番外編「連環へ」

 
                      ――ウメボシ伝説シリーズ8――

 予告通り、「八幡愚童訓」前半に載す、怪獣もどきが大活躍する楽しい戦争の場面を紹介する。

仲哀天皇御時異国ヨリ責寄トテ先塵輪云者形如鬼神身色赤頭八ニシテ乗黒雲飛虚空日本付取●人民事無極遠退テ射之弓箭オレ近寄心迷滅身人種既尽ナントスル時帝王此事不便也自御幸十善力ニテ塵輪ヲ降伏シ玉ハント思食故皇后乞御暇惜御名残疾可皈其マテハ御待アレトソ誘申サセ玉ヒケル后申玉ヒシハ心憂ヤケニ女人ノ思フ程ハ思召サヌニヤ片時モ奉離可在世不思設敵陣ヘ入セ玉共一矢ニハ先立可当物ヲトテ出立伴玉ヘハ御志深嬉シク思食トモ習ハヌ旅路スカラ御痛シク思玉フ事無極抑此后ト申スハ第十五代ノ帝皇神功皇后後ニハ顕神明聖母大菩薩ト申ハ此后ノ御事也御門ハ五萬人軍兵ヲ前後靉靆長門国豊浦郡付玉フ武内大臣安部高丸(同介丸)惣門ヲキヒシク堅サセテ塵輪来急可奏申都人臣力ニテ不可有討事ト被仰含ケリ彼二人帯弓箭門両方守護スルニ第六日当テ黒雲忽タナヒキ塵輪瞋目持弓箭来ケレハ高丸武内大臣(ヲ以)奏聞此由御門自取御弓箭ハケテ射サセ玉ヘハ塵輪頭ヲ射切テ頭身二成テ落ニケリ塵輪ウセヌルハ雖悦也イカ丶シタリケン御門流矢ニ当セ玉ヒテ則玉体有恙宝算限成給フ御心細モ思食ケレハ后ノ取手我御胸上置玉テ生者必滅ノ習不嫌老少上下今ヲ●(ウカンムリに取)後奉見悲哉黄泉ノ空ヲイカ丶セン又御身ハタ丶ナラヌ御事成テモ三月トヤランナレハ弥御心苦ケレトモ此懐(原文の扁は女)レ玉フハ皇子ナルヘシ構テ討随異国皇子位ツケ御国土玉ヘシト御涙掻敢申給ケル其時皇后落涙ヲオサヘツ丶異国事御心安可思食計ニテ臥沈給フ御有様外袂マテ難堪コソ覚レ……中略……三ケ日申二月六日御門終崩御ナリシカハ一天早暮ニケリ三光既無ガ如シ皇后御歎自余理ニモ過貴賤悲超常篇然間皇后御物狂気色出来玉ヒキ武内大臣御簾ヲ半巻上テ如何ナル事ニテ御座ニヤト被申吾御裳濯河辺ニスム天照大神也三韓既十萬八千艘舟ヲ出テ卒数萬軍兵只今来ントス此地ニツカヌ先ニ急キ向異国玉フヘキ也トソ被仰武内言爾者現一験サセ給ヘト申詞畢先放光照十方言一針ヲ入海三尺鮎食付テ可上御髪ヲ川ニ入給ハ水神女龍神女二人来テ御髪ヲ二分ヘシ榊枝ニ大ナル鈴ヲ付テ上山巓驚朝廷神達申玉ハ丶其瑞忽可顕御心本復シ玉ヒケリ任神託針入海三尺ノ鮎二食付テ上ル御髪ヲ浸河水神龍神二人ノ童女参テ御髪ヲ二分此龍神女厳島大明神水神女ハ宗像大明神ト顕玉ヒケリ四王寺山御幸シテ榊枝ニ大ナル鈴ヲ付テ捧御手立給事六日ニナレトモ無其験六日間終供御モマイラス立透給ヘハ付給ヘル御妹二人一人宝満大菩薩顕レ一人成河上大明神給フ此二人御妹申玉ハクサノミ如何坐スヘキタ丶ナラヌ御身也諌留給ヘ共更ニ御身ヲタハ丶スシテ御祈請無二心ケリサレハ四王来下成石体起降伏頼ヲ玉ヒシカハ是ヲサテコソ四王寺山ト名ケレ第七日ニハ虚空ニ光明充満シテ即虚空蔵菩薩ナリ虚空蔵菩薩又成俗体其御