚妄/机上の空論として退けた荻生徂徠は、礼を重視し、制度を建てることで国家を安定させるよう提言していた。市井にあって、地回りとして、庶民の揉め事を裁いていた小文吾が、性悪説に傾いても仕方のない話なのだ。結局、小文吾は、荀子・韓非子すなわち性悪説に立つ議論の範疇で、大記を批判していることになる。
 また贅言すれば、「君は舟」なるフレーズは貞観政要・政体に載す所が有名で、含意は荀子と同様に、我が儘勝手に振る舞う暗愚の君主は、支えている下々の者達に嫌われ、政権の転覆に至る、との君主に対する戒めだ。実のところ、君主個人に社会化/成熟した人格形成を促す点で、個人の修養を要請する儒の立場が強調されていると云って良い。そして貞観政要は、君臣鑒戒第六・論礼楽第二十九{→▲}に於いて、再び「君は舟」を持ち出し、礼楽により君臣が序列を整えた上で和することを要請している。単純素朴に見れば、小文吾の言説は貞観政要・論礼楽に収まっているように感じられるかもしれない。しかし小文吾が敢えて「楫」との単語を持ち出しているのだから、礼楽というヌルい儒の言葉を使いつつ、一層厳格な法家の言説をも視野に入れていると考える。
 そもそも儒・法・兵家と峻別する必要性は何処にも無い。史上それぞれ特化した典型的論者というものはあるけれども、八犬伝の登場人物が、それぞれの思想に一対一対応した専門家でなければならないなんて考える方が如何かしている。だいたい儒は怪力乱神を論じない{ことになってはいる}が、八犬伝は怪力乱神だらけの世界だ。老荘も日本民俗信仰も仏教も取り入れている。混淆した世界には、混淆した人物が犇めき合っている。一筋縄では、いかない。此処では、ただ、小文吾が、どちらかといえば性悪説寄りの個性をもつキャラクターであることさえ確認できれば良い。{お粗末様}

 

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