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■命を託す死■

 神話には雑多な要素が盛り込まれている。天地開闢の部分は中国神話/陰陽説の引き写しだし如何でも良いが、例えば、天岩戸神話こそ倫理の根底に据えるべきものだ。此の神話の要点は、【殺を許さない方向性】である。「方向性」だから、殺そのものは実のところ許容している。
 アマテラスノミコトは、実弟スサノオノミコトの狼藉を途中までは許した。生産活動の妨害や糞尿を捲き散らす行為までは、許した。しかしスサノオノミコトとしては悪戯に過ぎなかったかもしれないが、社会の構成員を死に至らしめたとき、アマテラスノミコトは共同体から弟を放逐することを決意した。太古、群れからの放逐は、死を意味した。指定した行き先は、黄泉である。黄泉は、死の國だ。【殺には殺を以て報いる】。
 前に「方向性」なる語彙を用いた。倫理に於いては重要な視点だ。例えば善悪というものがある。此れも方向性を含む概念であって、特定範囲の行為を表現する言葉でないことは、義務教育さえ修了していれば、諒解可能だろう。例えば、親が子を思う余り過保護に育て、ゆとり種族が生成されたとする。親心は善の方向性を有つが、智恵が無いため悪しき結果となった。親心は責められないが、親としての業務を遂行できなかった点は責められねばならぬ。業務上過失である。子を思う親心は、善の指向性をもつが、善に結果するとは限らない。結果責任が問われる場合はあるが、親心そのものを断罪することは出来ない。

 天岩戸神話のハイライトは、弟スサノオノミコトが【殺】を行ったことでアマテラスノミコトが絶望して引き籠もり、宇宙が暗黒に包まれ、死滅へと向かう場面だ。此の時点でアマテラスノミコトが、スサノオノミコトの放逐/死を決断しているわけではない。スサノオノミコトが【殺】という行為によって【共存】を否定した結果、自らも【共存】を拒絶したに過ぎない。誰にとっても、アマテラス/太陽と共存できないことは、死を意味した。スサノオは別として、ほかの神々が迷惑した。後には地上最強のサルタヒコさえ誑し込んだ天界きってのエンターテーナー/アマノウヅメが女陰さえ曝して踊り狂った。此の場合、女陰が何を象徴しているかなんて些末な事は如何でも良い。神々は悦び、囃し立てた。不審に思ったアマテラスが問うと、美しき神を迎えたことを悦んでいるという。アマテラスとの【共存】を必要としていないとの謂いだ。アマテラスが外の様子を窺おうと少しく天岩戸を開けた瞬間、透き間に手を差し込んだタヂカラオが全開し、アマテラスを引き摺り出した。アマテラスと神々との【共存】は回復された。神々にとってアマテラスとの共存は、生存の条件であった。一方、アマテラスにとって神々との共存は、必ずしも生存の条件ではなさそうだ。しかしアマテラスさえも、神々との共存を望んだのだ。
 神々は評定し、アマテラスの実弟であり其れが故に特権的地位にあったスサノオを、放逐した。【殺/共存の否定】は、決して許されない。

 八犬伝は、勧善懲悪小説である。疑念を差し挟む余地はない。そして、善悪の感覚は、社会に於いて広く共有さるべきである。
 八犬伝は、生命を愉しみ喜ぶことを、善に設定している。そして、生命を愉しみ喜ぶことを、【仁】の一側面として捉えている。犬江親兵衛が極力、殺生を避けようとすることが、端的に示している。また、「仁君」里見義成は、南関東大戦に際して、敵将を殺すより生け捕りにする方が良いと訓示する。此のとき犬山道節が抵抗する。戦に於いて、そんな甘っちょろいことは言っていられない、と。実際、相手を生け捕りにする方が、殺すより遙かに手間が掛かり、難しい。南関東大戦では、各戦場で関東管領側の方が、数の上では圧倒的に優位だ。武器のレベルが同等で、且つ数の上で劣勢なのに、敵将を殺さず生け捕るなんて、至難の業だろう。
 結局、義成が掲げた【仁戦】は、現実に於いて貫徹されない。それどころか、洲崎沖海戦では、膨大な戦死者がいたと思しい。上杉朝寧に属した残兵一隊が生き残っているので、海へと乗り出した管領軍三万余のうち少なからざる者が生還したとも思えるが、大規模な法会が行われたことから、相当数が死んだことは間違いない。各地陸戦での死者は不明であり、しかも親兵衛が甦らせたりしているから、尚更だ。ただ、義成の【仁戦宣言】により、戦死者が抑制されはしただろう。特に管領側の将が一人も殺されていない意味は重い。
 近世、復讐は、強力な正当化論理であった。例えば、喧嘩なんてものは、どちらにも多少の言い分があり非がある。中世後期には、両成敗原則が諸家法で明文化された。しかし近世に至っても、仇討ち/復讐は発生した。八犬伝に於いても、仇討ちは善玉だけのものではない。犬阪毛野の華々しい仇討ちと、結局は完遂されなかった犬山道節の騒々しい復讐劇が代表格だが、兄の宮六を殺されたとして簸上社平は、犬川荘助への仇討ちに正当性があると主張している。法を枉げ、荘助/額蔵を処刑しようとした。荘助を悪人に歪めた情報は、長尾家に伝わり、後に箙大刀自が荘助と犬田小文吾を捕らえる理由となる。現在の感覚なら、逆恨みに過ぎないのだが、八犬伝刊行当時には、仇討ちが可能なようだ。そもそも八犬伝読者にとって、玉梓に金碗八郎および里見家を恨む資格は毛頭ないのだが、玉梓はキッチリ怨霊化している。復讐は、善悪を超えて成立し得るのだ。
 そうであれば、管領軍の将を一人でも殺せば復讐のイーワケが成立してしまう。しかし物語は終盤を迎え、馬琴は高齢となっていた。復讐の連鎖は断ち切られねばならない。犬山道節が如何に泣こうが喚こうが足掻こうが、山内扇谷定正を殺させるわけにはいかなかった。元より馬琴に、定正級の大物を、史実に反して殺す積もりは無かっただろう。
 貫徹されなかったものの、生命を愛し愉しむ天理に沿った、義成の【仁戦宣言】は、将だけでも殺さず生け捕りにしたことで、ギリギリ空文化しないで済んでいる。全敵将の生け捕りは、里見側の完勝を確定する一方、復讐の連鎖を断ち切り、物語を終結に向かわせる。