形翁仙人如シ此俗ノ申曰ク我是地神第五彦波瀲尊也軍大将軍ヲ先トス我子月神云力強心武是ヲ可進攻隣敵給ヘトテ月神ヤ有ト召ハ月神空中ヨリ出御冠赤衣ヲメシエヒラ胡●(タケカンムリに録)ヲオヒ鏑矢ニ御弓ヲ取持セ給テ前ニオワス彦波瀲尊住吉明神御事也月神ト申ハ高良大明神御事也住吉サラハ暇申トテ(天ニ)騰トシ給ケリ皇后如何ニヤ見捨玉フヘキ同扶給ヘト懇ニ申サセ給シカハ住吉モ難振捨思食テ終御留有ケリサラハ御舟ヲ作ハヤト仰ケレハ化人百人忽出現シ我党三百人アル也ト申終子ハ二百人来テ先百人具シテ成三百人御舟何艘可造ヤラント申四十八艘ト仰ケレハ長門国舟木山入出材木豊前国宇佐郡ニテ四十八日四十八艘ノ御舟ヲ作立神功皇后阿弥陀如来変化ニテ御坐セハ六八超世悲願ヲ起シ救●(サンズイに冗)淪苦海衆生ヲ給ハントテ法蔵昔誓ヲ不忘四十八(願)トソ定給ケル住吉申サセ給ケルハ御舟ハ出来ヌ梶取ニハ誰ヲカサセ給ヘキト有シカハ武内被申ハ何人ニテモ住吉御計可有被申シカハ当時常陸国在海底安曇礒良云人ヲ可被仰夫年久海中住テ海案内者ニテ被申カハ夫召ニハ誰ヲカ可遣ト有シカハ都可行者ナシ去トテハ奉遣月神武内計被申ヲ住吉大怒給テ言月神忝モ天神也争人王使トハ可成所詮行除目官ヲサツケ可遣トテ藤大臣連保名付テ礒良許ヘ遣須叟間行着テ神功皇后為征罰異国向給梶取為参給ヘシト有仰ケレハ軈ウツブシニ臥テ無御返事如何ニヤ〃宣旨勅答何トカ可申再三被迫我是送海底年序余目ヲスル者ナレハ六十日五十日ナントモ不起上程諸石花ヒセト云者顔吸付面見苦サニ臥テ候也以御手撫我顔給ヘト被申シカハ高良三度撫玉フニ石花ヒセ少々落テ貌軽成タリトテ起上給雖然猶面見苦如鬼何様ニモ不可背宣旨今三ケ日内可参被申ケル高良則帰給テ奏此旨給フ其後又住吉大海南西ヲ良久御覧娑竭羅龍王旱珠満珠云珠ヲ金鉢入テ只今愛ノ翫借彼玉射●異賊降伏セハヤトテ可遣御使被申ケルケニモイミシカリナン誰ヲカ御使トスヘキト武内申セシカハ皇后御妹豊姫ハ如如来相好無類候姿也縦雖龍畜身此女人ニハ争心不解遣豊姫給ヘト住吉計申給フ(サラハ)豊姫行玉フヘシ御共ニハ誰ヲカ付可奉如何様ニモ可具二人給其内一人藤大臣連保ニテ可有一人ヲハイカ丶スヘキ哀礒良参レカシ夫吉先達ニテ有ンスルト武内被申ケレハ住吉仰礒良只今大魚打愛シテ都テ不欲参時始御神楽彼見之急可参住吉自取拍手歌ヲウタヘハ諏訪熱田三島高良大明神笙笛和琴●(タケカンムリに畢)篥ヲナラシ五人ノ神楽男トナリ奉始宝満大菩薩八人女房八乙女成テ御手振鈴舞コタレ給ニケリ神楽濫觴是也礒良見之我参思食被始神楽三ケ日中参ント乍申今迄遅参恐アリ只争可参興アル舞ヲ一ツ舞テコソ参スレトテ浄衣単皮ハ丶キメ我依宣旨参也海中ヨリ誰皇后参者アル便船セントノ玉ヘハ早亀ト云亀近寄我コソ承龍王仰諸小龍共皇后御舟下奉付四州海中ヲ催廻テ只今参也我上乗給ヘ刹那程可到申セハ此亀甲乗テ神楽畢先常陸国ヨリ豊浦付参給テ余顔悪事ヲ耻給テ袖ヲトキ覆御顔タレ御頸懸鼓?農ト云舞ヲマヒ澄給ケリサテコソ今世迄モ?