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■天なるかな命なるかも■
 
 前回は朱子学へのアンチとして生まれた日本儒学の潮流を、馬琴に先行する伊藤仁斎と荻生徂徠{→▲}に代表させた。漸く八犬伝の話題となる。【天命】なる言葉を考える。

 まずは第九回、落城の危機に瀕した里見義実は、八房に向かって「教に従ひ、法度を守り、礼譲恩義を知るものなれば、欲を禁め、情に堪、餓て死するも天命時運、とおもはゞ思ひ諦めなん」と語り掛けている。第十三回、壮絶に割腹して果てた伏姫に対し里見義実は、「天命なり」と断定する。明らかに個々人の運命・宿命の意味だ。第三十三回、破傷風に罹り、美しい顔を苦しげに歪め喘ぎながら犬塚信乃は、「生るも死するも天命なり」と言う。第三十五回、犬田小文吾は、嘗て薄暗い部屋で尻を差し出した相手でもある信乃が喘ぎ悶えている様を見詰めながら、「世に幸あると幸なきとは、亦その人の善悪に、よるにしもあらざりけり。そを天命と知るときは、縦元を喪ふとも、この志を移さんや」と語った。第百二回、梶野葉門に対し謎の童女が富山神女の預言を伝えるなか「今茲は義通災厄あり。そは天命にて免れかたかり」とある。第百三十二回、里見義成は犬士に金碗姓を譲らせようとヽ大を説得するに当たって、「浄西父子の忠孝なるも、幸あらずして出家したれば、子孫永く断絶せん。そも亦天命なりとても、誰かいと惜く思はざらんや……その名跡を一人にせで、八士に都て課するは、皆是同因同果のみ、誰とて一人抜出して、課すべき事ならねば也。可惜犬士に他姓を紹して、瑕に疵ある心地す、といはん者は本を思はで、因果の当に有恁るべき、天命なるを知らねば也」と言っている。第百七十六回、犬江親兵衞の第一次上洛の折、水難を避けるため海に放り出された田税逸時、苫屋景能が期せずしてヒョッコリ登場し、流された時を回顧して「倶に天命也と観念して、浮沈を河伯に儘もせん……下す雛舫にうち乗れば、蜑崎生もせん術なさに、只訣別の涙を沃ぎて、其天命に儘せらる」と述べた。此れも多分、宿命の意味だ。
 第百八十回勝回上で武田信隆は、山林房八と政木孝嗣が犬士の隊に入らなかったことを「是も天命ならん。惜むべし/\」と言っている。此処でも天命は、個人の運命・宿命として使われている。但し話を聞いた孝嗣は何とも応じず、「日が暮れた」と一座の話を打ち切る。実は直前、孝嗣の発言の中にも天命なる語彙が使われている。やはり運命・宿命の意味で用いており、里見家が己の運命/限界を弁え南総内を平穏に治めることに専念していることを称えている。分を弁えず後漢から帝位を簒奪した曹丕の魏は四十年ほどで司馬氏の晋に取って代わられた。

 但し、第九十九回、農民を率いて滝田城を奪った蟇田素藤は「是天命の帰する処、勢ひ推辞ことを得ず、権且当城を預りて、各々と共に事を謀らん」と宣言するが、此れは単なる運命と解するより、領内の支配権を天から与えられるとの意味に思える。此の用法は、「命」一字で代用できたりもする。則ち第五回、山下定包が横死した神余光弘の後を襲ったときの記述、「王莽が宇内を制する日、禄山が唐祚を傾るとき、天日私に照らすに似たれど、逆臣はながく命をうけず。定包が滅んこと、必久しからじとて、こゝろあるは目を側、爪弾をするもの多かりけり」である。
 また、大団円でも、富山に籠もった八犬士の様子を、「倶に天命を楽みて、浮世の事を忘るゝに似たり」と描写する。此れは、運命と解しても良さそうに思うが、犬士が富山での隠棲を楽しんでいる場面だ。仙人とは、俗世に於ける欲望から遊離し、天の摂理に一体化している状態である。よって此処での天命は、天の摂理と解した方が通り易い。