 さて、八犬伝に於ける【善】は、天の理として設定された【生命を愉しみ喜ぶ】ことだ。しかし、冒頭からして、里見季基は、負け戦と知りつつ、結城の城を討って出て、八騎ばかりと関東管領軍に突入、玉砕した。此のイメージを逆転して終盤、八犬士を率いた里見家が、関東管領連合軍に圧勝する。季基が義実を連れて落ち延びれば、別の八犬伝になってしまう。そもそも季基の役回りは、里見家の位置づけを確定するものだった。季基は新田一族であり、南朝滅亡後は已むなく足利持氏に従った。譜代ではなく季基しか恩顧を受けていないので、季基本人さえ関東足利家に殉ずれば良いと規定する。季基の恩顧/債務を季基が返済すれば、嫡男/義実が自由になる。言い換えると季基の壮絶な討ち死には、義実を解放し自由な立場に置くための意味があった。
 結城合戦後、美濃垂井で安王・春王が斬られた。大塚匠作が単身躍り出て、両王を斬った錦織頓二を倒し、牡蛎崎小二郎に殺された。自殺行為だ。混乱の最中、今度は番作が飛び出し小二郎を唐竹割り、匠作・安王・春王の首級を奪った。村雨の奇瑞によって篝火は消え、闇に乗じて現場を脱出した。此れも自殺行為ではあるが、村雨という特殊な呪物の存在により、辛うじて助かった格好だ。
 犬塚と苗字を改めた番作は、与四郎犬が起こした騒動をきっかけに、信乃の将来を慮って切腹する。既に十分な知性を身に付けた信乃が、宝刀/村雨と自分の身を守ることを期待、姉/亀篠夫婦に養育させようとの魂胆だった。此の深慮遠謀は、まず第一に、与四郎犬が両管領の御教書を破ったという虚構を、其の虚構性を暴くことなしに、過剰ともいえる責任の取り方/切腹で、封じ込めるものだった。亀篠の聟/蟇六にしてみれば、「誰とて命は惜しいから責め立てれば村雨を差し出す」ほどの考えだった。番作は、まず此の点で、蟇六の裏を掻いた。両管領/権力者の存在をチラ付かせた恫喝が虚構であると村人も察していたし、其の虚構に対し過剰な義を見せて責任を取った番作に、同情が集まる。元より村人たちは、浪人となった番作一家の食い扶持として一定の田を設定したほど同情的だった。翻って蟇六には、より厳しい目が向けられた。番作は大塚家の嫡子であり、郷士として正当な不在/出征の間に、家督を奪われたも同然だった。蟇六夫婦には、信乃を養育する義務がある、と村人たちは考えたであろう。こうした社会心理の動きを、番作は高い蓋然性を以て予測した。また如斯き村内世論を感じ取った蟇六は、信乃を養育するのみならず、養女/浜路の聟にすると宣言せざるを得なかった。実現すれば、大塚家の家督は信乃に伝わる。大塚家の血統は、正しい形に回復する。一連の村内社会心理を滞りなく流すためには、両管領御教書の破却という虚構を暴くべく争うより、従容として死すべきだと、策士/番作は考えた。大塚・犬塚両家で争えば、是非は別として、穏便を好む村人たちは両家から離れて距離を置こうとする。敢えて不公正・不均衡な状態になれば、村人の支持が信乃に集まるとは、容易に予測できた。村人たちの良識が前提となる仮説であった。善悪の感覚を失い何でもアリ、とにかく羽振りの良い方に靡くしかせぬ、徳が孤立する現在の風潮では、また違った流れになるけれども、八犬伝刊行当時は、まだしも如斯き社会心理の流れが、説得力を有っていたのだ。旧き善き時代の物語である。
 このように、番作の切腹は、息子/信乃の未来を開くため、計算され尽くした行為であった。戦に於いて消耗は必然だ。最大の戦略効果を導くためには、無傷でいられないときもある。番作の兵法では、信乃を生かすため、自分が切腹することが最善だった。自分と信乃の命を天秤に掛け、信乃を重しと判断した。其れだけの話である。合理的な戦術選択だが、八犬伝当時にあっても、「切腹は遣り過ぎ」との声があった。

     ◆
○番作乃自殺真乃苦肉の計とやいふへからんされとも今少し計もあるへし相人は小人なり少しく牛刀乃かたにもやあらんとふとそんし候猶三編出たらは疑も解へきか

番作か自殺を苦肉乃計といひしは見る処乃ミ実は苦肉乃計に候て苦肉乃計のミならず且蟇六亀篠か為に死するにあらずその子{の:朱}為に死する也死でもの事を死するは計ありといへども拙きものに似たり只見る処を推して別に計もあるへしと思ひ給ふは当今泰平乃世の論にして戦国の人気をよくも思ひ合セ給ハざる故なるべし伍子胥に途を誨て疑れ入水にて果たる芦乃中の人乃如し
今太平の世をもていへハ酔狂に過てばか/\敷事也志かれとも一言乃信を失ハゞとて仁侠をもて死てかへ里見さるは実に戦国人気乃いたす所也况番作か如き智勇乃士也そ乃身重病によ里て既に生かたきを志連り且その子尚幼くして成たつべきものなし姉と姉夫の奸なるはよく志れり番作か気韵をもて死さることを得ず志かれとも当今太平乃人ならハ死すへからず金碗八郎が死も又この格也八郎ハ古主神余か為に自殺し番作はその子信乃か為に自殺す彼は忠義也これは恩愛也彼は公儀也これは人情也鶏乃為に牛刀を用るといふべからず蟇六亀篠を相人として死するにあらざるよしは番作既に彼等か胸裏をこと/\く見ぬきたるにて志らるべけれ{犬夷評判記第二編稿料}
     ◆