農面ニハ布切ヲ垂タリケレ豊姫具高良礒良龍宮可行給成シカハ皇后御妹豊姫ト御手ヲ取組御涙ヲ流サセ給テ住一樹陰汲一河流タニモ七生マテノ契也……中略……汝早到龍宮旱珠満珠二借来ルヘシ依珠威力ナラハ敵国降伏無疑龍宮珠ヲカスナラハ我腹ニ宿ラセ給王子也龍王御婿可成ト沙竭羅龍王申ヘシトソ仰含玉ケル其時豊姫此理哀サニ落涙ヲセキ兼勅宣承テ香椎浜出向海中藤大臣連保曰日本国神功皇后宣旨ヨテ旱満二珠ヲ借豊姫来給ヘリト被仰時沙竭羅龍王聞之出小龍此珠龍宮重宝也手渡可進是入給ヘ被申勅使三人随小龍跡入龍宮城旱珠云白珠満珠云青珠奉此二豊姫高良奉持三ケ日云時自龍宮出皇后進珠給豊姫申河上大明神御事也安曇礒良申志賀島大明神常陸国ニテハ鹿嶋大明神大和国ニテハ春日大明神トソ申一体分身同体異名御事也御ヨメト勅約有龍女当社第二御前姫大神申是也此御腹四所君達御座ス若宮若殿宇礼久礼是也皇后崩御シ給シ仲哀天皇治御棺合戦ノ有様草陰ニテモ御覧シ遠守成セ給ヘト生タル人物ヲ云様ニクトキ申サセ給ケル御棺ノ内ヨリ可奉護之由有御返事ケルコソ不思議ナレ此御棺芳事充満諸方逆風ニモ薫スルハ不異闇生樹サテコソ是ヲハ糟居ト云ケルヲ香椎申改香椎名付ケル皇后御長九尺二寸御歯一寸五分也光御歳三十一芙蓉膚和媚愛有初春風ナヒク青柳ヨリモ嫋カニ羅綺ウス物猶重事ヲ可妬機婦況帯甲冑ヲ携弓箭御座事イツ習セ玉フヘキナレ共緑御髪ヲヒンツラニ取カラ輪ニ分テ御甲ヲシメ……中略……紅御裳上唐綾威御鎧奉御ウミカ月事ナレハ御乳房大ナルニ随テ御冑胸板ヲソ高スル猶引合アキシカハ高良クサスリヲ切テ御脇下付給今世脇楯ト云ハ自是始リキ如冑クサリケル差用ニハナケレトモ可勝軍吉例思故也……中略……此皇后宮孕天子玉フニヨリ武芸勇猛シテ引率千万人異敵合戦進出給ケリ三世諸仏叶妙果一念瞋恙煩悩御座(ニサス)ト云ヘトモ強●(クチヘンに敢)難化衆生ヲハ金剛鬼神形体ニテ降伏ノ門出テ入菩提道不異柔和忍辱相ヲ受忿怒嫉妬面ナク后宮イハシテ錦帳纏レ荒風タニ無当御身趣合戦陣交軍兵中給事只日本可滅亡事悲故先皇守御遺誡玉フ也宝満大菩薩河上大明神神功皇后御妹ニテ御座セハ女人御身ナレトモ携弓箭甲冑同伴給ケリ諏訪熱田三島宗像厳島神達取合三百七十五人鹿島四十八艘舟乗給此三百七十五人神達毎一艘変身同姿人一艘三百七十五人御座此内梶取鹿島大明神大将軍住吉大明神副将軍高良大明神也今両大将軍皇后従前後左右侍……中略……夫将兵如親子時兵将仕コト如父如云今両大将食ワカチ一味回謀異朝外授勝士卒中感人給シカハ尽力忘身上下無隔将卒同調何ナルタケキ武士モ是ニハ如何向ヘキ去程皇后御産気出来御腹頻悩敷思食ケレハ対馬国ニテ自御船下脱御冑白石冷御腹御裳腰夾石給テ我奉懐(←オンナヘン)御子可成日本主給ナラハ今一月不可出胎内ト請申サセ給シカハ御腹内ヨリ十月ナレハ立直タル計也軍静ラン迄生マシ早ク向異国給ヘト申サセ給御音聞召合戦事忘レサラハ皇子生給ヘカシ今一目奉見トソ思召余床敷サニ猶御音ヲ聞マホシク御座何仰アルトソ度々問之給フ責テ御事也皇子時剋フルヲ侘サセ給テハヤ出サセ給ヘシ御皈朝マテハ生マシキトアラ丶カニ有仰ケルニ被励ケニモ角テ可有ナラ子ハトテ奉御冑御舟ニソ被召……中略……皇后御舟已対馬ヲ推出テ皓々タル分風漫々タル過海……中略……敵国迄コソ責寄タレ異賊十万八千艘四十九万六千余人アリ……中略……爰日本皇后御船近唐笠計光夜々照ケリ白張着タル老俗現申合力可申何ナル人ソト問玉フ時南閻浮提大地頭ナリト申去ヌ大勢ニモ不憚皇后副将軍高良大明神ヲ牒使遣サル高良虚空乍立仰云日本国者是雖為微少卑劣拙国又貴重賢哲神国也因玄●(玄ふたつ)自往古全異国異朝ノ数アラス即無始別所也今有何由可帰高麗国哉縦雖女人身殊為勝負来也牒送如件云々爰高麗国王大臣人民等大嘲弄(←クチヘン)返牒詞云日本此賢所也以女人為軍兵欲傾敵国何況男身上武芸ヲヤ敢不可入対嗚呼付其時副将軍高良仰テ白色珠海入玉フ投此珠給故玉垂宮トハ申ケレ旱珠既海入シカハ潮皆干成陸地異国軍兵悦舟下テ責来間日本船ヲハ小龍有下故出水浮異賊ヲ遙見下受入青色珠給海水漲波濤漂上ウツマケリ眇々タル郊野湛々江湖草木皆ミクツトナリ敵軍已成魚民屋浮流是則立田河散布見紅葉不異……中略……依之異国王臣堪兼テ立誓言申我等日本国成犬即可守護日本毎年八十艘御年貢ヲ可奉備全不可懈怠……中略……皇后御帰朝後十日申セシカハ仲哀天王九年十二月十四日也此日筑前国宇美宮ニテ御産平安皇子御誕生シ給シカハ第十六代ノ帝王顕応神天王神明テハ掛モ忝八幡大菩薩祝給是也皇后御合戦時御腕鞆鞆鞆を懸テ引御弓給シニヤカテ皇子ノ御腕ニ鞆形アリ相似タリ腫物鞆名誉田号依コソ御名ヲハ誉田天皇トハ申ケレ……中略……皇后御帰朝後相列高麗寺オキニ昼海唐笠計光夜山光ケル仍奏聞申時皇后仰何様高麗ニテ合力申ント云南閻浮提大地頭也名乗神覚ルト勅詔有何クニモ日本国内任意垂跡シ玉ヘト勅定ヲ被下ケレハ依之今伊豆山所御座伊豆権現是也皇后息長足宿祢女ニシテ開化天皇五世孫御母儀葛城高額姫也三十二御年即帝位治天六十九年ヲヘテ一百申四月十七日大和国十市郡盤余稚桜宮崩御ナリ給フ……後略

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 此処でも八幡が阿弥陀を本地とするよう書かれているが、気にしないでおこう。重要なのは、其処ではない。まず、天照大神がシャーマン神功皇后に憑依して朝鮮半島侵略を唆している。そして、神功皇后の妹・豊姫は如来のように別嬪であった。如来が別嬪か如何かは別として、とにかく別嬪なのだ。姉は別嬪の妹なら龍王をタラシ込めると踏んで、龍宮へ派遣した。旱珠と名付けた白色の珠と、満珠と呼ぶ青色の珠を借りに行ったのだ。まんまと二玉をせしめた。せしめてから豊姫は三日ほど龍宮に逗留したらしい。タイやヒラメが舞い踊ったろうか。それとも……。沙竭羅龍王は、仏法を守護する龍神八部衆、八大竜王の中でも最強を誇る猛者である。