 しかし、やはり八犬伝に於いて「天命」は、概ね宿命の意味で使用されている。そして第百八十回勝回上では、孝嗣は「君賢にして、臣も亦賢なれども、只褊小の国を有ちて、兵馬連帥の大権を執るに由なき者和漢に多かり。是則天也命也」「那照烈(劉備字玄徳)は賢君也、当時十八諸侯ありといへども、其仁義忠信によく及ぶ者なし。且是に相たる者、諸葛亮、龍統、法正、費幃、蒋宛、馬良、姜維の如き、賢佐忠誠の、衆臣あり。又五虎の勇臣、関羽、張飛、趨雲、馬超、黄忠の如き者尠からず。しかれども、呉魏を討夷げて、漢室を再興することを得ず、巴蜀褊小の地を有ちて、僅に帝号を称するのみ。是則天也命也、人力の及ぶべきにあらず」と云っている。この「天なり命なり」も「天命」と同じ意味で使われている。
 翻って、第十九回、与四郎犬が大塚家にあった御教書を破ったと偽りを言ってきたとき犬塚番作の台詞、「禍福時あり、天なり命なり。憾べからず、悲むべからず」とある。第七十八回、箙大刀自に捕らえられた折、犬川荘介が犬田小文吾に向かって語った、「俺們既に執事に知られて、その罪にあらざるよしを、いひ解れても聴れざりしは、便是天なり命なり、又何事をか争ふべき。死を俟の外あらずかし」。第八十六回には、扇谷上杉定正を付け狙う犬山道節の台詞、「虚実を覘ひ時を俟て、折もあらば一箭射ん。時至らずは天なり命也」。第九十三回、定正を追っていこうとする道節を犬飼現八・犬村大角が押し止めたときの台詞、「惴り給ふな犬山主、撃も漏すも、天也命なり」。第百五十一回には、世智介が根角谷中二・穴栗専作に捕らえられたとの報告を受けた落鮎余之七有種が「我使价より事発覚れて、災害立地にこゝに及ぶは、是則天也命也」と云う。第百五十六回、関東管領側へ音音・曳手・単節を間諜として潜入させる計画に、強いて妙真が加わったとき、立案者である犬阪毛野が「事の湊合は、天也命也。三個の婦女子にて事足るべきを、又妙真の加りぬるも、亦是自然の勢ひ也」と容認した。

 因みに第五十回、十条力二郎・尺八郎が四犬士のため命を投げ出し、父親である媼雪世四郎が死のうとして生き残ったことを道節は「天の命する陽報也」と称え「老少寿夭は命也」と歎ずる。よって、天命とは【天が個々人に命じ下した運命】であり、其れを「命」一文字に省略する場合があることを示している。第百五十回、京都で犬江親兵衞が細川政元に軟禁され夜毎に白く豊満な肉体を弄ばれている{かもしれない}とき犬村大角は、「得失は命也」、運命だから仕方がない、と達観している。

 また、天に関連付けた宿命の意味として使われている言い回しとしては、「天なり時なり」がある。第十二回、富山で伏姫が遭遇した牛童の台詞に「天なり時也」がある。蜑崎十郎が川に流され水死したことなどを指す。第五十七回、馬加大記襲撃で好機到来したことを、「天なるかな時なるかな」と表現している。第七十七回にも「天なり時也」がある。甲斐の指月院で犬塚信乃と再会したヽ大が、「{犬士}と遇と不遇は、天なり時也」と語る。また続く第七十二回では、蜑崎十一郎照文が、「予て相識る三犬士、犬田犬飼に遭ずして、迭に面を識ざりける、犬川犬山の二犬士に、遭ぬる事も天なり時也」。第百六十六回、愛馬・青海波と再会した犬江親兵衞が、「現両雄は双立ず、昼夜は同時に長からず。那馬去て這馬来にける、抑得失は、天也時也」と語る。此の場合は、一生涯に亘る宿命ではなく、時運とでも置換できそうな【巡り合わせ】ほどの軽いものとなる。
 第百七十六回では、犬村大角は、捕らえた三浦義同・義武父子の縄を解き、「成敗は天也、時運の然らしむる所、誰か和君親子を勇な しとせん」と慰める。成敗とは此の場合、成功失敗であり、天の命ずる所の者である。此れが「時運」と並列していることは、同じ意味であることを示している。天命は、時の流れによる巡り合わせとして、認知される。時運も実は、天の命ずる所の者である。上記の「天なり時なり」も、天命と類似の意味を含むことが解る。