 犬塚番作の切腹は、唐突に過ぎる。しかも仇は、亀篠と入り婿の蟇六だ。番作が命を懸ける敵手としては不足である。此の為、八犬伝刊行当時の読者にも、不自然さを感じる愛読者がいた。現在でも人気ドラマの登場人物が死にそうになると、多くの助命嘆願がテレビ局に届くという。ストーリー性や物語の必然性なんざ度外視、己の感情移入のみで語る視聴者/読者は、後を絶たない。
 要するに、八犬伝愛読者にとっても、蟇六・亀篠という小人のため、大人/番作が切腹することは、不均衡に過ぎる、との批判だ。番作は極めて魅力的なキャラクターなので、読者としては感情移入が激しかったのだろう。対して馬琴は、番作が命を懸けたものは信乃の将来であって、蟇六・亀篠の厭がらせではないと一蹴した。番作と信乃の命を比べた場合、自らを軽しとすることは、番作にとって不利な不均衡ではないのだ。人/仁が【生命を愉しみ喜ぶ】ことを天理としつつ、自らの命に関して、主体的な選択を認めているだけの話だ。
 但し馬琴は、愛読者の疑問を尤もなこととしつつ、八犬伝刊行当時すなわち泰平を貪る江戸後期と、群雄割拠状態に雪崩込もうとする戦国初期とでは、人々のメンタリティーが大きく異なっていると指摘する。戦国期の方が、命は喪われ易く、其れ故に価値が低い。番作が未練がましく生に執着しない理由を、時代背景で説明しようとしている。
 ところで、馬琴の仮定している戦国の気風を端的に示す語句が、引用文中にある「芦中乃人」である。呉越春秋の挿話からきているだろう。
 とは言え、呉越春秋などで「芦中人」は伍子胥本人を指す。しかし其れでは馬琴がいう「芦中乃人」として意味が通らない。伍子胥は夥の苦難を乗り越え呉を盛り立てようとするが、直言・諫言を続けたため呉王夫差に疎まれ、他国による讒言もあって自殺に追い込まれた。自分の死後、目を刳り抜いて架けておいてほしい、越が呉を滅ぼす様を見られるように、と遺言した。予言通り、越は呉を滅ぼした。夫差は自殺した。伍子胥も潔い人物と云えなくもないが、若い頃に父が殺されたとき、兄は殺されると判っていて出頭し父と枕を並べたが、伍子胥は出奔した。潔白の士というよりは、執念の男だ。伍子胥が諸国を逃げ回っていたとき庇ってくれた漁父こそ、戦国気風を示す潔白の士であった。説話中で漁父が伍子胥を「芦中人」と呼んでいる。馬琴が潔白の士の代名詞として使っている「芦中乃人」は、【伍子胥の「芦中乃人」説話に登場する漁父】と解すべきなのだ{→▼呉越春秋}。
 「芦中人」/漁父は、余りにも潔い。逃亡生活を送る伍子胥に食料を与えたが、伍子胥が自分に遭ったことを口外するなと云った直後、自沈して死んだ。当初から漁父は、伍子胥を御尋ね者だと察していた。敢えて食料を与えて助けた。殺伐として油断をすれば仲間にさえ裏切られる戦国の世、何かを直感した漁父は、伍子胥を見込んで助けたのだ。そうでなければ放っとけば良い。戦国の世ならば、其れが普通だろう。伍子胥は、誰も信じられない戦国の世だからこそ、自分に遭ったことを口外しないよう、漁父に念を入れる。戦国の世にあって例外的に真心を以て遇した相手が、戦国の世だからこそ自分を疑っている。漁父は深く傷付いた。深く暗い淵のような、喪失感だ。沈み込む。真心を捧げ、通じ合ったと思い込んだ相手は、自分のことを其の他大勢に対すると同様に、疑っている。一方通行である。此の不均衡が、漁父を死へと追い遣った。死ねば、伍子胥と遭ったことを口外できない。決して裏切らない潔白性を、完璧に証明できる。伍子胥を突き出せば、伍子胥が申し出た謝礼より多くの、褒美が貰える。其れを棒に振ってまで真心を捧げたにも拘わらず、伍子胥からの言葉は疑念であった。如何しようもない喪失感・絶望感の挙げ句、漁父は自分の真心を眼前で証明する唯一の手段/自死を選ぶ。
 馬琴がいう「芦中乃人」/漁父は、命よりプライドを重んじる類型だ。しかし、其の死は、疑われた恥辱のみに依るものではない。若しくは、「疑われた恥辱」の根本は、上記の通り、渾身の真心が届かなかったことによる喪失感・絶望感だ。こうして見ると、番作を表現するため「芦中乃人{/漁父}」は必ずしも適当でないことに気付く。「芦中乃人」/漁父に、番作のような深慮遠謀は無い。ただ其の場で魂が通い合ったと思い込み、真心を一方的に捧げるような人物造形だ。仁侠の徒である。即座に死んで見せたところで、ただ自らの純情を証明できるだけであって、せいぜい伍子胥を安心させるだけ、何等かの利益を伍子胥にもたらすものではない。番作と共通点があるとすれば、恐らくは八犬伝刊行当時の一般的感覚として、【命を軽んじている】点だけだ。また、第五輯に、より「芦中乃人」/漁父らしい人物が登場する。

     ◆
必死の覚期勇しく、近つく敵をまつ折から、誰とはしらず水際なる、繁き高蘆をおしわきて、「漕よする一葉の舟のなかりせば、秋の川なみ誰かとはまし」、かく歌ひつゝこなたの岸へ、はやくも舩をよするものあり。四犬士これを見かへりて、「彼も敵歟」、と訝れば、簑笠着たる一個の舟人、遽しくさし招きて、「刀祢椚はやく乗給はずや。縦万夫の勇ありとも、敵の多勢に比れば、なほ九牛の一毛なり。可惜命を捨んより、とく/\」、と勧めたる、
……中略……
今刀祢們を渡しつゝ、追兵を禦留たれば、われは神宮へ還りかたし。況彼壮佼等を、先亡ることあらば、誰を便著に立潜びて、余命を何処に貪るべき。けふを限りの浮世ぞと、予て覚期を究めたり。然はこの舩をこゝらに流さば、刀祢們の又渡し給はん。さらずは敵にとられやせん。舩もろ共に身を淪て、赤心を顕すべし。さらば/\」、といひかけて、はや河中へ漕出せば、四犬士は是をうち聞て、且感じ、且驚く……中略……異口同音に呼禁れども、■矛昔/平は応もせで、河中遥に遭退けつ、予て准備をしたりける、舩底の栓を引抜捨れば、舩は底より水入りて、人を乗せつゝ忽地に、波の下にぞ沈みける{第四十三回}。
     ◆

 主君/蟇六・亀篠の仇として簸上宮六らを討った犬川荘助/額蔵が理不尽にも処刑されんとしたとき、四犬士が救出した場面である。逃走を川に阻まれた折、「高蘆」の間から忽然と姿を現した親爺が、四犬士に助け舟を出す。姥雪世四郎であった。渡りきって振り返ると、若者二人が追っ手を引き受け戦っている。世四郎の息子、尺八・力二郎だ。多勢を相手にした乱戦で、生き延びようとは思えない。四犬士は元の岸へと戻りたがるが、世四郎は相手にしない。四犬士を仲間に引き入れるため、二人の息子は最初から死ぬ気だったのだと明かす。更に続けて、二人の息子を喪えば生きている甲斐がないと語り、再び川中へと漕ぎ出す。自沈する。
 世四郎も「芦中乃人」/漁父と同様、喪失感と潔さのため自沈する。但し四犬士に疑われたわけではない。寧ろ、奮戦する二人の息子を救わんと歯噛みする四犬士を見て、自分の見立てが正しかったと満足していただろう。しかし覚悟はしていても、二人の息子を喪うのだ。喪失感は大きい。また息子を死地に追いやって、一人だけ生き延びることも潔しとできない。事情は全く違うものの、芦中人説話の漁父と同じく、仁侠の徒である。且つ、喪失感と潔白性の証明が自殺の動機となっている。

 今回言及した幾人かの死、即ち里見季基、大塚匠作、犬塚番作、姥雪世四郎・尺八・力二郎の末期を振り返る。季基は、足利持氏恩顧の武将として、持氏の子息/安王・春王を奉じ、節義に殉じた。累代/世襲の家臣ではなく、元は南朝方であったことが強調されている。一代限りの恩顧を、己一代で清算し、義実にまでは及ぼさない{第一回}。
 大塚匠作の死は、季基と事情が似通っている。大塚家は、鎌倉公方/足利持氏の勢力圏内に在る、郷士であった。代々ベッタリ近侍する家ではなく、独立性が比較的高い。身内人とか被官とかではない。半農半武の家であり、何等かの理由で安王・春王の守り役として抜擢された。家督を継いだ蟇六は、再興した関東足利家に匠作の女壻である旨を申し出るが、「武士」に取り立てられはしなかった。大塚家の家督に、例えば関東足利家家臣であるとの要素は含まれておらず、ただ匠作個人の武術や器量によって、安王・春王の守り役を任されていたことが窺える。
 安房東郷の郷士/蜑崎輝武も、義実の安房入国後、里見家に従った。大塚家は、家/共同体としては、関東足利家との関係が然ほど緊密ではない。「郷士」だという設定が醸すニュアンスだ。よって匠作本人は、安王・春王に殉ずるが、嫡子/番作にまで其れを及ぼさない。春王・安王は幼く嫡子がいないので、せいぜい足利家の重宝/村雨を縁者に渡すよう命ずるのみだ。鎌倉足利家と里見家・大塚家の関係は、格こそ違え、相似なのだ。此処から初めて、季基と匠作、義実と番作の対照性を論ずることが可能となる。対照性に就いては、今まで縷々述べてきた。
 番作に就いては、上で述べたように、嫡子/信乃の生を切り開くためのものであり、言わば、【命を託す】行為といえる。此の関係性を、やや複雑にしたものが、尺八・力二郎の死であった。姥雪家は、卒ではあるけれども、犬山家の家臣だ。卒であるが故、家臣としては犬山家との関係が然ほど緊密ではない。後には独立し、世四郎は孫/二世尺八・力二郎と、犬江親兵衞の守り役となり、最後は里見家と直接に繋がって、犬山・犬江家と同じ階級に属す。そして姥雪世四郎は音音と密通した科により、共同体/犬山家から、形式上は放逐された。とはいえ当主/犬山道策が総て呑み込んだ上での処罰であって、心情面では断絶していない。寧ろ、卒という軽輩であるが故に家同士としての関係は然ほど緊密ではないものの、密通/隠匿/裏切りの負い目により却って世四郎は、心情面で犬山家へ結び付こうとするベクトルを強める。其の上で、世四郎の息子/尺八・力二郎は、四犬士と犬山道節を結び付けるため、命を投げ出す。則ち、命を四犬士に託すことで、道節に届けようとした。類型として、尺八・力二郎の死は、番作に庶い。扇谷上杉定正を討てなかったが、四犬士と道節を結び付けることには成功した。ちなみに、世四郎が荒芽山厄難で音音と共に炎に包まれた【二度目の死】は、追っ手を引き受け五犬士を逃すためのものであった。息子/尺八・力二郎と同様に、【命を託す死】である。また、匠作と里見季基の死は共に、嫡子である番作・義実を過去の柵{しがらみ}から解放し、自由な立場に置くためのものであった。やや広義になるが、此れらも【命を託す死】に分類できよう。更に云えば、番作の名が「番/つがい」を意味すると既に断じている。「番/つがい」は、二つのものを繋ぐ。現在でも、建具に蝶番{ちょうつがい}なる部品がある。匠作から託された村雨そのもの、春王・安王の縁者に村雨を渡す使命、そして春王・安王への想いを、信乃に伝達する【中継ぎ】の性格を有つ。且つ、信乃が自分の身を守る知性を有つに至る迄、村雨と信乃を番/守衛する役割を担う。個人として甚だ魅力的なキャラクターではあるが、物語上、中継者に位置づけられる。番作は、そうした運命を自覚し、速やかに逝った。戒名は、「知命達徳速逝禅定門」である。