沙竭羅龍王には娘・龍女がいたらしく、神功皇后は生まれるべき皇子を婿として差し出すことを約束した。しかし龍女は畜類であるのに、自分の息子を性奴隷として差し出そうというのだから、神功皇后こそ鬼畜ではなかろうか。だいたい此の時点で皇子が生まれる保証はないのだから、皇女なら如何する気だったのか。無理にでも龍女の嫁にしただろうか。それとも、龍王の妾にでもしたろうか。何連にせよ上記の様な発想をする鬼畜が、妹を別嬪だからという理由で龍王の元へ派遣したのだから、これは妹に売春させる積もりだったことは明らかである。空白の三日間に、龍王と豊姫の間に何が起こったか、行われたか、筆者は知らない。読者の想像に任せるしかない。とにかく、旱満二玉の妖術によって朝鮮半島軍は降伏を余儀なくされた。自らを日本の「犬」と呼び防衛の任に当たると約束、毎年貢ぎ物を献上することになった。犬追物、逃げ惑う犬を騎射で殺す武士のスポーツは、此の故事がモトだと八幡愚童訓は、云っている。まったく眉唾である。

 因みに、「ウサちゃん神宮」で応神が、累代の忠臣・武内宿祢を讒者の言に依って殺そうとした暗愚の君であったと指摘した。実は八幡愚童訓、此処では引用しなかったが、愚にもつかぬイーワケをしている。武内も応神も阿弥陀の化身であり、二人が結託して疑獄劇を演じ、仏の道の有り難さを衆生に見せつけようとした、とか何とか言っているのだ。馬鹿なんぢゃないか。だいたい、何処が仏の道の有り難さなのか、さっぱり分からない。しかも、日本書紀にある如く、武内宿祢が官軍に攻められたとき、瓜二つの者が志願して身代わりとなった。取り返しの就かない犠牲が払われたのだ。八犬伝でも善玉が助かる時に何度か使っている手口だ。武内宿祢は潜行して都に行き、突如として帝に謁見、初めて申し開きが出来た。それでも応神は讒者を信じたため、探湯(くがたち)で白黒つけることになった。グラグラ煮立った湯に手を入れるのだ。真実を語る者は無傷だし、嘘を言った者の手は焼け爛れる。……まるで魔女狩りの論理だ。助かる者は存在しない。まぁ、嘘吐きを脅す手段にはなろうが、<根性のある嘘吐き>には通用しない。蛮行というより愚行だ。それでも武内は勝利し、日本から独立しようとしたなんて讒言が、真っ赤な嘘だと証明した。武内は讒者に復讐しようとしたが、応神は讒者を庇って逃がした。奸佞な者を贔屓する君主は、暗愚という他ない。武内は、謀反を起こす疑いをかけられた。本当だったら確かに大変だ。いやまぁ、能力があり武芸にも秀でた武内が君主になった方が人々にとっては良かったんだが、現体制にとっては一大事だろう。其れは解らんでもない。だから万一を考え、下手の長糸、芽を摘もうとした、という所までは認めてやらんこともない。あり得ない論理ではない。しかし現体制の立場に立ったとしても、忠臣を損なう害は、謀反より甚だしいのが常識だ。現体制への不満やら不安、まぁ謀反の芽は、何時だってある。