 第五回に於ける山下定包の簒奪を示す記述を引き、支配権を天に与えられる場合は、天命と命が同一の意味をもつ場合があることを示した。運命・宿命を指す場合も同様で、「命」が天命と同義に使われている。
 第十三回、最期を迎えた伏姫を前に里見義実が語る「禍福は糾る纒の如し。人の命は天に係れり」がある。第四十九回、姥雪世四郎が息子達の首を取り違えたことを、「况死生は命あり数あり」とある。第五十回には道節の台詞に「老少寿夭は命也」。第八十五回、「知命者は、仁も亦做すこと勿れ、好事もなきに如ずといへり」という。扇を杓に取った道節の台詞だ。確かに、そういう俚諺はあるが、殆どにニヒリズムである。とまれ、人為により将来が決定するわけでないと云っているのだから、「知命者」は、【人の運命は天が定めるものであり、人為が無駄であることを知っている者】と解せるため、やはり「命」は運命の意味となる。しかし「自知者不怨人、知命者不怨天。怨人者窮、怨天者無志。失之己、反之人、豈不迂乎哉」(荀子・栄辱篇)「知命者不怨天、知己者不怨人」{説苑第十六巻}と考える方が正当ではあろう。第百二十四回、結城大法会で明かされた犬塚番作の戒名は、「知命達徳速逝禅定門」であった。命を知り徳に達して速く逝った。まさしく、番作である。百五十回に「窮達時あり、得失は命也」とある。

 端的には第三回、結城合戦で敗残したことを嘲笑する麻呂小五郎兵衛信時に対して里見義実が言い放った「亡父の遺言已ことを得ず、只命運を天に任して、時を俟んと思ふのみ」が、解り易い。「命」は即ち「運」であり「天」に任せるものなのだ。此の他、「非命」「薄命」の「命」は運命の意味だ。

 では、改めて問う、【天】とは何か。第百三十五回、「寔に人の幸あると幸なきは、人力人智に及びかたきを、儒者は名つけて天といふ歟。天とは自然の義なるべし」。八犬伝に於いて馬琴は、天命時運の絶対性を説いてはいる。が、一方、第二回、安西景連は「天の時は地の理にしかず、地の理は人の和にしかず。定包既に時を得て、地を得て、人の和を得たり」と、山下定包が勢いを得ていることを認めた。「天の時は……」は当然、「天時不如地利。 地利不如人和」{孟子・公孫丑}を引いている。簡単に言えば、天運は現実的な戦場地理を覆すものではなく、地理は兵士の結束力を逆転させるものではない、との謂いだ。実際には、いくら結束が難くとも万丈の石垣は登ること難く、金城鉄壁といえど天変地異には敵わない場合だってある。金城鉄壁どころか、防備がアラだらけだった原子力発電所が地震津波で爆発するなぞ、多くの者が予見し且つ指摘していた。よって、実のところ孟子の発言は、現実に即しているというよりも、甚だ理念的な物言いに過ぎない。呉子でも戦場に於いて人の和が重要であると説いてはいるが、其れは、あくまで、敵対する双方が、近しい条件にある場合の話だ。孟子の言は単に、天の時/天運すなわち不可思議なことに悪人にさえ与えられ得る幸運というものは、天によって厳然たる事実として現象している地理地形を覆すことはなく、まいて多少は蛇行しつつも長期的に見れば修正されて結果としては直き道筋に沿った人の和というものを凌駕する者なぞ何も無い、との意味に過ぎない。
 第百七十回、馬琴の「老婆深切」の説として、「夫得と失とは天に在り、又人に在り。求るときは則得、棄るときは則失ふ。こは其得失の人に在る者也。又不用意にして、得ぬるあり、小心して、反て是を失ふことあり。這得失は天に在り、人のよく做す所にあらず。譬ば老氏の所云、泰山に貨あり、貨に心なき者、これを得るといふが如し。看官こゝに意せよ。蓋這陸路二个所の闘戦に、満呂復五郎重時は、寄隊の大将朝良を、深川の磯に追蒐逼りて、既に擒にすべかりしを、反て犬阪毛野に獲られたり。這得失は人に在り。又洲崎の澳の水戦に、犬山道節忠與は、上杉朝寧を射て落したれども、矢場に其首を捕るに由なく、反て現八に其敵を獲られて、剰親兵衛が神薬にて、朝寧は再生たり。這得失は天に在り、人のよく作す所にあらず。是故に曰、得と失は天に在り、又人に在り。よく思はずはあるべからず。世の人この理に暗ければ、惑ふて且天を怨み、人を咎めざるはなし」と書いてある。則ち、時々刻々の現象は、人の行為による因果にも影響される。しかし其の「因果」は天の摂理による。一般に、殴ったら殴り返される、施せば報いられる。作用反作用は、天の摂理である。しかし人の意思とは無関係な、巡り合わせもある。より大きな、動かしがたい時の流れもある。「得と失とは天に在り、又人に在り」である。

 天の摂理は、生命を愛する。第三十七回、犬田小文吾が房八夫婦の鮮血を信乃に注ごうとするときの台詞、「生を好し死を憾むは、即天の心なり」。第七十回、犬塚信乃は云う、「現天道は生を好して、殺を憎ませ給ふこと、是日の神の御こゝろ也」。逆に第四十九回、夫の死を知って後を追おうとする曳手・単節に対し姥雪世四郎が「天を恨み、世を憤りて、生を軽し、死を楽むは、只是愚痴の患ぞかし」と諫める。第百三十二回、ヽ大に金碗姓を犬士に譲らせようと説得に当たった里見義成の言葉に、「我大皇国の神の教は、死を忌て生を善し」がある。第百四回、伏姫の教えを犬江親兵衞が回顧する場面、「夫仁義八行は、人皆天より稟たる所、貴き賤き、誰もかも、五常八行の心なからんや。然けれども、世の庸人は、通て人慾の私に、迷ふて遂に八行を、執喪ざるものは稀なり。恁れば世の億万人に、捷れて五常八行を、做得んことは易からねど、就中仁をのみ、孔子も輒く許さゞりしは、素是天とその徳を、等くしかたき故也けり。自然なるを天と叫做し、人に在りては仁といふ。汝は親の義侠によりて、仁の一字を得たりしかば、その名を仁と喚るれども、我おそらく、その徳を、天と等しく做し得んや。縦至仁に至らずとも、婦人の仁に做ふことなく、今より勉て、殺生を、好まで忠恕惻隠を、心とせば事足りてん。世に武夫の業はしも、大刀を帯、弓箭を拿て、君父の与に仇を防ぎ、身をしも護るものにしあれど、只当前の敵を撃て、降るを殺さず、走るを捨て、人を征するに徳をもてせば、則忠恕の義に称ふて、仁といふ名に羞ざるべし」。
 仁、自他の生命を愛するならば、和するに如くはない。其れだけの話なんだが、悪玉・安西景連だから孟子を誤読していなければならない。まだ第二回だから馬琴も、キチンと目配りが出来ている。景連は、道具主義に立って孟子を読んだから、実のところ神余家中は嫌々定包に従っていただけなのに、其れを「人の和」と評価してしまっているのだ。威力によって渋々従っていることをも、権威めかして「人の和」と評価するが、景連の悪玉たる所以である。同じ台詞を第九回、里見義成が義実に向かって云う。「天の時は地の利にしかず、地の利は人の和にしかず。城中既に兵粮竭て、士卒飢渇に逼れ共、脱れ去らんと思ふものなく、併死を究めしは、徳により、恩をおもふ、是只その和の致す所歟。人の性は善なれば、よしや寄手の軍兵なりとも、善悪邪正はしりつらん」。此処では里見軍が人の和に恵まれていると、正当な意味で使っている。第百五十七回でも三万五六千の里見軍兵士は自らの士気の高さを此の言葉で表現し、十万の関東管領軍に対峙している。同様の言い回しに「人衆ければ天に捷つ」がある。第四回、金碗八郎孝吉が山下定包を付け狙うが果たせない状況をいう。
 天は絶対である筈なのだが、絶えず絶対性を保っているものではない。第四十二回、簸上社平らに犬川荘介が捕らわれたとき、「嗚呼奸党の残毒なる、且く天に捷もの歟」。第百二十四回、結城大法会でヽ大が唱える偈に、春王・安王を奉じた結城家方が破れたことを、「人多ければ天に勝、天定りて人に勝、時いまだ至らねばや、弓折れ勢窮るに及て、君辱られ、臣死せり」という。第八十九回、図らずも籠山縁連の在所を知った犬阪毛野の慨嘆、「然るにても、妙の又妙、一大奇事、造化の加減愆たず、天定りて人に勝つ、時到れりといひつべし」。不易流行、天の摂理は、陰陽往来して已まざるものだ。ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。水は曲がりくねりながら高き所から低き所へと流れゆく摂理は不変であり普遍であるが、絶えず水は入れ替わっている。
 よって、各時代に合った【天】があるのだけれども、其れが前代から流動し確定する間隙には、天の摂理が貫徹しない時がある。【悪】が蔓延る。しかし不易、易{か}わらざる摂理として濾過し得るものが、「生を好し死を憾むは、即天の心なり」{by小文吾}だ。よって、【悪】とは、生を好しないものである。死んでしまえと悪{にく}む心が、悪だ。よって善とは、【より多くの者が生を謳歌できる方向性】である。五常八行は善であるが、其れを仁まで純化すれば、とにかく「生を好し死を憾む」ことになる。仁{じん}は人{じん}の本性だ。しかし仁は天理の人間{じんかん}に於ける投影であるが故に、天理そのものではない。犬江親兵衞仁が、蟇田素藤を仁心により一旦は許すものの、逆襲され殺すの已むなきに至ったことを思い浮かべれば良い。伏姫神の薫陶により仁心篤い親兵衞であるが、所詮は人間{にんげん}、神とは同一たり得ないのだ。