 このほか八犬伝序盤に於ける主な善人の死として、以下の如きものがある。落葉が岡で義人四人が殺し合った。奸物/山下定包を討とうと待ち受けていた洲崎無垢三・杣木朴平は、誤って領主の神余長狭介光弘を射殺した。何連の矢が命中したか明記されていないが、表記上、朴平が実行犯である可能性が浮上する{当該箇所で朴平が先に記述され「一の矢」が命中しているが、確かな特定は不可能}。続いて飛んできた二の矢に光弘の忠臣/天津兵内が命を落とす。犬田小文吾の伯父であり光弘の忠臣だった那古七郎が突進して無垢三を斬るが、朴平に討たれる。朴平は捕らえられ、拷問を受けて獄死する{第二回}。朴平は山林房八に繋がる。無垢三は、董野阿弥七・荒磯南弥六兄弟へと繋がり、且つ南弥六は甥/増松に憑依して、洲崎沖海戦で活躍する。
 無垢三と朴平には更なる考察が必要だ。二人は金碗八郎の僕であった。根は農民であるから、一代限りの雇われ中間レベルである。金碗家没落後、農民に戻って山下定包殺害を企てた。結果として神余光弘を殺してしまい、自らも命を喪った。一方、八郎は、事件に無関係とはいえ、元の僕が下手人であるから、負い目を感じていた。しかし読者は、定包が光弘を自分の馬に乗せ、無垢三・朴平に狙わせたことを知っており、光弘殺害の責任は、定包が負うべきだと考える。神余家に連なる重臣の家系として八郎は、光弘の仇討ちをもくろむ。予譲よろしく身を窶しているので、機会さえあれば独力で成し遂げるつもりさえあったのだろう。里見義実と出会って合流する。定包を暗殺する作戦から、討伐し神余領を義実に献上する方向へと転換した。此の転換の意味は重い。喩えるならば、権を奪われた土着神が、流離する貴種/天神に支配権を献上するようなものだ。
 神余/金碗家は、謂わば地霊である。そして八犬士は揃って金碗姓を嗣ぐ。里見家は代を重ね、義実・義成の徳を喪っていく。犬士は里見家を見限って離れる。里見家は乱れていく。徳を喪い、其れが故に地霊の信任を失い、乱れていくのだ。
 如斯き流れを実際に動かし始めた者こそ、農民の無垢三と朴平であった。また、手勢のない義実のもとに集まった者は、まずは法華宗の村人たちだ。村人の説得には、八郎が当たった。土着民を土着神が纏め上げ、天津神を奉戴したのだ。
 山下定包が神余領を簒奪、更に里見家が領有するとのストーリーは、史実か否かは別として、一部軍書が主張する所である。其れを因縁めかした話に仕立て上げたものが、稗史だ。八犬伝は、馬琴の構想した理に則って創り出された。馬琴の理は、未だ詳らかではないものの、とにかく旧来領主であった神余家が何処かに退かねば、里見家の居場所がない。また、単に神余家を排除するためなら、無垢三・朴平は介在しなくとも良い。実のところ神余光弘は、玉梓を寵愛、定包を取り立て、金碗八郎ら忠臣を疎外するなど、家中の秩序を乱した。排除するに足る暗愚の君主だ。
 里見家の支配正当性に関しては、不十分ながらも縷々語ってきた。詳細は避けるが、無垢三・朴平の死は、やや特殊な位置づけとなる。今回の議論では、深く立ち入らない。

 犬川荘助母の縁者でもある朴平蜑崎十郎輝武は、東条の郷士だったが杉倉氏元に従い麻呂信時を討ち取った勇士であった。やや文弱な傾向の嫡男/十一郎照文とは出来が違う。其れは措き、伏姫の様子を窺いに行き、富山の川で水死した。水練の達者であった。此の時、富山には{恐らく役行者により}結界が張られていた。神が侵入を禁じた地域に足を踏み入れようとして、罰せられたと見て良い。事故死扱いか。因みに輝武の出自は郷士であるが、嫡男/照文は、当たり前のように里見の家臣として振る舞っている。照文は、ヽ大/金碗大輔と「竹馬の友」であったから同年配と思しいが、ならば輝武が水死したとき十代半ば。輝武の死に責任を感じた義実が、家臣として身を立てさせたのだろう{第十回}。
 義実の妻/五十子は、娘/伏姫が八房と富山に籠もったことを憂え、死んでしまった{第十四回}。犬飼現八の父/糠助は「時疫」で死んだように思えるが、六十一歳なので、早世とは言い難い。老衰と分類しても良いぐらいだ。現八の母/糠助の妻は、若くして病死したと思しい{第二十三回}。大塚匠作の妻は、娘の亀篠が蟇六を引き入れることを容認しているので、善人であるかは疑問だが、四十歳ほどで病死{第十六回}。番作の妻/手束は、応仁二年十月下旬、四十三才で病死した{第十七回}。犬山道策の妻/道節の母/阿是非は、善人か否かは不明だが、道節を生んで正妻になった後、寵を争った道節の側女/黒白に毒殺された{第二十四回}。道策は、池袋の戦いで討ち死にした{第二十八回}。犬川荘助の父/衛二則任は伊豆国北条の荘官だったが、堀越公方の苛政を度々諫めたため讒言に遭い、殺されると知って自殺した。絶望死とでも云うべきだろう。妻は安房を目指すが途中で旅費を奪われ、蟇六宅前で雪の中、行き倒れた。蟇六の救護義務違反とは云わないが、道義上、読者は蟇六を憎むだろう。ちなみに「荘官」は広い語義をもつが、大塚家を「荘官」と表記する例{第十九回}からすれば、郷士と見て差し支えない。則任は、苛政を行う暴君のため死に追い遣られたとも、其の様な状況に絶望して死んだとも云える。【悪人による非業の死】とも、姥雪世四郎【一度目の死】同様の厭世自殺ともいえる{第二十回}。犬飼現八の養父/見兵衞は、病死している{第三十一回}。
 犬江親兵衞の父/山林房八は、自分と瓜二つの犬塚信乃の身代わりになるべく喧嘩を仕掛け、犬田小文吾に斬られた。此れも【命を託す死】に分類される。しかも親兵衞に憑依したことは既に述べた。妻の沼藺は、房八と小文吾が争う最中、房八に誤って斬られた。事故死である。ちなみに親兵衞は房八に蹴られて事故死したかに思われたが甦生した。恐らく甦生の瞬間に、房八が憑依した。また、沼藺の死は、伏姫神が母代わりとなって親兵衞を富山に引き取るため、必要な条件であった{第三十六・三十七回}。大塚村の背介は、簸上宮六ら殺害事件の証人として拷問を受け死んだ。拷問は、丁田町進の指揮下、簸上社平・卒川菴八による。六十余歳の背介には堪えたのだろう。特に善人ではなく蟇六の老僕であったが、普通人であった{第四十二回}。