しかし、忠臣なんて者ぁ、イツモはいない。謀反が起こったとき、頼りになるのは忠臣だけだ。珍しくもない謀反の芽と、希少価値のある忠臣と、天秤にかけりゃぁ、結論は自明だろう。忠臣を害しかけた讒者の罪を問わぬは、最悪の暗愚である。これぢゃ忠臣は、再生産されない。増殖するのは、取り敢えず言ってみて駄目で元々失敗すれば逃げちゃえば良いって讒者のみだ。恐らく、八幡愚童訓が書かれた当時にも、応神暗愚論は強かったんだろう。愚にもつかぬイーワケをしていること自体、後ろめたさを逆説的に強調している。八幡愚童訓の此の部分、結果として応神を愚弄する為に書かれたと断じて良い。贔屓の引き倒しってヤツだ。

 逆説。恐らく此が八犬伝のキーワードだ。勿論、逆説は、順接あってこそである。逆説から順接に繋がっていく道行きにこそ、活劇ありロマンスあり喜劇あり悲劇あり美談あり、それが八犬伝なのだ。そして最後に、やはり(現世的な)逆説がある。となれば、読者は深い幸福に包まれる。逆説から順接への方向性を習い性とした読者は、物語が逆説で終わったとしても、順接への道を、全く其んな表記は無いにも拘わらず、強く幻視してしまうのだ。幻視に形は無い。ただ、幸せへの方向性のみが示される。これぞ至福であろう。尤も、此は、適度なリアリティーしか持たぬメディアにとってのみ、例えば小説などには有効な手段だ。直接、よりリアリティーを宿命的に持ってしまう、実写映像などを伴う媒体には、採用しない方が良い。却って陳腐になる。

 話題を応神/八幡神話に戻す。「ウサちゃん神社」で引用した山家要略記では、八幡は応神ではなく仲哀であり、同時に白鳥大明神であるによって日本武尊であった。仲哀は日本武尊の二男坊であり、応神は仲哀の四の宮だ。天照大神は龍王と深い関係にある。龍王は海神の性質を持っており、龍宮は補陀落のように、海底に在る。因みに龍は観音と密接に繋がっている。天照を太陽神と理解すれば、海神である龍王とは対極にあるようにも思うが、八犬伝で重要な位置を占める洲崎明神は、双方の性質を併せ持っていた。また、弟橘姫の悲劇を思い起こすとき、日本武尊ひいては白鳥大明神/八幡大菩薩と龍王/海神とは、無関係ではいられない。更に言えば、「日本チャチャチャッ」シリーズで述べた如く、八岐大蛇が素戔鳴尊の暴力的側面を象徴しており天叢雲剣へと洗練されたのならば、蛇と龍との相似から、海神である龍王は海を支配するよう親に言いつけられた天照の弟である陰神・素戔鳴尊とダブってくるし、天叢雲剣を携え東国侵略の末に野垂れ死んだ日本武尊との間にも連環が見えてくる。
 混沌たる闇夜に、神々の輪舞が始まる。中央で一際激しく身をクネらせる影が見える。それは恐らく、犠牲の巫女……。(お粗末様)
 
 

 

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