 神と天との関係に就いては、百二十八回、伏姫の擁護をヽ大が、「神の冥助は烈しくて、仏の利益は促迫ならず。是神仏の異なる所以、賞罰その差あるに似たるも、悪を懲して善に与する、天理の外はあるべからず」と語る。第百四十二回には、寅稚児の台詞として、「神祇の勧懲、仏陀の慈悲なる、天機を分教しぬるとも」とある。神仏ともに「天理」を表現し「天機」に携わる者なのだ。更に、第百八十勝回中編、里見義成は「曩に我富山姫の勅額を、もて神体にして、且富山なる嵒窟に、禿倉を置しは愆なりき。何となれば、神は形質なき者也、仏は則影像あり。是を天地に譬れば、神は天也、仏は地也。又人身に譬れば、神は則魂也、仏は則魄の如し。神は陽、仏は陰」と断ずる。
 此れに関連し「皇天」なる語彙の問題がある。第八回、金碗大輔の台詞に「皇天皇土は不義に与せず」がある。御馴染みの言い回しだ。此れが第三十八回で「皇天后土吾党を、祐たまふにぞあらんずらん」{by犬飼現八}となっている。第百十九回、石亀屋次団太の台詞でも「皇天后土も、這奸逆の、賊男女を容れ給はず」となっている。因みに此処での訓に「アマツカミクニツカミ」とある。共に「天」と「土/地」を擬人化しており、それぞれ天神と地祇を当てている。地祇に「后」を当てているから仮に女性神とすれば、地母神ともなろうか。配偶する者は当然、男性神であろう{いやまぁ天照皇大神と天鈿女命のビアン関係は、ひとまず措き}。男性を陽、女性を陰とする主張は八犬伝に於いて、「女子はすべて水性」{by犬塚信乃}なる表記からも窺える。水は太陰である。残念ながら犬士は全員、一応は男性なので、陰なるモノを携行した。霊玉の材質は【水晶】であった{第八回}。水晶は、水精とも表記される。前近代の日本でも水晶は使われていたが、「玉」は必ずしも透明なものに限らなかった。数ある玉の中で、水晶が選択されたことは無意味ではなかろう。
 また、天を陽、地を陰とする感性は、天を主宰する太陽を男性と規定せねばならない。勿論、天照皇大神は元来、男性神であった痕跡を記紀に残してはいる。偶々女帝が関わったから、女性神に書き換えられたとの説も承知はしている。しかし此の書き換えは秀逸であったのだ。千三百年もの間、日本人は納得してきた。
 蹴球日本代表のシンボルは、八咫烏である。雄々しい表情で黒色、三本足を踏ん張っている。黒は太陰の色だ。そして三は陽数である。陽であり陰、陰であり陽。一個の裡に逆説を孕む存在が、日本人の感性に合致したのだ。例えば紫は至尊の色とされた。此れは青と赤を足した色ではない。陰の色/黒と陽の色/赤を足した色だ。抑も当時の「青」は現在の緑なんである。太陰/水の色は必ずしも現在で謂う黒ではなく、群青とか紺碧とか、とにかく青系なのだ。陰と陽を兼ね合わせるからこそ、紫は尊いのである。世の中には男も女もおり、相反する者どもが犇めき合っている。万物を統べるには、双方を併せ持たねばならない。簡単に言えば、女性神とされているくせに天鈿女命に欲情する天照皇大神は竊に、両性具有{アンドロギュノス}として規定されているだけの話だ。陰をも包含する太陽、其れが天照皇大神である。
 伏姫の富山籠居は明らかに、天照皇大神の天岩戸伝説を撫ぞっている。里見家は「天命」により支配権を南総に限定された。天下/日本全土を支配する徳川家の矮小な相似形である。そして徳川家は位置として武威に偏った、天皇の相似形である。里見家の南総支配権を保証する伏姫神が天照皇大神と相似形であることは、寧ろ当然と云わねばならない。其の為にこそ、玉梓は牡犬/八房に変換され、伏姫に一旦は欲情する。しかし伏姫は、StrapOnDildo、男根/男魂を隠し持っていた。馬琴は伏姫はじめ善玉女性に「男魂{おとこだましひ}」を持たせたがる。いやさPlayerとして自己の意識を確固として持ち積極的に行動する船虫などの女性には男魂を持たせる。「積極的」という概念が、陽なのであろう。突出する、なりなりてなりあまれる、正のベクトルだ。男魂、音読みすれば、ダンコン/男根だ。相姦……ぢゃなかった、【相感】とは物質上の接触ではないから、如何様な形をとろうと自由だ。伏姫は、余りに尖鋭化したアニムス/雄々しく屹立した男魂/男根を以て、妖艶な玉梓を貫き犯し、自らの子宮に犬士の精気を懐胎した。それだけの話だ。更に云えば、伏姫の本体は観音菩薩/仏/陰であり且つ神/陽である。しかも姫神であるから、姫/陰にして神/陽となる。多重レベルの陰陽混淆が、伏姫の聖性の根底に在る。「陽は独不立、陰は独不行」{第百八十勝回中編}。犬士の精気を孕むため、玉梓/八房の存在が必要であった伏姫であるが、配偶せず独り立ち、独り行くとは、やはり存在の裡に陰陽が混淆していることになろう。
 陰陽の理、陰陽五行説は儒学も採用する所であったが、前近代のパラダイムであった。儒学は八犬伝の上部構造に過ぎないと、以前から述べてきた。儒学も仏教も民俗神道も、天然自然の摂理、ひいては其れに規定されている人間の在り方を追究もしくは説明しようとしていることに変わりはない。儒学にあっては天と呼ぶモノを、神仏に置き換えることは、寧ろ当然である。そして日本では、儒学が入ってくる以前に、仏教や民俗神道が心性の基層に深く根差していた。儒学が取って代わることはなかった。そうした日本の伝統的精神世界の中で、八犬伝も儒学を下部構造/基底として採用することはなかった。ただ天然自然の理というモノを説明するに当たって、馬琴の中国文物に就いての素養が、儒学などを使用させたということだろう。当初から、八犬伝の主宰者もしくは預言者は、役行者であった。役行者は神変大菩薩、はなから仏教と民俗神道が混淆した存在である。また神を陽、仏を陰とする立場からは、姫神は伏姫の魂、観音菩薩は魄であるようにも見える。本来、陰陽は上下関係にはない。いや位置関係としては、天が上、地は下だが、尊卑の別はない。