 勿論、浜路のことを忘れてはならない。浜路は、網干左母二郎に掠奪され、信乃への操を立てるため抗い、殺された。見てたんなら助けろよ道節、とは思うが、母/黒白の悪行が報いたとも見え、微妙だ。しかし決然と抵抗したことで浄化され、浜路姫として信乃と添い遂げた。浜路は浜路姫の虚花であるのだが、寧ろ浜路の方が本質を、よく表現している。浜路姫は、浜路の記憶が残っている素振りを見せない。しかし記憶よりも深層、生命そのものとして同一なのだ。少なくとも読者に、せめて、そうであって欲しいと思わせる。もとより八犬伝は、名詮自性の世界だ。同じ名前を帯びる意味は、其の辺りだろう。また、信乃が浜路と結ばれてしまえば、其処で話が終わってしまう。犬士は、里見家の姫と婚姻せねばならない。信乃は浜路姫と出逢うまでヴァージンでなければならぬのだ。犬村大角も同様である。閑話休題。
 則ち言い換えれば、浜路姫の虚花として予め現れ、信乃との関係が如何に深いかを示すため、浜路・浜路姫共通の本質/霊が降臨する依り代が、浜路なんである。現代の感覚では混乱としか表現しようのない霊の行動は、前近代には許容されていた。
 例えば、かぐや姫伝説では、月/天界で悪戯したか何かで下界に放逐された者こそ、かぐや姫であった。竹の中でホギャホギャ泣いていた赤子が、天界で何を為し得るというのか。勿論、天界に在っては赤子ではなく、悪事を為す相応の存在であった筈だ。則ち、相応の存在の霊/生命そのものだけが、下界用の肉体に押し込められ、放逐されたと見るべきなのだ。其の肉体は三カ月ばかりで美少女もしくは美女にまで成長したから、通常のものではない。十分に罪を償ったと認められ、かぐや姫は天界に戻った。より精確に言えば、かぐや姫の霊/生命そのものが、回収された。とにかく、竹取物語にあって、霊の移し替えは可能であった。
 信乃と結び付くことが確定している浜路姫の霊/生命そのものが、浜路の肉体に入り込んで予め信乃との関係を見せ付けたのだ。虚花だから浜路の肉体は、信乃が浜路姫と結ばれる迄に消去されねばならぬ。浜路の死は、其れ其のものとしては、許容できぬほどの悲劇である。左母二郎を、いくら憎んでも余りある。しかし一方で、物語の必然でもある。
 また、浜路と浜路姫が同一の存在でなければ、信乃が裏切ったことになる。実のところ信乃は浜路を愛してなんかいなかったが、浜路が自分への操を立てたが故に殺されたことを知って、「名を揚家を興すとも、又正妻を娶るべからず」と誓う。此の一言に、馬琴のトリックが凝縮している。読者は未だ、ほぼ大塚蟇六と同格である信濃猿石村長の娘として対照的に暮らしている浜路姫の存在を知らない。浜路の鮮烈な死は、記憶に新しい。読者にとって、如何なる浜路も、既に存在しない。だから単純に、信乃は終生、正妻を娶らないのだ、と早合点してしまい、感動する。しかし信乃の誓言は、「又正妻を娶るべからず」であった。「又」とは何か。「正妻を娶らない」というだけなら、不要な一字だ。「又」は【複た】であり、「再び正妻を娶らない」との謂いとなる。浜路と婚姻したわけではないけれども、信乃は浜路を「正妻」として扱っている。則ち、【正妻は浜路なのだから今後、浜路以外の者を正妻にはしない】との意味となる。読者は、浜路なる存在が完全に消滅しきっていると思い込んでいるから、信乃は今後、決して正妻を迎えないのだ、と早合点させられてしまう。筆者も初見ではスッカリ騙された。浜路姫が登場して、初めて騙されたと気付いた。「浜路以外の者を正妻にはしない」んだから、浜路{姫}を正妻にすることは全く問題ない。きっと馬琴は、左母二郎に浜路が切り苛まれる残虐場面を書くに当たって、嘆き悲しみ怒り狂う読者を思い浮かべつつ、「ばぁか」と舌を出していたに違いない。性格が悪いにも程がある。
 即ち馬琴は、悪玉による浜路【非業の死】を描いたわけだが、其れは一方で、信乃と浜路{の本質/霊}が結び付くことを約束する場面でもあった。浜路が生命/霊/存在の本質を、浜路姫に託す/リレーする場面でもあったのだ。よって、浜路の死は、善人が遭遇する不条理な非業の死、という八犬伝では御馴染みな場面であるだけではなく、浜路から浜路姫へ【命を託す死】でもあった。

金碗八郎孝吉に就いては、以前書いたので此処での話題にのみ即せば、犬夷評判記第二編稿料に、

     ◆
金碗八郎は国士第一忠義乃人也古ゝをもて功成ていく日もあらす忽然として自殺せり大輔その子として父乃風あり薄命如此にあらさ連は父乃子とするに足らす張子房韓乃為に秦楚をうち滅して飄然として大名乃下にをらす志かれともなほ呂氏に阿党しその子をして漢に仕しめしは後世乃瑕疵とする所也田横淵明か義烈乃卓きに志かす且大輔をして栄爵を受しめんはよのつ子乃作意にして全本五六巻の小説乃趣向にあるへし
     ◆

とある如く、命の価値が相対して低い戦国期に於ける、仁侠気風の表出として、説明できる。
 また、八房犬から犬士に受け継がれたものが、八房の個性を拭い去った霊/生命そのもののみであり、しかして何等かの色に染まっていたとすれば、性格づけが為されていたとしたら、其れは八郎・大輔のものだった可能性がある。

     ◆
この書乃主人公は八犬士也伏姫大輔等は八士を引出すの楔たり伏姫薄命云々大輔も亦薄命云々にして而後に八士あり八士をうむものは伏姫にして八士を汲引するものはヽ大也志からは此烈女義男は八士乃父母かく乃ことく薄命にあらされは八犬士乃後栄いつ連より来るよしあらん金碗氏後なしといへともおのつから後あり伏姫子なしといへともおのつから子あり
……中略……
八士乃出現ハ八房乃犬より起るといへともそ乃功徳は伏姫と大輔にあり古ゝにて玉梓乃祟を多々いふか伏姫乃功をおもくセん為也これ文章乃仮意外乃面目也
大輔乃薄命伏姫乃枉死と一対也金碗八郎か義死と五十子乃憂死と又一対也凡此主従男女は造悪の事なしこれ善果乃人たるへきにかくなり果たることのもとを玉梓か祟といハずは何をもて勧懲とセん玉梓か祟ハよしさねか彼を赦さんとして赦し得ず只一言乃失より出たりこれ又大なるにあらずそのたゝ里却大なるは何そや玉梓淫乱無智乃毒婦たる故也その悪報犬となりかハりしより終に八犬士出現すこれ金碗父子伏姫母子乃功徳によれり
     ◆

 あくまで犬士の{霊的な}父は金碗大輔だと、馬琴は規定している。且つ、八犬士の発生には、八郎と五十子の功徳も作用している。犬士の父母が大輔・伏姫ならば、祖父母は、里見義実・五十子と金碗八郎・濃萩である。うち母方から祖母/五十子、父方から祖父/八郎のみが選出され、犬士の発生に関わったとされている。母の母性は祖母から、父の父性は祖父から受け継いだことを示している。
 今まで縷々、八犬伝後半で二度に亘って描かれた五十子城攻略を、伏姫の性格が、里見家側のみを擁護するものから敵をも救うもの、即ち里見家の守護神から普く衆生を救済する観音菩薩のものへと進化する変化を描いたものだと断定してきた。伏姫神の裡には五十子から継承された母性が存在しており、其の母性を修正する道行きを、「五十子」城攻略の有り様に投影しているのだ。伏姫の母性は、五十子から継承したもの……と云うより五十子から注入されたもの、と云うべきか。犬士を擁護する伏姫の母性は、伏姫を案じて憂死する五十子と同じく、極端なまでに激しく深いものである。伏姫を象徴する第一の美女犬士/犬塚信乃による第一次五十子攻略を経て、第二の美少女犬士/犬阪毛野による第二次五十子攻略で、伏姫の母性が敵にまで及ぼされることを示した。同じ頃、犬江親兵衞は戦場で、伏姫に与えられた神薬を敵兵にまで分け与えて甦生させていた。
 伏姫の母性は五十子のものである。ならばヽ大/大輔の父性は、八郎のものでなければならない。犬士から見て直接の父母は大輔・伏姫だが、八郎・五十子の存在が、欠くべからざる前提として在る。則ち、五十子・伏姫/八郎・大輔、二代に亘る功徳が、八犬士発生の原因となっていることが解る。此のことは、母と母方の祖母が、父と父方の祖父が、置換可能であることを浮かび上がらせる。
 八犬伝後半、第百三十二回、里見義実・義成はヽ大を口説いて、八犬士に金碗姓を継がせる。表記上、当初はヽ大の養子にするつもりだったが、強く拒まれ次善策として「{八郎}孝吉の名跡」を継がせた。表記上は次善策だとしても、物語の行き着いた先である以上、馬琴にとっての最善策であることは、云う迄もない。八犬士を、ヽ大から八郎に継ぎ替えても、問題は無いのだ。翻れば八郎の死は、八犬士発生に向けた直接の前提となるものであり、一面では【命を託す死】に分類される。

 八犬伝世界の原理/天理は、生命を愛し愉しむことだ。にも拘わらず、善玉ほど自ら命を容易に投げ出す。この点では、悪玉の方が執着が強い。しかし善玉の死は、単純な「自己犠牲」なんぞではない。尺八・力二郎は、第一義に、四犬士を犬山道節の仲間として送り届けるため、自らの命を四犬士に託した。結果として二人の命は、二世の尺八・力二郎として再生した。名詮自性の世界に於いて、名を同じうすることは、共通性の担保となる。即ち、二世の尺八・力二郎は、複製の意味をも有つ。初代の力二郎・尺八は討ち死にしたが、其の生命は二世に、確かに継承されている。其れは血脈として連続しているという意味に止まらず、同一本質の共有/移動である。また、名詮自性を遡れば、尺八・力二郎は、八房犬に行き着く。二世の尺八・力二郎は富山で、幼い犬江親兵衞の遊び相手となる。八房が伏姫のもとへと帰還したのだ。そして、もう一人、名詮自性の理に於いて、八房と同一視すべき者がいる。山林房八だ。房八は既に死んでいるが、生命の本質は親兵衞と共に在る。いや寧ろ、親兵衞元来の生命は、房八に蹴られたとき霧散し、房八のものと入れ替わって可能性すらある。
 とにかく、房八・力二郎・尺八の三人に分割された八房の本質が、伏姫のもと再び富山に結集した。結集した八房は、伏姫の息子および其の遊び相手となっている。三人とも、要するに、伏姫の被扶養者である。嘗ての八房は、収獲をもたらすことで辛うじて夫の役割を果たしていた。セックスレス夫婦である。しかし今や養育されることとなった。伏姫と八房の関係は、夫婦という形では絶対化されていないのだ。同様に大輔も八郎も、伏姫の夫として絶対化されていない。対して例えば、信乃・浜路、大角・雛衣は、生を変えても夫婦として固定されている。上述した如く、八房は、犬士が発生するため個性を払拭した生命そのもののみを提供した。実は八房でなくとも良かったことになる。犬士の生命に犬士としての個性もしくは方向性を与えた者は、あくまで伏姫・五十子、金碗大輔・八郎なのだ。それが故に犬士は、金碗姓を継いだ。伏姫と八房の【縁】は濃いが、夫婦関係として固定されるものではない。また、無智・無垢な状態で、房八・尺八・力二郎が富山に結集したことは、やはり、八房が個性を払拭された無垢の状態で最期を迎えたことを示しており、犬士生成のため、無垢な生命そのもののみを提供したことを意味している。
 また、富山には更に一人、八房ではないものの、八房みたいな者がいる。姥雪与四郎である。与四郎は与四郎犬と本質を同じうする。与四郎犬の名前は、「四つ白」であることによる。全体に黒いが、四肢が白い。白を地とすれば、ほぼ全身を大きな黒い斑/房が覆っていることになる{黒を地とすれば八房とは逆に白い房が四つある}。八分の一{もしくは逆転した上での二分の一}、八房が分化した存在のようだ。与四郎犬は、女装した犬塚信乃が伏姫を象徴していることを示す存在であった。信乃を伏姫の複製ミニチュアだとすれば、与四郎犬は八房の其れである。ちなみに与四郎犬は、伏姫が八房に乗って手束と会ったとき、傍らにいた。同じ時、同じ場所に、本質を同じうする者は共存できる。
 富山での生活は、犬江親兵衞・力二郎・尺八にとって、世に出るための育成期間/モラトリアムであった。同時に、彼等が八房と本質を同じうするため富山で伏姫と特権的に同棲できることを示している。
 更に複た、姥雪与四郎が「花咲の翁」と表記されていることも、目を惹く。花咲の翁は、所謂「花咲か爺」の説話と関わっていよう。花咲か爺の犬は、まず犬として財宝の在り処を教え、死んで臼に籠もり財宝を産み出した。焼かれて灰になると、今度は桜の枯木に花を咲かせる。老いて枯れた後、音音と夫婦になった与四郎には、字面だけからすれば、其れだけで適切であるように見える。如斯き理解も可能だし、老いて犬のため栄える説話の設定にも合致する。しかし第一義に、花咲か爺は、自ら咲くのではなく、枯木を咲かせる者である。
 「花咲の翁/媼」は、里見義実の命名だ{第百六回}。行方不明になっていた曳手・単節が生きており、しかも二世の尺八・力二郎を出産したことを祝福した折、命名した。曳手・単節を「枯木に花嫁」と評しているので、「枯木」は差し当たって、初代の尺八・力二郎を意味している。則ち、「枯木」/尺八・力二郎の妻が出産したことを【枯木に花が咲く】状態だと規定したのだ。「枯木に花が咲く」とは、枯死した木に再び花が咲くことだから、【生命が甦る】ことを指していなければならない。結局、二世の尺八・力二郎は、初代の尺八・力二郎の再生であることが明らかになる。其の再生に寄り添う特権者こそ、媼雪与四郎であり、音音である{花咲か爺そのものには生命を再生させる能力はなく飽くまで犬の精が籠もっている灰が生命を再生させる}。
 続いて「花咲の翁/媼」なる表記は、第百十回、里見家から追放される親兵衞が、姥雪家に挨拶した台詞の中に見出せる。挿絵では、第百五回、恐らく与四郎と音音が富山に連れ込まれた場面。同回、逃走を図る荒磯南弥六を夫婦で捕らえる場面。第百六回、富山の観音堂に義実を案内した場面。同回、騎馬の親兵衞に伴をして駆けていく場面。即ち、親兵衞の再登場以降、暫くの間だけ、「花咲の翁/媼」なる表記は使用された。よって与四郎・音音の本質を示すものというよりも、尺八・力二郎が再生したことを示すのみだ。親兵衛に関しては、本人が事故死から甦ったのみならず、父/山林房八の霊が憑依していることと二重の意味で「再生」している。以前に述べた通りだ。よって「花咲の翁・媼」は、本人たちが老いて益々お盛んなエロ爺・婆というのみならず、寧ろ第一義には、再生した尺八・力二郎・房八に寄り添う者との意味を有つ。