 第百八十勝回中編に云う、「天は一に従ひ、大に従ふ。四天にして八犬也。犬は大に従ひヽに従ふ。八犬変じて、四天と做りて、永久当家の鎮守たらば、抑亦よからずや」。
 此の方程式に従えば、一と大で天となり、犬は単独では解字してヽ大となるが、犬が二つなら天となる。但し此の「天」は四天王の「天」である。四天王は、天界のうち最も人間界/欲界に近い所で四方を守護している。一応、天部ではあるが下っ端なんである。とは云え、やはり天には違いがない。仏教の「天」は儒学の「天」そのものではなく、人間に近しい端っこだ。そうした限定はあるものの、とにかく犬士は天の一部となることを約束されたと云って良い。此のことは犬士が終盤で仙人のようになることでも表現されている。則ち、仙化とは、人間{じんかん}を離れ人間{にんげん}たることを辞め、天然自然の摂理にピッタリと寄り添うことで長寿を得たり空を飛べたりするようになることを指す。天然自然の一部になると云っても良かろう。同様な現象として、八犬伝は尸解を挙げている。仏教に於ける仙化だ。八犬伝では、まず一休宗純が尸解し、次いでヽ大が尸解、そして八犬士が仙化する。共に、天然自然の理に寄り添うことで、天の一部になったと考えられる。元々仁義礼智忠信孝悌は、天が人間に与えた性質であった。其れが天に戻っただけの話である。伏姫を通じ天から舞い降りた犬士が、再び天へと戻るまでの物語、其れが八犬伝だと云うことも出来るだろう。
  儒学に於ける「天」は、中国民間信仰/道教を通じ、仏教に於ける天部{四天王}や民俗神道の天いまで繋がっていく。神仏儒道の豊かなる混淆である。{お粗末様}

 

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