 差し当たって便宜上、荒芽山危難までを八犬伝序盤、即ち全体像の設定を概ね読者に知らせるべき部分と捉え、善玉の死に就いて概観した。悪玉による「非業の死」は印象深いが、老衰を含む「病死」や「戦死」があった。金碗八郎・伏姫・犬塚番作の、唐突にも思える切腹もあった。何連も、戦国期に於ける潔すぎる潔さを感じさせるが、八郎・伏姫の切腹は八犬士の発生へと繋がり、番作の切腹は信乃の生を発展せしむべき深慮遠謀の結論であった。【命を託す死】の類型である。また伏姫・大輔の薄命/苦労や不幸が「功徳」と言い換えられていることから、苦こそ楽の原因になるとの思考法が、八犬伝の基盤を構成する一要素になっていることも確認できる。勿論、現実世界に於いては卑怯者がのさばり善人が浮かぶ瀬なぞ無い。だからこそ、せめて虚構にあっては、との願いが込められていよう。
 【生命を愛し愉しむ】ことを原理/天理とする八犬伝に於いて、あろうことか善玉ほど「容易に命を投げ出す」との矛盾に就いて、若干ながら考えた。結論としては、「容易に命を投げ出す」類型、里見季基、大塚匠作、犬塚番作、姥雪世四郎、十条力二郎・尺八郎、山林房八の例は、【命を託す】者であったことが分かった。個として断絶していない、受け渡され結果として連続する生命の在り方を示していた。生きとし生ける者、必ず死ぬ。寧ろ「容易に命を投げ出す」者のみが、生命の連続性を得ている。単に善玉を潔く死なせ、其の恰好良さだけで善を勧める稚拙な筆法ではない。しかも、戦国の世は知らず、二世紀半も泰平を積み重ねてきた江戸後期に於いて、個人の生命の価値が或る程度は広く認められていた時代にあって、【生命を愛し愉しむ】ことを根本原理として確定、其れ以前から存在していた「命を容易に投げ出す」善玉が矛盾しないよう【命を託す】理を与えて、強固な勧懲理論を打ち立てたのだ。一方で、浜路・雛衣を、浜路姫・鄙木姫の虚花として設定、其の情熱的な純真を救済することも忘れなかった。此処に馬琴の、揺るぎない勧善懲悪への強靱な意志/確信が見て取れるだろう。

 結論である。八犬伝の原理/天理に於いて善は、【生命を愛し愉しむ】ことだ。にも拘わらず、善玉ほど容易に命を投げ出しているようにも見える。一見すれば矛盾に思える善玉の死は、個に閉じ籠もる生命を前提にしては理解できない。親子もしくは相感した者同士で、生を託す者こそ、容易に命を投げ出している。「容易に命を投げ出」してはいるが、其れは消滅を前提としているのではなく、誰かに自らの命を託す行為であった。個という煉獄/独房に閉じ籠もるのではなく、受け渡し可能な生命の繋がりが、前提として浮かび上がる。生命の受け渡しが可能だとか、そんなことは科学では証明されていないし、現時点で科学は証明する能力もあるまい。但し、証明できないからと云って、神ならぬ身で、仮説が間違っているとも断言は出来やしない。もとより、人は事実そのものではなく、事実を如何に認知するか如何に受容するかで動く。例えば我が子を抱くと、此の生命が自分由来であるとの確信から、様々な妄想が湧く、恩愛が生じる。妄想こそが人を動かすとの側面は、なかなか否み難い。人は、他者とさえ繋がり得ると思い込みたいものだ。そもそも個々分断するならば、国家が存在する意味も徴税の意義も無い。個々分断せず、群れるなら群れるで、其の群れは如何な原理によって統合さるべきか。馬琴は八犬伝の原理として、善を【生命を愛し愉しむ】ことだと規定した。其の上で、善玉は容易に命を投げ出す。投げ出すが、捨てるのではなく、受け渡す。互いの生を価値あるものだと認め、個々分断せず繋がり得るし受け渡しが可能だと確信しているからこそ、「容易に命を投げ出す」/【命を託す死】が成立する。【生命を愛し愉しむ】原理と矛盾は生じない。馬琴の標榜する「勧善懲悪」の背景である。
{お粗末様}

 

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